2 黒はお嫌い?
朝を知らせる小鳥達のさえずりに何となく窓を見ると柔らかな光と風がふわりと頬をなでた。
「全然寝れなかった」
あの後ひとまず宿をとり一泊したのはいいけれど色んな思いと感情がぐるぐると回り、結局一睡も出来ないまま朝を迎えたところである。
「情報が足りなさすぎる···よし!」
小さな水桶で顔を洗い簡単な身支度をして宿を出た。
イノンドの町では大したことを知ることは出来ないだろう。ここはゲーム内でもチュートリアルを主に考えられた町で、宿や飲食店などの建物から販売しているアイテム類も最低限しかない。ゲームと同じならば。
町中を改めて見ると遊んでいた頃より多少古い建物が多くあり、ゲーム内では一軒しかなかった宿がざっと見た感じだけでも二、三軒あった。
「···あれぇ?この町ってこんなに広かったけ?やっぱりゲームじゃなくて異世界ってやつなの?でもそれならあの壊れかけたステータス画面···うー。わかんない。」
ぽん!と手を叩き思い出したと言わんばかりにほんの少しだけ表情が明るくなる。
「“世界地図”」
やはり日本語を言うとここでは発音が出来ないのか複雑な音となって発せられる。
このゲームの面白い所の一つ。魔法やスキルと言われるような物が全て日本語なのだ。アードベルズは日本語贔屓で日本語そのものが技の発動言語になっている。
詳しくは知らないが運営の一人に変わった人物がいたそうで、日本人は外国語に憧れを持ちすぎてる!日本語は母音。世界の母足る音源、日本人は鈴虫や葉の揺れる音を言葉と認識してそれを癒やしとする素晴らしい言語を持っているのだ!とかなんとかいう話があったらしいと当時のSNSで耳にした。
それはさておき、切れかけの電球もとい世界地図が映し出され今現在の場所も白く表示されていた。
地図を見て頭に?が浮き出てくる。
「私の知ってる世界地図じゃない。ここから北にこんな大きな街はなかった。でも地形はアードベルズそのもの···」
知らない町だけではなくこんなところに湖や山なんてなかったというような地形がまるっと変わってしまっている場所まである。
「行ってみたら何か分かるかな」
世界地図に表示されている街の名前は???となっていた。
「?ばっかりだなぁ」
苦笑しつつイノンドの町から離れるのであった。
◇◇◇
街道沿いをしばらく歩いていると運良く乗り合い馬車に遭遇。他の乗客の邪魔にならないように、角でぼんやりと流れていく風景を眺めていると、やけに回りの人に見られている視線が痛い。
「あんた魔族か?」
視線は前方を見たまま御者が言った。
「いえ、エルフです。」
少し迷ったがハイエルフは一応エルフの始祖。王族みたいな立ち位置だったのを思い出し、エルフという事だけ告げた。正直に言ってなんでこんなところにと騒がれても困るからだ。
そう言って髪をそっと持ち上げ小さく尖った耳を見せた。一瞬だけ御者はチラリとこちらを見てまた前を向く。
回りにいる乗客も私の耳を見て何処かほっとしたような表情をした。
「悪かったな。髪が黒いから魔族かと思っちまってな」
「?。髪ですか?」
なんの事だろうと髪の一部を掬い毛先を見る。
―――黒。気に入ってるんだけど似合ってなかったかな?
凡そ検討外れな事を言っているのには気付かず、エルフの定番の髪色と言えば金色かなと毛先に触れていた髪に少しだけ魔力を流す。すると毛先から金色へと流れるように髪の色が変わっていった。
「こいつは驚いた染めてたのか!なんでまた黒なんかに···」
「え、えぇと」
金色に変わった髪を見て明らかに馬車内の雰囲気が明るく変わり乗客達も笑顔を向けて談笑しはじめた。
別に染めていたわけではないし髪の色は実は好きに変えられる。
何かのアイテムを使わなくても自由に変えられるそれがアードベルズの良いところなのだから。
遺伝として引き継がれる色はこの子の場合黒だから地毛は黒と言った方が正しいのだけれど。
言い淀んでいると御者のおじさんは分かってる分かってると何かを理解したようにうんうん言い出した。
「最近は物騒だからなぁ。あんたみたいなべっぴんさんでエルフだろう?善からぬ事考える奴はいるからなぁ。髪を黒にしといたらそりゃ誰も寄り付かないし、安全かもしれないな」
おじさんの言葉に成る程そりゃ違いない納得がいったという顔の乗客達に、この辺りは魔族を嫌ってる人が多いのかもしれないと察した。
ゲームとしてのアードベルズには魔族だからどうこうという差別的なものはなかった。そんなことをしていたら折角の引き継い機能が意味のないものになってしまう。オリジナルのアバターを作り出す楽しみも半減する。
この体も魔族やら天使やらドワーフやらと数えきれない種族がご先祖様になっているのだが、彼らに教える気はなかった。
「で、何処まで行くんだい?」
「北の大きな街に行ってみようかと」
「そりゃ王都だな。王都モナルダ。あんた髪を黒にするのはやめときな。黒ってだけで捕まっちまう。最悪コレだな。」
おじさんは手を首の前で横に切った。殺されるぞと言いたいのだろう。
そんなに魔族を嫌ってるのかと少しだけ怖くなってしまう。この子を作った自分はどちらかと言うと魔族が大好きだった。
変な憧れというか魔ってなんか格好いい!という気持ちが強い。誰もが一度は発病してしまう中二病を拗らせてしまい、とうとう死ぬまで治る事はなかったのだ。
――――魔族の血が流れてますとは絶対言えないなぁ。
「あ、あの。昔は王都なんて無かったですよね?いつ頃出来たんですか?」
不審に思われるだろうなとダメ元で聞いてみるとおじさんだけじゃなく乗客皆に笑われた。
「いったい何処の田舎から出てきたんだい」
「森の奥深くから久しぶりに出てきたもので」
という事にしておく。
涙目でお腹を抱えたままヒーヒーと笑う人達に、何もそこまで笑わなくてもとジト目になってしまう。
「す、すまねぇ。ぷっククク。それで髪を黒にしたり変な奴だなぁと思ってたら只の世間知らずのおのぼりさんかい」
「ひどい···」