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第3話 2000年を隔てた会議


 ここは夕餉も無事に終わった、旧陽ノ下邸のくつろぎの間。

 そこに、2000年後と通信がつながったディスプレイが用意されている。小トラ、桜花、森羅万象と四神たち、そして飛火野が、各々くつろいだ様子を見せながらも、真剣にディスプレイの向こうと話し合いを進めていた。




 西野家から帰ってすぐ、森羅から事の成り行きを聞いた小トラが、最初に提案したのは。

「じゃったら、以前にも一度あったじゃろ。神さまに頼んで、鞍馬にこっちに来てもらったことが。それで解決するんではないか?」

 そう、前にも一度、神さまの計らいで鞍馬はこちらに来たことがあるのだ。森羅もそれを一番に推そうとしていたのだが。

ドドーン! ズカーン!

 いきなり大音響が響き渡り、もうもうとした煙の中から現れたのは。

「よう」

「ヤオヨロズ、ちょうど良かった。今お前さんを呼ぼうとしていた所じゃ」

 おなじみ、神さまのひとり、ヤオヨロズだった。

「ああ、話は知ってる」

「おおそれなら」

「答えは、NOだ」

「なんじゃと?」

 この回答には、小トラだけではなく、そこにいた全員が驚きの表情を見せる。

「なんでだよ。あんなひどい奴ほっとけって言うのかよ!」

 予想通り、一番に声を上げたのは万象だ。

「いーや、なんとかせにゃならんのは決まり切ってる」

「だったら!」

 まだ言いつのろうとしている万象を、森羅が押しとどめる。

「ちょっと万象、ヤオヨロズの話も聞こうよ」

「ああ、そうしてくれるとありがたい。俺たちだって、鞍馬がこっちへ来るのが一番手っ取り早いってのは、わかってるんだ」

「だったら!」

 また言いつのる万象の腕を、森羅がつかんで首を振る。

「ただし」

「?」

「あの技は、1回限りだ。あの時も出来れば避けられれば良かったんだが」

「え? どういうことだよ」

「まあ、使えない事はないんだが、2回目以降は、著しく鞍馬の寿命が削られることになるんだ」

「え」

 これにはさすがの万象も二の句が継げず、しばらくしてから「なんだよそれ」「どういうことだよ」と、ヤオヨロズに食ってかかるはめになった。

 説明によると、本来そこにあるはずのないものをあることにするためには、相当の力がいるらしい。神さまにだって出来ることはだいたい決まっている。この間の場合はその法則を押し切っての事だったため、きっかり24時間と言うくくりだったのだ。それ以上はさすがに危ないと判断したためだ。

 で、繰り返しそういうことを行う場合、本人を直接持ってこなくてはならない。最初に言った、寿命を削るというやり方だ。

「まあ、鞍馬は千年人だから多少寿命を削っても、とか思ってるだろ? いやいや、そんな甘いもんじゃないんだぜ。下手したら、今回のであいつが半分、いや三分の二も早く消えちまうかも。いや、そこですぐに消えちまうこともあり得るんだな」

「そんな」

 またここで万象は二の句が継げなくなった。いや、万象だけでなく森羅さえも眉をひそめている。

「ねえ、ヤオヨロズ」

 しばらくして、ふいに森羅が聞いた。

「うん、なんだ」

「最初のでさ、鞍馬の寿命ってどのくらい削られたの?」

「ああ? あー、えーと、10年くらいかな」

「じゅ、10年も? あ、ってあいつは1000年生きるんだよな」

 万象が自分の目安で言うのに、ヤオヨロズは思わず苦笑する。

「たかが10年、されど10年だ。鞍馬がその10年で出来たであろうことは、なにものにも変えられないんだぜ」

「あ」

 その言葉に気がついて、ちょっとうつむく万象。

「だから、悪いがその案は却下だ。鞍馬なら寿命が削られるのなんて承知の上でOKしちまうのは目に見えてる。けど、あいつが良くても、俺たちやお前たちが、もっと言えば宇宙が困るんだよな。……なにせ春夏秋冬だしな」

 最後は、ほとんどきこえないつぶやきだった。

「わかった。だったら他のやり方を考えねばならんの」

 と言うわけで、2000年の時を超えた作戦会議がなされていると言うわけだ。


 念のため、ヤオヨロズに聞いてみたところ、ふたつの時代における神の剣と呼ばれる代物は、《こうじん》と《すさのお》の二振りだけだそうだ。

「他の時代にはあるの?」

 と言う玄武・兄の鋭い質問に、

「あーどうだったっけかなあ」

 などと苦しい言い訳をしたところから見ると、他の時代にもいくつかは存在しているようだ。

 だが、他の時代にあっても、今使える物でなければ何の意味もない。

 ヤオヨロズはそのあとは、アドバイザーという形で質問にだけは答えよう、と言い残すと、また大音響を残してどこかへ消えていった。もう一つ「まあ、あきらめなさんな」と、とっても頼もしい? 言葉も残してね。




 話を聞いた鞍馬の最初の提案は、皆が思ったとおり、

「では、私が再び2000年前に行きましょう」

 と言うものだった。

 これには万象が一番に反対を唱える。

「駄目に決まってんだろ! 何考えてんだ!」

 事情を知らないのならともかく、ここにいるすべての者は事情を聞かされている。それで鞍馬の意見に賛成する者などいるはずがない。

「なんとかあいつを俺たちの時代に引っ張ってこられないかな」

 万象が言うが、相手も馬鹿ではない。2000年後に現れた暁には、すぐさま飛火野と鞍馬に腕を切って落とされるのは目に見えているのだ。そんなところへのこのこと出向くはずがない。

 2000年の時を隔てた作戦会議は、いい加減煮詰まっていた。


「少しリフレッシュしましょうか。皆さんお疲れのようですので、お茶を入れてきましょう」

 そんな様子を見ていた鞍馬が、休憩を提案する。そしてディスプレイ越しに万象に呼びかけた。

「私はこちらで、万象くんはそちらで何か飲み物を用意してくださいますか?」

 すると、考え込んでいた万象がはじかれたように立ち上がる。

「おう、そうだな。おーっし、ちょっと休憩だ。一乗寺、オーダー取ってくれるか? 俺は何でも入れられるように厨房の用意しとく」

「はい!」

「「僕らも手伝う」」

 玄武兄弟が万象のあとから厨房へと飛んでいく。

「おうおう、2000年前には、頼もしい助っ人が3人もいるんでバンちゃんは楽じゃの。さて、鞍馬は? 手伝いはいらんかの?」

「はい、楽勝です」

 東西南北荘には、今はトラと雀とミスターしか残っていないので、鞍馬は珍しく冗談など飛ばせるほどだ。そんな鞍馬に楽しそうに手を振った雀に会釈して土間へと向かう。

 キッチンの土間に降り立ったところで、鞍馬がふと思いついて提案した。

「そう言えば、ブルーベリーが食べ頃だったはずです。少し摘んでお茶のお供にしましょうか」

「わあ、鞍馬、気が利くわね」

 嬉しそうな雀にもう一度会釈して、小さめのかごを持って庭から少し離れたブルーベリーの木が幾本もあるあたりへ行く。

 美しく輝く三日月が鞍馬を見守る中、濃い紫のみずみずしい実を摘んでいると、いつの間にかそこにヤオヨロズが立っていた。

「悪いな、皆に寿命の事を言っちまってよ」

 頭を掻きながらも、少しも悪いと思っていなさそうなヤオヨロズに、鞍馬は苦笑を返すしかない。

「いいえ、私でも他の方がそんな無謀なことをするとわかっていれば、お止めします」

「だよなあ」

「ですが、いざとなれば、私は本当に寿命が短くなってもかまいません」

「またまた、言ってくれるねえ」

 ヤオヨロズは可笑しそうに笑ったあと、次に恐ろしいほどの迫力で言う。

「けれど、こればかりは許されぬ。お前には春夏秋冬として、その寿命尽きるまでやってもらわねばならぬことがある」

 そこまで言ってまた元に戻ったヤオヨロズが何気なく言う。

「まあ、あんまり早くお前さんに消えられると本当に困っちまうんだよ。それより何より、あんまり早い別れだと、夏樹が泣くぜ」

 ニヤリとして言うヤオヨロズに、また痛いところを突いてきたなと鞍馬は思う。

「わかりました」

 ため息をついてまたブルーベリー摘みに専念していると、ヤオヨロズがなんだかゴホン、ゴホンとわざとらしく咳払いなどしている。

 何かと思ってそちらを見やると、なんだか含んだような表情でこちらを見たりあちらを見たり、忙しいことこの上ない。

 その様子に可笑しくなってうつむいたとたん、ふいにリュシルの顔が頭をよぎった。

 いまここで、なぜ? とは思ったが、ヤオヨロズなら彼女の近況を知っているだろう。聞いてみるのも良いかもしれない。

「そう言えば、リュシルは元気にしておられますか?」

「え? ああ! あの跳ねっ返りの姉ちゃんか! ああ、ああ、ものすっごく元気だぜえ。大神に、もっと面白い事はないのか~って文句言いに行くくらいにはな」

 なぜかものすごく嬉しそうにヤオヨロズが言うのに、大神さままで困らせているのか、と、ほんの少し心配になってため息をついて。

 ふと、何かがよぎる。

「……?」

 そして、突然、あのときのことを思い出した。

「ヤオヨロズさん」

「うん? なんだあ」

 ヤオヨロズはなぜかまだものすごく嬉しそうだ。

「もし、千年人に身体をお借りすることが出来れば、《すさのお》の剣はその時代に顕現できますか?」

「ああ、もちろんだ」

 解決法があった。

 ほっとした鞍馬は身体の力が抜けていくのがわかる。

 と、ここで鞍馬は気づく。

「ヤオヨロズさん、もしかして」

「ん、なんだあ? 俺は一言もあの姉ちゃんの事なんて、言ってないぜえ」

 やはりだ。

 神さまは直接、人にアドバイスは出来ない。

 ただ、その心に、第六感に働きかけるだけ。

「私も何も言っていませんよ、ただ、もしかして、と言っただけです」

「あれ? そうかあ?」

 ここへ来てもとぼけるヤオヨロズに、きちんと頭を下げて「ありがとうございます」を言ってから、鞍馬は皆にこのことを伝えるために、ブルーベリー摘みを早々に切り上げたのだった。



 そして再開された2000年を隔てた会議。

「一乗寺の身体を借りる?」

 事情のわかっているこちらのメンバーは、すぐに賛成してくれたが、あの時は知り合ってもいなかった2000年前のメンバーには一から説明しなくてはならなかった。

「はい、最初にこちらで龍古さんと玄武弟くんを助けたときに、私はまだ修行不足だったため、ある強い千年人に身体をお貸しして、急場をしのぎました」

「あのときの鞍馬、かっこよかったもんなあ。大河、思わず惚れちゃったもん」

 頬に手を当てて恥ずかしそうに言うミスターは、青龍と龍古がディスプレイの向こうからあきれて見ているのに気づき、説明を加える。

「って、鞍馬じゃないよ、中の人! 絶世の美人だそうだよ。しかも、〔誰だお前は? だったら援護しろ〕って、なにあの超俺様命令口調! あーやっぱり惚れちゃう。お目にかかりたーい。……いて!」

 身体をくねくねさせるミスターの頭を一発どついてから、トラが鞍馬に先を促すように言う。

「それで、どうするのじゃ?」

「先ほどヤオヨロズさんに確認したところ、私が一乗寺さんに身体をお借りすれば、《すさのお》の剣を顕現できる事がわかりました」

 ほほう、とあちらからもこちらからも声が上がる。

「けどさ!」

 とここで万象が心配そうに手を上げる。

「寿命は? 身体を借りる方も貸す方もどっちもだ!」

「それもご心配には及びません。ただ、貸す方は消耗が激しく、回復にはしばらく時間がかかるかと思われます」

 と、ここで経験のあるトラや雀はうんうんと頷く。

「そうよねえ、いつもはほとんど寝ない鞍馬が、あのときは一昼夜寝てたもんねえ」

 雀が懐かしそうに言うと、ディスプレイの向こうから、玄武・弟の楽しそうな声が聞こえてきた。

「僕も覚えてる! あのときまだ鞍馬さんは日曜日に料理作りに来てくれてたんだよね。それで、倒れたって聞いて、ものすごいイケメンが来たの!」

「ものすごいイケメン?」

 不思議そうに聞く玄武・兄に万象が説明する。

「夏樹っていう料理オタクだよ」

「バンちゃんと一緒だね。で、そのものすごいイケメンが、シュウさあーんって鞍馬さんにすがりついて、涙ボロボロこぼして泣くんだもん、すごく可笑しかった」

「そうそう、懐かしい~」

 ディスプレイのあちらとこちらで、楽しそうに目を見交わす雀と玄武・弟。その後ろでは鞍馬がなんとも言えずに苦笑をしている。

「そういうわけですので、本当に申し訳ありませんが、一乗寺さん、身体をお借りしてもよろしいでしょうか」

 気を取り直して2000年前にいる一乗寺に呼びかける鞍馬。

「もちろんです! 存分にこの身体、使ってください!」

 一乗寺は皆の役に立てることと、何より鞍馬と一体化出来ることが嬉しくてたまらないのだ。

「ありがとうございます。それで、もしかしたら本気を出さねばならない場合もあるかもしれません。そのときは身体の様子を厳しくチェックしながらにするつもりですが、消耗がかなり激しくなるかもしれません」

「大丈夫です。腐っても千年人ですよ」

 どん、と胸に手を当てて言う一乗寺に、再び頭を下げる鞍馬だった。


 ここへ来て、どうにかあの嫌らしい奴を倒せる算段がついた。



 悪い奴はいつ現れるかわからない。

 だからここで一気に、と焦る万象を森羅がなだめにかかる。

「大丈夫だよ。あいつのいるところはわかってるし、それにまだ油断してるから、夜の間は襲ってこないよ」

「何でそんなことがわかるんだよ」

「あいつは昼間、占いを生業にしてるだろ。だから夜はよく寝て体力を蓄えてるはずさ。だから、俺たちもよく寝て明日に備えよう。てことで、今日は俺もう風呂入って寝る、お休み~」

「ちょ、森羅!」

 その日は夕飯を早目に済ませていたので、会議が長引いたとはいえ、宵っ張りの者にとってはまだ夜は長い。

 森羅に振られた? 万象も、仕方がないので風呂に入り(旧陽ノ下邸には大小合わせて3つも風呂がある。リラックスしたかった万象は、今日は大浴場へ行った)自室へと戻る。

 しばらくゴロゴロしたり持ってきたゲームをしたりしていたが、ちっとも眠くならないのでどうしようかと考えていたところへ、コンコン、と控えめなノックの音がした。

「万象さま、まだ起きておられますか?」

 その声は一乗寺だった。

「おう、なんか寝られなくてさ、どうしようかと思っていたんだ」

「入ってもよろしいですか、実は私も眠れなくて」

 万象は、仲間がいたことに大いに嬉しくなって、大歓迎で一乗寺を迎え入れる。

「さあさ、どうぞこちらへ~って、いつも掃除してくれてるから勝手知ったるだよな」

 ふふ、と笑って入ってきた一乗寺の手には盆があって、そこにポットとティカップが乗せられていた。小さな砂糖菓子も添えられている。

「リラックス効果のあるハーブティを用意して来ました」

「気が利くねえ。けど珍しいよな、一乗寺が眠れないなんて」

 ベッドの横にあるちゃぶ台に向かい合って座ると、一乗寺がお茶を入れてくれる。

 ふわりと優しい香りが部屋に漂った。

「明日また鞍馬さんに会えると思うと嬉しくて……、なんだか皆でピクニックに行く前の日みたいで。でも明日は敵と戦うって言うこんな時なのに」

 一乗寺は嬉しさと厳しさが入り交じった複雑な表情でいる。

「あーでもわかるぜえ。俺も遠足、って……そう、ピクニックの前の日は眠れないタイプだったからな」

 そう言うと、一乗寺はとても嬉しそうにした。

「じゃあこれを飲んだら寝るかな、お前もここで寝ればいいぜ。っていってもソファだけどな、それで良ければな」

「はい、充分です」

 そのあともぽつりぽつりと言葉を交わしていたが、一服のハーブティを飲み終わったところで急に眠気が押し寄せてきた万象は、「じゃあお先に」と、ベッドへと入る。

 一乗寺は盆の上をさっと整えたあと、なぜかソファへは行かず、万象の寝ているベッドの横に来て、腕を重ねてその上に顎を乗せて微笑んでいる。

「どうしたんだよ」

「いえ、ここの方が落ち着くなと思って」

 そう言えば、万象が遊びに来て体調を崩したりすると、こうやって一乗寺が寝ずの番をしてくれるのだ。万象が寝るまで手や背中をさすったり、熱が出たときはおでこに乗せたタオルを替えてくれたり。

 そんなことを考えているうちに、ふと見ると一乗寺の方が先にすやすやと寝息を立てていた。万象は彼を起こさないようにそっと上掛けをかけてやり部屋の明かりを落とす。

 しばらくは闇に目をこらしていたが、次第にまぶたが重くなり、万象も夢の中へと落ちていくのだった。



 それより少し前、東西南北荘では、夕飯の片付けを終えた鞍馬が出発の準備を整えているミスターに声をかけていた。

「ミスター、すみませんが少し付き合って頂けませんか?」

「ええ~? とうとう遺伝子くれる気になったのお」

「それとこれとは、話が別です」

「もう、鞍馬のケチ。で、付き合うってどこへ?」

「はい、これから銃の練習をしたいので、ミスターに見て頂きたいのですが」

 あまりにも意外なお誘いに、ミスターはしばし、ほえ? という表情で固まっていた。

「え? 鞍馬、銃撃てるの?」

「はい、あまり上手くはありませんが、一応の心得はあります」

「なんとまあ!」

 そして、さすがにこの時代の日本で実弾を使うわけにはいかないので、フェイクのプラスチック弾を込めた銃を使用し、中庭に急ごしらえしたマトに向けて鞍馬が撃ち込んでいる。

 ミスターは、これであまり上手くないと言うのなら、いったい鞍馬の言う上手いとは、どんだけすごいんだ! と内心ツッコミを入れつつ練習に付き合っている。

 先ほどから見ている限りでも、ほとんどマトの中心を外していない。

「あー大体わかったけど。で、特に言うこともないよ」

「そうですか。久しぶりなので腕がなまっていては一乗寺さんに申し訳ありませんので」

 そこでようやくミスターは鞍馬の意図に気がつく。

「明日のためなの?」

「はい、なるべく一乗寺さんの身体に負担がかからないように、明日ははじめのうちは、銃を持たせて頂くつもりです」

「ははーん」

 刀を使う戦いは、ある意味身体を酷使する。一乗寺は日頃長刀なぎなたを使うが、それと刀とでは扱いも動きも大きく違う。その上明日持つのは《すさのお》の剣だ。顕現させるだけでも相当の力を使うのだろう。

 その点、銃はその場で動かずにでも攻撃は可能だ。鞍馬は最初のうちはできるだけ刀を使わずにいたいのだろう。

 それにしても。

「こんなに銃の扱いが上手いんだからさ、鞍馬も銃を持てば?」

 当たり前の事を言ったつもりだが、なぜか鞍馬は首を横に振る。

「いえ、人は思いも寄らない動きをしますので」

「?」

「こちらが急所を外したつもりでも、慌てて動いてそれが急所に当たったり、悪くすれば命を失うことになりますので」

「ははーん、それは鞍馬自身の経験から?」

「いいえ、そのような場面を何度も見てきましたので。一度放った弾の軌道を変えることは誰にも出来ません。その点、刀はこちらの意思で寸前まで思い通りに動かせますから」

「ああ、なるほどね」

 鞍馬はできうる限り人の命を奪わないと決めているのだ、きっと。

 千年人がすべてそんなではないだろうし、実際、鞍馬が身体を貸したくだんの美人は、敵を倒すのに何の躊躇もないようだったし。

 それは百年人もで千年人でも同じような、個々人の思いの違いなのだろう。

 けれど他人の思いに茶々を入れたり、無理矢理に思いを変えさせるような事を千年人はまずしない。

「明日は一乗寺さんのお体が一番大切ですので」

「そうだな。んじゃもういっぺん撃ってみてくれる? なんかアドバイス出来ること、あるかも」

「はい、ありがとうございます」

 微笑んで礼を言ったあと、鞍馬はまた銃を構えるのだった。


 そうしてすべては、明日へと続いていく。







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