第95話 真 父 〜ネタバレされて知りたくなかったことを知った時の悔しさと好きな人を取られたときの悔しさを超える悔しさってある?〜
庄野は神父の後をついていき、教会の中に入った。
(……一見、普通の教会なんだが、何かここにあるのか?)
「話の前に、顔の治療をしておきましょう。私の魔法では傷口を塞ぐ事しか出来ませんから、痛みはしばらく残ります。
……さて、ここに座ってくださいな。」
神父の言われたとおり、庄野は教会にある横長の椅子に座った。
神父は庄野から少し離れた講壇の前に立った。
「私は今、講壇の前に立っています。説教することを『講壇に立つ』と揶揄する事もありますが、そもそも説教というのは宗教の教えを説き聞かすものであり、堅苦しい教訓や忠告の為に使うのは比喩的な話なんですな。
これから私が話すことは『説教』です。
同じ異界人として、間違った道を歩ませないように。
そして・・・2度と私達に関わらないように。」
神父は話を続けた。
「結論から言います。
カスミは、私の娘では無いです。それだけ言われてもしょうがないでしょう。私がこの世界に来たときの話から始めますかな。
あの時は、そう……ざっと30年は前の話ですかな。」
ーーー
私は元々モグリで医者をやっておりました。若くして腕はあったんですが、免許を剥奪されてからは森の中でひっそりと……色々とやってました。
その時、薬草を集めようと山に入って木々を抜けたら、私はサリアンという世界に来てました。ここの国王は何故か力のある者を欲していましたので、私はすぐに追い出されました。門に向かっている途中、倒れている女性を見かけました。この国の医者が来て、沢山の人が様々な治療を施してましたが、その女性の容態は全く良くなりませんでした。
「もうダメだ、彼女は助からない。」
そんな言葉が聞こえました。モグリの私でも、人を助けたいという思いは同じです。私はそこで彼女を助けるとき『鑑定』というスキルを使えることを知り、彼女が急性虫垂炎(盲腸)であるとわかりました。
助けた女性はこの国の医者でした。良く言えば明るい性格、悪く言えば気の強い女性、それを口にしたら頭にゲンコツが落ちるでしょう。彼女は魔法での治療を否定し、魔法以外で怪我や病気を治す方法を研究しているサリアン人でした。
「魔法の方が便利ですよ。」
「アタイはそうは思わないね。魔法がこの世から消えたり、魔法で治せない病気が流行ったらどうすんだい?アタイはそれを知っている。」
たかが盲腸くらいで、と思っていました。
ですが、彼女の言い分も間違っていません。そもそもこの国の医療の知識は果てしなく遅れていました。同じ頭痛でも風邪が原因なのか虫歯が原因なのか、それすらも判断できていない程でした。
私は彼女と沢山の研究をしました。病気には決められた薬を、怪我は出血と異物を取り除いたら傷口を塞ぐだけに魔法を使用するようになりました。
そして……私達は娘を授かりました。可愛い女の子でした。それからの生活は順風満帆でした。何も悩む事は無く、何も不安に思うことも無く、ただただ毎日が幸せでした。
……あの日までは。
ある日、体調が悪いと訴える男性を診断しました。発熱と嘔吐、症状からはわからず、私は『鑑定』を使いました。
彼は黄熱病でした。
黄熱病を治す。元の世界ならワクチンがありますが……この国の医療は遥かに遅れていました。ワクチンなんて存在しません。私が出来る事は黄熱病に罹っている人と罹っていない人を選別するだけでした。妻も必死に治療はしてくれましたが……魔法では黄熱病の症状を回復させる前に死に至ってしまいました。
そんな沢山の人を治療していれば、当然といえば当然の事が起きました。娘が黄熱病に罹りました。そして……私も、妻も……。
ーーー
「……娘は亡くなりました。7歳になったばかりでしたな。妻も亡くなりました。23歳でしたな。私は一命をとりとめ、私の体には抗体がありました。そして、この国の危機は回避したというわけですな。」
「……。」
庄野は下を向いたまま、考え込んでいる。
(……本当にそうなのか?何かおかしい……。
カスミさんは1度亡くなっている。これは事実だろう。それを『復元』で蘇生させた。ここまでは推測出来る。
問題は……なぜ、カスミさんと神父が言っている内容が食い違っているのか。カスミさんは父親(神父)が亡くなったと俺に話した。神父はカスミさんも奥さんも亡くなったと話した。なぜこんな状態になっているのか。そんな事をしなければならない理由は……わからない。
わからないなら、聞いてみるだけだ。)
「さて、庄野さんが疑問に思っているカスミが生きている理由ですが。」
「『復元』を使って蘇生させたんですよね?」
「そうです。それで、カスミは今も生きている。一命をとりとめたわけですな。」
「それは……誰の事を言ってるんですか?」
庄野の声色が変わる。
「誰とは?カスミ以外の人がいるんですかな?」
「そういう意味では無いです。カスミさんとは、誰なんですか?」
「娘ですな。」
「単刀直入に言います。では、なぜ奥様は助けなかったんですか?
『復元』で蘇生が可能なら、生きているはずですよね?」
「……妻は……。」
「奥様は助けるはずです。サリアンの医者なら、医療にたずさわる能力を持っているから。なのに、ここにはいない。
なぜです?」
神父は黙り込んだ。
しばらくすると、庄野に背を向け、そのまま話し始めた。
「……来なさい。あなたに隠し事はしない方が良いみたいですな。」
神父が壁に手を当てる。ゆっくりと床が変形していき、下の方へと通ずる階段が現れる。
(……地下、そんなものまであるのか。)
庄野は神父と共に階段を降りていく。
階段の壁にはろうそくが等間隔に並んでおり、階段を踏むたびにカツンカツンと音が空間を覆い尽くす。
「ここですな。入る以上、他言無用でお願いします。」
「はい。」
神父は大きなドアを開けた。
(……う……そ、だろ。)
そこには俗にいう研究施設があった。
沢山の機材、マッドサイエンティストが使うような道具。手術に使われるであろう沢山のメスと手術台。
庄野が驚いたのはそこではなかった。
大きな円柱のアクリルケースの中にカスミがいる。
緑色の液体に使っている裸体のカスミがそこにいる。
庄野が驚いたのはそこではなかった。
カスミ。カスミ。カスミ。
何人ものカスミが沢山のアクリルケースの中にそれぞれ入っている。右を見ても左を見てもカスミしかいなかった。
「何だ、これ……。」
「真実を知りたいのでしょう?これが真実です。
カスミは……私の世界で最も愛した女性です。私は、彼女の死を受け入れたくなかった。だが、彼女は……脳を病気を患っていて、数年しか生きられない体だった。彼女を復元しても、数年で亡くなってしまう。また復元しても、今度は数ヶ月で亡くなってしまう。寿命はどんどん短くなっていく。
だから、私は……カスミを何体も作った!何年も生きられるよう、ホルマリン漬けにして、細胞を少しずつ復元して……。
でも、脳の病気は治せませんでした。
だから……。」
「娘さんのを使ったんですか……っ!あなたはっ!」
「お前に何がわかる!愛する人間を!家族を失った悲しみが!
カスミは私の妻だ、肉体は!だが、脳は娘だ!そんな歪な存在だ!だから、何回も実験を重ねて作ったんだ!
蘇生は出来た!だが、何度も蘇生させて、病気だけが進行して、カスミは1週間も生きなくなった!だから娘の脳を入れた!7歳の娘の脳をな!そしたら、何年も生きるようになったさ!老いた私を見て、父親と認知はしなかったがな!
それもそうだ…ここまで来るのに20年かかったんだ……でも、幸せだ。妻と、娘と共にいる。」
神父は庄野に思いっきり頭を下げた。
「……お願いします。私達家族には関わらないようにしてもらえますか?カスミは……私の娘であり、妻なんです。お願いします。」
「……わかしました。」
(……俺は……どうすれば良かったんだろうか。これを放っておくのは二人の為なのだろうか。今の俺にはわからない。ただ……悲しいって事だけはわかる。
あぁ……サクラ姫に会いたい。その為に、まずはコピードールを回収しよう。ソーラに向かわなければ。)
庄野は教会を去り、重い足取りでソーラに向かった。




