第84話 徒 労 ~ 、 、 ~
(さて・・・。)
庄野はベッドの上で腕を組み、天井を見上げていた。
(かれこれ、3日が経過した。
サリアン人が牢屋を管理していた時とは全く違うな。
まず、食事が3食しっかり出される。
サリアン人がやっていたときは、食事なんて3日に1食程度、たまにしか出してくれなかった。犬のエサを入れるような器に水が少し入っているだけ。無くなっても補充は殆どやってくれない。前回入ったときは隣の牢屋にいた奴が餓死していたのを覚えている。
そして、用便はきちんとトイレに行かせて貰える。
この牢屋、何故か便所が無い。「トイレに行かせてほしい」と頼んだら「そこにあるだろ?お前らのトイレが」と笑いながら答えていた。
異界人と言うだけで、そこまで不衛生な環境にいなければならないのか・・・。)
組んだ腕をほどき、手の指を交差させ、両肘を両膝の上に乗せる。
言い訳に困った男性がよくやるポーズになり、庄野は過去の出来事を思い返した。
(フフ・・・。
同じだな、日本と。
サリアン人が俺をどれだけ無下に扱おうと、俺はサクラ姫のため、サリアンの為に戦った。腕を焼かれようが、ゴーレムに足を潰されようが、アパッチに腕を吹き飛ばされようが・・・サクラ姫の為に戦った。
結果として、この国の為に戦っていたわけだ・・・自衛隊でやっていた頃と何も変わらない。
俺達自衛隊は、守る対象を選ばない。
日本に住んでいる人間なら助けなければならない。
それが国民の意志だから。
俺達自衛隊は、例え石を投げつけられようが、死ねと言われようが、税金泥棒と言われようが、被爆者と言われようが、その言ってきた人間も・・・当然、助けなければならない。
それが国民の意志だから。
『私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。』
誓ったんだ、俺は。
だからこそ・・・強い責任感をもって戦う。
この世界に来た以上は、元の世界に戻れるまでは・・・俺はこの世界のために戦う。
・・・どれだけ取り繕っても西の都はサリアンの領地内だ。サクラ姫を守る為なら、サリアンも守らなければならない。
例え、サリアン人が俺を差別し、異界人だからと罵声を浴びせてきたり、俺の命を奪おうとしてきても、俺はサリアンを守らなければならない。
この世の・・・国民の為に、戦う。
それが・・・自衛隊だ。
・・・歪。歪んだ存在。狂気の沙汰だ。
日本でもそうだった。
ここでも・・・そういった存在になってしまった。
最初は異界人差別っていうのは一部の界隈だった。デルもそんなに気にしている様子は無かった。
だが、杉村が現れると・・・俺は『魔王軍の一人だ』『魔族だ』と言われるようになった。アパッチを退けても、俺の容疑は晴れることなかった。むしろ、ただの危険人物として狙われるようになっただけだった。
何をやっても、俺達は最初から最後まで、そういう扱いを受ける運命なんだろう。
東日本大震災が終わった時のようなもんだ。
誰も「ありがとう」なんて言ってくれなかった。
直接受けた言葉は・・・罵声だ。
被爆者が帰ってきた、と罵られた。
この国から出ていけ、と蔑まれた。
お前たちがいるからこうなるんだ、と責任を押し付けられた。
家族が暖かい言葉をくれるのは最初だけ。結局、原発の現場付近にいたという現実にはかなわない。
家族に見捨てられる。
誰からも見捨てられる。
そして・・・最後には・・・。
自ら命を絶つ。
そんなもんだ。
国の為に命を張る人間の末路なんて。
東日本大震災や海外の派遣が終わった後、自衛隊の自殺者は他の年に比して圧倒的に多かった。
そういった悲惨な場面に立ち向かって来た隊員に対して、激励はおろかアフターケアはない(当時の話)。酷い場合はそのまま通常勤務に戻る者もいる。そんな劣悪な環境にいる事に声をあげても、ニュースや世間から取り上げてもらえるのは「隊員は訓練にトイレットペーパーを自費で持参している」だ。
功績を褒め称えて貰いたいわけじゃない。
ただ・・・わかってほしいだけだ。
俺達が、何の為に存在して、何の為に命を張っているのかって事を。
納得してくれ、なんておこがましい事は思わない。
ただ、理解してほしかった。
それだけなのに・・・あんな事が起こった。
俺の同期の話だ。
春季休暇(世間で言うゴールデンウィーク)に災害派遣に赴き、休暇返上で現地に赴き、活動を実施した。
朝の2時から夜の24時まで活動をして、約2時間の仮眠だけで約1週間かかった。それが終わって彼が休めたのは帰ってからたったの1日だけだった。
彼は・・・狂った。
味覚を失って食事が楽しめなくなったからと、1日3食がサプリメントと栄養ドリンクだけで過ごしていた。目のくまは異常なほど黒色で、明らかに様子はおかしかった・・・だが、彼を誰も心配しなかった。
彼は仕事が出来ないわけではなかった。むしろ優秀な人材だった。
災害派遣以降、書類関係のミスが増えた。当然、指導される。激烈な指導を受けたらしい。彼は、同じミスが今後無いようにと倍以上の仕事を押し付けられた。彼は優秀だった。その倍以上の仕事を全て片付けた・・・睡眠時間を全て割いて。
彼は・・・。
彼は・・・死んだ。
残した遺書には、ほとんど文字が無かった。だからこそ、逆に印象的だった。
「仕事が出来ないので、国の為、国民の為に死にます。さようなら。」
自殺だった。
住んでいる官舎のベランダから飛び降り、朝方に発見された。
真面目な人間だった。真面目過ぎるが故に、死んだ。
職場からは心無い指導が多かった。
「お前のミスで何人の隊員が死ぬと思ってるんだ」
「有事なら任務失敗。隊員は全員死んでる」
世間からは冷たい言葉が多かった。
スーパーで買い物をする度、レジで待っている際には耳元で
「税金泥棒が」
「お前らのせいで戦争が始まる」
「被爆者がここのスーパーに来るな」
この国の為に戦った彼は、この国と国民に殺された。
日々、俺達は葛藤している。
『何の為に自衛隊をやっているのか』
共に戦う仲間に殺される。
守るべき国民に殺される。
そんな事をするために自衛隊は自衛隊をやっていない。
それでも、俺は・・・それでも彼らを救い続ける。
だって、俺は・・・『自衛官だから』。
・・・過去の事を悩むのは終わりだ。
どうやって脱出をするのか、真剣に考えないとな・・・。
そろそろ食事か。)
「食事の時間だ。来い。」
「わかりました。」
庄野は牢屋から出て、囚人用の食堂へと向かった。
「・・・よかった。
焼かれたらどうしようかと思っていましたが・・・。
どれ・・・。
よし、損傷は大きくないな。形はほとんど残っているから大丈夫だ。
さぁ、家に帰ろう。
そうだ、おんぶをしてあげよう。子供のとき以来じゃないかな?
大丈夫だ、これくらいの傷ならキレイに治してあげよう。心配することは無いよ。
すぐに、終わるから。
行こうか、カスミ。」




