5-13 親心は、複雑なことも多く
「ルルシア・ハールド・グラニア・ミルガンド、ただ今帰国いたしましたわ、皇帝陛下」
「うむ、無事に帰還できて何よりだ」
ミルガンド帝国の王城内、謁見室にてルルシアは皇帝アデューに報告をしていた。
冬季休暇もだいぶ削られはしたが、それでも無事に娘が返って来てくれたことを皇帝は内心喜びつつ、同時に届いてきていた正体不明の怪物に関して頭も悩ませていた。
「---というわけで、相手はそのまま逃走。部下たちに重傷を負わされつつ、命までは完全に奪われませんでしたわ」
「ふむ…‥通常の魔獣であれば、そのまま奪いつくしていただろう。だが、先に聞いていた情報をこうやってお前の口から聞いて確認してみても、どうもそうでもないようだな。それとだ我が娘よ、その情報だけではない。お前が治療を受けている間に、他の場所でも同様のものが確認されたぞ」
「そちらのほうは?」
「うむ、同様に徹底的に傷を負わせるも、命を完全に奪うことはなく、そのまま放置して去った様だ。奪うまでもないと言う様な行動は魔獣とは異なるような‥‥‥いや、どちらかと言えば、弄んで飽きたら放置すると言う様な、行動に近いかもしれぬ」
誰かの実験動物のような化け物であれば、その性能を見るために襲わせたという可能性もあるだろう。
ちょっと前には青薔薇姫を世に戻してしまった外道屑野郎鬼畜学者の話もあり、今回の化け物の話もその者が関与しているかと疑われたが、証拠を残さないようにして行動をしてきた事例もあるので、そいつの手ではない可能性もある。
「となると、何処かの知れぬ馬鹿が作り出した何か、あるいは新たな行動を行う魔獣か、はたまたはやはりその者の仕業なのか、様々な可能性が考えられるか」
「いずれにせよ、放置できない案件でしょう。帝国内の防衛機能を強化しておくべきかと」
「すでにやっておる。しかし、化け物か‥‥‥魔獣とはまた異なるような存在が出るとは、厄介だな。青薔薇姫の話が出てきただけでも頭が痛くなりそうなことだが、世間の騒ぎはまだ出るのか」
ううむっと唸るように悩む皇帝に、頭の痛い問題であると同意するルルシア。
無事に帰国がかなったのは良いのだが、再度対峙した際に今度はどうなるのか分からない。
「それと陛下、もう一つ報告というか、既に聞いているとは思うのですが、先日までわたくしは青薔薇姫のご子息だと言われている方と交流できましたわ」
「ああ、既に報告を受けている。偶然とはいえ、話すことが出来たとはな。ドラゴンの血を引き、あの青薔薇姫の子息‥‥‥一応聞くが、青薔薇姫のように一歩けばぷちっと悪党が潰されたりとかはなかったか?」
「それは無かったですわね。村に滞在している間、化け物への警戒はありましたが平穏な時を過ごせましたわ」
「そうか、それは良かった」
「ただ、その方‥‥‥ドラゴンの姿に自由自在に変化できるようになっているようで、毎日自身の魔剣との模擬戦を行っており、迫力があって観戦を楽しむことができましたわね」
「‥‥‥説明などは色々と伝わっているとはいえ、どういう状況だったのだと思わされるのだが」
「事実なので、何とも言えませんわね」
ツッコミどころが多数あれども、本当に起きた事だけしか述べていないので、どう説明しても理解を越えそうな光景が思い浮かぶだろう。
いっそのこと直接見せたほうが良いのかもしれないが、それはそれで余計に皇帝の胃が痛くなることが容易く予想できるので、皇帝も皇女もそれ以上の話をしないでおいた。
「とは言え、大丈夫そうな方でしたわよ。歩むだけで悪党たちが尻尾を捲いて先に辞世の句を書いて、続けて悪事をすべて吐き出しまくったあとに、この世から逃亡されるような話もある青薔薇姫の話とは違って、そんな事はない方でしたもの」
「誇張のようでむしろまだ大人しいエピソードの一つか‥‥‥だが、話を聞く限りでは、関係性も良好か」
「ええ、そうですわね。同じ魔剣士同士、魔剣を使っての戦法や魔獣に対する各対処法などで盛り上がり、なかなか楽しい時間を過ごせましたわね。学園で話が合うよう方は少なく、本当に充実しましたわ。回復してまた会えば、手合わせする約束もしましたし、それまでにもっと強くなるように鍛練いたしますわね」
ひとまずこれで報告も終わり、皇女は謁見室から退室していった。
あとに残された皇帝アデューは玉座に座りつつ、ひと息をついた。
「‥‥‥無事でよかったが、何だろうなこの感じ。皇帝として、上に立つ者として臣下も家族も大事にするのだが、なんかこう一人立ちをされそうな気がして寂しいものだ」
「精神的に、今回の件で少し成長したようですからね。妹の成長ぶりは、見ていてほっとするものがありますよ」
「おおうぅ!?せ、セドリック、何時からいたんだ!?」
突然聞えてきた声に驚愕し、声のした方向を見れば、そこには第1皇子のセドリックが立っていた。
「父上‥‥‥妹が入室してきた時からいたのですが。そもそも今回の報告に関して、弟のカイゼルも共に聞くはずなので集められたのですが、カイゼルは別の用事で出て行かれたので、わたしが残されたのですが」
「‥‥‥そうだった」
家族の無事を確認するために、皇子もこの場に呼んでいたことを今思い出した皇帝。
ルルシアからの報告のツッコミ要素に気が取られており、すっかりと頭から皇子がこの場にいた事実が抜けていたのである。
「それにしても、妹が無事でよかったのですが、今回の件はまだまだ収束する気配はありませんね。正体不明の謎の化け物‥‥‥帝国だけではなく、他国でも報告されているようです」
「魔獣に対する情報共有網に、一緒に挙げられているからな。何処の国でも隠すようなことをしたら不味い類だと思い、全力で流して殲滅に乗り出しているのだろう」
この世界、魔獣の情報が抜けて悲劇が起きた事例もあるので、危険な生物などに関する情報の回る速度が非常に速い。
無理に隠せばドンドン被害も大きくなり、だからこそ早期の解決のために協力し合うのである。
「何にしてもだ、謎の化け物に対する警戒は確実に葬ったという情報が来るまで解くな。油断し、慢心し、それであっけなく滅びた国の事例もあるからな」
「御意。軍の方に警戒態勢を緩めないように、改めて通達しましょう」
「うむ」
第2皇子、第1皇女ともに魔剣を持つ魔剣士だが、第1皇子であるセドリックは魔剣士ではない。
けれども、魔獣に通用し切らないとはいえ剣の腕前は秀でており、人望も厚く、剣だけではない戦い方も鍛えており、だからこそこの事態がどれだけ危険なことなのか理解しているのだ。
「後は、謎の化け物との応戦をしたものたちからの証言や、現場に残された情報を捜査させましょう。皇帝陛下、しばらくは忙しくなるでしょう」
「ううむ、できればそろそろ退位をしてゆっくりしたいが、そうも言ってられないようだからな‥‥‥お前にもう継いでもらって、全部任せても良いのだぞ?」
「御冗談を。継ぐのであれば弟か妹にどうぞ。今の血反吐を吐くような色々なツッコミ満載の生活に、更に皇帝としての激務が生じるのでは、歴代4回目の過労死皇帝として名を残しかねないですからね」
「はははは、いや、さすがに過労死はないだろう‥‥‥と言いきれぬのが、哀しいな。元々この皇帝としての座も、前の代がやらかしたからこそ回って来たが、受け取りたくもなかったからな…‥‥かといって、野心溢れる輩に渡したとしても、国の滅亡しかないこともあり、非常に面倒なことだ」
高い地位を目指す者は多いのだが、その分の大きな責任を背負う覚悟はあるのだろうか。
その責任を背負いつつ、こなすことが出来るだけの能力があるのだろうか。
それが両方ともできる者は限られており、当てはまった者は幸運というべきなのか不運というべきなのか‥‥‥何にしても、現実は非常に厳しいものだと言わざるを得ないだろう。
とりあえず今は、まだまだ退くのは先になりそうだと皇帝は遠い目をして思うのであった…‥‥
「‥‥‥それにもう一つ考えたいのは、娘のことだな。青薔薇姫の子息と交流を持てたようだが、他の貴族令息との会話よりも弾んでいたように思えるのだが」
「妹に春が来そうなのは良い事なのですが‥‥‥個人的には、ドラゴンに青薔薇姫の要素が加わった相手が出てくるのは、何やらさらなる面倒事を招きそうな予感がしており、今にもちょ、ぐぼべへぇっつ!!」
「だれかー!!息子が先週の吐血を越える様な状態になったぞぉぉぉ!!吐きたくなる気分は余も同じだが、誰かさっさと新しい胃薬ぉぉぉぉぉぉ!!」
‥‥‥なお、帝国では何かあった際に遠縁の者などが皇帝の座に就かされたりするのだが、必ずと言って良いほど凄まじい苦労人が出るのは、何かの呪いではないかと言われていたりもする。
ちなみに、帝国だけに関わらず、他の国でも薬の需要はあったりする。
毛生え薬、胃薬などは上に立つ人の必需品なのだろうか。
あるいは、それだけ苦労する人が多いのか‥‥‥
次回に続く!!
‥‥‥ものすっごい愚王を書いて見たい時があるが、その愚王を作るために、なんか大量の苦労人が出そうなんだよなぁ。




