6 女子高生も異世界で犬の散歩をする
「野良~、柴助の散歩おねがーい」
「はーい」
今日は日曜日。休みの日は私が散歩に行くようになってる。平日はお母さん。
玄関まで歩いて靴を履く。曇ったガラス張りの向こうに茶色い毛が見える。
出待ちだね。
ガラガラと玄関を開けると柴助が尻尾を振って家に侵入してくる。
よしよしー。今日もモフモフだねー。
首輪にリードを繋いで早速出発。柵を開けようとするとたぬ坊とこん子も寄ってくる。
「駄目だよー。脱走したらおじいちゃんと役場の人に怒られるから大人しくしててね」
どっちも首を傾げて目をキラキラさせて見つめてくる。そんな潤んだ目で見てもだーめ。
「ほら、猫丸を見習って」
猫丸は庭の見える廊下で横になって寝てる。うーん、いつも寝てるなー。今度遊んであげよう。
「これあげるから利口にねー」
小さな袋を2つ取り出して片方にはドッグフード、もう片方には食用マウスが入ってる。
それぞれ、たぬ坊とこん子にあげる。むしゃむしゃと食べてくれる。
「あ、柴助は食べちゃだめー」
柴助がドッグフードに目を輝かせたからリードを引っ張ってさっさと庭を出る。
「へっへっ」
朝の日差しは気持ちいい。軽く伸びをする。早起きは苦手だけどお日様は嫌いじゃない。
ストレッチもして気持ちを切り替えてレッツゴー。
「んー?」
目を開けたらそこはどこかで見たような景色が見える。この前来た異世界の街。
相変わらずガヤガヤと賑やかで獣の人も一杯。鎧を着た人も沢山いる。ローブの人もちらほら。
「わふわふ!」
柴助が見知らぬ地を見てかなり興奮してる。うーん、困ったなぁ。
でも散歩だけだし適当に歩いてたら大丈夫かなぁ。
それに何か周りがチラチラこっち見てるような?
そういえばこっちだと犬や猫を見かけない。犬頭の人とか、猫頭の人はいるけど、四足歩行の動物はいない気がする。
「お、嬢ちゃんじゃねーか」
声をかけられたから顔を向けてみる。あ、鳥頭の店長さんだ。
相変わらず沢山のリガーが木箱一杯に入って売ってる。
「こんにちは。今日も美味しそうなリガーだね」
「はっはっは。褒め上手だなぁ。だったら買ってくれてもいいぞ。今なら1つまけてやろう!」
むむむ、鳥頭の店長さんは商売上手だなぁ。そう言われたら買いたくなる。
「じゃあ1つだけください。お金はこれしかないけど大丈夫?」
財布から100円玉と50円玉を出す。確か1つ140オンスだったと思う。
「相変わらず珍しい硬貨使うな。いいぜ、取引成立だ」
やっぱり優しいなぁ。リガーを1つ取ると、もう1つを手渡してくれる。
せっかくだからこの場で食べよう。片方を柴助に上げる。伸縮性に苦戦しながら犬歯で食い千切った。汁が溢れて口周りが汚れちゃった。ポケットからハンカチを取って拭いてあげる。
「ん? それは嬢ちゃんの従魔か?」
「従魔?」
「おう。その魔物だよ」
鳥頭の店長さんが柴助を指して言う。従魔って何? 首を傾げると鳥頭の店長さんも首を傾げる。
なんか前にもあった光景。
「本当嬢ちゃん変わってるなぁ。また来てくれよ」
「うん。ありがとー」
手を振って鳥頭の店長さんと別れる。結局従魔って何か分からなかったけど、なんか聞くのも躊躇う。なるべく面倒を起こしたくないし。
そんな感じで散歩の再開。柴助が興味津々であっちこっち行こうとするから困る。リガー上げたんだから大人しくしてよー。
「あ、あれ、あなたは?」
「うん?」
横を通り過ぎた人が急に振り返る。金髪の長い髪がふわっと舞う。マントを羽織って白いシャツにコルセット巻いて、短いスカート。マントの外柄も赤とピンクのチェック柄で可愛い。
「あ、リリだ。おはよー」
魔術学園で隣の席になって以来、まさかの再会だね。
「あなた、あれから本当に学園に来なくなって心配したんだから……」
シュンと落ち込むリリ。うーん、悪いことしたなー。お詫びに頭を撫でてあげる。
「ごめんね。色々あって中々行けないんだ」
「色々って。もう、ノノムラ・ノラは勝手ね」
「ノラでいいよ? 長いでしょ」
「じゃあノノって呼ぶ」
お揃いかぁ。いいね。
リリは俯いてたけど、その視線に柴助が映って目を丸くした。
「ノノ、これは?」
鳥頭の店長さんと同じ反応。なんて答えよう。困ってると柴助がリリに近寄って舌を出して尻尾を振ってる。警戒心ないなぁ。
「え、ちょっ!! なになに!?」
急に柴助が寄ってきてリリが慌ててる。
「どうしたの?」
「どうもこうも!! これって魔物でしょ!?」
「んー? 柴助は柴犬だよ。噛まないよ?」
「シバイヌ?」
リリが訳分からなくなって戸惑ってる。でも、目の前で尻尾を振る柴助を見てリリも戸惑いながら背中を触った。
「はふはふっ!」
「えっと?」
「喜んでるよ」
柴助は人に触られるの大好きだからね。リリも安心したのか頭撫でたりしてる。
「ノノ。あなた魔力なしって言ってたじゃない。どうやって従魔と契約したのよ。こんなに懐く魔物なんて見たことないよ」
また専門用語が出てきた。
「従魔って何?」
思い切って聞いてみる。
「従魔を知らないの? 魔物を捕まえて自分の部下にする契約のことだよ」
「契約? 柴助は部下じゃないよ。家族だよ」
「えぇ? というか魔力なしで契約なんて出来ないし、あなた本当に何者よ?」
「普通の人間?」
「普通の人間にそんなの出来ないから!」
「んー? 普通の人間だから文字を光らせたりできないよ?」
リリは息を切らしてたけど段々と押し問答に感じて諦めた。
「それでリリはどこに行くの?」
「魔物倒して小遣い稼ぎに行こうかなって」
「危なくないの?」
「下級の魔物なら危険性が低いし、それに魔法で遠くから攻撃するから」
「へー」
魔法で戦ったりとか出来るんだ。すごい。
「リリの魔法みたい。披露してくれる?」
「そ、そんな大した魔法は使えないよ。炎飛ばしたり風起こしたり」
リリが掌を上に向けると、小さな火の玉が出てくる。更に火の玉の色が青くなったり緑になったり変化した。なにこれすごい。
「ちょっと待って。動画で撮っていい?」
スマホを取り出してカメラを向ける。
「なにそれ?」
「スマホだよー」
「すまほ?」
リリに頼んでもう一度魔法を披露してもらう。すごいすごい。これアップしたら再生回数伸びそう。あーでも、編集して加工しただけと思われるかなー。
「ありがとー。ばっちり撮れた」
私がリリにスマホを見せて今のを再生してみせる。
「え、なにこれ! すご! すごくない!?」
リリが目を輝かせて食い入る。ほっぺが顔に当たってるよー。
「ノノ。やっぱりあなたは只者じゃない。私も負けないから!」
リリがビシッと指を差して走り去ってしまう。私は手を振って別れを告げる。
「頑張ってねー」
リリの姿が見えなくなると私と柴助の散歩が再開する。
顔を上げたらいつもの道路の風景に変わってた。
「じゃあ帰ろっか」
「わふっ!」