132 女子高生も廃都へ行く(2)
「まさか鬼ババァが我の助けを求めるとはのう! これは大きな貸しとなるのじゃ。かっかっか!」
ノイエンさんに連れられてキューちゃんが盛大に笑ってる。緊迫とした空気も一瞬で和らいだ気がする。
「ノラ。こんな餓鬼を連れて何をする気だ?」
「餓鬼とはなんぞ! 我は千年を生きた死神なのじゃ!」
「千年生きてそれなら余程中身のない人生だったんだろうね」
今にもここで決闘でもしそうなくらいの犬猿モード。これは早く説明しないと街が大変になる。
「前にキューちゃんが言ってくれたよね。死神の仕事はこの世界の生物の魂を安息にさせることって。だからこの家に住んでる幽霊さんも成仏させて欲しいの」
「……まさかそちらの頼みとはな。鬼ババァならともかくお前さんならば聞いてやろう」
「本当?」
「うむ! 報酬はうまい飯1年分なのじゃ!」
それは用意できないけど今度美味しいご飯をご馳走してあげよう。
「あんたにそんな芸当ができるのかい?」
「ふん。お前さんとは生きた年数が違うのじゃ。中身のない人生を歩んでる奴には一生分からんのじゃ」
またバチバチしてる。2人とも目的を見失ってないか心配だし早い所動いてもらおう。
「じゃあ実際に見て欲しいからキューちゃんも来て」
それで今度は3人で民家の中に入った。キッチンの方からは相変わらず皿を置く音や包丁の音がする。前よりも皿の数が増えてて机に所狭しと並んでた。
それを見てキューちゃんの表情が曇ってる。
「これは困ったのう」
「ご飯がないから?」
「ううむ……ってお前さんは我を何だと思っておるのじゃ」
いつもお腹を空かせてる腹ペコ死神ちゃんって言ったら怒るかな。
「あの霊は己の死に気づいておらぬのじゃろう。故に生前の記憶の行為を今も繰り返しておるのじゃ」
そういえば前に少し話してくれてたような? 逆に死に気づいてたら悪霊になるんだっけ。
「この街は過去に一度酷い食糧難に陥ったことがある。無論すぐに各地から食料が調達されたがその時にちょっとした揉め事が起きてな。もしかすればここの家族はその時の犠牲者かもしれない」
ノイエンさんが呟くように話してくれる。
「揉め事?」
「人間窮地に陥ったら我を忘れるんだよ。最初の配給の時に食料の奪い合いが起きたんだ」
「そんな……」
本来なら皆が助かるはずだったのに争いが起きたせいで助かるはずの命が犠牲になったってこと? そんなの悲しすぎるよ。
「じゃあこの霊はその時の被害者?」
「かもね。家族を失った悲しみから今も料理を作って十分な食料があると伝えたがってるのかもしれない」
だからずっとキッチンで皿を並べたりしてたんだ。この霊がいつからこうしてるか分からないけど、家族の死を受け入れられなくてこうしてるのだとしたら本当に悲しすぎるよ。
「キューちゃん、お願い。この幽霊さんを助けてあげて」
もし救いがあるとしたら成仏しかないと思う。
「できぬ」
「どうして? キューちゃんは死神なんでしょ?」
「うむ。確かにこの霊の魂を消滅させて安息を与えるのは可能じゃ。しかしこの霊はこの地に留まって随分と長いらしい。おかげで霊自身に魔力が宿り神霊の類になりつつある。ここで無理に消滅させればどんな被害が出るか分からぬ」
神様に近い存在だから祟られる可能性があるってことかな。確かにそれは不味いかも。
「このままでも被害がないならソッとしてあげるっていうのは?」
「それは無理だね。すでに証言がいくつもあるならこいつの存在を認知してる連中がかなりいるってことになる。もし放置すれば別の誰かに退治される可能性は否定できない」
結局祟りの可能性かぁ。となると今ここで何とかするしかないみたい。
「おい、ヘイム。千年生きた死神ならこれくらい何とかしな」
「無茶言うでないわ。それならば生きた賢者の知恵とやらを貸すのじゃ」
幽霊目の前にしてもこの2人は平常運転みたい。おかげでこっちもちょっとだけ冷静になってきたかも。
「さっきキューちゃんが無理に消滅させたらって言ったよね。じゃあ逆に相手の同意があった上でなら大丈夫ってこと?」
「それは、まぁその通りではあるがそもそもこの手の霊は己の死すら気づいておらぬ状態なのじゃ。同意を得るというのはその死を認知させることを意味する。霊によっては己の死の認知で魂が不安定になる可能性もある。そうなっては悪霊となり結果は同じじゃ」
「ええっと。それなら魂が不安定にならなかったらいいんだよね。何となく、それとなく気づいてもらえたら大丈夫かもって思うんだけど2人はどう思う?」
「それができたら苦労はせぬのう」
「ノラ。何か考えがあるのかい?」
「考えってわけじゃないんだけど、この幽霊さんがずっと料理を作ってるのって多分帰って来てくれる家族を待ってるんだと思うの。じゃあその家族の振りをしてあげたらもしかしたら納得してくれたりしないかな?」
我ながら論理性のない考えだけどノイエンさんとキューちゃんはわりと真面目に聞いてくれてる。
「博打ではあるが試す価値はあると思うのじゃ。一瞬でも隙があれば我が力で消滅はできよう」
「どの道、幽霊が相手じゃ手の打ちようもないからね。その作戦で行くしかないね」
なんかあっさり決まった。
「じゃあ早速始める?」
「一度家を出て具体的に作戦を決めよう」
「分かった~」
というわけで幽霊と家族ごっこ大作戦が始まろうしてる。
家を出たら心配そうな顔で瑠璃とミー美、それにバケバケも一緒にいた。
「瑠璃、ミー美。あとバケバケさんも。これから幽霊さんを説得したいから皆も協力して。今から私達はここの幽霊さんの家族だよ」
「ぴ~?」
「みー?」
「ばけ?」
分かってなさそうだけどここは一致団結して動いてもらおう。
~半時間後~
「こんな感じで大丈夫?」
「いささか不安もあるが後は神次第かね」
「ふん。我は死神ぞ。幽霊如き恐れるに足らん」
「ぴ!」
「みー!」
「ばけ!」
準備ができたみたいだからいざ決行の時!
早速民家に近づいていくけど、すでに作戦は始まってる。
「いい、ミー美。ミー美はここのペットの魔物って扱いだからこの辺で寛いでてね」
「ミ!」
実際こんな荒野の街だから過去にフィルミーに乗って移動してたかもしれないし。
残ったメンバーで家に入る。ここからは演技モードだから一瞬も気を抜いたらダメ。
「ただいま~」
「お腹空いたのじゃ~」
「ぴ~」
どこかに出かけてて今帰って来たって感じでスタート。とにかく団欒を雰囲気を出していこう。
「ノイエンおばあちゃんは今日は珍しく帰りが早いんだね~」
ノイエンさんに向かってため口は躊躇うけどここはぐっと堪える。
「あたしとしては早く仕事を辞めたくて仕方ないさ。いつまでこんなババァに頼ってるっていうんだい」
「おい、ばばぁ! 早く帰って来るなら学園前のスライムプリンをなぜ買って来ないのじゃ!」
キューちゃんがここぞとばかりに文句を言ってるけどすぐに後ろを掴まれてた。この2人に関しては最早演技するまでもないという。傍から見ても叔母と孫に見えるし。
そうこうしてたらすぐにキッチンに到着。幽霊さんは変わらず料理の準備をしてて待ってくれてたみたい。
「これは豪華な品揃いなのじゃ! 我はお腹が空いたのじゃ!」
「ぴ!」
キューちゃんと瑠璃が我先と仲良く椅子に座ってる。これは本当にお腹を空かせてる奴。
「キューちゃん、瑠璃。ご飯の前に手を洗わないとダメだよ」
「ノラがしっかりしてて助かるよ。あたし1人じゃこいつらの面倒は見切れないね」
「む! 我は手を洗うつもりだったのじゃ!」
さりげなく「こいつら」って言ってるのに笑いそうになる。瑠璃は分かってなさそうだけど。
ここの水道は使えないからとりあえず、手を洗ったつもりにして席に着いた。お皿の数はすごく多い。中身は空だけどこれ全部が料理だとしたらすごい品数そう。
幽霊さんも私たちに気づいたみたいで空いた席の所に移動して座った……のかな?
「じゃあいただきまーす」
「頂きますなのじゃ! ママの料理は久しぶりじゃのう!」
キューちゃんが子供のように演技の笑みを見せてるけどノイエンさんが怖い顔をしてる。
理由は察したよ。
「おい餓鬼。この人が母親かどうか分からないじゃないか。何勝手に断定してるんだよ」
「そうだよ、キューちゃん。今の時代ジェンダーレスは基本だよ」
「な、何で我が怒られるのじゃ! 大体ジェンダーレスって何なのじゃ! 我がこの前読んだ本にはそういう家庭が多かったのじゃ!」
まぁ人間社会を勉強中だからあまり細かい点を言うのはかわいそうかもしれない。それに食事中に喧嘩するのもよくないよね。
「んー、美味しい~。このおかず後でミー美にあげてもいい?」
「いいんじゃないのかい?」
とりあえず和やかな雰囲気に戻さないとね。
「ばけ~」
「あ。バケバケさんだ~」
キッチンの天井からふらふら~って現れた。
「のう、ノラよ。こいつは一体ここの何なのじゃ?」
「さっきも言ったよ? 座敷童だよ」
「ざしき……?」
キューちゃんは全く分かってなさそうでキョトンとしてる。正直私も役割が分からなくて適当に決めた。
「ヘイム。こういうのはノリと勢いなんだよ。余計なことは考えるな」
ノイエンさんが言うと説得力が増す不思議。
「鬼ババァに言われずとも分かっておるわい!」
何か2人とも素が出てる気もするけど気にしないでおこう。
そんな会話をしてたら何か笑い声みたいのが聞こえた。耳を済ませたら幽霊さんが座ってる席だ。結構上品な声がしたから女性?
「ほら、キューちゃんが変なこと言うから笑われてるよ」
「なんじゃと!?」
幽霊さんツボに入ったみたいでずっと笑ってる。きっとこういう日常をずっと続けてきたんだと思う。それがこれからもずっと続くって信じてたんだと思う。
「……あのね、聞いて欲しいんだけど、あなたはもう死んでるんだよ」
そう言ったらキューちゃんとノイエンさんの顔色が一瞬で変わって私を見てきた。いつかは言わないといけないんだから、家族ごっこを続けても結局それは偽物でしかない。
「あなたの本当の家族は多分もういないの」
深い沈黙が流れた。今言うべきじゃなかったかもしれない。悪い結果になるかもしれない。
でも例えそうだったとしてもこの人は真実を知らないと前に進めないと思う。
「やっぱり、そうだったんですね。ずっと、そんな気はしてました」
幽霊さんが喋った。まるで耳元で囁かれてるようにはっきりと声が聞こえる。
「うん。私達はあなたを除霊しに来たの。でも今のあなたを見てこのまま無理にしたくないって思って偽物の家族を演じてたの。ごめんなさい」
「ううん。教えてくれてありがとう。たとえ偽物でも、今感じた団欒はずっと私が待ち望んでたものだった。確かな温もりがあった。自分でも何を求めてるかも分からなかったけど、でも少しだけ満たされた気がする」
「あなたが死んでから長い年月が過ぎてる。ここに居てもきっとあなたが欲しいものは手に入らないと思う」
「……そう。私は死ねるのかしら」
「この子があなたの魂を本当の家族の所に届けてくれると思います」
キューちゃんを幽霊さんの前に立たせた。そうしたら幽霊さんも席を立ったみたいで床に黒い影が伸びた。
「……分かりました。お願いします。それとありがとう。最後に家族になってくれて」
その言葉を最後に幽霊さんの声が聞こえなくなった。影が歪んで粒状になって消えていく。キューちゃんが死神の力を使ったんだと思う。
「これでこの霊は消滅したのじゃ」
「そっか」
本当の家族と会えてたらいいな。会えてて欲しいから、会えますようにって祈っておこう。
私にはこれくらいしかできないから。
「さて、これであたしの仕事は終いだね。またあんたに借りが出来ちまったね」
「何を言うか。我がいなければ今回の作戦は失敗してたのじゃ! 故に功労者は我しかおらぬ!」
「あんただけでどうにか出来たとはこれっぽっちも思わないけどね」
「やはりお前さんは好かぬのじゃ」
家族ごっこが終わっても2人はいつも通り。
「しかしお前さんの演技も中々じゃのう。まるで本当にあの霊と会話してるように見えたぞ?」
キューちゃんが何事もないみたいに言ってくる。え?
「キューちゃんはあの子の声が聞こえなかったの? ノイエンさんは聞こえてましたよね?」
「あん? あたしも何も聞こえてないよ」
もしかして私、取り憑かれた?
「やはりノノムラ・ノラはおかしな奴なのじゃ」
「それには同感だね。さすがのあたしもこれくらいじゃ驚かなくなってきたよ」
寧ろ心配して欲しいんだけど。まぁいっか。あの幽霊さんは悪い幽霊に見えなかったし。
今頃家族の元に辿り着けてるよう祈っておこう。どうか安らかに……。
幽霊騒動でノラは気づいてませんが死神ことキューは本気を出すとノーモーションで魔法を使えます。
幽霊が一瞬で昇天したのはその為です。魔王との約束故に普段は手を抜いているというわけです。
キューはやればできる子なんです。本当です。