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Session2-2 “謁見”始めました

 …身体が軽い。


 いや、これは無いに等しいか。

 久しく感じてなかった解放感という感覚だけが身体を支配している。

 辺りには何もなく、ただただ透明な空間が広がっている。


 …ボクは一体どうなっているんだ。

 どうしてこんな状況に。


 覚えているのは、確か山小屋で調整をしている最中に。

 あれは…。


 そうだ、あのよく分からない膨大な魔力を感じ過ぎて…。


 だが、だとしたらこの状況はどう繋がってくるんだ。

 仮にそのショックで死んだとしても、再び意識を覚醒させるなんて有り得ない。

 魂の循環で浄化される筈。


「………………………………、………」


 …いや、何か声が聞こえる。

 ボク以外の。

 それ以外の声が。


 その声を認識したと同時に、身体にもう1つの感覚が生じる。


 布。

 いや、これはここに来てから使っていたタオル。

 ゴワゴワして、そろそろ捨てるべきかと考えていた。


 徐々に透明な世界に色がぬられていく。


 …成程ね。

 つまりボクは、


「…もう夜だ」


 身体にかけらたタオルを払い除け起き上がる。

 窓から見える景色は真っ黒に塗り潰され、へばりついた葉っぱのみがキャンバス内に色を与えている。

 小屋の奥にある調理場からは何かを煮るような音と小刻みよく切る音。


 そして、ボクの目の前には濡れた布を持った、


「な、な、なっ…!」


「っっ!!」


 巨漢。


 ボクが腕を動かし恥部を隠すと同じタイミングで、それも腕で顔を覆い隠す。


「何見せてんの!?」


「何見てるんだ!?」


 2人同時に声が上がり、それと同時にお互いある事に気付く。


 それから程なくして、回答は奥の調理場からもたらされる。


「あー、サキコ。そいつ同性だからな?」




 ***




「本当に申し訳ない!介抱もして頂いておきながら、しっかりと見れば女性と分かるのにボクはなんて失礼な事を…!」


「いやいや!コチラこそ着ていた服と顔だけで男だって勝手に勘違いしちゃって」


 思い込みとはおそろしいものだ。

 初めに倒れていた彼女を見つけた時に着ていたロングコートが着崩れて肩幅が広く見えてた上に、とても女の子が晒していい筈のない白目を剥いて倒れている顔がそれでも尚イケメンフェイスに見えたのだから。


 申し訳無さそうに目尻を下げた彼女の顔を改めて見ればなんて事はない、少し目鼻立ちがクッキリとしているだけで、どちらかと言えば小顔も相まってカワイイ系統だ。

 確かに男装でもすれば美少年に見えるんだろうけど。

 だとしても、多分この顔では男が見たら当人からすれば危険なトキメキをしてしまいそうだ。


 まあ、そもそもエルマが動揺してる私を尻目に“コイツは我が処理するから、脱がせたモノを干しといてくれ”とか言って目線を逸らしてる内に真っ裸にしてたところで気付くべきだったというか。

 幾らエルマでも知らない男をひん剥いて介抱するなんて事はしないだろうし。


「2人ともさっきからそればっかりで話が進まないから、一旦ここで切らせて貰うぞ」


 と、ここでエルマが割って入る。

 実はこのやり取りをモノローグに入る前から既に30分程やっていて、お互いに切り時が分からなくなっていたから実にナイスな鶴の一声だ。


「それにまあ、コヤツの顔は遠目で見れば優男に見えなくもない故に仕方ないだろう。我も初めは勘違いしたものだ」


「あの時はいきなり“女々しい顔ながら勇猛な男だな”とか言われて焦ったよ」


「2人ってもしかして知り合いなの?」


 目の前の少女の性別が判明してから薄々とそんな気がしてたけど、ここにきてそれが確信になる。

 そもそも、初対面なら何処と無く向こうがアウェーになりそうだがそんな雰囲気はなかったし。


「そう言えばまだお互いに自己紹介してなかったね」


「まあ、お互い今更隠す仲でもないだろう」


「じゃあ改めて、ボクの名は“ナディヴ・B・センクターラ”。つい半年前ではそこにいる魔王エルマ率いる魔人族軍団と戦争をしていた“アーファング国”の将軍をしていた者だ。今はちょっとした諸事情で国を出て、いや、捨ててしがないハンターをしているよ」


 思ったより大物っぽい人だった。

 いやそんな呑気なものじゃなくて、将軍と言ったらガッツリ国の要職じゃん。

 初見のインパクトが凄くて未だにイメージが湧かないが、国の大小問わずファンタジー系のセッションならば、この手のキャラは間違いなく中盤から結構大事なコネクションになるやつだ。


 でも確かに、人間と魔王の接点となった時にさっきの会話考えたらこの人が軍人さんなのは納得。

 今はどうやら将軍家ではない?ようだし、エルマも魔王ではない以上コチラから敵対する必要はないようだ。


 が、


「キサマそれは本気で言っているのか?」


 エルマの表情が明らかにおかしな事になっている。

 和やかな雰囲気が一転、少しでも余計な事を言えばその火花で点火しようかという状態に。


「事実だからね。でもなかったらボクがここに1人でいるわけないだろう?それにキミだって…、ボクが驚きそうな事を言ってもおかしくないんじゃないかい?」


 ナディヴと名乗る少女はエルマに回すように視線を向ける。

 そう言えばまだエルマは“元魔王”って言ってないから、確かに魔王らしからぬボロボロの格好をしたエルマからそれを予測したのなら驚くような事になるか。

 というか、キューコンの返り血が乾いたといえまだべっとり付いてるから、普通に考えても察せられるところはあるけど。


 ただそれにしたってエルマの反応は何かおかしい。

 言葉ではそうでもないが、まるで信じられないのものを見た様な。

 そんな感じのを全身から出している。


「えっと、ただの退役軍人さんだよね?」


「そうか。サキコからすればヤツの説明だけではただの若い元将軍か」


「違うの?」


「…エルマ、彼女は何者だい?見たところ普通の人間のようだけど」


「山賊だ」


「ん?」


「サメガミ・サキコです!山賊してます!」


「…いったいどういう事だ」


 今度はナディヴさんの表情がエルマと同じようになる。

 私は何か不味い事でも言ってしまったのだろうか。


「その前にキサマからだろ。いいかサキコ、コイツは大陸というか世界でもそこそこの有名人でな。名前を聞けば生涯無人島に誰にも会うことなく暮らしてでもいない限りは、誰でもその“苗字”にピンとくるんだ」


「苗字に?名家の人って事?」


「ほぼ正解だ。だが、“名家”では不十分だ」


 名家では不十分ってそうなると、選択肢がもうかなり少ないというか。

 …流れ的にアレなのかな。


「察したようだな。コイツは人族側領域最大の国家“アーファング帝国”を統治してきた王族“センクターラ家”の第8王女だ」


 やっぱりね。

 その手のパターンなら王族。

 ベターだけど嫌いじゃないよ。


「デカい国のお姫様かぁ」


「それだけか」


「まあ、なんというか。イマイチ頭に響かないというか。ピンと来ないんだよね」


「白目で失禁していた奴が王族と言われてもか」


「そこ掘り返すのはやめてくれないかな」


 正直に言うと、未だに自分がこの世界の当事者である実感が薄いと言うのもあるのかな。

 まだこの世界が何処かゲームの、リアルの世界と完全には脳が認識していないというか。


 あー、感覚的に今のはゲームの説明書内にあるキャラ紹介見てる感じだったからかな。

 もう少し共に過ごしてからすっかりナディヴさんのイメージが固まった後の何かのイベントで、“実は私は王族だ!”みたいな展開だったらまだびっくりしたかも。


 それに、ナディヴさん関係の情報は新単語が盛り盛りだからそれだけじゃ理解が難しいよ。

 ファルシのルシ程じゃないけど。


「ま、聞き慣れない単語多過ぎるよ。ちょっと国とかの情報とか出せる?」


 問いかけると膝上に置いていたルールブックがするりと抜けて、私の前で該当ページを表示する。

 



『アーファング帝国


 公用語:世界交易語


 首都:ヨクテリア


 大陸北部中央に位置する、総人口82億を誇る人族最大の規模を持つ国家。


 センクターラ家が世襲によって統治しており、最も歴史と格式のある一族によって3大勢力における人族代表としての地位を確かなものとしている。


 全ての分野に置いてトップに座し、魔法科学は当然ながら通常科学も空中都市国家“ラクア”に次いで高く、近年では魔力原子炉から更に次世代の虚空重力の研究も始めている。


 国家としては“風の代行者マドロ”を崇拝し加護を受けているが、帝国領域内では崇拝対象の規制や加護の制限は課していない。


 また、人族最大の国家であるが魔人族・亜人族の移住者の割合も人族国家の中では最大であり、混血種の多さもこの国を大国として存続させてきた大きな要因である』




 デカいというか、流石に惑星自体が大きいと国家そのモノのスケールもガッツリ伸びてヤバいね。

 地球の総人口より大きい国っていうインパクトもさながら、それらを束ねているのがナディヴさんの家族っていうのがね。


 オマケに地球舐めんなよファンタジーフラグを立たせない様に、これでもかと科学とか化学的な地盤もガッチガチに固めてある。

 中世の街並みどころか町に行ったらメトロポリスでも驚かないぞコレ。


「驚いか。魔人族領域でも、ここまでの規模を持った国は存在しない。我が初めに驚いた理由も分かるだろ?」


「うん。凄ーく分かったし、それだけ目標(ターゲット)のヤバさも改めて実感出来たよ」


 確かにそんな大国でも1人でやれちゃうらしい現魔王はトンデモない。

 ここに隠れて搦手の準備は妥当というか、現状それしかなさそうだ。


 だとしても、明らかに及ばないにしても大きな国を抜けた元王女の存在は、私たちにとっては現時点ではあまりよろしくないニュースだというのが分かった。

 将軍までしていた王族が抜けるという事は、ワケありどころか下手すれば世界破滅フラグに直結している可能性がある。

 それが個人的な問題なら良いが、国を取り巻く事情で抜けているのであれば、早急にそちらの対策もしなければいけないからだ。


 私たちのやろうとしている事の方向性は間違いなく“暗殺”の類に入るものになりそうなのだが、後にそれが不可能と判断したい場合には人族側に力を借りる事も視野に入れなければならない。

 だが、仮にナディヴさんの抜けた理由が国の問題だった場合はそれすらが難しい事になってしまう。

 世の中、自国が大変な時に他を助ける国など存在しないから。


 これは急いで確認しないとね、とルールブックからエルマの方へと視線を移そうとするが、


「キミ、何故キミがそれを…?」


 ナディヴさんが肩をワナワナと震わせながら“ルールブック”を指さしている。


「エルマから貰いましたが…」


「違う!いや、そうだけども、大事なのはそこではない!」


 そして明らかに彼女の瞳には私に対しての敵意が宿っている。

 ヤバい、抜けた理由云々以前の話に。


「エルマ!?私これ勇者から貰ったって聞いてたんだけど!」


 しかしエルマも寝耳に水だったようで、明らかに動揺している。


「我も人族側に連絡がいってるものと思って受け取ったのだが!?いや、思い返せばキサマは半年前に国を出ているのならば知らないだけだろ!」


「いや、勇者が辞める時は死ぬ時だけだ!勇者の情報ならば何処へ居たって入るのだから、知らないということは無い!!」


「その勇者が死んで無いからな!?我もそうだが、最近は死ななくとも“ルールブック”の讓渡やら強奪が出来るそうだ」


「馬鹿な!そんな話聞いた事がない!ボクだって王族とはいえ将軍という立場故に様々な物を見せられてきたけど、勇者に限っては建国されてから1度もそんな事例は無かった!!」


「何故だかそれまでなかった事が我々に起きているんだ!とにかく、キサマが想像している様な事は起きてはおらん!」


「悪いがボクにはそう判断する材料がない!勇者“エイジ・アラタ”の生存が分かるまではそれを鵜呑みにするワケにはいかないからね」


「そんなに信用ないか!?」


「いや、信用しているからこそ最大限の警戒をしているんだ。その本を通常の運用とは違う方法で使用している者、それを使役する魔王なんてものはこの世界で今最も危険な組み合わせの存在だからね」


「おいおい!それなら我の魔力を見ればおいそれと事情が分かるだろ!?ここであーだこーだ言ってる場合ではないからな!?」


「生憎ボクはそういかなくてね!」


「……」


 どうしてこうなった!?

 思ったより2人とも友好な雰囲気かと思ってたら急にバチバチし始めるし。

 いったい何が原因だって…。

 私だ!


 自称山賊が勇者の持ち物持ってたら普通にヤバいじゃん。

 迂闊過ぎた。


 というか名前とかは隠して無かったけど、結局2人とも腹の中は割と隠してた感じだったのかな。


 こんな時にどうすればいいんだ。

 下手すればこのまま戦闘に突入してしまいそうだ。


「ボクは例え王族を辞めたとしても人族。もしキミが人族に仇なすと言うのなら…!」


「だから違うと言えば!」


 ダメだ、エルマが瞬殺されてしまう。

 テーブルに手を起き向いに座るナディヴさんと怒鳴りあっているが、立っている脚はフラフラな上に声も語尾こそ強めだが覇気は感じない。


 まずい、冗談抜きで多分争わなくてもいい案件の結果で世界が滅亡してしまう。


「ん?」


 …本当に察しが良すぎるルールブックだ。

 ふよふよと浮く本の上には2本のロープ。

 次になる勇者の為に表紙にでも“破けば便利”とか書いとくか。


略奪憑依(エンチャント)拘束縄(シュランプリッター)!」


 2本のロープを掴んで勢いよく立ち上がると2人に投げつける。


「「うおっ!?」」


 尻もちをつき倒れた2人を拘束した状態のまま引っ張り、私の前に並べる。

 突然の事に気を取られ、2人ともさっきまで閉じることのなかった口を閉じている。


「一旦落ち着いて。まず自己紹介が終わってもないのに勝手に脱線どころか翔ばない。お互いに情報を出し合ってから冷静に状況を整理しようよ」


「…すまないサキコ。熱くなり過ぎた」


「…ボクも余裕が無さ過ぎたね」


 よし、2人とも頭を下げてて気づいてない。

 元魔王と元王女をロープで縛るなんて後が怖いと、今更ながら感じてビビってるのがまる分かりの表情が隠せた。


 という訳で、これが後に私たちのブレイン役となるナディヴさんとのファーストコンタクトというか謁見なのでした。






Session2-3へ続く




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