127 女子高生も魔物に驚く
今日は久し振りにフランちゃんのお店にやってきた。春先になって暖かい日も増えてきたから、そろそろ新しい服が欲しい。それで店内を見てたらカウンターの方で唸り声が聞こえてくる。
「うーん。うーん。どうしようかなぁ」
「フランちゃん、困りごと?」
「ノノムラさん! 来てくれてたんだね!」
来客に気付かないくらい悩んでたみたい。
「実はこの前来たお客さんに最近寝付きが悪いからぐっすり眠れる枕が欲しいって言われたんです。私の所にも枕はいくつかあるんですけど、ぐっすりとなると中々難しくて」
なるほど、そういう感じかぁ。確かに枕って結構大事だよね。私もふわふわの柔らかい枕使ってるから、固めのになったら寝れない自信がある。
「だから新しく作ろうと思ってるんですけど材料に困ってるんです」
「どんな材料?」
「ワスレナ花っていうのと、眠花の綿を使って作ろうって考えてるんです」
聞いてるだけで物理的に眠りそうな花だね。
「でもどっちも山の方でそれに深都の近くまで行かないといけないんです。あの辺は魔物もいるから1人でいけないしって思ってて」
「それなら一緒に行くよ?」
深都の山って確か白黒の森の所だよね。あそこなら前に一度だけ通ったから行き方は覚えてる。
「いいの!?」
「いいよ~。明日ミー美を連れてまた来るよ。学校があるからちょっと遅くなると思うけど」
「全然構いません! ノノムラさんがいてくれて本当に助かるよ!」
そんな笑顔でぴょんぴょんされると言った甲斐が出てくるよ。これは明日が楽しみになる奴。
※翌日※
「じゃあ行こっか」
「はい!」
「ぴ!」
何でか瑠璃まで付いて来て返事してる。一応瑠璃がいてくれたら魔物とコミュニケーションとってくれるから助かると言えば助かるけどね。
ミー美に跨って準備完了。
「ミー美ゆっくりお願い~」
「ミー!」
それで深都の森を目指して出発。最初は街道を沿って草原の景色を堪能しよう。途中、馬車とすれ違って向こうの運転手さんに手を振られたから、こっちも返しておこう。東都の出荷してる人かな?
そのまま街道を進んだら丁度看板があって分岐点の所にやってくる。片方はそのまま街道でもう片方が山に入る道。当然今回は山に行かないとダメだから左手の山に入るほうを選んだ。
ここの山は木の葉っぱが白と黒でモノクロの世界。生えてる雑草は青だったり緑だったりするけど、視界の殆どは白黒。
「探してる花ってどういう所にあるのかな?」
ミー美の速度を落としてもらってじっくり山の中を観察する。
「えーと。眠花は百年樹っていう木の周りに生えてて、ワスレナ花は日の当たらない洞窟の奥に生えてるって本で読んだよ」
専門的過ぎて全然分からない。これはフランちゃんに任せるしかなさそう。
それから半時間くらい森の中を走り回ってるとフランちゃんが遠くを指差した。
「あ! 多分アレが百年樹だよ!」
指先にブロッコリーみたいな形をした黒い幹に白い葉っぱを宿した木があった。木の根元には水色の三つ葉みたいな花が沢山生えてる。中々綺麗な光景。
「これこれ! 眠花だ~。一杯採っておこう」
フランちゃんが袋の中にせっせとお花を摘んでる。私は暇だからせっかくだしこの木をスマホで撮っておこう。瑠璃が木の葉っぱに齧りついてるのが映ってるけどまぁいいや。
ついでにフランちゃんも映ってるけど可愛いからよし。
「ノノムラさんありがとー。一杯採れたよ~」
袋一杯になったのを自慢気に見せてきて尻尾を振ってるのが癒される。もふりたい症状が出てきたけど我慢我慢。
「次はワスレナ花だっけ?」
「はい。ここの山にも多分洞窟があったと思います」
となると洞窟を探して探索だね。またミー美に乗って山を走ろう。
「洞窟って言ったら深都もそうだけどあそこにはないのかな」
「うーん。どうかなぁ。あそこは洞窟っていうより大穴な気もします」
それもそうかな。やっぱり地道に探すしかないね。
ここの山は狭くて傾斜の激しい所も多いけどミー美のいてくれるおかげで楽々に移動ができる。本当ミー美様様。
あちこち移動してたら崖っぽい所に来た。丁度真下の方を覗いたらそこに穴みたいのが見える。
「あそこにありそうだね。ミー美降りられる?」
「ミー」
ミー美はジャンプして崖の下の微妙な突起を足場にして軽快に降りていった。ぴょんぴょんしてるのにこっちに衝撃が殆どないから運動神経の高さがよく分かるよ。
それであっさりと地面に着地して洞窟の前まで来たけど何やら魔物さんがいる。
洞窟の前には虎みたいな白黒の模様をして尻尾が鋭くなってる魔物がいる。
「……バスジャランだ」
フランちゃんが呟く。確か人も襲う危険な魔物だったと思う。今は1匹しかいないけどこっちには気付いてない。ていうか洞窟の中に入ろうとして足が止まってる。
それで目を凝らしたら洞窟の中に小柄な鼠みたいなのが2本足で立ってバスジャランを威嚇してる。焦げた茶色っぽい毛をしててお腹周りが肌色みたいで綺麗。
「あれは……ワーモットだったかな。木の実とか食べる大人しい魔物だったと思う」
そのワーモットさんも1匹で大きな魔物相手に立ち塞がってる。明らかに肉食の動物が小動物を狙ってる図なんだけど。
バスジャランはゆっくり近付いて後一歩で飛びかかりそう。そんな時。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
鼠さんの方がすっごい厳つい声で叫んだんだけど。可愛らしい見た目に反してだったからこっちまでびっくりした。バスジャランも「!?」って感じがして勢いよくどこかに走り去ってる。
「ワーモットは身の危険を感じるとああやって叫ぶみたいです。魔物を撃退するだけじゃなくて、近くにいる仲間に危険を教える為もあるって聞きました」
「へ、へぇ」
ちゃんと利に適った行動なんだね。あまりの絶叫で何が起こったか理解できなかったよ。
それでワーモットさんがこっちにも気付いた様子で目が合っちゃう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
何か叫ばれてる。私達も天敵って思われてる? 確かにフィルミーにドラゴンに人間は小動物からしたら危険に見えるかなぁ。
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
一瞬声が枯れたみたいになったけど大声で叫んでる。毎回全力絶叫してるせいで声が出なくなってるんじゃ。生きる為に命懸けって感じがする。
「すごく警戒してるけどどうする?」
「ワーモットは大人しい魔物なので襲って来ないと思います。多分」
あんな仁王立ちして叫んでる所を素通りって勇気必要じゃない? 私の中で大人しいの意味を変えなくちゃならなくなるよ。
「そうだ。瑠璃、ワーモットさんと交渉してきてよ」
「ぴ!」
別に取って食べるわけじゃないから話せば分かってくれるはず。
瑠璃がぱたぱたって飛んでいって近付いた。
「ぴー……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
ダメだ。瑠璃が寄った瞬間に叫んでる。おまけに絶叫にびっくりしてこっちに逃げてきてる。ミー美もあそこには近付きたくないって顔して怯えてるし。
※5分後※
妙案も思いつかなくて立ち往生してたけど状況が変わった。
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……」
ワーモットさん声が枯れてきたみたいでさっきまでの勢いがなくなってる。あくまで威嚇のための絶叫なわけで、ずっと続けるわけにはいかないみたい。ここを離れてあげたらいいんだけど、こっちもその洞窟に入りたいんだよね。
ミー美から降りて近くに行ってみる。ワーモットさんは荒い呼吸をしてるっていうのが伝わってくる。とりあえず鞄の中に非常食のリガーが入ってるからそれを近くに置いて下がってみる。
ちょっと様子を見てたらリガーに目を向けてた。木の実を食べるならきっとリガーも食べるよね。そしたらワーモットさんはリガーに飛びついてそれを加えて森の方に走っていった。
「これで入れるね」
「そんな方法があるなんて知らなかったです」
私も知らなかったけどね。餌付けすれば大体分かってくれると信じたい。
それで洞窟の中に入ったら真っ暗。懐中電灯を持ってきてたからそれを使って照らして進んでみる。そしたら洞窟の隅っこの方に石に隠れるようにして白く透明なたんぽぽの綿みたいなのが咲いてた。
「これです! ワスレナ花です!」
フランちゃんが嬉しそうに飛んで行ってる。石に隠れて咲いてるみたいでそういう所を照らして探したら結構見つかった。それでせっせとフランちゃんが袋に詰めていってる。
半時間もしない内に袋にそこそこ集まったみたいで満足そうにしてた。
「ノノムラさん本当にありがとう! これでまた新しいの作れるよ!」
「うんうん。よかったね」
「完成したらノノムラさんにも渡すね」
「私はいいよ~。枕は間に合ってるから」
今のもまだまだ使えるから貰っても使う機会もなさそうだし。
「うぅ……でもせっかくここまでしてくれたんだし何かお返ししたいです」
「んー。じゃあ今度パジャマ……寝間着が欲しいからそっちの方が嬉しいかな」
夏用に新しいのが欲しいし。
「分かった! また作って渡すね!」
「いつもありがとう」
「お礼を言うのは私の方だよ。私、戦う力もないからこういう時に自分で素材を集めにいけないの。だから時々来る行商人が頼りで……。だからお客さんが望む物も殆ど作れなくて。でもノノムラさんのおかげで最近はそういうのも減ってきたんだよ」
確かに服っていうのはその人の好みがはっきり出るから色々用意しなくちゃいけなくて大変だろうね。でもそうやってお客さんのニーズをちゃんと把握して用意しようとする姿勢は偉いと思う。
「私にできることなら何でも言ってくれていいよ。私もこの世界を見れて勉強になるから。今日も新しい魔物と出会えたからいい日になったよ」
あんな絶叫する魔物がいるとは思ってなかったけど。
それも含めてこっちの世界も覚えていけたらいいなって思ってる。
それにこんな風に笑って耳と尻尾をパタパタさせられたらいくらでも手伝っちゃうんだよね。




