その3・花火と君と伝えたい想い
境内にたどり着く頃にはなぜか私の目の前から綿菓子が消えていた。目の前に差し出されているのは割り箸だけ…あれ?私の綿菓子はどこに消えちゃったの?
はい、私のお腹に綺麗に収まりました。
心のなかで馬鹿な現実逃避に苦笑しながら境内に辿り着いた瞬間、色鮮やかな花火が夜空を照らし出し、しかもちょうど良い目線で見えて思わず声が漏れた。
「きれい…」
儚く散りゆく残火が一層と花火の美しさを彩っていて、ただただ夜空を見つめ続ける私の横で君の瞳は私を見つめていた。
彩り鮮やかに夜空を照らす花火ではなく私の横顔をただただ優しい瞳を称えながら楽しげな表情を浮かべている。
「うん…とても、きれいだ」
囁くような声にドキリと鼓動が高くなる。
今なんて言ったの?
もう一度、聞きたくて君を見つめる。
打ち上げられた花火の色彩が君と私を照らし出す。
「ねぇ響子さん…」
囁くような声、君の唇から漏れだす言葉、私の鼓動が早くなっていく…でも、違う。
これは私の記憶じゃない。
ふと我に帰り過去の記憶を思い出す。
やっぱり違う。
あの時、たしか二人で肩を寄せ合いながら彩り鮮やかな花火を見つめていたはずだ。
かけがえのない思い出だからこそ覚えてる。
だって君はあのあと……。
嫌な記憶が脳裏をよぎる。忘れようと記憶の奥深くに閉じ込めていたあの光景がフラッシュバッグして私の表情が曇る。
だからこそ…確かめたい。
私は顔をあげて君に似た誰かを見つめる。
「君は誰なの?」
その言葉に君は少し困った表情と悲しげな瞳を浮かべながら私を見つめて…小さなため息をついた。
「…気づきますよねぇ。だけど、私は紛れもなく響子さんの知る桐島悠人であって別人じゃないんです」
まっすぐな瞳で私を見つめる君の姿を夜空に打ち上げられた花火が照らし出す。
「でも、君は私の知る記憶の君じゃない」
震える声で私は俯きながら否定する。
顔をあげることができない。
だって、君が私を見ているから。
俯いたままの私に君は優しく頬に手を添えてきて無意識に体がビクッと震える。
けれど、君の手の温もりが懐かしくて、恋しくて、どうしても振りほどくことが出来ない。
だって、もう失いたくないから。
君の温もりを、君のいない人生を歩みたくない。
「説明をさせてもらえないですか。なぜ、私が響子さんの記憶でない桐島悠人なのか…」
その言葉に私は無意識に頷いてしまった。
そして君はゆっくりと私に教えてくれた。
なぜ、私の愛した桐島悠人に似た君が私の記憶に現れたのかを…。
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--データ移行開始
接触確認
検体の脈拍、心拍数上昇確認
規定値クリアにより続行を選択
フェーズⅡに移行
モニターに映し出されるデータに長岡と神谷は真剣な表情を浮かべながら見つめていた。
「接触したみたいだな」
「あぁ、まぁどうなるかあいつ次第だけど…ヘタレだからなぁ。響子さんに怒られなきゃいいけど」
「まぁ、それはそれで面白いだろ?」
「ははっ、だな」
仮想現実内の状況を想像して【あいつ】のヘタレな姿が容易に脳裏を過り思わず顔を見合せ苦笑する。
先程までの主治医と技術者ではなく旧知の友人として【あいつ】が計画した事にどのような行動をとるのかを予想したのだ。
ただ、付き添いできた孫娘だけは二人の会話の意味がわからずに首を傾けながらキョトンとした表情で二人とベッドで眠る祖母を交互に見やる。
「お祖母ちゃん、誰かと会ってるの?」
二人の会話から大好きな祖母が誰かと会っている事だけはわかり興味本意で尋ねてくる。
「お祖母ちゃんはね、大好きな人に会ってるんだよ」
孫娘の目線に会わせるように座り込んだ長岡は微笑みを浮かべ優しく頭を撫でながら簡単に説明した。
「う~ん、よくわからないけど…そっかぁ、だからお祖母ちゃんはあんなに嬉しそうな顔をしてるんだぁ。良かったね、お祖母ちゃん」
満面の笑みを浮かべながら響子を見つめる孫娘の姿に二人は自然と笑みが溢れるのだった。