第2話 占い師とは名ばかりの
西野家の領土から南西に少し外れたあたり、ゴツゴツした岩と茶色い土が広がる荒野の、少し開けた所にそれはあった。
「なんだあれ?」
万象があきれたように言う。
それもそのはず、荒野にそこだけが異空間だった。2000年後で言うテーマパークと表現すれば良いのか、茶色を借景にして、色も鮮やかに塗りわけられた西洋のお城もどきがそびえ立っているのだ。
「まるで、○○のメイン城だな」
「なんだそれ?」
「今度つれてってやるよ。にしても、あんなふざけた建物が真面目に占いするところだって? しかも、帰ってきた奴は絶賛するんだよな。なんか悪い薬でも飲まされるんじゃないのか?」
不穏なことを言う万象に続いて、森羅も頷きながら言う。
「2000年後には、そんな変な薬があるのか。けどこっちでは、呪詛のたぐいをかけられたって感じかな」
「うえ! そっちのが怖ええ」
うんざりしたように言う万象をちょっと微笑んで眺めた森羅が、気を取り直して歩き出す。
「それでは、中ではどんな事が起こっているのか、のぞきに行こうではないかね、万象くん」
「茶化すなよ」
肘で腕をつつく万象と楽しそうにそれを見やる森羅に、飛火野が控えめに声をかける。
「おふたりとも、どうか気を抜かれませんよう」
すると、ふたりはそろって返事を返すのだった。
「わかってるよ」
「あったりまえだ!」
城を見上げるように作られた重厚な石のアーチをくぐると、そこにひらひらしたドレスをまとった女性が立っていた。
「占い師さまの城へようこそ。ご予約の方でしょうか?」
「いいえ、こちらの占いが素晴らしいと聞いて、是非占って頂きたいと、無理を承知でやってきたのですが」
森羅がいかにも人の良さそうな風を装って言うと、その女性は怪訝な顔をしたあと、「お待ちください」と奥へ引っ込み、またすぐにやってきた。
「どうもお待たせしました。皆様はついておられますよ。今日はさほど急ぎの占いは入っておりませんので、すぐに占いできます。どうぞこちらへ」
顔を見合わせた森羅と万象がかすかにうなずき合ってあとへ続く。
飛火野は、彼らの後ろを用心深く目を光らせながらついていく。
建物の中は占いをすると言うより、本当にテーマパークのように明るく光があふれかえっている。思っていたのと違うその様子にキョロキョロとあたりを見回している万象と、何やら頷きつつ歩を進める森羅と。
そうこうするうち、彼らはより一層明るく光りに照らされた城の中庭のような所へ出る。
「あちらにおられますのが、占いをなさる先生です」
その中央あたりに、大きなソファのようなものに腰掛けた、ドレスをまとった男性がいた。
「へえ、占いの先生は男か」
万象がつぶやいたのと、その男が立ち上がるのが同時だった。
彼は芝居がかったように両手をゆっくりと広げ「ようこそ」と、よく通る声で言う。そして彼らのそばに控えていた女性に1つ頷くと、彼女は深くお辞儀をして、そそくさとその場を出て行った。
「いや、ここのところ占いが立て込んでいたのですが、今日に限ってぽっかりと時間が空いてしまいました。ついておられますな」
「ええっと、で、占いってどうやってするんですか? 住所氏名年齢職業なんかをどっかに書いたり言ったりするんですか?」
万象がからかうように、2000年前のここでは必要のないことを言う。
「住所氏名? 何ですかそれは。面白い事を言う方ですな。ですが」
と、その男はドレスをひらめかせるようにして一歩前へ進み出ると、この一見清々しい場にふさわしくないような嫌らしい笑みを浮かべた。
「あなた方の事は、知っていますよ。……森羅万象、そして《こうじん》の剣を持つ、飛火野」
「「え?」」
驚く3人に、楽しそうに答える占い先生。
「どうしましたか? 占い師ならこれくらい出来て当たり前でしょう? では拝見……、……、ほほう、なるほど」
しばらく3人を交互に見てにやついていた先生は、もっと嫌らしく微笑んで言う。
「あなた方3人には、このあと、とんでもない災難が降り注ぐ、と出ていますよ」
「なにを!」
万象の声など耳に入っていないように先生は続ける。
「おまけに、悪くすれば命に関わる、………これは大変ですな」
その言葉が終わらないうちに、占いの先生の身体がボウンと膨れ上がり、ひらひらのドレスは無残にも引きちぎられた。
そこに現れたのは。
まともに見ると吐き気がしそうな嫌らしい笑いと、ぐねぐねと伸び縮みしながら動く腕に曲がった2本足。それに反して、胸の真ん真ん中には美しい光が輝いている。察するに、あれが奴の急所なのだろうか。それにしてもわかりやすい急所だ。
「くそ! 何で銃を持ってこなかったんだ」
万象が悔しそうに言うが、いきなりこのような場面に出くわすとは、さすがの森羅たちも予想をしていなかった。
「仕方ない。万象は下がってて」
「いいえ、おふたりは後ろへ下がっていて下さい」
今にも飛び出していこうとする万象を抑える森羅の、そのまた前に飛火野が立って言う。そして、手を大きく天に伸ばして《こうじん》の剣を取り出した。
ザッと地を蹴って飛び出した飛火野は、一直線に胸の光へ向かっていく。
だが、ぐねぐねしているそいつの腕は、変な動きをする上に、思ったよりも早い。
ギィン!
キン!
飛火野の素早い動きをことごとくかわしつつ、そいつは何かをしようとしているようだ。
「おわっ」
いきなり伸びてきた腕が、万象に襲いかかる。
だが万象もただでやられてはいない。最近は接近戦でもかなり腕を上げているのだ。横っ飛びに飛ぶと、そいつに回し蹴りを食らわせる。
ビシッ
だがそんな攻撃では、こいつには全然利かないようだ。万象は「くそお」と何度もその腕を蹴りつけると、あきらめたように腕は引っ込んでいった。
「やるじゃないか万象。……おっと」
今度は森羅の方に襲いかかった腕を、羽の剣を取り出していた森羅が斬りつける。だがすんでの所でその攻撃はよけられてしまう。
「なかなかやるな」
「こいつ、けっこう動きが速いぜ!」
すとん
すると攻撃を続けていた飛火野も彼らの隣へ帰ってきた。
「私が奴の懐へ飛び込んであの光を攻撃します。ですので」
「だったら俺たちがあの腕を引きつけよう。俺は向かって右だ」
「おっし、じゃあ俺は左!」
「え?」
飛火野は2人に後ろに下がっていてほしかったのだが、そんな安全圏に入るような柔な彼らではなかった。
走り出す2人をあきれた表情で見ていた飛火野だが、すぐに気持ちを切り替えてまっすぐ奴の胸へと向かっていく。
右側へ走り出した森羅は、時々立ち止まっては巧みに胸から腕の先端を離していく。
胸の光がかなり見えるあたりまで腕を引き離すと、「飛火野!」と叫んだ。
間髪を入れずに飛火野が「ええい!」と言う気合いとともに《こうじん》の剣をふりかざして飛び上がり、まずは腕の付け根に斬りかかる。すると腕は根元から簡単に斬って落とされた。先端は頑丈だが、付け根のあたりはそうでもないらしい。
どおん!
腕が地に落ちる。
「やるな飛火野!」
叫ぶ万象に答えるように地に降り立った飛火野が、胸をめがけて飛び上がろうとしたそのとき。
「ほほう、けどね、腕は2本あるんだよ」
そいつは可笑しそうに、今ので隙が出来てしまった万象を巧みに捕まえてしまう。
「うわあ!」
「万象!」
森羅は瞬間移動を使って一瞬で左側へ行くと、羽の剣で腕の付け根に斬りつけた。
だが。
落ちるはずの腕はびくともしない。
「残念でした。この腕はね、神の剣でないと斬れないんだよねえ。しかも左右同時じゃないと……」
嫌らしい笑みでそいつが言うと、なんと、飛火野に斬り落とされたはずの腕がグニャリグニュリと復活し始めたのだ。
「また生えてくるの」
「なんだって」
驚く森羅と飛火野だが、今は万象の救出が先だ。
飛火野は今度は向かって左側の腕に飛び込んでいく。
「ええい!」
ドサッ
「うおっ」
腕とともに、万象も地に落ちる。
飛火野はすかさず万象を抱えてそいつから距離を取った。
「大丈夫か、万象」
森羅が走り寄る。
「いってー、ああ、大丈夫だ。けど……」
嫌らしい笑みを浮かべながら両腕を回復したそいつは、けれどもう襲っては来なかった。
「さあどうしようかなあ。神の剣で両腕同時に切り落とさないと俺は倒せないよ。けど、ここには神の剣は1本だけ。もう1本持ってこなくちゃねえ。あ、そうかあ、たしかもう1本の持ち主は、ここには来られないんだあ。残念だねえ。だったらもう、諦めたら?」
その嫌らしい言い方に、万象は声を張り上げる。
「うるせえ! 何がしたいんだお前は!」
「そんなの決まってるでしょ、皆を幸せにしてあげるの。現に占いしてもらった人は幸せそうでしょう、世間のゴタゴタから解放されてさあ」
「なんだって? それって」
「目が死んでるって言ってたな。心か、魂に、何か細工されたのか」
「魂に細工って、……そんなのもう生きてるって言えないじゃないか」
万象が驚いたように言うと、奴は余計に嫌らしく笑いながら言う。
「ええ~? 生きてるよお、この俺様が指示するとおりにさあ」
「操っているのか!」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 良い夢見てるの」
くそお! と、万象はふと目についた棒きれを槍のように構え、奴の胸めがけて放つ。
だがそんなものが役に立つはずがない。いとも簡単にはじき落とされてしまう。
「ああ、ムリムリ。この腕がある限り、ここは撃てないよ」
と、見た目は神々しい光を放つ、胸の真ん真ん中を指し示した。
「けどさあ、ずいぶん早いお出ましだったんだねー。まあどうにもならないみたいだから、しばらくここにいていっぱい楽しむことにするねえ。また来ると良いよ、いつでも占ってあげる」
ハーッハハハ
何も出来ない3人を馬鹿にしたような、いかにも悪役です、と言う笑い声を残して、そいつはすう、と、どこかへ消えていくのだった。
「待て!」
「万象、駄目だよ」
「けど!」
森羅に肩をつかまれて唇をかみしめる万象。
「神の剣ってあいつは言ってた。飛火野、俺には感知できないけど、《こうじん》と《すさのお》以外に剣があるって聞いたことはないか?」
森羅が飛火野に聞くが、飛火野は首を横に振った。
「いいえ、私も聞いたことはありません」
「そうか」
しばらく考えていた森羅だが、ふと気持ちを切り替えると言った。
「とにかく俺たちだけで考えてても埓があかないのは確かだ。ここは一度陽ノ下に帰って、小トラさまや桜花さまにも考えを仰いだ方が良さそうだ」
「おっしゃるとおりです」
飛火野はすぐさま賛成したが、万象は悔しそうだ。
「くっそお」
けれど他に良い考えもなく、森羅の意見を取り入れるしか、今はないのだった。
とりあえず西野家に戻り、いきさつを話すと、当主のじいさんは目を見開いて驚く。
そして、
「なんと言うことだ。そのような忌まわしき者がおったとは。今後一切、あのあたりへは誰も近づけさせないようにしよう。領土の守りも強固にさせる。その上で陽ノ下からの連絡を待っていよう」
と、約束してくれた。
丁寧に礼を言い、森羅万象と飛火野は旧陽ノ下邸へと帰ってきたのだった。
出て行くときとは大違いの、静かに唇をかみしめる万象は、帰って来たかと思うと、
「ひとりになりたい」
と、いつも自分が使う部屋へとこもってしまう。
一乗寺はそんな万象が心配で、飲み物を用意しようとしたが、森羅から「しばらくそっとしといてあげて」と言われて、やむなくお屋敷仕事をこなしている。
そこへ2000年後から大荷物を抱えた龍古と玄武・弟がやってきた。
「いらっしゃい。龍古、玄武」
「うん! あのね、鞍馬さんからのお届け物」
「はい、聞いてますよ、ありがとう。じゃあ一緒に厨房へ運ぼうか」
2人の手に余る荷物を受け取って、厨房へ向かっていたのだが、しだいに玄武の歩みが遅くなる。
「玄武?」
「バンちゃんは?」
いきなりそう言うので、一乗寺は、ああ、と納得する。
たぶんここへ来る前に、誰かから聞いてきたのだろう。しょぼんと肩を落としてうつむいている。
「大丈夫だよ、ちょっと疲れたから寝てるんだ。ご飯になったら起きてくるから」
「ほんと?」
「うん、きっと。だって万象さまだもの」
そう言うと、玄武・弟はちょっとだけ笑顔を取り戻す。
「そうよね、バンちゃんだものね」
龍古も同じように言ってくれたので、玄武はようやくいつもの笑顔になった。
「うん!」
「じゃあ、早く行こう。厨房の人たちが待ってるよ」
3人は、大急ぎで厨房へと向かっていった。
一乗寺の予想通り、夕食に現れた万象は、少し疲れているように見えるがそれ以外はいつも通りの万象だった。
「お、龍古と玄武弟が晩飯持ってきてくれたのか。どれどれ」
と食卓をひととおり眺めると、さも悔しそうに声を上げる。
「くっそお! 鞍馬の奴め、どこまで進化すりゃ済むんだよ。なんだこれはあ! すっげえ、すっげえ……、美味そうじゃねえかあ~!」
と頬に手を当てて、どっかと椅子に腰を下ろす。
そんな万象の両側から、どん、と2つの衝撃が走った。
「おわっ、玄武兄弟か! なんだよ!」
「「バーンちゃん」」
嬉しそうな2人に挟まれているのに、万象はなぜかご機嫌斜めだ。けれど皆知っている。これは万象が照れているのだと言うことを。
「だーかーらー、何だよお。いつもなら森羅さまあ、やら、ミスターってうるせえくせに、今日はミスターいないけど」
「だからバンちゃん」
「そ、森羅さまは今盛り付けの途中」
「え? 森羅が盛り付けってどういうことだよ、俺も行く。ちょっと離せ、玄武兄弟」
2人に抱きつかれて身動きとれない万象だが、2人を無理に振り払うことも出来ない。
「ふふ、だーめ」
「そ、森羅さまが離しちゃだめだって」
「森羅のやつ~」
「呼んだ?」
万象が悔しそうに言っていると、森羅が皿を手に持って厨房の方から現れた。
「はい、どうぞ。鞍馬から特別製の特製の逸品」
そう言ってその皿を万象の前に置くと、自分は彼の正面に腰掛けた。
「皆、お待たせ~。じゃあ晩餐を始めようか」
森羅の鶴の一声で、賑やかに夕餉が始まった。
何がどうなっているのかよくわかっていない万象だったが、皆がやたらと楽しそうにしているので、自分もそれにつられつつ森羅が持ってきた料理を一口頬張った。
すると。
「む、ムググ……うわあなんだこれ! 鞍馬! こんなの反則だあっ」
そのあと万象の雄叫びが響き渡ったのは、言うまでもない。
だって鞍馬の、特別製の特製の逸品仕様の本気が込められていたのだから…。
「「バンちゃんうるさい。食事の時は静かにね」」
そのあと玄武兄弟にたしなめられるのもセットでね。