第90話 自衛官 ~ザ・自衛官って聞こえは良いけど、普通に考えたらただの狂った人間~
〜数分前〜
「お前にだけは言われたくは無いッ!」
庄野はバケモンと言われた事に腹を立て、やや口喧嘩のように言い返した。
自分自身が良くわかっている。『そんなものは虚勢だ』と。
体力は限界で、残っているものは気力だけだった。
足は地面を蹴れない。
片足が義足だからではない。体力的な問題である。
腕は肩の高さまでしか上がらない。
片手が義手だからではない。体力的な問題である。
まだ合体していないドラゴン使いと戦い始めから10分、
ドラゴンと戦い始めてから40分、
ドラゴン使いが復活してからは10分、
約1時間が経過していた。
炎のブレスを吐かれ、地面や壁で燃え続けている消えない炎の影響で闘技場内の温度は40度は超えているだろう。
そんな中で、ドラゴンの攻撃を休憩なしで約1時間動きまわり続けていれば、当然、肉体が限界に到達する。
(まるでアフリカの炎天下の中を走り回るようなもんだ・・・。あそこの平均気温は日中は約40度。その時の状態によく似ている。湿気が無いから、『暑い』というよりは『熱い』という感覚だったことを覚えている。
それにしても・・・何もしてこないな。どうした・・・?)
尻尾を切断してからドラゴンの動きが停止している。
ドラゴン頭部にいるドラゴン使いも、動きが止まったままである。
(・・・動きが無い。誘っているのか・・・?
そういえば、アイツがドラゴンを乗っ取ってから、尻尾攻撃だけで、ブレスを吐いてこない。
もしかして・・・ドラゴンの体をうまく動かせないのか?それなら、今の俺でもなんとかできるかもしれない。)
走ろうとするが、足をうまく前に動かせない。
力が地面に伝わらず、地面と足の裏が引っ付いているような感覚に陥る。
(足が動かないなら、しょうがない。方法を変えよう。)
足を動かさず、膝の力を抜き、ゆっくりと前に倒れる。
本能的に倒れまいと、片方の足を前に出す。
再び、着地した片足の膝の力を抜き、前に倒れる。
古来の武士が有用していた走り方である。
昔の武人は天狗下駄を履いて山登りのトレーニングをしていた、という逸話がある。
天狗下駄には歯が中央に一本しかない。素早く走るには、地面を蹴るのではなく、膝の力を抜き、前に倒れるその勢いを速度に変えて前進するのだ。
また、バランスを崩した際に踏ん張って耐えようとするものなら、足首は確実に折れる。それを防ぐため、倒れそうになったら膝の力を抜き、ゆっくりと転んで回避する。それを真っ平らではなく、登り下りや地面の凹凸の激しい山で行う事で、脱力をマスターするものである。
余談だが、ロシアの武術であるシステマはこのトレーニングを継承して、あえて足場の悪い所で格闘を行っているという説もある。
これを使えば、足が動かないん庄野であっても素早く走ることができる。
(こうやって動けば、今の状態でもドラゴンに接近できる。
接近した後、しっかりと二本足で立ってナイフを振ることが出来るか不安だが・・・やるしかないだろう。
もう、足は前に進んでいる。進むしかない。)
足を運び、徐々に庄野の手がドラゴンに届く位置へと近づいていく。
距離が近くなるにつれて、ドラゴン使いの顔が強張っていく。
ドラゴンは短い腕を訳の分からない方向へ振り回している。
(パニックを起こしたか。
貰った・・・!)
ナイフを片手に、ドラゴンの腹部へめがけてナイフを真っすぐに突き出した。
が、ナイフは届かなかった。
庄野の体に、鉄の鞭のようなもので叩かれたような激痛が流れた。
「ぐぁ・・・ッ。」
熱を帯びた痛みが庄野を襲う。
(痛ぇ・・・。
この痛み・・・覚えているぞ、俺は。
この痛みは知っている。
この世界に来て、何度も感じてことのある痛みだ。)
恐る恐る、庄野は自分の腹部を確認する。
腹部から大量の血が流れている。
偶然、振り回したドラゴンの爪に腹部を裂かれた。
(尋常じゃない量の・・・血だ。すぐに止血しなければ、俺は・・・。
手で押さえて止まるような傷口じゃない・・・。早く・・・早く、止血しないと・・・。)
先ほどまで牢獄にいた人間が、止血用の道具を持っているわけがない。
着ている服を裂いて使えば、即席の包帯代わりになるだろうが、傷口を塞ぐには薄すぎて意味は無い。
(・・・くそッ・・・。
あるものは、ある。
足りなものは・・・俺の気合と、度胸か・・・。
やるしかないか。)
可能な限り、血のめぐりを抑えられるよう、しゃがんで腹部を押さえる。
その間に、ナイフを炎で熱する。
(焼灼止血法・・・現代でいう電気メスとか、レーザー治療とかに応用されている、古くからある止血方法だ。
素人でも止血は簡単にできるが・・・引き換えに重度の火傷起こす。失敗すれば、傷口が化膿し、感染症で死に至る。
焼いた後は、包帯代わりにシャツを破って巻いておけば・・・大丈夫だろう、多分。
ふぅ・・・よし、いくぞ・・・。)
ナイフを腹部に当てる。
「・・・ぐうぅ・・・。」
(痛っっっっっっっつつつうううううぅぅぅ!!!!!!!!
想像以上に、いってぇ・・・!!!
傷口が・・・少しずつ、焼けている・・・。
・・・これで・・・なんとか・・・。
よし・・・血は止まった。
包帯を巻くのは後だ。短期決戦で、一気に決着をつける・・・。)
立ち上がると、ドラゴン使いは闘技場を後にしようと振り返っていた。
「どこに行くんだ?まだ、終わってねぇだろ?」
「そうか・・・ナイフを炎に当てていたのは・・・。
気力が無いからじゃなくて・・・腹を焼くために・・・。」
「さぁ・・・ラウンド3だ。ここで終わりにしよう。」
再び接近を試みる。
(尻尾は再生していない。警戒するのは爪だ。それなら、先に腕を切って、一気に腹を裂いて、ドラゴンを倒す。
その後に頭部のドラゴン使いを倒せばいい。)
そう考え、足を前に出す。
出ない。
足が前に出せない。
片足が出せなくて、俺は転んで地面に激突した。
立ち上がろうとするが、うまく立てない。
(なんだ・・・?左足が無いみたいに、変な感覚だ。
左足が・・・。
左・・・足・・・。
なんだ、これ・・・。
足の形が無くなってる…?
・・・いや、違う。溶けてるのか?!
鉄製のグリーブが、炎で溶けるなんて・・・。)
ハッと上を見上げる。
ドラゴン使いがニヤニヤと笑いながら歩み寄ってきていた。
「おやおや、どうした?走って転ぶなんて、らしくないんじゃねぇのか?
・・・あー、その足じゃあダメだな。義足、溶けてるじゃねえの。
まぁ、しょうがねぇよ。レッドドラゴンのブレスには『防具破壊』が付与されている。
温度は普通の炎だけど、触れた鎧とか盾とかは、問答無用で溶かす。
お前の義足も例外じゃないぜ?」
(なるほど、特殊な炎でグリーブが溶けたのか。
・・・それがわかったところで、対応策は無いんだが・・・。)
「うぉっ!」
倒れている庄野を、ドラゴンが掴み上げた。
「ケケケ・・・さて、どうされたい?
ドラゴンに食われて、腹の中で死ぬか。嬲り殺されるて、ここの土になるか・・・せっかくだから、選ばせてやるよ。」
「・・・最後まで戦って、結果的に死ぬならどっちでもいいさ。」
「そういうっ!態度が気に入らねぇんだよぉ!」
「・・・がはぁ!」
ドラゴンは、掴んだ庄野を壁に向かってぶん投げる。満身創痍の庄野に受け身がとれるわけがなく、口から血を噴き出しながら、悲痛な声を上げる。
「決めたぜぇ・・・。
お前は、嬲り殺しにした後、食ってやるよ。遺体なんてこの世に残してやらねぇ。しっかり消化して、糞にしてやるよ!ヒャハハハハハハハハハ!!」
摑まれる。
投げる。
激突する。
摑まれる。
投げる。
激突する。
摑まれる。
投げる。
激突する。
何度その工程が繰り返されたかわからない。
庄野はピクリとも動かなくなり、左腕のガントレットは操り人形のようにグニャグニャにひん曲がっている。
「そろそろ飽きたな。反応も無くなったし、食うか。」
ドラゴンは庄野を掴み上げる。
右手にナイフを掴んだままであるが、ぐったりとしており動きは無い。
(フン、自衛隊野郎も所詮この程度だ。
何が自衛隊だ。ただの殺人集団が偉そうに・・・。
銃が無ければドラゴンにすら勝てない。ドラゴンが倒せないんじゃ、戦車も戦艦も戦闘機も倒せない。こんな雑魚集団に何円も払う税金が勿体無いぜ。
俺はこの世で最もいらない職業であり、日本の癌である『自衛隊』の一人を討伐したんだ。これは平和への一歩だ。正義の名の元に、自衛隊をぶっ殺したんだ。
これは殺人じゃない。
正当な行為だ。
平和への近道だ。
許される行為だ。
自衛隊をこの世から消す。自衛隊を全員殺せば、平和が手に入り、税金が返ってくる。
平和のために銃を撃つ訓練をやる連中はこの世から消す。
人殺しの練習を正当化する連中はこの世から消す。
何かを守るために、何かを壊す事を生きがいとしてる連中はこの世から消す。
それで、世の中は平和になる。
俺は正しい!
自衛隊が全部悪い!
だから殺す!悪は全て滅ぼす!
それが、平和を司る、日本の理想像だ。)
ゆっくりと口の中へと運ぼうとしたその時、庄野の右腕がナイフを振り上げ、ドラゴンの手に振り下ろされる。
パキィン、という高い音が響く。
「てめぇ!
まだ生きていたのか・・・くそ、ドラゴンの爪が割れたか?
・・・ん?」
よく見ると、庄野はドラゴンの手の中のままである。
庄野の右手に持っていたナイフには刃がなく、柄の部分だけをしっかりと握りしめていた。
「・・・何が『自衛隊』だ!何が『最後まで戦う』だ!
・・・何もできないくせにイキがりやがって!
腹裂かれたんなら、とっととくたばれよ!
自分で焼いて傷を塞いでんじゃねぇよ!
ボコボコにされてんのに、まだ反撃しやがる!
狂ってんだよ、お前ら自衛隊はッ!」
ゆっくりと、秒針を刻む速度で庄野はドラゴンの口の中に入っていく。
「死ね!早く死ね!」
「この世から消えろ!」
「いらねぇんだよ!」
闘技場はドラゴン使いの罵声だけが響いていた。




