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7 女子高生も孤児に接する

「また明日な~」


「さようなら」


「ばいばい」


 放課後になってリンリンとコルちゃんと別れる。手提げ鞄と体育で使ったジャージの入った袋を持って帰路についた。


 いつもの帰り道、いつもの景色。


 夕焼け空が眩しくて、タイヤで凹んだ道路が朱色に染まる。

 夕飯の準備をしてるのか、家のあちこちで蒸気があがって美味しそうな匂いがする。


 あっちはカレー? 向こうは煮物かな?

 私の家の夕飯はなんだろう?


 足を止めて田んぼに目を向ける。玉葱畑が広がっていてかなり大きくなってる。一面緑色の風景。もうすぐ収穫かな。きっと数日の内に収穫を終えるんだろうね。


 振り返ると軽トラが走り去る。助手席にハスキー犬が乗ってた。可愛いなぁ。


 そんな感じで歩いていると景色の色が変わっていく。ブラックアウトしてから色が映る感じで目の前の全てが変わっていく。こんな風に異世界に行くんだ。初めて見た。


 感動している間に異世界の街中に立っている。空は群青色に光っていて、暗いから多分夜?


 でも街のあちこちは光ってる。看板の文字や装飾品が輝いてる。この前授業で習った魔法の応用かな?


「おーい!」


 この声はもう流石に覚えたよ。鳥頭の店長さんがいる出店だ。


「こんな夜中にも出歩くのは感心しないぞ。嬢ちゃん綺麗だし、のんびりしてるし、悪い奴に見つかったら大変だ」


 なんだか心配してくれてるみたい。


「すぐ帰るから大丈夫」


「そうか。リガーはどうだ?」


「んー。もうすぐ夕飯だから今日はやめとくね」


「そいつは残念。また今度だな」


 それで会話を打ち切るはずだったんだけど、鳥頭の店長さんが私の後ろに視線を向けて表情が険しくなった。私も振り返ってみる。すると向かいの建物の前でボロ服を着た小さな女の子が看板を持ってた。薄緑色の髪だけが綺麗に映えてる。


「何でもします! どなたか私を雇ってください!」


 見た目に反して声が張っていたからよく聞こえる。何でも屋さん? じゃないよね、うん。

 後ろから鳥頭の店長さんの溜息が聞こえた。


「あれを見るのは本当に不憫で仕方ねぇ。今日限りだろうが目に留まるとどうしても気になっちまう」


「あれは何をしてるの?」


「嬢ちゃんは身なりがいいから知らないだろうが、こっから西の外れまで行くとこことは比べ物にならないくらい活気の落ちた街並みになるんだ。そこで暮らす奴は、まー曰く付きの人ばかりでな。きっとあの子は歳からして孤児か捨て子かそこらだろうよ」


 鳥頭の店長さんが頭を掻きながら話す。


「国から援助とかされないの?」


「ある程度は保証されてるだろうよ。けど実際の所あんまり効果がないらしい。国も暇じゃないから大金を積めない。すると孤児はまともな飯や教育にありつけないから社会に出れない。経歴がなければ当然誰も雇わない。悪循環って奴だ」


 これに似た話、どこかで聞いたことある。あ、思い出した。貧しい国への援助だったかな。発展途上の国を支援するなら食べ物じゃなくて仕事を与えなくちゃならないって先生が言ってた気がする。

 食べ物だけを与えるとその食糧を取り合ったり、現地人も支援を当てにして何もしなくなるそう。


 だから支援するならまずは教育や職を充実させないといけない。けどそこまでするとなると、募金とかで集まるお金だと到底足りない。だから中途半端に立てられた学校だけが建築されてノートも鉛筆もなく授業されるって教えられた。


「ま、あんな不恰好な子を雇う人はいないだろう。不清潔だし、店の評判に関わる」


 女の子は何度も声を出してるけど足を止める人はいない。鳥頭の店長さんの言う通り関わること自体が問題なのかもしれない。


 でも、あんな泣きそうで必死な女の子を見たら……。


 気付いたら足が動いてた。


「おいおい、嬢ちゃん正気か?」


「うん。私の町だとね、きっとあの子を見た人は皆声をかけると思う。何もできなくても温かい味噌汁とご飯を振舞うと思う。親身になって話を聞いてくれると思う」


 それが私のエゴだったとしても。時には何もしないのがその人にとって善だったとしても。私はこのまま帰ったら自分の頬を叩くと思う。


「そうかい。ま、何かあったら言いな。俺も教えた立場だしな」


「ありがとう」


 私は歩いて女の子の元へと近寄った。彼女は首を動かしては誰かの足を止めようと声を張る。それで私に気付いて顔を上げた。


「あ、あの!」


「うん。ちょっと話いい?」


「は、はい」


「ここはちょっと人が多いから、人の少ない場所……」


 よく考えたらこの街の地理全然分からない。困ってると女の子が私のスカートを引っ張る。


「あっち、人少ない、です」


 そこは街の外壁が見える通りだった。階段が上れるようになっててその上を指差してる。


「分かった。じゃあ行こっか」


 私と女の子が歩いて外壁まで進み階段を上る。段差がすごく小さくて上りやすい。

 その分歩く距離も長いから結構時間もかかった。


 外壁の上は夜風が気持ちよく入って、ベンチがいくつも並んでた。風景を描いてる人や休憩してる人がいるくらいで他は誰もいない。


 外壁の外は一面草原が広がってる。あ、この砂の道は見覚えある。進むとスライムが沢山いる通りかな?


 そんな気持ちを振り払って、女の子と仲良くベンチに座る。


「わたしは何をすればいい?」


「ごめん。私、お金持ってないからあなたを雇えないの」


 それを聞くと女の子が見るからに肩を落とした。そうだよね、苦労して足を止めたのにお金にならなかったらがっかりするよね。でもここで終えたら駄目。


「私はあなたを雇えないけど、あなたを雇ってくれる人を探すのを手伝うよ。2人だったら2倍で効率いいよね」


「う、うん。ありが、とう」


 ちぐはぐな言葉で言ってくれる。けど鳥頭の店長さんの話からして闇雲に数を撃ってもきっと誰も雇ってくれない。私は鞄からノートと筆箱を取り出した。


「私の世界だとね、雇ってもらう前に履歴書っていうのを書くの。それを見て採用判断されるんだ」


「りれき、しょ?」


「うん。自分の得意や長所を書いてそれをアピールするんだよ。私はこんなの出来るんだよーって」


 昔にちょこっと農家さんの手伝いにバイトした経験が活きた。あの時は2つ返事で採用されたんだけど。


 私の話を聞くと女の子が急に胸を押さえて俯いた。あれ、何か不味かったかな?


「わたし、なにもできない」


 今まで苦労してきたから自分に自信がないのかな。でも、そんなことない。


「私は人前で大きな声で話せないの。先生に当てられて音読しても、もっと声を出してってよく言われるし。でも、あなたは大勢の人が歩く街中で声を張れたでしょ? あれって誰にでもできることじゃないと思うな」


「そう、かな」


「うん。私が今から書き出してあげるから何でも教えて?」


「は、はい」


 それからノートに彼女の得意や長所を記した。


雇ってもらう為に街の各地を歩いてたらしいから地理が詳しい。孤児院で料理の手伝いをしてたから料理もできる。この子はまだ小さいから将来性もあるし、素直。


 うんうん、いい感じにノートが埋まっていくね。


「えっと、もう思いつかない、です」


「じゃあこれを元にどこが雇ってもらいやすいか考えよっか」


 地理に詳しいなら外からの人を案内するガイドとか? でもそれは街の名所を知ってないと駄目だし。となるとやっぱり料理を活かす方かな。そういえば声も出せるなら接客もいいんじゃない? これは決まりだね。


「後は当たって砕けろかな。でも、その前に」


 女の子の見た目はボロボロの服だ。髪もボサボサだし、飲食店で働くには印象が悪いかも。

 鞄から櫛を取り出して女の子の髪を真っ直ぐにして、それと髪留めのピンも持ってるから前髪を留める。


 後は服だけど。


「あ、これあるね」


 今日洗う予定だった体操着。ジャージだしそんなに変じゃないと思う。


「これを着て。ちょっと匂うかもしれないけど、多分大丈夫」


 うん、1時間も着てないし。またお母さんに新品買ってもらわないと。


 女の子は服の上からジャージを着て、2人で街中に戻った。

 通りを歩いてると丁度ジョッキの絵が描かれた店があったからそこの扉を開けた。女の子は緊張してるのか私の袖を掴んだまま。


「いらっしゃーせー」


 気の抜ける若い男の人の声。なんか聞き覚えある。

 目の前にタオルを巻いた鴉頭の人が出てきた。この前コルちゃんとリンリンと来た店だ。


「2名様でよろしいッス、ですカァ?」


「今日はご飯じゃないんです。店長さん呼んでくれます?」


 鴉の人は首を捻ったけどすぐに声を上げた。


「大将ー! ちょっといいですカァ!!」


「ちょっと待ってろ」


 厨房の方は忙しそうに料理をせっせと作ってる。店内は満員状態だし、すごく賑やかだ。

 少ししてから狼頭の大将さんが出てきた。


「なんだ?」


 ドスの聞いた怖い声。そうだよね、忙しいだろうし手短に話さないと。


「この子、ここで働かせてもらえませんか?」


 女の子の背中を押して前に出した。女の子は自分よりも倍は大きい人を前にして凄く怯えてる。実際目付きも怖い。


 狼頭の大将さんは顎に手を置いて女の子を眺める。


「料理の経験は?」


「す、少しだけ……」


「毎日自炊してるから色々作れるよ」


 こういう時は少し誇大表現になってもアピールしないとね。狼頭の大将さんはちょっと迷った。


「内は見ての通り常連も多いし、店仕舞いも遅い。結構ハードだが大丈夫か?」


 すごく現実的な意見だ。実際飲食業界ってすごく大変だと思う。

 でも女の子は顔を上げた。目をぱっちりと開けて相手の顔を見てる。


「は、働かせてください! お願いします!」


 店内に響き渡る透き通った大きな声。私には絶対真似出来ない。

 すると狼頭の大将さんは口元を緩めて笑った。


「今から働いてもらう。おい、坊主! この子に色々と教えてやれ!」


 鴉頭の人が名指しされて驚いてた。でも狼頭の大将さんが二の次待たずに厨房に行ったから鴉さんが慌てて走り回ってる。


「良かったね。これで当分は安泰じゃない?」


 私もお役御免になったみたいだし邪魔にならないよう帰ろう。


「あ、あのっ! 名前、おしえてもらっても、いい、ですか?」


「野々村野良だよ」


「セリー、です。本当にありがとうございました!」


「うん。接客がんばってね」


 手を振ってセリーちゃんと別れた。店を出たら通学路から大分かけ離れた道路に出てる。

 時間も遅いし、課題もあるけど。でも、良い気分。

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