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あの夏祭りをもう一度…  作者: たま
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その1・君との思い出

2019年8月某日--響子視点


 私は姿見の前で何度も浴衣をチェックする。


 久しぶりに出した浴衣は少し小さく感じて心の中でその原因に思い当たり深いため息が出てしまう。


「ダイエットすれば良かった…」


 時すでに遅し…まさか君が休みを取れるなんて考えてもなかったから油断してたわ。恨めしげに少しきつく感じるお腹回りを見つめていると…。


「準備はできましたか…なら、行きましょうか…って、どうしたの?そんな恨めしそうな瞳で?」


 待ちきれなくなったのか君が不意に私の前に現れて声をかけてきた。うん、君が悪い。もっと早く予定がわかっていたらこんな瞳なんてしてないもの。


「何でもないわよ」


 素っ気なく答える私に君は苦笑いを浮かべる。


「う~ん、じゃあ行きましょうか」


 藍染の浴衣姿の君が私に笑顔を向けながら、そっと手を差し伸べてくれる。


 男性にしては柔らかな君の手が私の手を優しく握りしめて、ゆっくりと同じ歩幅で会場へと歩き始める。


 今日は夏祭り最終日。


 いつもは仕事の都合で一緒にいくことはできなかったけれど、今年は君が頑張って休みをとってくれた。


「ねぇ、お仕事は大丈夫なの?」


 心にもない言葉を嘆ける私は自分でも天の邪鬼な自覚はあるけれど君は微笑みかけながら小さく頷いて答えてくれる。


「うん、ようやく一段落がついたんだ。夏祭りに間に合って良かったよ。どうしても、響子さんと一緒に回りたかったからね」


 ほしい言葉を投げ掛けてくれて私は内心に喜びながらも顔には出さずプイッと視線をそらした。


「じゃあ、もし仕事が終わらなかったらお祭りには一緒に行ってくれなかったってことね?」

「えっ、それは…」


 私の言葉に困ったような表情で頭を掻く君の姿が何だか面白くて私は我慢できずに吹き出してしまった。


「ふふっ、冗談よ。そんなに困った顔しないでよ」


 苦笑いを浮かべる君の横顔が何だかとても愛らしくて、そんな時間がとても幸せだけれど…でも。


 微かに脳裏をよぎる不安。


 分かってる…でも、今だけは。


「ねぇ、せっかくだから屋台を回りましょうよ」


 脳裏の不安を振り払うかのように私は笑顔を君に向けながら夏祭りの会場へと小走りで向かい始めると優しげな微笑を浮かべながら私の歩幅に会わせて歩みを進めてくれる。


 お囃子や祭り太鼓の音が聞こえてくると私の心は途端に童心に返ったみたいにワクワクしてくる。


 夏祭りの会場となっている神社へと続く遊歩道にはいくつもの屋台が並び屋号の入った提灯が非日常の雰囲気を醸し出していて自然と歩みも早くなり色鮮やかな景色に気分も向上してきた。


「では、響子さん。まずは何を楽しまれますか?」

 キョロキョロと忙しげに周囲を見渡す私に君はわざとらしく恭しいお辞儀をしながら笑顔を私に向ける。


「そうねぇ…じゃあ」

 君のわざとらしい行動に便乗するように私は人差し指を口許に当てながら澄まし顔で周囲を見渡す。


 色んな屋台が提灯の明かりに照らされ幻想的な世界を作り上げていて何から楽しむか迷ってしまう。


「う~ん、どこから見て回ろうかしら」


 優柔不断な私の悪い癖だ。幾つもの選択肢があると何時までたっても決められずにいつも君を呆れさせてしまう。


「一軒ずつ見て回ろうか?食べ物関係は二人で少しずつ食べればいいし、せっかくだから楽しみたいしね」


 案の定、決めかねていた私の姿に苦笑しながら君は妥協案を掲示してくれるけど…それだと、また太るじゃない。


 今来ている浴衣も実は少しきついのに。


 でも、君の提案はすごく魅力的。


 だってお祭りで食べる焼きそばやたこ焼きはなぜだか美味しく感じるから食べ過ぎてしまう。たとえ、粉物がパサパサしていたりメインのタコが小さくてもね。でもね、食べ過ぎると……ね。


 君にばれないようにお腹回りをチラ見する。


 うん、食べ物系は控えよう。なら、最初に楽しむのは夏祭りらしいのが良いよね。


 視線をキョロキョロさせていた私の瞳に一軒の屋台が飛び込んできた。まさに夏の定番のその屋台を私は指差す。


「じゃあ、最初はアレにする」


 わたしが指差したのは金魚すくい。


 夏祭りの定番よね。


「…えっ?大丈夫?」


 心配そうに私を見つめる彼の瞳。


「なにが?」


「えっ、だって響子さんって不器「…はい?」何でもありません。おじさん一回、お願いします」


「あ、あいよ」


 私のジト目を避けるようにそそくさと財布を取りだした君は空気を読んだ屋台のおじさんから受け取ったポイを私に手渡す。


「見てなさいよ!」


 ポイを片手にじっと金魚たちを見つめる。


 何故かしら…。


 金魚たちが視線を逸らしたように感じたわよ?大丈夫、大丈夫、怖くないから寄っておいで。


 腕捲りをしながらポイを握りしめる私の横で優しい笑みを浮かべるに君の肩が微かに触れる。


 意識せずとも感じることの出来る君の温もりが私を優しく包み込んで、その当たり前の幸せを噛み締めながら、この時間が永遠に続けばいいのにと願っている自分がいる。


 それがたとえ幻影であったとしても--。


 そして、君と私の夏祭りは幕を開けた。



 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□



2045年8月某日--桐島記念病院特別病棟


--臨床実験終了します。


 不意に感情のない声が私の耳に届く。

 その瞬間、視界が歪み暗闇が私の心を支配するけれど直ぐに暗闇であった世界が鮮明な世界へと移り変わる。


 巡るましく移り変わる景色に呆然としながら私は揺れ動く感情を大きく深呼吸することでなんとか平常へと引き戻した。


 あぁ、戻ってきてしまった…。


 例えようのない虚無感に包まれながら私は鮮明になった視界をぼんやりと見つめ現実を直視する。


 私の瞳には夜空を彩る大輪の花火や幻想的な夜店じゃなく…真っ白な天井と病院の独特な薬品の香り、周囲には白衣を来た医師と技術者が数名、何やら小声で話し込んでいる光景。


 この場所に君はいない…。


 ただそれだけなのにざわつく感情を押さえるのがとても辛くて…けど、微かに残る君の唇の感触は残っているけれど幻にすぎない事も分かっているはずなのに。


 24年前の記憶--君が完成させた終末医療用VRデバイスによる緩和治療の試験体に私は参加し過去の記憶を見ていた。


 フルダイブ式と呼ばれる物で脳内の電気信号を読み取り、五感で仮想現実を体感する事が出来る。


 被験者の記憶を電気信号で判断し本人の見た記憶(・・・・・・・)を再現するシステムであり、それは体の自由が効かなくなった患者や病気による痛みの緩和をサポートするため意識を仮想空間に転移することによる患者の負担軽減と幸福感を満たす物で、簡易的に説明するなら本人が見たい夢を見続けることが出来る装置であった。


 つまりは患者が望みさえすれば現実を否定し夢の中で一生を終えることが出来るのだ。


 それを開発したのが…君だったのは正直、皮肉だと思う。だって今の私は余命幾ばくもなくベッドに横たわっているのだから。


 でも、私の見た記憶は君の温もりをはっきりと感じられるほどに鮮明で…あの懐かしい君の温もりと優しい瞳が脳裏を過った。



 懐かしいその感触が悲しいより嬉しく感じる。


 何故だか少し視界がぼやけた。


 気づかないうちに泣いていたらしい。



「お祖母ちゃん、大丈夫?どこか痛いの?」


 その声に微かに視線をずらすと心配そうに見つめる孫娘の姿が見えて私は頬を緩め笑顔を向ける。


「ううん、違うのよ。みぃちゃん、涙はね悲しいときだけじゃなくて嬉しい時にも流れるのよ」


「そうなんだぁ。じゃあ、お祖母ちゃんは何か嬉しい事があったんだね。いいなぁ~」


「ふふふっ、そうね」


 孫娘の言葉に自然と笑みが溢れ優しく頭を撫でる。


 嬉しそうに瞳を細める姿の孫娘を優しく見つめながらカーテンの隙間から差し込む日の光に瞳を細目て視線をある物に向けた。


 視線の先に窓際の隅にポツンとおかれた小さな金魚鉢。その中で夏祭りに連れ帰った金魚の子供たちが気持ち良さそうに泳いでいるのが見えた。


 縁日の金魚は寿命が短いとよく聞くけれど連れ帰った金魚は逞しく十年もの歳月を生きてくれた。


 その間にも色々あった。


 私達の人生を小さな金魚鉢から見つめ続け、私達の行く末を子供達に託して先に逝ってしまった。


 そんな彼らをぼんやりと見つめながら私はさっきまで体験していた世界に想いを馳せる。


「桐島響子さん。体調に問題がなければもう一度だけ実験に付き合ってはいただけないでしょうか?」


 主治医の長岡さんが私の容態を見ながら問いかけてくる姿に了承の意味を含めて小さく頷く。


 また、君に会えるなら…。


 そして私の視界は徐々に暗闇に包まれていく。 

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