5 女子高生も異世界で食事をする
土曜日、晴れ。
今日はコルちゃんとリンリンと一緒にすら吉の餌を買いに近くのスーパーに来た。
結局手当たり次第って感じで甘いのから酸っぱいもの辛いものと色々買ってみた。
レモン、キムチ、それと駄菓子のねるねるする奴。後は猫丸のちゅ~ると柴助とたぬ坊のドッグフード。こん子は食用マウスじゃないとあんまり食べないからそっちは通販頼み。
「買い物付き合ってくれてありがとう。リンリンも重たいのごめんね」
ドッグフードを片手で持ってくれてるリンリンは何食わぬ顔で「別にいいよ」って言ってくれる。周りからは素っ気ない子って思われてるらしいけど全然そんなことない。
「スーパー1つで結構時間がかかりましたね」
「そうだねー」
田舎だからスーパーまで徒歩だとかなり時間がかかる。こうして3人集まるのも大変。リンリンは自転車で家まで来たけど、コルちゃんはバスをいくつも乗り換えて来てくれた。
かなり早起きしてくれたみたいだし、何かしてあげられないかなぁ。
そう思った矢先に人気チェーン店のうどん屋さんを発見する。セルフで色々トッピングできる所。値段も安いし個人的におにぎりが美味しい。
スマホを確認するとお昼前でいい時間だった。そこを指差してみる。
「お腹空いたし食べていかない?」
「いいね」
「朝は軽く済ませたのでお腹空いてた所です」
2人もよさ気みたいだしここは良い所をみせよう。
「ここは私が出すよ。だから好きなの食べてね」
「おいおい。自分のくらい出せるって」
「そうですよ。ノラさんだって大変でしょう?」
2人が気遣って言ってくれる。こういう所本当好き。
「大丈夫だよ。お小遣い使う機会なんて殆どないし。それに今日来てくれたからそのお礼。異論は認めないよ?」
「分かった。ノラノラは一度言うと強情だし大人しくご馳走になりますよ」
「ではお言葉に甘えさせてもらいますね」
そんな感じでわたしはうどん屋に入ろうとして戸を開けようとした。あれ、何か下で引っかかって開かない。
ガタガタと戸が揺れるだけ。リンリンとコルちゃんも顔を覗かせてくる。
「どした? 開かないの?」
「何か床で挟まってるのかもしれないですね」
2人も一緒に戸を触るけど、何度横に引いても動かない。
「よし、せーので開けよう」
「分かった」
「お店の人呼んだ方がいい気もしますが」
そんな感じで3人仲良く戸の掴む部分を持って同時に引いてみる。すると戸がガコンって勢いよく動いて開いてくれた。思わず転げそうになったけどリンリンが支えてくれる。
「ありがとう」
「いいって。お腹空いたしトレートレーっと。ん?」
「何かおかしくないですか?」
リンリンとコルちゃんが異変に気付いて声を変える。私も気付いた。
店内からガヤガヤと賑やかな声がするけど、それはお店だからあまり気にならない。
問題は長いテーブルが見当たらなくて、丸い机が一杯並んでる。それに何かアルコールの匂いみたいのもする。
「大将! 極上エール追加でー!」
「こっちも厚切り肉大盛りで!」
「へいよー!」
おじさんのような声がして目を向ける。トカゲの人がジョッキを掲げてた。もう片方は顔が虎っぽい顔付きで皿一杯のお肉を派手に食べてる。
「うーん」
どう考えても日本じゃないなぁ。リンリンとコルちゃんを横目で見た。私は慣れてるけど2人は初めてだと思う。いつもは私1人だけど私に触れてたからかな?
「大丈夫?」
「これが!」
「異世界ですか!」
リンリンもコルちゃんも目をキラキラさせてる。思ったより平気みたい。流石は私の親友だね。
「いらっしゃーせー。3名様でよろしいですカァ?」
若そうな青年の声だけど見た目が鴉頭で手も翼の人型の鴉さんが接客に来てくれる。額にはタオルを巻いてて如何にも若手って感じがする。
「3人だよ。ここって女の子だけでも大丈夫?」
なんとなく聞いてみる。アルコールの匂いもするし、もしかしたら大人のお店かもしれない。店内も大人(?)の獣さんで溢れてるし。
「あー平気ッス、です。未成年のエールの販売は禁じているのでそれだけ注意して頂ければ問題ないですカァ」
こっちにも年齢制限があるんだね。ちょっと勉強になったかも。
若手鴉さんに案内されて店のど真ん中に位置するテーブル席に着いた。周囲の喧騒の声が凄いし、何より隣の席との距離がすごく近い。椅子を引いたら後ろの虎の人とぶつかりそう。
とりあえず荷物を空いた椅子に置いて腰を降ろす。鴉さんがメニューと水を持ってきてくれたからお礼を言っておく。
「しかしノラノラは慣れてるな。何回か来たことある感じ?」
「んー? 初めてだよ?」
「初めてであの対応ですか。ノラさん、尊敬しますよ」
「うん、マジ凄い」
何か2人から褒められちゃった。すごく嬉しい。
とりあえずメニューを開いてみる。
「文字が読めねぇ!」
リンリンが驚いて声に出してる。実際読めない。
メニューはどれもアラビア文字みたいな変な記号で書かれてて、料理の絵すら載ってない。
料理の値段だけは数字表記だったから、それは幸いなのかな?
「ふむふむ。わたし、名案が思いつきましたよ」
「さすがはコルちゃん。どうするの?」
そこに丁度さっきの鴉さんが通りかかったのでコルちゃんが呼び止めた。
「すみません。あの席で食べてる料理をください」
その手があったねー。コルちゃん賢い!
「あ、じゃあ私はアレと同じのください」
「私はそっちの奴で」
「……? 畏まりました。暫しお待ちくださいカァ」
鴉さんがちょっと首を傾げてたけど多分大丈夫。
そんな感じで料理を待つことになった。暇だから店内を見回す。
厨房はオープンになってて料理人の黒い狼頭の人とかが忙しそうにフライパンを振り回してる。
実際店内は満席に近いし大変だと思う。
「でも本当に異世界ってあったんだな」
リンリンがしみじみと言った。
「疑ってたの?」
「そういう訳じゃないけどさ。こうして来てさ、武器とか見たことない人見てすげー実感湧いてる」
「誰も武器を床に置いてないのがちょっと怖いですけど」
言われて見たら獣の人達は皆背中に弓やら腰に剣を下げてたりと落ち着きのない食べ方してる。それに食べる速度も皆速いというか搔き込む感じ。
「写真撮りたいけど、撮りたいけど!」
リンリンが厨房で料理してる黒い狼頭の人を見て言った。モフモフで目付きもいいし、黒い服もビシッと着こなしてる。顔に三日月の傷があるのも格好いい。なんというかイケメン? イケオオカミ? イケワンコ?
リンリンはスマホで撮るのを堪えてポケットにしまってた。盗撮はよくないよね。
「今更ですがお会計大丈夫なんですか? こっちのお金持ってます?」
「ごめん持ってない」
一応持ってるけど無駄に大きいから普段から持ち歩いてないんだよね。
「おいー! 無銭飲食とかヤバイじゃん! 今からでも……」
「へい、おまちー!」
リンリンの言葉を遮って鴉さんが料理をドンと置いた。
コルちゃんが頼んだのは何かの卵で作ったと思う巨大なオムレツ。大きな細切れの葉が散らされて、皿の横には赤、黄、緑の3つのソースが付いてる。かなり半熟なのか料理が光って見えるよ。これは映えそう。
リンリンが頼んだのは何かの肉を串焼きにした焼き鳥だと思う。でも一口で収まりそうにない大きなサイズ。お店で出てくる唐揚げくらいはあるよ。それが5個くらいの塊になって1本。肉の色がどれも違って赤、茶色、白、緑。緑はちょっと食欲削ぐかも。
でも良い匂いだし見た目もきっちり焼けてて焦げ目も綺麗なんだよね。
私が頼んだのはパイっぽいもの。パイ生地みたいに茶色の生地が丸く乗ってて十字に切れ目が入ってる。生地の下にはグラタンみたいになってて白いソースや具材が見える。パンとソースを一緒に食べる的な文化? 耳の方が凹凸になってて凹んだ部分がそのまま切れそう。
「まぁ! 美味しそうですね!」
コルちゃんが手を合わせて喜んでる。私も同じ意見。
リンリンも料理を出されてさっきの言葉を忘れようとしてるみたい。
「んー、多分なんとかなる? 多分?」
自分で言ってて自信なくなるけど、せっかく作ってくれた料理は無下にできないし食べようと思う。
私が手を合わせると2人も続いた。
「「「いただきまーす」」」
早速実食。ナイフが付いてないから手で生地を千切る。わ、思ったよりふわふわ。でもお餅みたいに伸びる。凄い。まずはそのまま一口食べてみる。
見た目の柔らかさに加えて、軽いスパイスが効いてる。パンって甘いイメージがあるからちょっと意外かも。今度はソースを付けて食べる。
「これは美味しい」
つい口に出ちゃった。でも本当に美味しい。なんだろう、絶妙なしょっぱさと辛味が融合して口の中でパチパチ弾けてる。白いソースはミルクを混ぜたものと思ったけど全然違うみたい。
「そっちのは美味しい?」
聞いてみたけど2人が黙々と食べてるのを見て答えが分かっちゃった。
「これ凄くおいしいよ。ノラノラも食べてみなって」
「この卵、口に入れたら溶けちゃいます」
恍惚な笑みを見せてる。それで2人のも一口食べたんだけど、確かにすごく美味しかった。
日本では珍しい味付けだと思う。全体的に辛味が強い味付けかなーって思う。
舌がちょっとピリピリする。
そんな和やかな感じで食事を楽しんでた。
「いやー、やっぱ魔物の肉はうめーな。エールと良く合う!」
「ゴブリンの肉をこんなに上手く食べれるのはこの店くらいだろう!」
「ゴブリンの肉汁から作ったソースも絶品だよな! ツマミにも合う!」
緑色の肉やソースを平らげてる獣の人達。
その会話を聞いてリンリンとコルちゃんの手が止まった。ゴブリンって確か妖精みたいな生物? でも今魔物って言ったような?
「あんな見た目からこんなうまいのを料理になるとは誰が思ったんだろうな」
「食の探求は恐ろしいぜ」
どうやら醜悪な怪物みたい。それでリンリンの手には緑の焼き鳥、コルちゃんにはオムレツに緑のソース使ってた。
「ま、ま、まぁ美味しいですし、も、問題ないです」
「そ、そ、そうだよな。り、り、料理は美味しく楽しくだしさ」
声震えてるけど大丈夫?
生地を食べてるとソースの底に丸い生物見たいのが出てくる。指で摘んでみると鼠みたいな形をした小動物。お腹だけがまん丸太ってるけど、これってそのまま食べるのかな。
「お、おいノラノラ。まさか食べる気か?」
「これは食文化の違いですよ」
2人が止めようとしてくれる。多分心配してだと思う。
私はその小動物を一口でパクッと食べた。うん、タレが利いてるしお肉も柔らかくて美味しい。尻尾は金平みたいでサクサクだね。
「昔おばあちゃんが言ってくれたの。この先何があっても食材への感謝だけは忘れては駄目って。食べるって命を頂くことだから、自分達が普段食べてるものの裏には必ず殺生があるのを忘れてはならないって。どんな料理もちゃんと食べてあげるのが死んだ命への礼儀なんだって」
ちょっと喋り過ぎたかな。というか何か説教くさい? ついついおばあちゃんの規律を思い出して口にしちゃった。すぐに謝らないと。
あれ、何か静かだ。周りの客が皆私見てる。厨房の人も手を止めて見てる?
わわわ、恥ずかしいよ!
「偉い! こんな立派な嬢ちゃんは初めて見た!」
「俺感動したよ! これ残そうと思ったけど全部食べます!」
パチパチパチって拍手されてる。
でも褒めるならおばあちゃんを褒めてあげてね。もうこの世にいないけど、きっと喜んでくれると思うから。
「ノラノラ。私が馬鹿だった。ちゃんと食べる」
「当たり前の生活に感化されてたのはわたしの方でした。もっと精進します」
何か2人からも尊敬の眼差し送られてる。そんな風にしなくても私達友人だよ?
そんな感じで食事も終わって会計になった。鴉さんが伝票を渡してくれる。
「全部で1500オンス、カァ」
「あ、あのーちょっとだけ値引きしてくれませんか、なんて」
愛想笑いを送ってみるものの鴉さんはきっぱりと「駄目です」って言った。そうだよねー。
仕方ないから奥の手を使ってみる。
「リンリン、それを出して」
「それって、このドッグフードか?」
「うん。これで等価交換してくれませんか?」
すると鴉さんが犬のパッケージの袋をマジマジと見る。
「なんだコレ?」
「実は食べれるんです」
「なん、だと?」
鴉さんが驚いた。よしこのまま畳みかけよう。上の切り口を切って開封します。フード独特の匂いがして、中から数粒取り出した。
「これは非常食になるんだよ。日持ちもする優れ物」
「そうなんです。これ今流行りの人気商品なんですよ!」
「市場に滅多に流通しない高級品です。すごいですよ!」
おぉ、リンリンとコルちゃんも乗ってくれた。これはいけるかな?
鴉さんが試しに食べた。すると少し表情が固まってから明るくなる。
「うめぇ! なんだこれ!?」」
これは予想外の反応だよ。確かにドッグフードとかは人も食べれるように作られてるけど、ここまで反応するかな?
「店長ヤバイっすよ。これめっちゃウマイ! この子らこれで飯代と立て替えて欲しいって言ってるカァ!」
厨房から黒い狼頭の人が出てくる。あ、この人大将なんだ。表情が強張っていたけれど、ドッグフードを食べると目が変わった。
「美味い」
想像以上の渋い声。狼頭の人は私達に親指だけ立てて厨房の奥へと消えちゃった。
えっと、オッケー、なのかな。
「毎度ありがとうございましたー!」
鴉さんが深々と頭を下げて私達は店を出た。その先は異世界の街、じゃなくて私達の知ってる山に囲まれた風景。うどん屋の前で棒立ちした3人。
親子連れが店に入って行くのが見える。
「これがノラノラの体験、か。すごく、いいな」
「また行きたいですね」
2人が私をジッと見てる。異世界っていいよね。それで私達はなくなったドッグフードを買いにまたスーパーに寄って帰った。