5.時間がない
明日はちょっと忙しいので投稿できるかどうかは分かりません。
出来るだけ投稿できるように努力します。
すいません、間に合いそうにないので、12月21日に投稿日を変更します。
「はぁ〜………」
「どうしたんですか?大きな溜息なんか吐いて……」
「いや、ちょっと表の仕事がな……」
時刻は午後11時。
『ノア』の仕事についていた俺は、作業の途中で思わず溜息を吐く。
「紫電さん(俺のコードネーム)が疲れているのは分かりますけど、あまり任務中に気を抜いたりして失敗しないでくださいよ?ペナリティとか嫌ですから」
「ああ、さすがにそんなヘマはしねぇよ」
今日の任務のランクはD−。
ある豪商お抱えのお宝を護衛から奪うだけの簡単なお仕事。
報酬は、一人10万。
『ノア』は基本的に月給30万。
それと、こういった臨時任務の報酬が加算されて給料になる。
値段はランクごとに設定されていて、ランクの設定はAからEまでのアルファベットにプラスマイナスのおまけがつく感じだ。
基本的にランクが低ければ低いほど危険度は低くなるのだが……。
その代わりに、『ノア』というテロ組織では依頼を失敗したときのペナリティもつけられてしまう。
AとかBみたいな高ランクならば、ペナリティは精々1万以下の罰金で済むだろうが、今回のように底ランクの依頼であると、ボス直々に折檻を喰らわせられたり、月給が無しになったりするので、さすがの俺でもあまり気は抜いてない……と思う。
ただ……これからの表の仕事の事を思うと憂鬱になってしまっているだけなんだ。
◆
ユリの能力を見せてもらった後、俺の表の異能である『磁力』の紹介をし、そのままの流れで俺は彼女とタッグを組まされる事となった。
タッグを組む際、タッグの名前を付けろと言われ、ユリから
「………エンゲージメント」
という俺のSUN値を下げる名前を出してきたので、あの手この手で何とか取り下げてもらい、『黒紫』というお互いの名前の色から1文字ずつ取ったタッグ名に変更させてもらった。
正直に言うと、黒紫というネーミングも中々に恥ずかしいものではあったが、背に腹はかえられなかったので、消去法でこれになった。
教室に戻る際に、
「ーーーまた、ね?」
と、呟いてきたのが今日一番怖かったのは俺だけの秘密だ。
閑話休題……。
しかし、ユリとタッグを組んだ。
これだけで溜息を吐くほど俺は軟弱じゃない。
理由はもっと他にある。
それはーーー
「え?特訓?」
「……うん。だって、せっかく……はやく、組んだし………いっしょに、練習した方が…………成果も、出ると、思うし………」
「え〜、でもなぁ……」
「それに………わたし、7位の………特典が、ほしい………」
そう言って、円らな(しかしやはり不気味な)目を俺に向けてくる。
「うっ……」
俺はユリの(目の)威圧感に圧され半歩後ろに下がる。
特典。
ユリが言う特典とは、おそらくこの学校が試験優秀者に向けて出している商品の事だろう。
生徒たちにやる気を出させるため、学校もそれなりに待遇の良い処置を出していたりする。
例えば制服の任意での着用可、とか……。
今回のこれもそう言ったものの類だろう。
しかし、ユリがこんなに欲しがるなんて一体どんな物なのだろうか?
そう思ってユリを見ていると、彼女の方から説明してくれた。
「コンタクトリング、って言って………いつでも………どこでも……会話、できる、アイテム………なんだって」
へー、それは(ヤンデレにとって)必須アイテムだね!
「しかも……電波の、良いところなら…………相手の、位置情報まで、探れるみたい♪」
それは便利だねっ(棒読み)
「それで…………タッグには……(夫婦には)必須の、ものだと、思うんだけど…………どうかなぁ…………ね?ね?」
「あー、それな!」
ね?という怖すぎる呪文を喰らった俺は、あっさりと首を縦に振ってしまった。
と言っても、ユリがこう言うということは、おそらく彼女の中では確定事項なのだろうが……。
俺は地雷がある平野を態々突っ走るような真似はしたくないので、素直に首を振っておくだけなのだ。
……いや、待てよ?
態々コンタクトリングなんてものじゃなくても、携帯電話で良いんじゃないか?
だって、それでも連絡は取れるし……。
そう思って俺がユリに提案するとーーー
「電話、番号も……住所も、ライム(SNSのこと)も、メール、アドレスも、血液型も、体重も、身長も、好きな食べ物とか飲み物も、その他家族構成とかーーー」
「ーーー全部、知ってるよ?」
「ひっ……!」
「当然、だよね…………だって、未来の、旦那さま、だもん……全部、知ってるよ」
え、えー……。
じゃあ、何でコンタクトリングなんて欲しがるんだ!?
もう良いじゃん、そこで良いじゃん!
大体、携帯電話とかメールアドレスまでは良いとしても、家族構成とかは調べすぎなんじゃないの!?
と、そう言い募ろうとするも、続くユリの言葉で絶句する。
「でも、それだけじゃ…………ダメ。もっと、知りたいの。…………もっと、縛りたいの。もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっとーーーーーー」
「ーーーしのくんと、いっしょに、いたいの」
「でもね、あんまり、縛ると…………嫌われるって、母さんが……言うの。『最初はもっと緩めに行きなさい』って、言うの。……本当は、朝食べるときだって、寝るときだって、風呂とか、トイレもーーー」
そこまで言われて俺の耳は強制的にシャットアウトされた。
ユリが何を言っているのか理解できない。
いや、まぁ最初から理解できている気がしていたわけではないが……。
それでも時間が経てばそれなりにマシになると思ってたんだ。
なのに、むしろ悪化するなんて……。
俺が空でも見ていようかな、と窓に目を向けたそのとき突然にユリから質問をされる。
「ーーーところで、しのくん。………しのくんは、特訓に、付き合って……くれる、よね?」
「はい、やります。やらせていただきます。一緒に7位を目指しましょう!(凄まじく棒読み)」
「うん、よかったぁ………」
こうして、俺はユリとの特訓に7時まで付き合うことになった。
◆
さて、これまでの長い回想を聞いて理解できたと思うがーーー
俺には休暇が全くと言って良いほど無くなってしまった。
朝7時に起床、そして7時半に家を出て4時まで授業。
そこからさらにユリとの特訓で午後7時まで学校に残る。
そして、家に午後7時半に着いたとすると、そこから飯を食って風呂に入ればざっと一時間経過。
つまりは8時。
『ノア』の仕事は10時に起きないといけないので、寝れる時間は二時間弱。
帰ってこれる時間はそのときの任務難易度にも寄るが、最低でもやはり3時を過ぎてしまうのでーーー
そこから寝れる時間はざっと三時間弱!
俺は上手いこと言っても五時間しか寝れない計算になる。
しかも、これはあくまで任務難易度DとかEだった場合だ。
もし、受けた依頼がBとかAだったりしたら……。
最悪、俺の睡眠時間は二時間を切ってしまう!
そんな生活嫌だよ!!!
と、そんな愚痴を後輩(コードネームは理音)に言って聞かせていた。
ちなみに、既に仕事は終えた後である。
護衛のこめかみに俺の異能を一発。
それで相手はお釈迦になっていました。
理音は、そんなお釈迦になった敵の処理を済ませると、着用義務のある仮面を取り外して言った。
「そんなに表の仕事が嫌なら辞めたらどうですか?」
「えー、でもなぁ……」
いや、言われるとは思ってたよ?
だって、実際に俺も途中まで考えてたし……。
だが、意外にも俺はあののほほんとした生活を気に入っているのだ。
あまりホイホイと手放すことのできるものではない。
「え?何でですか?お金には困ってないんですよね?それとも、もしかして賭博ですりました?」
「いや、なんで俺が賭博するんだよ?俺、理音に一度でも賭博している姿見せたことあるっけ?」
「ないですけど……そうでもしないと紫電さんの莫大な貯金を失くすなんて不可能だと思いまして……」
「あー、なるほどねー……でも、違うから。別に金に困ってるわけじゃねぇから」
「だったら、辞めれば良いじゃないですか」
「いや、でも……」
そうしたら俺のだらだライフ(だらだらした生活の略語。俺が今作った)が台無しになってしまう。
というか、辞めるなら『ノア』の方なんだよなぁ……。
理音の言う通り、もう十分すぎるぐらいに金を稼いだし、もしかしたらこれだけあれば余生も暮らせるかもだし……?
やっぱり、『ノア』を辞めれば万事解決か?
となると、俺はむしろ『ノア』をどうやって辞めるかを考えるべきなのだろうか?
……とりあえず表の仕事を辞めないことだけ伝えるか。
「まぁ、辞めるとなると付き合いが無くなって不便だしーーー」
と、そこまで言った瞬間、隣からバキッ!という何かが潰れた音が聞こえてきた。
「え、なに……?なに、潰したの?」
「それよりも、先ほどのお言葉……それは本当なのでしょうか?」
「へ?先ほどのお言葉?」
「はい、先ほどの“付き合いが無くなると困るーー”というお言葉ですよ、紫電さん?」
「……」
何故だろうか?
いつもは静かなサファイア色をした瞳の奥に、今だけは轟々と燃え盛る炎の熱が閉じ込められているように感じるのは……。
しかも、その手に握られている物質はスチール製の空き缶で御座いますよね?
一体どのような力を込めたらこんなにグシャグシャに握り潰せるんだよ……。
お前、強化系じゃないだろ?
もしかして、素の力で握り壊したの?
だとしたら、 めちゃくちゃ怖いんですけど……。
俺は首にギロチンの刃があてられた死刑囚のような面持ちで、理音の質問に答える。
「り、理音が何を勘違いしているのかは知らないけど……俺は“友達”と別れることになるから出来れば表の仕事を辞めたくない、と言ったんだ」
「……そうですか」
すると、張り詰めた糸のような緊迫感が急に解け、理音の瞳がまたいつもの静かな雰囲気に戻った。
「ふふっ、すみません、早とちりをしてしまいました」
「はぁ……まったくお前は何を誤解していたんだ?危うく俺の心の臓が抉り取られるんじゃないかってぐらいに怒ってたぞ?さっきのお前は」
「いえ、そんなお気になさらずに……。ただ、“仕事中に新キャラのヤバイ女にでも絡まれて勢いそのままに婚約でもしたんじゃないか”と、邪推しただけです」
「へ、へー……そうなんだぁー。それは面白い推理だね(棒読み)」
「ええ、全くもって私の勘違いでした。恥ずかしい限りです、本当に申し訳ありません」
「いやいや、そんな気にしなくて良いよ。全然、気にしてないから」
というか、殆ど事実を言い当てられて心臓がばくばくし過ぎてそれどころじゃない。
だ、大丈夫だよな?
相手にこの心音は伝わってないよな?
と、俺が必死になって心臓を抑えていると、不意に理音はこう言った。
「ーーーもちろん、『ノア』をお辞めになるとは言いませんよね?紫電さん」
「も、勿論です……」
「そうですか、なら良かったです」
「……」
どうやらもうしばらくはここに在籍していないといけない様だ。
と、半ば諦観の念を抱きつつ俺は再度溜息を吐いた。
ブクマ、ポイント、ありがとうございます!