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エピローグ


 あれから一乗寺は、なんと三日三晩起きてこなかった。


 彼が起きてくるまでの三日間。

 そろそろ1度、2000年後に帰ったら? と、代わる代わる旧陽ノ下の人たちにアドバイスされた万象だが、かたくなにうんと言わず、ほとんどを一乗寺の枕元で過ごしていた。

 四日目の朝。

 この前の夜とは反対に、一乗寺の枕元に突っ伏して寝ていた万象は、「う……、ん」と言う声にハッと目を覚ます。

「一乗寺! 気がついたのか! 一乗寺!」

 焦りながら名前を呼ぶ万象の顔の方に目をやる一乗寺。

「万象さま?」

 最初は焦点の合わなかった瞳が、次第に像を結んで行っているようだ。

「一乗寺、やっと目が覚めた。良かった。……本当に良かった」

「……はい」

 万象は微笑んで上掛けから差し出された手を握って顔を伏せる。あふれてくる涙を見られたくなかったからだ。

 ああ、これじゃああのときのイケメンと一緒じゃないか。

 ちょっと可笑しくなりながらも、顔は上げられない。

「万象さま? どうなさったのですか、大丈夫ですか?」

 終いには一乗寺に逆に心配されて、やむなく顔を上げざるを得なかった。けれど万象の顔を見た一乗寺は、一瞬驚いたように目を見開いたあと、

「ご心配をおかけしました」

 と、目にいっぱい涙をためて言ってくれたのだった。





「さて、やっと帰る気になったか」

 その日の夜、明日は2000年後に帰ると言う万象を、森羅が散歩に誘っていた。

「ああ、一乗寺が目を覚ましてくれたからな」

「本当に心配性なんだから、万象は」

「ふん! なんとでも言え」

 全く素直じゃない万象に、ふふ、と笑みをこぼしながら森羅は旧陽ノ下邸の、美しく整えられた庭をそぞろ歩いていく。

 庭の上空をまたぐように連なる天の川を眺めながら、ふと万象が聞いた。

「なあ、なんであんな悪いのや、それに加担する雑魚や手練れがいなくならないんだろうな」

「ええ~そんなの俺にもわからないよ」

 軽々しく答える森羅に、

「なんだよ、いつもなら数式がどうのって屁理屈こねて説明するくせに」

 万象はプーと唇をとがらせて言う。

「悪い奴が出てくる数式? そんなの知りたくもない。あ、けどさ、鞍馬の89%以下の小数点が変わる理由なら教えてあげられるよ」

 その台詞に、万象はあっと言う顔をした。

「そうだった! あとで説明してくれるはずだったよな。遅いぞ!」

「ええ? だって万象、一乗寺にべったりだったじゃない」

「う、まあ、そう、だが」

 グッと詰まる万象に微笑んでから、森羅は人差し指を万象の鼻先に突き出して言う。

「さて、ここで数学の問題です」

「え、何だよ、難しい事言われても俺、解けないぞ」

「簡単簡単。ものすごく初歩的な問題。直径10センチの円の円周は何センチでしょう。簡単でしょ?」

 どんな難しい問題が出てくるのかと構えていた万象だったが、自分にもわかるような物だったので、ちょっとほっとして言う。

「ええと、円周は直径×円周率。円周率は3・14だから、31・4センチだ。どうだ正解だろ?」

 すると、

「2000年後は円周率を3・14で計算するのか。覚えておこう」

 とか言いながら「不正解です」と、事もなげに言う。

「なんでだよ、式はあってるはず」

「うん、式はあってる」

「だったらなんで」

 なおも言いつのる万象に、森羅が面白そうに聞く。

「万象、円周率って正確にはいくつ?」

「へ?」

「円周率。正確に全部言ってみてよ」

「ええ? 円周率は3・14159? だっけ? 言えるわけないだろ、円周率は割り切れないんだから!」

「そう、割り切れなくてずっと続いていく。だから本当は円周も計算できずにずっと変わり続けるんだよ」

「ええー? それこそ屁理屈じゃん」

 腕を頭の後ろで組んで面白くなさそうに言う万象に、森羅が微笑みかける。

「人もそれと同じ」

「?」

「人も割り切れないんだよ。もっと言えば地球も、宇宙も割り切れない。だから生きているとも言える」

「はあ?」

 また余計に訳のわからないことを言い出す森羅に、肩をすくめるしかない万象だが、「それで?」と先を促す。

「俺たちは生きている間中、止めどなく変わり続ける。身体が常に変わっているのはわかるよね、玄武の成長期とか、あと老化とか。心だって毎日毎時毎分毎秒コロコロ移り変わって止まることがない。それは割り切れない円周率のようなもの。この身体は地球から借りてる物だから、いつか返さなきゃならないけど、心は永遠。揺らぎながらずっと続いていく」

「ふうん」

 森羅の考えるこの世界とやらを吟味していて、もしも、が思いついた。

「じゃあさ、スーパーコンピューターとかに計算してもらってさ、もしも円周率が割り切れちゃったら、さあどうする?」

「面白い事考えるね。割り切れちゃったら、そこで止まって終わり」

「それだけ?」

「ああ、他に何があるの。割り切れたらそれでおしまい、ちっとも面白くない。世界は揺らぎながら絶えず変化しているから面白いんじゃない」

「そんなもんかな」

「まあ、これは俺の考えだけどね。万象は万象らしい世界を考えれば、いいんじゃない?」

 森羅の後ろを歩きながら、心地よい風に吹かれながら「俺の世界」を考え始めた万象は、肝心の答えを聞いていないことに気がついた。

「まだ、鞍馬の小数点以下が変わる答え、聞いてないぜ」

「え? 今のでわかるでしょ? だって鞍馬も人じゃない」

「う、うーむ、ええー? なんかはぐらかされた気分……。でも、ま、いっか」

 すぐに気持ちを切り替えられるのが万象の良いところだ。

 森羅は「なんて万象らしい、いいねえ」と笑って、このひとときを大いに楽しんでいるようだ。

 空には、ここから見る限りでは少しも変化しないような天の川が、美しく輝いていた。





 いつもなら中庭に座標を合わせて帰るのだが、今日はなんとなく、東西南北荘と陽ノ下邸の中間にある畑に万象は降り立った。

 灯ともし頃と言われる、夕暮れと夜が入り交じった時間。

 田植えが終わった田んぼの稲が、少し伸びて風にそよいでいる。

 トウキビもすくすく育ち、ブルーベリーが色鮮やかだ。

 蛙の鳴き声と風の音と。

 そんな道を1人てくてく歩いて行くと、やがてあたたかく灯がともされた東西南北荘が見えてくる。

 もう夕飯の支度は終わっただろうな、なんせ鞍馬だもんな。しゃーない、今日は許してやるか。

 などと考えていると、あっという間に中庭に到着だ。


「バンちゃん!」

 あ、見つかっちまった。

 ドン! と言ういつもと同じ歓迎の挨拶がやってきた。

 今日は玄武・弟の方なんだが。

 あれ? なんか既視感。


「玄武、お前、背が伸びたか?」

















ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

ひっさびさーの東西南北荘です。

今回は、2000年前に行けない鞍馬と、そんなハンディを乗り越えて、悪い奴をやっつけるお話でした。まあ彼らにかかればなんでもこい! ですよね。

さて、東西南北荘シリーズもまだ続きそうな感じです。またいつかお目にかかりましょう。

それでは!


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