4 女子高生もスライムを飼う
スライムを捕まえた放課後。コルちゃんとリンリンと一緒に下校してる。皆帰り道もバラバラだけど、今日は私の家まで来るみたい。
バケツを片手にスライムさんを運んでるけど重いからリンリンと交替で運んでる。リンリンとは小学生からの幼馴染だから色々言いやすいし、何なら気遣ってくれる。
コルちゃんとは高校からの付き合いだけど会ってすぐに意気投合したなぁ。波長が合うし一緒にいて落ち着く。
「にしても、何でノラノラが異世界に行くようになったんだ? それが不思議で授業も頭に入らないよ」
「それはわたしも気になりますね。ここ最近になって、ですよね?」
夕暮れの帰路。2人が私の方を見て言ってる。
「うーん。多分お参りのおかげかなぁ」
「お参り?」
「うん。ほら、小学生の頃にリンリンが小説貸してくれたでしょ?」
「あー、何かドラゴンを飼育する話だっけ? ノラノラめっちゃ嵌ってたな」
「それで私もあんな生物飼いたいなーって本気で思ったの。それからファンタジーに憧れたなぁ」
今はそこまでだけど当時は疑う心も知らなかったから世界のどこかであんな国があるって本気で信じてた。お父さんもお母さんも何度も否定してたけど諦め切れなかったんだよね。
「それでね、中学になってから毎日神社へお参りしたの。五円玉持って賽銭箱に投げて『日帰りで異世界行けますように』って」
「日帰りなんですね」
「うん。親も心配するだろうし、リンリンとも離れたくなかったし。だからちょっとしたプチ旅行が出来たらいいなーって気持ちだったよ」
「ふふ、ノラさんは友達思いですね」
コルちゃんが笑う。やっぱり白い髪に夕日って似合うなぁ。思わず頭撫でたくなる。
「それを3年続けたら、中三の大晦日に頭の中で『いいよー』って声が聞こえたの」
「3年!?」
「ノラさんの本気を見た気がします」
あの頃は本当にファンタジーに憧れてたし、1年も続けたら引くに引けなくなったんだよね。
親にも何度か注意されたけど諦め半分だった気がする。
「台風の日と大雪の日が大変だったなぁ。流石にその日は行くなって言われたけど、雨や雪が落ち着いた時間を狙って行ったんだよね。今思い出すとちょっと迷惑かけたなーって思う」
それを聞いてコルちゃんとリンリンも少し納得してくれた。
「そこまでされたら神様も頷くしかないか。毎日欠かさずは私には絶対無理」
「ですが5円玉を毎回持参するのも大変じゃないですか? 365日分と考えても相当ですよ」
「うん。それでお父さんと交渉してお小遣いいらないから毎日5円玉頂戴って言ったの。お父さんは私を気遣って『いいのか?』って聞いてくれたけどいいよって答えたよ」
中学上がってのお小遣い交渉だったしお父さんも驚いてたなぁ。
「月150円って考えたら親からすれば破格の安さだな」
「でもそれを用意するとなるとかなり大変ですよ。5円玉って一度の会計に1枚しかもらえませんから貴重です」
「うん。少ししてからお父さん凄く慌ててたよ。5円玉がない! って。だから近くのコンビニに走って無理して工面してたなぁ」
家に帰ってから私に言われて気付いたりしてね。時にはお母さんに頭下げたりしててちょっと面白かった。
「会計も一桁が6円以上になると1円が必要になりますし、税込み計算も面倒ですよね」
「少し前なら100均で簡単に貰えたけどな」
今は消費税が10%だから無理だよね。
「それでお父さんも買う物がなくなってきて、半年もしたら欲しい物ないかって聞いてくるようになったよ。だからシュークリームとかピザまん買ってきてもらってたなぁ」
「なんつー策士」
「わたしも今度試してみましょうか」
そんな他愛のない話をしてたら家の前まで到着した。庭に足を踏み入れると家の横にある物置の倉庫の方から柴犬の柴助が舌を出しながら尻尾を振って出迎えてくれる。
「柴助ただいまー」
「はふはふっ!」
頭を撫でてあげると喜んで尻尾をブンブン回す。やっぱり柴助の毛触りは気持ちいいなぁ。
「おー、柴助じゃん。元気そうだな」
「わふっ!」
「こんにちは」
「わんわんっ!」
リンリンとコルちゃんもなでなでして触れ合ってる。柴助は警戒心ゼロだから誰にでもすぐ懐いちゃう。
庭のタイルを歩いていると芝生の陰から2匹の小動物が寄って来る。
エゾタヌキのたぬ坊とアカギツネのこん子。普段は警戒して知らない人には顔を見せないのに珍しい。
たぬ坊とこん子は私のバケツによって来てクンクンしてる。あーなるほど、スライムさんが気になるんだね。私がバケツを置くと柴助も寄ってきてプカプカ浮かぶスライムさんを見てた。
「新しい家族のスライムのすら吉だよー。仲良くしてねー」
言葉の意味を分かってなくて、たぬ坊もこん子も匂いを嗅いでるだけだった。柴助は何も分かってなさそうな顔で「へっへっ」って返事してる。
「狸と狐も飼ってるんですね」
「うん。子供の頃おじいちゃんが捕まえたからって持ち帰ってきてね。それで害獣だから処分しないっとって言われたから私大泣きして止めたんだ。それでおじいちゃんが役場に届け出を出してくれて許可もらって飼ってるんだー」
「なるほど。犬や猫のように気軽に飼えないんですね」
私がバケツを持って玄関に行くと柴助だけ付いてきてたぬ坊とこん子はどこかへ行っちゃった。
「ただいまー」
玄関を開けて声をあげると奥の台所からお母さんの返事が聞こえた。
「じゃあ上がってね」
「「お邪魔しまーす」」
靴を揃えて中に上がる。2人も上がってくる。
廊下を歩いてると真ん中にアメショーの猫丸が横になって倒れてる。私が近付くと半目になって見てくるけど動いてくれない。通せんぼするつもりかぁ。
バケツをリンリンに預けて両手で猫丸を端の方に寄せた。終始抵抗もせずにぼうっとしてる。最近になって無気力系目指してるみたい。
台所に着くとお母さんが長い髪を1つにしてエプロン姿で包丁をトントンしてる。鍋の匂いからして鯖の煮付けかな。
「お母さーん。水槽か何かない?」
「また何か拾ってきたの? あら、如月ちゃんじゃない。元気にしてた?」
「こんにちは。お邪魔してます」
リンリンが軽くお辞儀する。
「そちらは新しいお友達?」
「空井琥瑠と申します。本日は突然の訪問失礼します」
「あらあら、丁寧な子ねぇ。野良も見習いなさいよ」
お母さんが頬杖ついて私に言ってくる。
「いいからー、それで水槽ないー?」
「この前飼ってた金魚のだったらあったと思う。二階のベランダじゃないかしら?」
「んー、ありがとー」
「待ちなさい。何捕まえたかくらい教えなさい」
うぅ、やっぱり言わないと駄目かなー。しぶしぶバケツを見せてみる。プカプカと浮かぶすら吉が水面に揺られて漂ってる。
「何かいる?」
お母さんが水の中を覗いて言う。あれれ?
「その上に浮かんでるの」
「え、これ?」
「うん」
お母さんが指差して目を丸くしてる。
「氷、じゃないよね。なんなの?」
「スライム」
「スラ……?」
「飼ったら駄目?」
「よく分からないけど、飼うなら最後まで責任持ちなさいよ。途中で野生に逃がしたら承知しないよ」
「うん、ありがとう」
なんかあっさりと承諾してくれた。お母さんって結構甘い所ある。お父さんもだけど。
それで2階に上がってベランダに空の水槽あったからそこにバケツの水ごと移した。それで私の部屋に皆で入る。
「何もないけど寛いでね」
「ん、悪いね」
「失礼します」
リンリンがベッドに座って、コルちゃんがカーペットの上に座る。とりあえず机の上に水槽を置いてすら吉を観察してみる。
「あれ、そいつ少し大きくなってないか?」
リンリンに言われて私も気付いた。氷サイズからミカンくらいの大きさになってる。
「やはり水が主食なのでしょうか」
「水だけで生きる生物なんているのか? 微生物でも何か食ってるんだろ?」
「どうでしょう。水の中の成分を取り込んでいるのかもしれません」
2人が唸っている。私にも分からない。
「向こうだと草原に住んでたけど、こっちだと駄目なのかな」
「異世界の気候、ですか。空気中の成分を吸ってるのかもしれませんね。例えば、異世界では水素が多く含まれてるとか」
「あー、だからこっちだと水気が足りなくて蒸発したのか?」
「あくまで仮説ですが」
ふむふむ、なるほど。とりあえず気付いたことはメモしたいから書いておく。
「でもさ、これが本物のスライムだったら成長したら凄い魔物になったりするのか?」
「スライムって成長するの?」
「家くらいの大きさにまで巨大化したりさ」
何それ怖い。家族全員食べられちゃう?
「仮に大きくなっても水の量を減らしたり調整すればいいと思います。見た所そんな急に大きくなる様子もないですし」
「そうだよね。やっぱり2人に相談してよかった」
気軽に持ち帰ったけど分からないことばかりだよ。お母さんにも言われたけど最後まで責任持って飼えるか心配になってくる。
「でも、異世界かー。私も行ってみたいねー」
リンリンがベッドに倒れて言った。
「面白い所だよ。自分の意思で行けないのがちょっと不便だけど」
「急に行くって怖いですね。お風呂上りにでも飛ばされたら一生後悔しそうです」
「タオルは常備してるから大丈夫」
「そういう問題か?」
そんな感じでちょっと遅くまで雑談を楽しんでその日は終わった。
コルちゃんもリンリンも心配してくれたりするけど、私は現状に後悔してない。だって自分の知らない世界だから凄く楽しいし。でも急に帰れなくなるのだけは嫌かなぁ。それだけは絶対に仏様にお願いしないと。