4 ぐうぐうは生きてる音?
お城からそそくさと逃げるように立ち去ると、次は何処へ行こうかと思案する。
ぐぅぅぅー。
聞いたことがないくらいの音量でお腹がなった。思わず両手で隠すもお腹はぐぅぐぅと空腹を訴えてくる。
「は、恥ずかしい···」
そう言えば自分がこの子の中に意識を取り戻してから何も食べてないことに気づいた。
「ゲームでは食べる必要なかったもんなぁ」
もちろんゲーム内でも食べる事は出来た。でもそれは空腹を満たすものでも生きるために食べる物でもなく、プレイヤー達の交流の場としてあったように思う。食べる必要はないけれど、酒場でお酒を飲みながらワイワイ騒いだり。現実では出来ないであろう大量のスイーツに囲まれて女子会したり。いつも飲食店はプレイヤー達の憩いになっていた。
「このオススメにあるお店近いから行ってみようかな」
観光マップにはでかでかと美味しそうなトマトのリゾットが紹介されていた。歩きながら見ているだけで空腹感が増強され、隠しようのないお腹の音は大きくなっていく。おそらく道行く人々に聞こえているだろう。
たどり着いたお店の看板には可愛らしいウサギが飾られ、外でも食事が出来るように店の前にはテーブルとイスが規則正しく並べられていた。
カランっと心地よい音がなった。中から何人かの人が出てきたのだ。満足そうにお腹をポンポンと鳴らし通りの人混みに消えていく。
「ありがとうございましたー!」
店員の女性がにこやかに挨拶をしたあと店の前に突っ立っていた自分と目があった。
「いらっしゃませ!良かったらどうですか?」
ぐぅぅぅー!
返事をするより先にお腹が答えてくれた。めちゃくちゃ恥ずかしい。
店員さんは一瞬目を丸くして、ふふふっと笑うと店内へと案内してくれた。
店の中は落ち着いた雰囲気で、良くも悪くも木造で作られたゲーム内でも良く見る作りをしていた。
空いているテーブル席に付くと店員さんはお水とメニューをそっとテーブルに置いた。
「何になさいますか?」
メニューには色々と美味しそうな野菜を中心とした料理が並んでいる。
「トマトのリゾットでお願いします」
「はい。トマトのリゾットですね?他にはよろしいですか?」
鳴り響くお腹にそれだけでは足りないだろうと遠回しに言ってくれているのだろう。恥ずかしいけれどこのお腹の音を止める術を食べる以外で自分は知らない。
「実は2日も何も食べてなかったので」
「まぁ!それはすぐにご用意しますね!」
いくらお腹が空いていると言っても突然沢山の食事をしたら胃がびっくりするだろう。そのことをすぐに理解したのか店員さんはぱたぱたと足を鳴らして奥へと走っていく。店の中で走るのはどうだろうと思ってたら奥から走るなと怒られている声が聞こえてきて苦笑した。
しばらくすると良い香りのする熱々のトマトリゾットが運ばれてきて目の前に置かれた。
「いただきます!」
パクリと食べると甘酸っぱくホッとする優しい味が口いっぱいに広がった。
―――おいしいぃ!
「不躾ですけどなんで2日も食べなかったんですか?」
「食べるのを忘れてた」
「はっ?え、忘れるってなんでですか!」
「んーなんかもう色々いっぱいいっぱいで食事の事に頭が回らなかったっていうか」
嘘は言ってない。今も考えが纏まらずどうしたらいいか途方に暮れてるまっ最中である。
「それでも生きてるんですから食べなきゃだめですよ。体壊しますよ?」
パクパク食べる自分を見て何か苦労してるんだなぁとなんとなく察してくれたみたいだ。
「私、生きてるのか···」
「当たり前ですよ!しっかり食べてくださいね!これおまけです」
ちょっぴり乱雑に置かれたのはバニラアイス。トマトリゾットを食べ終わるタイミングで置いてくれた。
口に運ぶとひんやりと甘く溶けていく感覚に久しぶりに食べたという不思議な懐かしさが込み上げてくる。
「おいしい」
「それは良かったです!」
――――そっか生きてるんだ私。
自分は死んだ。確かにその事はしっかりと心の中に事実としてある。けれど生きている。この体は確かに食べ物を必要としていて、ここに存在している。体に傷がつけば痛いだろうし眠くもなる。今まで当たり前な事をちゃんと理解していなかった。
――――ゲームじゃなくて現実なんだね。
どこか自分の中でコトリとパズルのピースがはまったような気がした。ちょっとだけほんのちょっぴり数ミリだけなのかもしれないけれど、前に進めたような気がする。
「そうだ。観光してるんだけど、良いところある?」
「そうですね。麦畑と風車もお勧めなんですけど、穴場がありましてね。その先に小さな一軒家があるですけど、その家すごーく昔からあるって言われてるんです。」
「ふんふん。あむ。」
相づちを打ちながらアイスを口に、広げられた観光マップで指指された場所を見る。
「嘘か本当かそこの家どうやっても取り壊せないらしいんですよ。中にも入れないし。いつの間にか麦畑に囲まれちゃって絵の中の1つの風景みたいな感じになっててですね。小人のお家とか精霊の休憩所。なんて呼ばれるようになったんです。見た目は特に何があるわけでもない普通の家なんですけど、面白いでしょう?」
「へぇ!そんな所があるんだ。やっぱり聞いて良かった。」
「行きます?」
「うん。ありがとう。ご飯も美味しかったし面白い話も聞けたし、それに···」
「?」
「ううん。とにかくありがとう!行ってみるね。ご馳走さまでしたー。」
――――私が生きてるんだって気付かせてくれてありがとう。
「ありがとうございましたー!」
カランカランとドアベルが鳴り響く。少しだけ前を向けたような何か大切なものを取り戻したようなそんな気持ちで店を後にした。振り返れば店員さんが手を振ってくれている。それに嬉しくなってペコリと挨拶をすると、教えて貰った麦畑に向かって歩きだした。
「あ、おのぼりさんだ」
小さな子供の声に店員さんが視線を落とすと、男の子がじっと人混みを見ていた。
「おのぼりさん?」
「さっきのおねぇちゃんだよ。お城でこーんなに手を広げてた」
その姿を想像してしてしまいクスっと口元を隠して店員さんは笑った。
――――おのぼりさんって名前なのかしら?
変な名前ねぇと思いながら、まあそんなことは次に会ったら聞けばいいと思った。彼女なら麦畑や風車、あの家の話をしにまた来てくれるかもしれない。その時はまた他愛のない話をしよう。色んなお客さんと世界中の色んな話を聞く。それが食堂で働く楽しみの1つでもあるのだから。






