ボツ作品2 ジエンド
叫ばぬまま。恥じてひとり思いも述べぬ。
己がいかにあるべきかと問い、やがて気付けば二十数年。何者にもなれぬと肌身を以て感じた時、既に遅し。
ただ、優しき人でありたい。
たった一つの一貫した人間性を求めし青年は、その歳にて既に底を視た。
優しきだけでは如何様にもならぬことのが多きもの。
叫ばぬまま。
決して言の葉に結ばず口も閉じ、ひとり思いも述べぬ。
私は何色か。
叫ぼうにも声など出ない。出したことがないのだから。
優しく生きようとしたがゆえ、叫んだ先の未来を恐れ、何をすることもないまま、ただ時間だけを消費する。
好きな色を問い、その答えを反復することならば容易である。ただ合わせればいい。
好きな色を問われたならば何も言えない。
色など好きでもないのだから。
☆★☆
「……お前なんて本を読んでるのさ」
「いや、別に」
「『別に』ってタイトルでもないでしょう」
クラスメートのイサミは俺から本を奪い取ると、開いていたページに親指をはさみ、表紙を見やる。
「ジエンド……めっちゃ暗そうなタイトルだな」
「誰しも起き得る可能性がある、些細な苦痛の積み重ねによって自我が崩壊していく話」
「どんなだよ。こんなん読んでたら病むぞ」
「病んでるから読んでるんだよ」
理解は得られなかったように思う。
それでもいい。自分が満足できればいい。
「準備しなよ。もう予鈴鳴ってんだから」
間もなく、昼休みが終わる。
時間が経つスピードが早く感じる。
この苦痛の作品を楽しく読めているのか、それとも没頭していたのか。
話しかけてもらえなかったら、もしかしたら読みふけったまま授業を迎えていたかもしれない。
まあ別に授業を受けなくたっていいんだけどさ、将来なんてほとんどどうでもいいし。
生きることは面倒だなと思う。
中学を卒業する少し前ぐらいから思っていたけれど、最近は余計に肥大化してきている。
ここから先、大学入試とかいう生き地獄を越えた先に大学とかいう、世間的には「さも人生のゴールかのような世界」へと進むことになる。
テレビで誰かの名誉や歴史を語るとき、キャンパスライフの苦痛について触れている者は少ないように思う。
友達が居なければただ億劫な苦痛に過ぎないのではないか。学部学科が学びたいことでなかったとしたら。
その先……いわゆる人生のゴールは楽園ではない気がする。
もし、仮に大学が楽園であったとして、その先に一体何が待ち構えている。
仕事、仕事、仕事……。
懲役40年以上が待ち構えている。いや、俺たちの時代には50,60年かもしれない。
そして、その前にも就活とかいう生き地獄が待っている。
ツブヤイターや6ちゃんねるだったりでも就活については情報が出回っているが、そのどれもこれもが悲惨な内容ばかりで、それどころか仕事を楽しんでいる者など微塵も存在しない。
IT企業やサービス業、それどころか工場、宅配であっても文句が先に出てきていて、そして拡散されているように思う。
楽しんでいる呟きをしているのはごく一部の経営者やコンサルタントなど、庶民の甘い汁を吸って生きている連中ばかりではないか。
ああ、そう考えると庶民であるだけで苦痛なのかもしれないな。
かといって、その庶民を脱することもきっと苦痛なのだ。
その脱する術を用いて、いわゆる富裕層になれるかどうかも分からないし、それはやってみないと分からない。
苦しみ、苦しんで、苦しみぬいて、その先にあるのが希望か絶望。そのどちらか。
なら俺は何もしないことを取る気がする。
だってその絶望はとことんまで落ちている状態で、庶民未満の暮らしになっているとしか思えないから。
大博打に打って出て大失敗したら、もうその先にあるのは地獄でしかない。
博打に出ずとも安定した暮らしが出来るのならそちらを選ぶ。不安定になる可能性があるなら、その可能性を排除したい。
チキンと言われればそうなのかもしれない。
臆病者で、動こうと思えない。
何かが出来るという訳でもなく、得意なことがあるという訳でもない。
周囲に目をやって自分の出来ないことばかりを実感して、目を閉じて耳を塞ぎながらしゃがみ込む日々。
自分に出来ることは、ただにこやかに相手の様子を伺って、優しいままであることだけ――。
――あぁそっか、俺は共感していたんだ。ジエンドに。
俺の思想はこのジエンドの主人公とほぼ同じなんだ。だからここまで共感できる。
確かに優しい人で居たいし、他人に合わせてお茶を濁すことが多い。
あらすじによると、主人公は最期に人生や世界に満足することはなく、亡くなってしまうらしい。
そうはなりたくはない。
せめて自分の人生だけには満足してこの世を去りたいもの。
だけれど満足をするためには社会的な名誉が必要だと思う。平凡な生活では苦痛しか手に入らない。ジエンドがそうだから。
俺の思想としても、まず間違いなく社会的な名誉無くして満足は得られない。
だがその名誉を得るためには苦痛が伴う。
苦痛が伴うのは嫌だ。その苦痛だけで死にたくなるのだ。
本当に死のうとは思わないし、死んだら地獄に行くから嫌だけど。
いや待て、地獄が本当にあるとは限らない。
その先にあるのが無だとするなら……寧ろ気楽なのではないか。
自分という存在が無くなるということは、自分が周囲や自分自身を認識することもない。おまけに名誉も徳も積んでいない今、周囲からの認識も直ぐに消え失せる。
完全なる無になるのだ。
それなら確かに納得できる。
だが、これも一瞬の苦痛が伴う。代わりに苦痛の後に死ねる。
苦痛の後に死んで無になれるのならばこれもこれで良いのではないか。
授業が始まろうとしている今、人目のない廊下でこの三階から飛び降りたとしたら。
下はコンクリート。落ちればほぼ即死だろう。
ああ、いいんじゃないか?
なんだか行動力が湧いてきた。
別に家族に未練がある訳でもなし。
それほど家族に愛着があるわけでもなし。
放任しすぎたな。
そうか、無になれば気遣いからも解放されるのか。
死は解放・救済だと、誰かが言っていた。
主人公も、おそらくこうだったんだ。
悩みの苦痛に耐えかねたんだ。だから満足することなく身を投げた。
そうか。なら。
★★★
その日亡くなった少年は、常日頃から羨望の眼差しを向けられていた。