9.油断
すいません、遅くなりました……。
次話の投稿は間に合うように努力します。
次話は、明日です。
足元がスースーするフリフリのスカートを見に纏い、俺はスーパーマーケットで頼まれていた白菜の購入を無事に済ませた。
無事と言っても、周囲の視線はゴスロリ調の衣装をした俺に集中しており、精神的な何かがゴリゴリと削られている感じではあった。
不幸中の幸いと言えるかは怪しいが、誰一人としてこのゴスロリが俺(つまりは天雷紫乃)と認識した者はおらず、店員さんも「可愛らしい服装ですねー」と軽く褒めてくれるだけで、特に不審がられることはなかった。
普段がボロボロのジャージ姿なので、そのギャップ差もあって気づかれなかったのだろうか?
いや、それにしても普通は男だと分かるはずだが……。
まぁ、どちらにせよこれでユリの罰ゲームは終えることに成功した。
後は帰るだけだ。
そう思って来た道に沿って歩いているとーーー
「めっちゃキレイなお嬢ちゃんじゃん!どうしたんだよお、こんなところでよぉ?」
「俺らちょっと暇でさー、よかったら一緒にカラオケでもどう?俺らがおごるし、ついでに面白いこともさせてやるよー?」
「え、っと……」
路地裏で二人のチャラ男に絡まれている大和撫子風の女の子を発見した。
「おいおい、女の子一人に寄ってたかって何やってんだよ……」
男の性欲の強さというか、浅はかさというか……。
そんなものを見せつけられたお陰で、同じ男である俺が恥ずかしくなってしまう。
ここは同じ男である俺が事態の収拾を行うべきだろう。
と、そう考えて一歩踏み出したところでーーー
「ッ!?」
背筋が凍るような危機感を覚えた。
何だ、この殺気……。
肌を刺すような鋭い雰囲気を前に、俺は思わず一歩下がってしまう。
出所はチャラ男二人ではない。
チャラ男は相変わらずヘラヘラと誘い文句を並べている最中で、とてもではないがそんな気を感じない。
となると、出しているのは女の子の方か!
そこで改めて俺はそいつを視認する。
膝下程しかない丈の短い振袖を身に纏い、脚を極力見せつけないためのニーソを履いている。
艶やかな赤いその着物は、彼女自身の烏の濡れ羽色をした髪と目にとてもよく似合っており、ただすれ違っただけでは綺麗な女の子にしか見えない。
……が。
あまり生気を感じさせない黒眼には、家で女物の服が発見されたときのユリ以上の殺気が込められており、とても普通の女の子には見えない。
しかも最悪なことに、こんな離れた場所にいる俺にも分かるのに、目の前にいるチャラ男二人は全く気付いていない。
ーーーどうにかしないと。
流石にこんな所での流血沙汰を嫌だったので、俺はすぐさまそのチャラ男二人にコンタクトを図った……チャラ男二人を救うために。
「おいおい、男二人で一人の女の子をナンパとかバランス悪いだろうが」
「「あ?」」
背中に語りかけた俺の声は、しっかりと彼らの耳に入り振り向かせることに成功する。
彼らの視線が俺に向けられると同時に、黒髪の女の子の殺気も和らいだ。
チャラ男二人は、誰だよこんな良い時に話しかけるなんてしけた野郎は、と思って俺を見たが、すぐにその表情が驚愕の色に変わる。
「うお……こいつもガチかわいいじゃん……」
「マジ、それなー。俺ら、今日ついてるー」
舐め回すようにじっくりと俺の体を見つめる二人。
おいおい、男の体なんていくら眺めた所でーーー
と、そこまで考えて気付いた。
そうだよ、俺今女装してんじゃん!
と。
ということは、こいつらは今俺を女だと勘違いしてるということか?
だとしたら、面倒だ。
チャラ男に女の子が一人入った所で男たちからすれば鴨がネギを背負ってきたようなものだ。
獲物が増えるだけで何の抑止力にもならない。
となると、俺は可及的速やかに男であると宣言する必要がある、が………。
そうしたら俺が女装したとバレてしまう。
それはマズイ。
というか、できれば避けたい事態だ。
折角誰にもばれずに買い物を終わらせたというのに、こんな奴のせいで俺の努力が水の泡になるのは避けたい。
とすると、女の子として最大限できる自衛手段はーーー
「お前らな!もし、指一本でも触れたら衛兵に通報するぞ!」
そう!国家権力の行使!
携帯の番号を押し、コールするだけで通報できるようにして奴らに掲げる。
これで引き下がる筈だ……。
そう思ってチャラ男二人の顔を覗くと、何ともゲスい顔つきで俺の行動に賛同した。
「うんうん、そうだな。軍に通報するのが一番だよなぁ?」
「ああ、そうされると俺らとしても困るしー」
「じゃあ、退散しますか?」
「それなー」
何やらあっさりと快諾してきて逆に怪しいと思うものの、彼らは言葉通りに路地裏を出ようとしていた。
ふぅ、これで一安心か……。
そう思って携帯を下ろそうとした瞬間ーーー
「なんて言うわけないだろが、よっ!」
「ーーーゴッ!?」
「はい、携帯没収ー」
片方が俺の溝内に拳を一発。
そしてもう片方が通報されないように疾風の如き素早さで俺の携帯を奪取し、バキャン!と音を立てて握りつぶした。
こいつら、強化系か……。
通常の人間では何しえないだろうスピード。
交渉が無事済んだこともあって、油断していた俺の隙をついての動きはとてもではないが反応できるものではなかった。
くそっ、こいつら……ッ!
人体の急所である溝内を諸に殴られたため、俺は呼吸することもままならない状態で地に伏す。
チャラ男二人の下卑た笑い声が響く。
「クハハハッ!やっぱ、いいよぉ。気の強い女の子が涙目で地に伏してる、ってのはよぉ」
「それなー!俺は、バックで突いて泣かせるのも好きだけど、これもまー嫌いじゃないよー!」
地面に倒れた状態なので、チャラ男二人がどんな風に笑っているのか目視することはできない。
それよりも、俺は黒髪の女の子のことが気になっていた。
彼女は今何をしているだろうか?
俺がやられているのを見て、衛兵に通報しているだろうか?それともそんなことを知らないとばかりに家に帰ってしまっているだろうか?
いや、あんなに殺気を振りまいていた娘なのだ。
そんな弱気な行動をするようには見えない。
もしかしたらーーー
「どうするよぉ?こいつと後ろの黒髪。どういう風に配分済んだぁ?」
「俺は、こっちの紫の娘がいいっすねー。この娘を直々に調教してアヘアヘ言わせーーーカペッ!?」
「ん?おい、どうしーーーゴパッ!?」
チャラ男二人の下卑た話し声が急に止む。
そして一歩ずつ近づいてくる何かの気配。
それはーーー
「大丈夫、ですか?」
先ほどの黒髪の女の子であった。