第4話 2度目の挑戦と万象の危機と
翌朝、万象が目を覚ますと、もう一乗寺はいなかった。
きっと朝食の支度をしに行ったのだろう。
万象はベッドを抜け出すと、部屋に備え付けのシャワーを浴びて目を覚まし、支度をして食堂へと向かう。
食堂には何人かのメンバーが揃っていた。
朝食はとテーブルに目をやると、半分ほどがもう食事を終えていた。
「おう、おはようバンちゃん。重役出勤じゃな」
「余裕ねえ」
小トラと桜花の2人にからかわれつつ、自分の席に着く。向かいの森羅の席はまだ空っぽだ。
「森羅は?」
「お前さんより階級が高いらしくて、まだ来ておらんぞ」
「へえ、珍しい」
本当に珍しいこともあるものだな、と、まだ起ききらない頭で考えていると、「どうぞ」と一乗寺がスープカップを置く。
「おう、一乗寺。昨日はどうもな、よく眠れたか?」
何の気なしにかけた言葉だが、なぜか一乗寺は笑いもせずに首をかしげている。
「どうした?」
すると彼は、いきなり、はっと気がついたようになって、
「ああ! 万象さま! はい、とても。昨日は急にお邪魔してすみませんでした」
と、ペコペコと謝りながらいつものようにニッコリと微笑んでくる。
「ぜーんぜん、俺もおかげでよく眠れたし」
「そうでしたか、それは良かった」
と言ったまま、なぜかその場にぎこちなく固まってしまう。
「どうした?」
また聞いてしまう万象。
すると、テーブルの向かいから聞き慣れた声がした。
「多分、もう鞍馬が来てるんだよ、ね?」
森羅だ。
いつの間にやってきたのか、彼は自分の席で興味津々というように一乗寺を眺めている。
「へ?」
一瞬、訳がわからなかった万象が、今度ははっと気がついたようになる。
「え、鞍馬って……、……ええっ? 来てるって事は、来てるってことはあ」
「うんうん」
「もう、この中にいるのかあ?! けどさっきの返事は確かに一乗寺だったよな、な? 一乗寺!」
面白そうに頷く森羅の事はこのさい放っておいて、万象は一乗寺の腕をつかみながら確認している。
「はい、万象さま。一乗寺です。ですが……。鞍馬さんが来て下さってるんです。少し身体の状態を見ておきたいからって。で、2人同時に中にいられるように神さまに頼んで下さって、今はここにおられます。あ、微笑んでおられます。ああ、やっぱり嬉しい」
少し上に目線を上げて一乗寺は夢うつつだ。
「えーと、でもさ、2人でひとつの身体に入ってて、窮屈じゃないのか?」
万象が現実的な意見を述べるが、一乗寺はきょとんとしている。
「はい、……むしろ鞍馬さんがおられるので安心感さえあります」
「そ、そうか」
そんな風に言われると、納得するしかない万象は、何気なくカップを持ち上げてスープを一口飲んだ。
「!」
そして珍しいことに一乗寺をにらみつける。
「これ、鞍馬が作ったな!」
すると一乗寺が嬉しそうに答えた。
「よくおわかりになりましたね、はい、先ほど身体をお貸ししてスープだけ作って頂きました」
「へえ、万象ある意味すごいな、一口で鞍馬が作ったって見抜いちゃった」
向かいの席にいる森羅が、組んだ両手に顎を乗せて面白そうに言う。
「ふん! ライバルなんだから当然だ」
そういいつつも、一口、また一口とテイスティングするようにそのスープを味わう万象。森羅はその様子を興味深げに眺めながら、自分の前に置かれたスープカップを持ち上げるのだった。
そのあと、次々起きてきた寝坊組(もちろん、白虎、ミスター、朱雀の3人だ)も、もう鞍馬が来ていると聞いて、一乗寺の身体をツンツンしたり、大口を開けさせたりして、からかっている。
「もうその辺にしておいてやれ。ところで今日の予定は皆、周知しておるのか?」
彼らの朝食がなかなかはかどらないので、小トラが業を煮やしてたしなめている。
「はい、朝ご飯が終わったら集まってもらおうと思ってます。あ、そんなに急がなくてもいいよ。占いの館も朝は遅い時間から始まるんで」
「なんでオープンしてから行くんだよ。奇襲かければ良いじゃないか」
万象がスクランブルエッグを口に運びながら言う。
「ええ? 奇襲なんて卑怯だあ。それに、もしかしたら反省してて、変なことやめる気になってるかもしれないし。まずは話し合いからね」
「う、まあ、それも、そうだな」
森羅にたしなめられて素直に反省する万象。悪い奴らもこれくらい素直だと可愛いのにね、と、森羅が思ったかどうか。
全員の朝食が終わると、森羅が食堂のテーブルに皆を招集する。
「みんな揃ったね。で、さっき万象にも言ったんだけど、まずは話し合いをしてみようと思う。聞く耳無持ってる奴ならそれで解決できるのが一番ありがたいからね。でもそれで埓があかなければ、もう仕方ないってことだ」
「やっつけるってこと?」
玄武・兄が聞く。
「そうだよ。でも、本当に、そんなことにはなってほしくないなあ」
「誰だってそう思ってるわよ」
朱雀が食後の珈琲を優雅に飲みながら言う。
「で、攻撃のやり方はいつもと同じで、良いんですかー」
お利口に手を上げて白虎が質問する。
「ああ、それなんだけどな」
すると横からミスターが口を挟んだ。
「なに?」
「鞍馬からの伝言だ。今回鞍馬は一乗寺の身体を借りることになるので、あまり無理をさせたくない。……ああ、一乗寺の言いたいこともわかるよ」
思わず身を乗り出した一乗寺を、手のひらを向けて押さえたミスターが話を続ける。
「なので、最初は銃を使用したいんだって。まあこれは雑魚や手練れがいっぱい出てきた時のこと」
「きっといっぱい出てくるんだろうなあ」
白虎がうんざりしたように言うのに、青龍が可笑しそうに笑っている。
「だからさ、一乗寺用にカスタマイズした銃を持ってきたんだ、あとでちょっと試してみてくれるか?」
「は、はい!」
緊張しつつもきちんと返事する一乗寺。
「ちょっと待て!」
そこへ飛び出す鶴の一声。
あーやっぱり。
ミスターはその声を聞いてあまりに思い通りな展開にちょっと苦笑いする。
万象だ。
「銃って、鞍馬は銃、撃てるのか?」
「あーはい、撃てます」
ミスターの返事に、ふん! という感じで腕組みし、向こうを向いてしまう万象。あれ? いつもならここでぎゃあぎゃあとあれこれ聞きまくるはずなのになー。ちょっと拍子抜けしたミスターが話しを続ける。
「で、思うに、銃を持っている間は、後方支援というかたちが良いと思うんだよね。最後にでかい奴の腕を切り落とさなくちゃならないんだから、それまでなるべく体力温存で」
「OK、当然だよ」
ミスターの話を聞いていた森羅が、了解する。他のメンバーも快く頷いている。
「んーと、じゃあさ、一乗寺は最初、俺と万象が護衛することにしよう」
「は?」
「ええ?」
声を上げたのは万象と一乗寺だった。
「森羅さま! 護衛などいりません。それではおふたりが危険な目に」
「いや、それでいい」
焦る一乗寺に、万象が静かに答える。
「万象さま」
「お前は最後に《すさのお》の剣を出してきて、あの嫌らしい奴の腕を斬って落とさなきゃならないんだぜ? うー、本当ならこの俺が斬り落としてやりたい! けどそれは飛火野とお前の仕事だ。そこへ行くまでの道のりをつけてやるのが俺たちの仕事。だから、それまでちっとは楽してろ」
万象のいつもながらのとっちらかった意見に、皆、なぜか安心して心が軽くなる。
それは一乗寺と中にいる鞍馬も同じだ。
「万象さま、ありがとうございます」
胸に手を当てて頭を下げる一乗寺。
そんな一乗寺から目線を外すと、万象はボソッとつぶやいた。
「鞍馬の銃の腕を近くで見極めてやる」
なるほど、鞍馬が銃を撃てると聞いて、万象はそれがどんなものか見てみたいだけなのだ。
けど、あーあ、あの「あまり上手くありません」を見ちゃったらバンちゃん熱くなりすぎるんじゃないかなー、危ないなー、これはあとで森羅さまに耳打ちしておこうっと、とミスターは密かに思うのだった。
作戦会議を終えると、彼らはいったん各々の部屋へと戻る。
武器やコスチュームの調整をするためだ。
食堂に残ったのは、小トラと桜花の2人だけ。
「さて、わしらも準備をはじめるか、のう、トラ」
と、ディスプレイに呼びかける。
「おう、大河が持ち込んだドローンの接続は出来たかの?」
そこに映っているのはトラばあさんだ。
「バッチリじゃ。一機残してあるからこれで操作練習をして見なされ」
そう言うと、小トラは通信のカメラでテーブルに置かれた小型ドローンを映し出す。
「お、わしの可愛いドローンじゃ。よし、飛んでみろ」
ディスプレイの向こうでトラばあさんがコントローラーを操作する。
すると、画面がドローンのものに入れ替わる。
そこには手を振る小トラと桜花の姿。トラはそのまま旧陽ノ下邸の中をあちらへこちらへ飛び交ったあと、庭へと出て行く。
高く高く舞い上がるドローンの映像は、旧陽ノ下邸を飛び出して、碁盤の目になった街を映し出し、東西南北に位置する周りの街を映し出す。それはトラが大昔に学校で習った平城京や平安京を彷彿とさせる。
「うむ、いつの時代も陽ノ下は美しいのう」
しばらく街並みを堪能したトラは、満足して旧陽ノ下の食堂へと帰ってきた。
「どうじゃ」
「うむ、あらためて思ったぞ」
「なにをじゃな?」
「わしはやっぱり、天才じゃ!」
あきれていた小トラが思いついたように言う。
「それならわしも天才、と言うことになるの」
あっちとこっちで苦笑する桜花と雀を横目に見ながら、トラと小トラはガハハハと豪快に笑いを繰り出すのだった。
「それでは行ってきます」
しばらくして、準備万端整えた一行は、小トラと桜花に挨拶を済ませると、屋敷を出て行く。
「おう、頑張れよ」
「穏やかに終わりますように」
このときばかりは、桜花の願いが叶ってほしいと、森羅は切に思うのだった。
旧陽ノ下邸から、森羅たちが出かけて行ったのとほぼ同じ頃。
2000年後では。
東西南北荘の中庭から、縁側ごしに声をかけてくる者がいた。
「おう、桜子ではないか。どうしたのじゃ」
そこにいたのは、現代の陽ノ下家大奥様、陽ノ下 桜子だった。
トラが部屋に招き入れると、桜子はディスプレイの前にちょこんと腰掛けて言う。
「なんだかね、誰かに呼ばれたような気がしてね」
そしてなぜかキョロキョロとあたりを見回している。
「どうしたのじゃ?」
「鞍馬さんがどこにもいないなあ、と思って。身体を貸したら、どうなるのかしら?」
「おお、それか」
興味津々という感じの桜子に、雀が説明する。
「あのね、身体は眠ったようになるんだって。本当に、叩いても揺すっても起きないほどにね。でね、〔それでは死人のようで気味が悪いと思いますので、万象くんの部屋をお借りすることにしました〕だって」
雀が鞍馬の話し方を模倣して言うので、その上手さに思わず吹き出す桜子。
「だから今、鞍馬はバンちゃんの部屋で死体になってる」
「まあ」
雀の説明に、ひとしきり笑い転げたあと、桜子はあらためてディスプレイに目を移す。
そして、ドローンが映し出しているあのテーマパーク城を興味深そうに眺めている。
「へえ、これが2000年前の占い城? 趣味悪いわねえ」
「でしょう? やっぱり悪い奴って美的センスも悪いのね」
そこへ、雀がお茶とお菓子をのせた盆を手にやってくる。
「あら、ありがとう。じゃあ、お邪魔だけどここで成り行きを見守らせてもらうわね」
「邪魔なんぞ思ってないぞ。桜子が呼ばれたと言うなら、きっと何か訳があるんじゃ」
「そうよねえ。……あ、もしかしたら桜子さまもドローンで戦うのかもよ?」
雀がコントローラーを掲げて言うと、桜子はコロコロと笑う。
「あらあ、駄目よ、私テレビやエアコンのリモコンすら、使うの苦手な機械音痴ですもの」
「ははは、そうじゃった。桜子がリモコンを使うとなぜか止まってしまうんで、使わせてもらえないのよ」
「そうなんですかあ」
「そうなのよお」
東西南北荘の熟女3人組は、なんとも癒やし系だ。
場面は変わってここは趣味の悪いテーマパーク城の入り口。
「ここが入り口? 変なの。僕、○○のメイン城の方が好き」
玄武・弟が言うのに、全く同感だと頷いた万象は、彼の頭をわしわしとなでながら言う。
「おう、気が合うな玄武、俺もだぜ。よし、これが終わったら○○のヒーローショー見に行こうぜ!」
「ほんと? だったら頑張る!」
「ヒーローショー?」
隣で首をかしげて言う玄武・兄の頭もついでにわしわしとなでる。
「そうか、兄の方はヒーローショー見たことなかったのか。じゃあ2人まとめて連れてってやる!」
「ほんと? わあ、楽しみ!」
「あ、ずるい万象、俺も~」
するとなんと森羅が横から会話に混ざる。
「俺も~」
その上ミスターまでが嬉しそうに手を上げている。
「ヒーローショーってよくわからないけど、面白そうだから俺も~」
白虎まで。
そんな大人にポカンとしていた万象だが、今度は「あーもう!」と自分の頭をわしわしとかき混ぜて、決心したように姿勢を正すと宣言した。
「わかった! 皆で行く。そうと決まればとっとと片付けようぜ」
「「おー」」
可愛く手を上げる玄武兄弟。その後ろで可愛く? 手を上げるおっさんたちは見なかったことにして。
万象は森羅の隣に並ぶと、決意も新たにゲートをくぐった。
またまた予約もなしに現れた、今度は団体様をひらひらドレスの女性が出迎える。
「ようこそ占い館へ。ご予約はなさっていますか」
「残念ながら今日も予約なしなんだ。それと、今日も占いじゃなくて先生と話がしたい」
森羅がそう説明すると、受付の女性はしばらく考えるようなそぶりを見せたあと、す、と手を上げる。
「先生はお会いしてもかまわないそうです。どうぞあちらへ」
今度は先導せず、勝手に進めというようにその手は奥を指し示している。
「ありがとう。じゃあ行こうか」
「おーっし!」
腕をぐるぐる回しながら、いつでもかかってこいや~状態の万象。
そのあとに四神たちが、そして一乗寺、最後に飛火野が続く。
広くて美しく整えられた中庭の、これまた美しく整えられたソファに、美しげなひらひらドレスをまとって、先生が鎮座していた。
「おやおや、これはまた大勢で。今日はどうされました? 皆さん私に師事する決心が出来たのですかな」
「んな訳ねえだろ」
大声で言う万象の袖を引いて、森羅が前に進み出る。
「今日は他でもない、貴方に占いをやめて頂こうと思ってやってきました」
「ほほう?」
「本来占いは、ここへ行けあれをしろと強制するものではない。降りてきた天の意思をそのまま伝え、それがどんなに意味不明であろうと、曖昧模糊であろうと、伝えられた本人が、自分で読み解いていくもの」
「なるほと」
「貴方のしていることは、人々に幸せを与えると言いながら、自分の都合良く彼らを操っているだけ。それは奴隷と同じだ」
ここまで聞いた先生は、ようやくソファから立ち上がる。
「人聞きの悪いことを言う。幸せになりたいと言うから、それなら私の占うとおりに生きれば間違いないと、その方法を教えてあげただけ。本人の意思は尊重していますよ」
「自分で考えるように言いましたか?」
「そんな面倒な事は誰も望まなかった。皆、すぐに答えを欲しがりましたのでね」
話を続けるうちに、その表情がニコリからニヤリへ、そしてどうにも嫌らしい笑みへと変わっていく。
「だったら私が取り込んで、普段は素敵な夢を見て、必要なときにだけ出てきてもらえば、本人も幸せでしょう?」
「んなもん、どこが幸せだってんだよ!」
とうとう万象が怒りだした。
「貴方とは幸せの基準が違うのでしょう。ああ、もうこれ以上話を続けても無駄ですね」
と言うと、嫌らしい笑みがどんどんエスカレートし、その口が裂けるほどに大きくなった。
「お前らウザい! それならこっちにも考えがある」
そう言うと、そいつの身体があのときのように膨れ上がり、ひらひらドレスがまた引きちぎられた。胸の真ん真ん中にはやはり見た目に似合わない美しい光がきらめいている。
ウオー!
奴が声を上げると、光がどんどん増していく。
「なんだ?」
「「皆さん! 直視しては駄目です!」」
青龍と龍古が同時に叫ぶ。
森羅と四神、一乗寺と飛火野はとっさに視線をはずしたのだが。
けれど。
「あ……、あ、……」
万象は一瞬それが遅れてしまったようだ。
ぼーっとそこに立ったまま、まるで操り人形のようなガクガクした動きで何やら訳のわからない言葉を紡いでいる。
「万象? しまった!」
森羅が彼を抱きかかえると、すい、と四神が彼らの前に出る。
「ダーー! ひとりだけかよ! けーど森羅万象の1人か。ハッハーこれは愉快だ!」
「うるさい、おまえなんか!」
嫌らしい言い方に怒った玄武・弟が耳に手を当てて嫌な音を出す。
「うん? なにか言ったか? おお、玄武の嫌な音攻撃。ざーんねんでした」
「え?」
よく見ると、そいつの耳には耳栓がはまっている。
「卑怯者! うう、くやしい」
手を握りしめてうつむく玄武・弟。
それよりも、心配なのは万象だ。抱きかかえている森羅の腕から逃れようと、大暴れに暴れている。森羅は万象にケガをさせたくないので、どうしても防御がゆるくなる。
「ぐっ」
みぞおちに拳を入れられながらも耐える森羅。
「森羅さま、俺に任せろ」
「俺もだ」
白虎とミスターが加勢に入る。
だが、万象はどこにそんな力があるのかと言うような馬鹿力で2人の手を払う。
「おお、おお、そろそろだな。おい、お前」
楽しそうにそれを眺めていた奴が、万象に向けて言う。万象は急におとなしくなった。
「どうやらあの光が、人を操っているようだ」
口元から流れた血を拭いながら、森羅が言う。
「そんなに近くにいるなら、外さねえよなあ。なあお前、森羅を撃て!」
皆が驚く中、万象がサッと銃を取り出し、隣にいた森羅の額に、ピタリと銃口を当てた。
「おお、いいねえ、森羅万象ここに最後の時を刻む、なんちゃってね」
万象の指が引き金にかかろうとして、けれどなぜか躊躇している。心の奥にある万象が万象自身を抑えているのだろうか。
「どうした? そいつは憎ーい敵だよー」
苦悶の表情を見せながら、万象の指は震えている。
止めに入ろうとした白虎とミスターを森羅が目で抑える。
万事休すか。
そのとき。
♪~~、♪~、♪~~~♪
どこからか美しい声が聞こえる、それは日本の雅楽のような響きを放つ。
はっと顔を上げる四神たち。
「なんだ?!」
奴も辺りを見回すが、どこにも声の主はいない。
♪♯~~~、♭♪~~♪
♪~~~、♭♪~、♯♯♪~~
今度は二重奏のように声が重なる。
そのメロディは四神たちには温かく懐かしい。
けれどあの嫌らしい奴にとっては、不愉快極まりないもののようだ。
「ぐぐう……」
耳栓をしているにもかかわらず、そいつは頭を抱え込んでうずくまる。
そして。
「「万象よ、目を覚ましなさい」」
そんな声がどこからか聞こえてきた。
「「あ」」
青龍と龍古が空を見上げて思わず声を出す。
普通の人にはとても見えないほどの上空に、4台のドローンが城を囲むように飛んでいる。
声はそこから聞こえているのだ。
とそこへ、城のゲートからドローンが何台か入ってきた。
「?」
何事かといぶかしがる皆に、ドローンが話し出す。
「今、桜花と桜子が、あっちとこっちで、万象にかけられた呪詛返しを行っておる。安心せい」
その声は小トラだった。
「桜花が、おかしくなって帰ってきた者どもの呪いを読み解いておいてくれたのじゃ。目が死んだようになっておった者も生き返ったそうじゃ。ラッキーじゃな万象」
今度はトラばあさん。
「呪詛返しか」
現代に生きる者にはわかりにくいだろうが、2000年前にはそういうことが出来る者が当たり前にいた。
陽ノ下家大奥様である桜花は、代々、陽ノ下の守護を司る巫女なのである。
もちろん、桜子も世間に公表はしてはいないが、陽ノ下の大奥様としてそれを受け継いでいる。呼ばれたような気がしたのは、このことだったのだろう。
そして。
トラと小トラ、2人の天才が持つ技術が、2つの時代を繋ぐ橋渡しとなる。
本来なら桜花と桜子2人がこの場へ来て行うまじないを、ドローンを通して、しかも2000年の時を超えて、行えるようにしたのだ。
遠い昔から引き継がれてきた、目には見えない大きな力と、日々努力と進化とひらめきで培ってきた技術が、ここで融合している。
万象の瞳に、だんだん光がよみがえっていくのがわかる。
しばらくすると。
「……ああ」
深い眠りから覚めたように大きく息をついて、万象は何度か瞬きをした。
「おはよう、万象」
額に銃を突きつけられたまま、森羅がにこりと笑う。
「ああ、森羅か………、って、ええ!?」
自分が何をしているのか、ここへ来てようやく理解した万象は、慌てすぎて銃を取り落としてしまう。
「おっと!」
すかさず白虎が地に落ちる前にそれをキャッチした。
「だーめだよお、バンちゃん。暴発したらどうするの」
「ああ、悪い、ってそんな事はどうでもいい! なんだ今の! 何で俺」
「あの嫌らしい奴のせいだよ。やっぱり呪詛のたぐいだった」
「え? ああ、そうか。でも」
ようやく光に幻惑される前を思い出した万象が、ガバッと頭を下げて言う。
「すまない森羅! 呪いをかけられたからって、よりによってお前に銃を向けるなんて!」
「謝るのは万象じゃない、あいつだ」
かなり頭にきているだろうに森羅は、静かな目でまだうずくまっている奴を見る。
すると、またドローンから声がした。
「万象、よみがえったか?」
「へ? トラばあさん? あ、ドローンか。いやあ、助かった、ありがとう」
「礼なら桜花と桜子にあとでいっぱい言え。で、皆の衆よく聞け。桜花と桜子が出来るのはここまで、奴の呪いを解いたり呪詛を返すことだけじゃ。あいつをどうにかするのはやはりお前たちにしか出来ん。わしらもできうる限り協力はするが、ここからは何とか頑張ってくれ」
「「はい」」
あちらからこちらから、頼もしい返事が返ってくる。
「でね、バンちゃん」
急にドローンの口調が変わる。どうやら桜花のようだ。
「ちょっとこっち見て」
と、万象の目の前に1台のドローンがやってくる。
「え、はい」
万象が前に立つと、パッとストロボのような光がした。
「うえっ! 何ですかこれは」
「あの光に対抗する呪詛返し。これでもうあの光を見ても大丈夫」
「へえ、ありがとうございます」
なんだかよくわかっていない万象を微笑みながら見ている森羅。
その森羅が一度肩を落として息を吐き、次に四神たちの方へ振り向くと、凛とした声と表情で宣言する。
「やはり話をしても、聞く耳は持っていなかった。どころか、俺たちの大切な万象をおとしめて高笑いするような奴だ。許しがたい。奴には早々にこの世界から出て行ってもらおう。いいか」
「もちろん!」
「森羅さま、カッコイイー」
「「はい!」」
意気揚々と返事を返す四神たちが見たのは、なぜか顔を真っ赤にしてうつむく万象だった。
「俺たちの大切な万象って……、んな恥ずかしい台詞しらふでよく言えるよな、森羅」




