8 女子高生もスライム牧場を見学する
「今日は工場見学だ。くれぐれも先方に迷惑のないように」
今日は研修ということで1年生は地元の工場に来てる。全員ジャージ姿で先生の話を真面目に聞いてる人は少ない。
「コルちゃん、今日は一緒に回ろ」
「はい」
ここの工場は地元の果物を使って缶詰やジャムを作ってる工場って聞いてる。ここの銘柄のジャムは家でも使ってるから作業工程がすごく気になるんだよね。
「このパンフレットにも色々書いてますし楽しみです」
「おぉ。そのスイーツ美味しそー」
丁度映ってたイラストに目が奪われてコルちゃんの肩を掴んじゃう。
すると先生や職員の声が聞こえなくなっていく。工場から漏れてた機械の音もどこか遠くにいって……。
「んー?」
顔を上げたら草原の上に立っていた。ここはどこ?
コルちゃんと顔を見合わせて首を傾げあう。
「もしや異世界ですか?」
「このタイミングでかぁ」
神様もイジワルが好きみたい。フルーツ工場見学したかったのに。
とりあえず誰かいないか周囲を見渡す。よく見たら目の前に馬小屋みたいな木造の納屋が見える。草原の真ん中にあるから場違い感はあるけど、なんだか牧場みたい。
そんな納屋の前は水色の生物が一杯いた。目を凝らしたらそれは見覚えがある。
スライム?
周囲は柵がされてて私達も柵の中にいるみたい。どういう状況?
「なっ! お前達どうやってここに!?」
柵の外から声がして顔を向けた。そこにはムキムキな身体のトカゲ頭の人がいて、首にはタオルを巻いて、両手には水の入ったバケツを持ってる。声はおじさんみたいで尻尾もなんか太い。
「道に迷いました」
「迷子です」
ちょっと無理がありそうだったけど、「そうか」って言って普通に納得してくれた。
もしかして迷子が多いのかな?
「とにかくあちらへ来なさい。向こうから扉を開けよう」
「「ありがとうございます」」
コルちゃんと一緒に頭を下げてお礼を言った。トカゲ頭のおじさんは歩いて行ったけど、途中振り返る。
「そうだ。向こう行く時スライムには触れないでくれよ」
「はい」
厳しく釘を刺されたから即答しちゃう。それで歩いて行くとそれはもうスライムの大群。ぱっと見ただけでも数百はいると思う。おまけに納屋の方は密集してるスライムも多くて足場も見当たらないくらい。
「どうしよう?」
「とりあえず待ちましょうか」
仲良く立ち往生してその場に止まった。少ししてから納屋の扉が開いてトカゲ頭のおじさんがこっちを見た。
「あーすまんすまん。これじゃあ来れないな」
トカゲ頭のおじさんが納屋から大きなショベルを片手で持ってそれでスライムをすくって空いてる場所に投げ飛ばしてた。スライムはふわふわ風に漂って地面に引っ付くみたいに落ちていく。
スペースが空いてようやくそっちに行けた。
「まさかスライム牧場に女が入ってるとは驚きだ。魔装甲の柵だから簡単に入れないはずなんだがな」
トカゲ頭のおじさんが頭のヒレを触って唸る。ごめんなさい。ワープだから関係ないと思う。
「ここはスライムを養成しているのですか?」
コルちゃんが牧場を見回して言った。
「おう。うちはスライム専業牧場だ。これだけ育ててるのはうちくらいだろう」
「そうなの?」
「ああ。スライムはちょっとの気候変化に弱い生物でな。天候が荒れたり、空気が乾燥するとすぐに死んでしまうんだ。繊細な生物だからここみたいな気候変動も少なく穏やかな場所に住み着きやすい」
なるほど。だから私の世界だとすら吉がすぐに蒸発しちゃったんだねー。
「ですが、これだけのスライムを育ててどうするんですか?」
それは私も気になる。トカゲ頭のおじさんの見た目的にもスライム愛好家ではなさそう。
「勿論売る為さ。スライムの粘液を溶かして作ったソースは格別だぞ。他にも果汁と混ぜて栄養価の高い飲み物にもなるし、なんならそのまま食べれる」
「これ、そのまま?」
「はっはっは! そうだ。魔物だからって敬遠する奴も多いけど、一度食べると病みつきになるぞ。独特の粘り気と甘さが癖になる」
トカゲ頭のおじさんが透明の手袋をしてからスライムを手に取った。そっか、繊細な生物だから菌が付いたりしたら駄目なんだ。
それで腰からナイフを取り出すと目にもとまらぬ捌きでスライムを一口サイズに切った。すごい、全然見えなかった。
「これ食べてみな。世界が変わるぞ」
スライムの一部を貰って私とコルちゃんはそれを口に入れた。
ゼリーみたいな食感だけど粘り気もある。でも凄く甘い。あ、一瞬で溶けていく。
気付いたら喉の奥にスルッ入って飲み込む必要もなかった。
「こんな味初めてかも」
「とても美味しいですね」
「当然だ。うちのスライムはストレスフリーを目指して育ててるんだからな。どこぞやの街中でも育成してる所があるが、あっちは無理矢理分裂させてるから味が格段に落ちる」
「分裂?」
尋ねたらトカゲ頭のおじさんが「ああ」って言ってから指差した。
その先にはほかよりも大きくなったスライムがいる。
「スライムには生殖機能がなくてある程度大きくなると分裂するんだ。そうやって個体数を増やしてる」
「これは勉強になりますね」
コルちゃんがメモ帳を取り出して箇条書きで書き出した。私もパンフレットの端に書いておこう。
「えっと、1つ聞きたいんですけど、スライムって何食べるんです?」
この前すら吉の為に色々買ったけどどれも効果がなかった。そもそも食べるという習慣があるのかも分からない。口もないし。
「スライムは全身で空気中の魔元素を吸収するんだ。それで大きくなる」
「魔元素?」
「魔力の元だな。魔法使いも魔元素を魔力に変換して魔法を使うんだ」
もしかして日本にはそれが少ないのかな。すら吉あんまり大きくならなかったし。
「そういえば先程バケツを運んでいましたよね。アレは何に使うつもりなんですか?」
コルちゃんが聞く。
「空気中の魔元素だけだと吸収効率が悪いから水に魔元素の粉を溶かしてそれをこいつらにぶっかけるんだ。そうすれば1月くらいで分裂してくれる」
「ほうほう」
「他にも天然の水には魔元素が多く含まれてるって聞くな。この辺には山もないし手に入らないけどな」
そういえば学校の水は山の水をそのまま引いてるって聞いた気がする。だからすら吉も大きくなってくれたのかな? でもそうなると水槽で放置してたら大変そう?
帰ったら家の水と交換しておいた方がいいかな。けど分裂させて育てるのも面白そうだし、様子見しようかな。
「色々教えてくれてありがとうございます」
「大変勉強になりました」
「ははは。君達みたいに勉強熱心な子は珍しいよ。都だと若い子は皆魔法ばかりだからね」
そうなんだ。確かに牧場で育ててる家畜に興味を持つ人って少ない気がする。
「そうだ。記念にこれ持って帰りな。さっき話したスライムの粘液で作ったスラースだ」
トカゲ頭のおじさんが透明の瓶を2本用意してくれてくれた。中には青い液体がドロドロしてる。でも蓋をされててもほんのり感じる甘い香りが良い感じ。
「本当にありがとうございます」
「気をつけて帰りなよ」
「はーい」
それからスライム牧場を後にした。道に出ると風景が変わって工場前へと戻る。遠くから私達を呼んでる先生の声が聞こえる。
「このままレポート提出してもいいのかなぁ」
「勉強になったのは確かなんですけどね」