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あの夏祭りをもう一度…  作者: たま
4/5

その4・失われるもの

ここから重い話になります。

ご注意ください

2019年8月某日(仮想現実内)--桐島悠人視線


 なんとか夏祭りの最終日に休みが取れたから響子さんに一緒に行かないかと声をかけたのだけれど…。


 なぜか驚いた表情で視線を逸らされた。


 う~ん、夏祭りには一緒に行ってくれることは快諾してくれたのは良かったけど…何でだろうか、恨めしそうな瞳でこちらを見つめてくるのは。


 久しぶりに引っ張り出した藍染の浴衣を羽織り夕暮れに染まる空を見ながら君の家まで歩いてはみたもののやはりと言うか、必然的と言うか日頃の不摂生が一気に押し寄せてくる。


 夕暮れ時で暑さもだいぶ柔らいだとはいえ冷房の効いた研究室に籠りきりだった体にはさすがにキツい。


 よくよく考えればまともに睡眠を取ったのも何時だったか思い出せない。そりゃあ、歩くだけでも辛いはずだ。


 だけど今の研究は僕にとって大事なもの…余命幾ばくもない僕にとって君に残せる唯一の贈り物だから。


 信玄袋には小さな箱がカタカタと鳴っている。


 今日、渡そうと思って持ってきた物だけれど響子さんは返事をしてくれるだろうか。この夏祭りは君に思い出を作ってあげたい。


 君の家に着いてしばらく待ってみたが君が出てくる気配がない。腕時計に視線を向けて待ち合わせの時間には間に合っていることを確認した君に呼び掛ける。


「準備はできましたか…なら、行きましょうか…って、どうしたの?そんな恨めしそうな瞳で?」


 姿見の前で何故だか恨めしげな表情を浮かべていた響子さんに僕はその目線が一瞬ある場所に向けられたのに気が付いたけど触れないことにした。


 うん、触れちゃいけないやつだよね。


「何でもないわよ」


 素っ気なく答える君に僕は苦笑いを浮かべながら、そっと手を差しのべると少し照れ臭そうにその手を取ってくれた。


「う~ん、じゃあ行きましょうか」


 二人で手を取り合って会場へと向けて歩き始める。ふと何気に見上げた夕焼け空があまりに綺麗で少しぼんやりと見つめていると君が声をかけてきた。


「ねぇ、お仕事は大丈夫なの?」


 全く君は痛いとこをついてくるね…。


 内心の焦りを微笑みを浮かべることで何とかごまかすけれど本心は君が天の邪鬼に見えるよ。


「うん、ようやく一段落がついたんだ。夏祭りに間に合って良かったよ。どうしても、響子さんと一緒に回りたかったからね」


 その言葉に君はプイッと視線をそらした。


 あぁ、やっぱり怒ってるのかな。


 君の仕草に僕が不安になっていると更に傷を抉るような発言を君がしてきた。


「じゃあ、もし仕事が終わらなかったらお祭りには一緒に行ってくれなかったってことね?」


 視線を逸らしながらのその言葉に一瞬、言葉が出てこない。いや、それはね、行きたいけど…う~ん、何て答えれば。


「えっ、それは…」


 返す言葉が直ぐに思い浮かばずに困ったような表情で頭を掻いている僕の姿をチラ見して吹き出した。


「ふふっ、冗談よ。そんなに困った顔しないでよ」


 楽しげに笑う君に僕はほっと胸を撫で下ろす。


 良かった、怒ってないみたいだ。


 君の笑顔に微笑み返しながら僕らは夏祭りの会場となっている神社へと向かって歩き始めた。


 遠くら聞こえるお囃子や太鼓の音色に年甲斐もなくワクワクしてしまうのはやっぱり特別だからなんだろうね。


 会場へと続く遊歩道には所狭しと屋台が並び多くの人達が楽しげな雰囲気を醸し出している。


 ちらりと君を見ると端から見ても分かるぐらいに瞳をキラキラとさせながら周囲を忙しげ見つめていた。


 うん、そうだった。このあと二人で金魚すくいをして不器用な君が二匹も金魚を捕った事に僕は心底、驚いていると途端に機嫌が悪くなって--。


 僕はこれから先の行動を思い出しながら口許に微笑を浮かべ、自然と金魚すくいの屋台と綿菓子屋さんを確認する。


 そして、二人で手を繋ぎながら階段を上がり境内に辿り着いたタイミングで大きな花火が打ち上げられて僕は花火より君の横顔に瞳を奪われて抱き寄せながら夏祭りを楽しんだんだっけ。


 けれど絶好のタイミングだったのに結局、僕は君にプロポーズすることが出来なくてヘタレな自分を情けなく思いながら送り届けた時に言おうと心に決めたのに僕はそれを伝えることが出来なかった。


○●○●○●○●○●○●


夏祭りの帰り道---。


 信玄袋の奥底でカタカタと音を鳴らして自己主張する指輪の入った箱をそっと握りしめながら悠人はちらりと響子を見つめる。


 水袋の中を泳ぎ回る金魚を優しげな瞳で見つめる響子の姿がやはり綺麗で悠人は決意をする。


 伝えるタイミングを逃したのは単に花火の灯りが照らし出す響子の横顔に見とれていた彼自身のせいに他ならなかったのだが、それでも悠人は自分のヘタレ具合に落ち込んでしまっていたけれど必ず今日中に告白すると決めたのだ。


 横断歩道が青に代わり一歩を踏み出した瞬間、悠人の体を強い衝撃が襲った。


 一瞬、何が起きたのか分からなかったけれど激しい痛みが一気に押し寄せ自分が車に跳ねられた事を否応なく理解する。


 き、響子さんは…?


 身動きどころか痛みで声すら発することも出来ずに薄れゆく意識の中で悠人の瞳は響子を探し求め、歩道に尻餅をついた状態で呆然とする姿に安堵して彼は意識を失った。


 失いゆく意識の中で謝りながら。


○●○●○●○●○●○●



2025年・桐島研究所内


 僕はゆっくりと瞳を開く。


 どれくらい眠っていたのだろうか?


 確か僕は夏祭りの帰り道、車に跳ねられて意識を失って、でもそれにしては体の痛みが感じられない。


 なんとか状況を把握しようとして瞳を左右に動かすと何故か見慣れた僕の研究室のベッドに寝かせられていることに気がついた。


 普通は病院じゃないだろうか?

 何で自分の研究室にいるんだろう?


 見慣れた風景と見慣れた仲間たちの姿が僕を心配げな瞳で見つめてくるけれど…たしか。


「成功みたいだな」

「そうだな…だが、本当にこれで良かったのか?」


 大学時代からの親友、長岡と神谷が複雑な表情で僕を見つめている。彼ら二人は親友であり私の研究の理解者で協力者。


 そんな二人にも心配をかけてしまったのかと申し訳ない気持ちでベッドに横たわったまま笑みを浮かべると不安げな表情を浮かべていた彼らは安堵のため息を漏らした。


 その姿に今の状況を問おうとしたのだけど。


「---!?」


 声が出ない。

 いや、違う。何かが違う。僕の意識でははっきりと声を出しているのにそれが音として出ていない。


「まだ声帯は無理だ…君の意識を仮想現実内で維持するだけで今の我々には精一杯だった…済まない」


 どういう事だ?


「あぁ、今いる場所は君が造り上げた仮想現実空間内の研究室で俺たちは外部から意識に直接、干渉している状況だから君の考えはモニター(・・・・)で認識している」


 悲痛な口調で告げる神谷の言葉に僕はある程度、今おかれている状況を理解した。


 なにせ自分が研究していた技術だから神谷の言葉で今の僕が意識だけの存在、いわゆる桐島悠人の記憶の産物に過ぎないと分かってしまったんだ。


 そう、僕はあの事故で死んだ。


 僕が研究していたのは終末医療に活用するためと同じぐらい意識の電子化も重要視していた。


 例えば、意識を失った患者の脳内の微弱な電気信号から意識を仮想空間へと再構築して家族と会話ができるようにするなどの研究であり二人には僕に万が一があれば実行するようにお願いしていた。


 つまり現実の僕は意識を失った状態か既に死んでいるかのどちらかになると言うことだ。


 けれど、二人の様子から僕の肉体は間現実世界にはないと考えるのが妥当だと思う。


「理解しているのか?お前はお前じゃなく記憶だけの存在なんだぞ?肉体もない、現実世界では存在しない人間、いや人と呼べるかも正直いってわからない」


 悲痛な長岡の声に何故か僕は苦笑してしまう。


 何かあればこうするように頼んだのは僕だ。それよりも僕の気がかりは…。


「大丈夫、響子さんは怪我ひとつない」


 察してくれたのか神谷が答えてくれる。


 それだけで僕は安堵してまた意識を失った。


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