4.ヤンデレの異能
すいません、遅くなりました。
明日はもうちょっと早めに投稿できるようにします。
「旦那様、旦那様………えへへっ」といつまでたってもブツブツとつぶやいている姿が怖かった俺は、適当な話題を振ることにした。
「そう言えば、今回の試験ってタッグ制なんだってな?」
「タッグ………」
「そうそう、タッグーーー」
と、そこで俺はとんでもない失言をしてしまったことに気付く。
しかし、そう思うよりも先に黒沼が口を開く。
「………旦那様…………わたし、と組んで………くれる、よね?ね?」
「お、おう……」
わかったから、その“ね?”って言葉を重ねるの止めてくれないか?
スッゲー怖いんだけど。
「も、もちろん!黒沼を誘う予定だったさ!だから安心ーーー」
「ーーーユリ」
「……へ?」
「ユリって……呼んで、ね?」
「うん………」
ね?という呟きと共に、あの真っ黒い目で見つめられ、俺はガタガタと震えながら頷く。
というか、もう俺はこいつと結婚するしかないのか?
俺、やだぞこんな地雷女と結婚なんて……。
とはいえ、黒沼、じゃなかったユリに直接そんなことを言えるほど俺は度胸のある男ではなかったので、やや婉曲的な方法で止めようと試みる。
「その、さ……。できれば、で良いんだけど、さ。その、“旦那様”って言うの止めてくれないか?」
「ーーーえ?」
「あ、いや別に嫌ってわけじゃないんだぞ?マジ、これマジで。ユリみたいな女の子に“旦那様”って呼ばれるのは結構萌える展開じゃあるんだけど、さ。あれだよ、ほら。……す、好きな女の子に自分の名前呼んでもらえないの悲しいじゃん?」
え?という声のドスが効きすぎていて、俺は普段の三倍ぐらい早口でそう締めくくる。
すると、俺の言い分に納得できたのかユリは笑みを浮かべた。
「そっかぁ……そうだよ、ね。…………ゴメンね?旦那様、じゃなかった……しのくんの気持ちに気付けなくて…………。じゃあ………これからは、しのくんって………呼ぶね?」
「お、おう……よろしく」
よっしゃ!
これで何とか周りの人からの認知は避けられる!
後はどうやってこいつとの婚約を破棄するかだが……。
まぁ、それは追々考えていけば良いだろう。
そう考えて、俺はユリと開けたグラウンドへと出た。
◆
さて、余談が済んだところで、そろそろ本格的に訓練に取り掛かるべきだろう。
ただ、まだユリとの自己紹介が済んだばっかりで一体どんな異能を使うのかはわかっていない。
これからどうやって訓練をすれば良いのか、悩むところだな。
と、そう思ってユリを見ていると、ユリがいきなり黒いダガーを見せてきた。
「?どうした?」
「………わたし、の異能、教えて………ないから。これ……‥」
「そうか、これがユリの能力の起点か」
この訓練場にいる以上、ユリは付与系だ。
付与系の能力者は基本的に愛用の武器を所持している。
何故なら、普段から馴染みのある道具を使うと通常よりも異能の効果が高いからである。
こういった道具のことを、俺たちの間では“起点”と読んでいる。
そして、今回ユリが能力の説明をするときに態々このダガーを見せたという事は、おそらくこれが彼女の異能の起点なのだろう、と想像がついたということだ。
「わたしの、能力は………恐怖の付与」
「恐怖?」
「見てて………」
そう言って、ユリはぼそりと「『恐怖』……」と呟く。
「ーーーッ!?」
すると、突然室温が2度ほど落ちたような気持ちに襲われた。
なんだ、これ……ッ。
なんか、寒い……というか、気持ち悪い、のか?
額から冷や汗が止まらない。
汗が流れるという事は俺が暑がっている証拠……。
なのに、寒気が止まらない。
と言うか、これは本当に寒いのか?
もっと違う系統のような……。
そうまるでカエルが蛇に睨まれたときのようなーーー
「………ふふっ、わかっ、た?……わたし、の能力は、ね?武器に………恐怖を憑ける、の」
恐怖の付与。
なるほど、字面だけではよく理解できなかったが、これはかなり凶悪な能力と言えるだろう。
おそらく、ユリの能力は武器を媒介として他人に恐怖を植え付ける能力なのだろう。
ビリビリと肌で感じるこの威圧感とでも呼ぶべき何かは、ユリの異能によって生み出された根源的な恐怖。
『ノア』でかなりの修羅場を潜ってきたこの俺でさえ、手足の震えを止めることが出来ていないのだ。
ぬるま湯でダラダラと日々を暮らしている一般人では、その震えは俺以上になるだろう。
下手したら、怖すぎてその場を動くことすらままならないかもしれない。
「これは……これで、出力は最大なのか?」
「………違う、よ?………もうちょっと………がんばれば、気の弱い、人なら………………失禁ぐらいは、させられる、よ?………えへへっ」
何が「………えへへっ」なのかはよく理解できなかったが、とりあえずユリの異能が凄まじく強力なのは理解できた。
おそらくB、いやもしかしたらAランクまで言ってるかもしれない。
「………これで、しのくんの、役に立つかなぁ?」
「あ、ああ……す、素晴らしい異能だと思うよ……?」
「えへへっ………よかったぁ………」
ドロリと蕩けるような声音で嬉しそうに笑うユリ。
彼女の真っ黒な眼には、俺の姿しか映されていなかった。