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あの夏祭りをもう一度…  作者: たま
2/5

その2・金魚と綿菓子


 透明な袋の中で泳ぐ金魚を君に見せつけながら私は気分よく歩いていた。


 だってね、二匹もいるのよ?君は私を不器用だと思ってたみたいだけど--ふふん、私もやれば出来る子なのですよ。


「いや、ほんとに、よく捕れましたね」


 そんな自慢げな私の手元を君は驚きを隠しもせずにまじまじと二匹の金魚を見つめているのだけれど…失礼じゃない?


 そりゃあ、たまたまポイの縁に金魚が乗っかってゲットして、もう一匹は水槽に浮かべてたお椀に自分から飛び込んできたけれど、それは私の実力…だよね?ちょっと自信はないけれど、運も実力の内って言うものね。


「何でそんなに驚くのよ?全く失礼しちゃうわ」


 少し不満げな表情を浮かべると君は焦った表情でキョロキョロと辺りを見渡して一軒の出店を指差した。


「あっ、綿菓子屋さんがありますよ?買ってくるのでちょっと待っていてください」


 足早に私から離れて人混みに消えていく。


 うん、逃げたわ。

 まぁ、でも…綿菓子くらいなら大丈夫よね?


 ちらりとお腹を見つめて自分を納得させる。


 君が戻ってくるまでの間、近くのベンチに座りながら目線に金魚を向けてまじまじと見つめると二匹は寄り添うようにしながら私を見つめてくる。


 何だか恋人同士みたいで思わず笑みが溢れる。


「あんたたち仲が良いわねぇ。なんだか妬けちゃうけど、うん安心して。二人とも大切にするから」


 水袋を軽く突っつきながら呟く私の声に反応するかのように二匹は口をパクパクさせながらジッと私を見つめてくる。


 まるで私の言葉の意味を理解しているみたい。

 まさかね…でも。


 水袋越しに夏祭りの会場を見つめてみると電球の灯りや行き交う人達がぼやけて見えて何だか幻想的な空間に入り込んだかのような錯覚を覚えた。


 そんな現実と虚像の狭間をぼんやりと見つめていると急に水袋越しの景色が真っ白な世界に変わる。


「どうしたんですか?そんなにぼんやりとして」


 顔をあげると優しげな微笑を浮かべた君が真っ白な綿菓子を私に差し出してきながら尋ねてくる。


「うーん、何だか水袋越しに見える景色が幻想的でね。見入っちゃってたの…現実じゃない気がして」

「響子さん?」


 心配そうに見つめてくる瞳に私は笑顔を君に向けると真っ白な綿菓子を受け取ってパクリと口に含んだ。


 そして気づいた。

 あっ…これ、ヤバイやつだ。


 口の中に広がる甘さに少し表情がひきつったけど…うん、鈍感な君には気づかれなかったみたいね。


 そうよね…綿菓子の材料ってザラメだったよね。


 本気でダイエットに励もうと心の内で強く覚悟を決めながら立ち上がると不意に上空が明るく輝いた。


 ヒューーーーードンッ。


 色鮮やかな大輪の花が夜空を明るく照らし出す。


「あっ、花火が始まっちゃたわね」


 最初の一輪が打ち上げの始まりを告げるものらしく次々に夜空を染めていく。


「響子さん、せっかくだから境内で見ませんか?」


 夏祭りの会場になっている神社の境内は屋台が並ぶ参道を更に上がった小高い場所にあって、祭りに来た人達はゆっくりとした足取りで階段を上っていく姿を横目に君が私を誘ってくる。


「そうね、せっかくだし行ってみようか?」

「迷子になったら困るから手を繋いで行きましょう」


 迷子って、なんだか子供扱いされてる気がするけど?

 そりゃあ、これだけの人混みだと迷子になる自信はあるけれど…君はもう少しオブラートに包むことを覚えた方がいいわよ?


 少し不満はあったけど鈍感な君はきっと気づかないよね。それよりも君は手を差し出してくれているけれど私の右手は綿菓子、左手は水袋で塞がっている。


 さて、どうしようか?


 両手を見ながら悩んでいると君はさっと綿菓子を手に取り私の右手を優しく包み込む。あっ、私の綿菓子…まだ、一口しか食べてないんだけど?


 名残惜しそうに綿菓子を見る私の目の前にスッと差し出してくるとニッコリと笑みを浮かべた。


「こうすれば手を繋ぎながら食べれるでしょ?」


 口許に近づいてきた綿菓子の甘い香りに思わずパクリと食べてしまう私の姿って何だか、いや、かなり恥ずかしい。


 まるで親鳥が雛鳥に餌を与えてるみたいじゃない。


「恥ずかしい…けど、美味しい」

「なら、良かった」


 ちょっと恥ずかしくなって俯きながらも甘い香りの誘惑には敵わなくて手を繋ぎながらちょいちょい綿菓子を口に含む。


 夏祭りだもね。楽しまなくちゃ勿体ないよね。


 私は自分に言い訳しながら境内へと続く階段を登りながら君が絶妙な角度で差し出してくる綿菓子を堪能することにした。


○●○●○●○●○●○●


2045年8月某日--桐島記念病院特別病棟


--解析完了

 記憶媒体【夏祭り】確認

 シークエンス移行【桐島悠人】

 データ解析完了--【伝言】を被験者に移行


 無機質な機械音声が状況報告を告げ長岡は小さく安堵のため息をつくと傍らにいた技術者らしき男が彼の肩を軽く叩く。


「ようやく伝言を伝えることが出来るな…」


 長岡の肩を叩いた男、神谷(すぐる)が小さく呟いた言葉に長岡も頷き返しながら微かに笑みを浮かべる。


「全く…あいつときたら」


 どこか苦笑混じりの言葉を発しながら長岡はベッドに横たわり仮想現実を楽しむ響子を見つめる。


 もうすぐ果たされるあいつとの約束を守れることで解放される安堵感と一抹の不安を抱えながら--。  

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