第80話 狙 撃 〜対人最強戦術武器の真骨頂〜
「てつや君!大丈夫・・・?何か音がしたけど・・・。」
玄関からカスミが走ってくる。
森の木々からはスコープの反射がチカチカと点滅して見える。
「カスミさん!伏せろぉ!」
「・・・え?」
銃声が響く。
庄野の咄嗟の叫びに反応し、狙撃銃から発射された弾丸が足を狙っている事を分かっていたかのように、綺麗な側転で避ける。
「2発目が来ます!林の中へ!」
「はいっ!」
着地した直後、魔法を発動し、即座に屋敷の横の木々の間に身を潜める。
(・・・着地した瞬間に足元が光って、地面を蹴り出す事なく加速した。便利だな、魔法って。
カスミさんは異界人のハーフだから魔力量も使える魔法の数はサリアン人に比べたら圧倒的に少ないってって言っていたが・・・、それでも魔法の使い方はとても上手だ。
この世界に来てここまで綺麗に魔法を使う人は見たことがない。
異界人でも、あれだけの魔法が使えるのか・・・。
・・・俺も、あれだけの魔法が使えれば・・・もっと・・・。
いや、無い物ねだりはしてもしょうがないか。
このまま動けないままじゃあどうしようもない。どうにかしてこの状況を崩さないとな・・・。)
何かを考えようとすると付近の石が吹き飛び、地面に小さな穴が空く。
(そうか・・・狙いは・・・カスミさんか。)
その一発を皮切りに2発目が飛んでこない。撃ってこないことが返って不気味さを増している。
「てつや君!早くそこから逃げて!」
カスミが大きな声で叫ぶが庄野は動かない。
(動けるわけがない。カスミさんが狙われている以上は・・・。)
狙撃手と対しているときに重要なのは『どこで』『何を狙っているか』である。
戦場でそれが分かる事はほぼ無い。しかし、それが分からなければ狙撃手の攻略は出来ない。
そもそも『狙撃手』とは観測手と射手の二人一組で成る。
観測手はその言葉の意味の通り。狙撃対象とその周りを見るのが仕事である。
射手は銃を撃つ人。映画や漫画では『射手=スナイパー』と表現することが多いが、それはそれで間違ってない。しかし、現在の戦場ではそのような一人で二役を担う運用は無い。
狙撃手はいわば戦場の『可視化した目』である。余談だが、対象的な『不可視の目』とは、いわばレーダーである。戦いにおいて目を潰されれば戦いにならない。そんな重要な部分を一人でやらせるのはいくら優秀な狙撃手でもさせないだろう。むしろ、優秀な狙撃手だからこそやらせない。優秀な狙撃手を作るのに何年も、何百万もの費用がかかるからだ。
こと市街地においては レーダーが通りにくいからこそ、狙撃手は目として重要である。更に言えば、一人の射手が屋根の上から建物の各窓まで見られないからこそ、観測手がいるのだ。
そんな狙撃手と渡り合うにはどうすれば良いのか。
簡単である。
狙えない場所に移動すれば良いのだ。
それが出来ればの話だが。
見えない場所に移動するにはどうすれば良いか、狙われないようにするにはどうすれば良いか。
『どこにいるか』が分かれば良いという話だ。
ここまで書いて、『至極当然の事では?』と思うだろう。
ここまで分かっていても意味が無い。
一番の問題は『何を狙っているか』を判断して動かなければならないのだ。
恐らく、小隊規模で動いていて誰かが狙撃されれば、『どこから狙われている!』と叫んだり、闇雲に走って隠れたするだろう。そんな事をすればただの的である。
部隊の場所を大っぴらに知らせ、最悪の場合、部隊を分散させる。一人一人確実に殺しやすくなるだけである。
ただスコープを向けて弾を一発撃つだけで、人は走ったり、叫んで人の隠れている場所を指差してしまう。弾を一発使うだけで何十人を混乱に陥らせるこの脅威を理解しなければならないのだ。
狙撃手が狙って与えてくるのは『弾丸』と『恐怖』である。
それを理解しなければ、たった二人の狙撃手に何十分もその場に拘束され、何も出来なくなり、任務は失敗し、事が悪い方向へ行けば・・・全員死ぬのだ。
そして、庄野は狙撃手に『恐怖』を与えられている事を理解している。
狙って当てられる位置に居ないのだろう。だが、動けば当てるという警告を受けている。
それを救出しようとするカスミを殺せれば、あとは庄野を料理するだけである。
それを防ぐためには自分が狙われ続けなければならない。
故に、庄野はそこから出られない。
(・・・セオリーだ。
狙撃手として、見事なまでセオリー通りだ。
素晴らしい。
狙われている人間からすれば、セオリー通りっていうのはそれだけで厄介だ。
ブレる事なく、確実にそれをやってくる。恐ろしいことこの上ない戦法だ。
・・・普通の人間ならな。
そういう人間だって事がよく分かった。それなら・・・出来る事はある。)
「カスミさん、聞こえますか?」
「・・・何ですか?」
「俺に何があっても、そこから出ないって約束できますか?」
「…『何か』って、どこまでの事を言うの?」
「・・・言いたくないです。でも、死ぬつもりもないです。」
「・・・嫌です・・・。
って言っても、やるんですよね・・・?」
「はい。」
「・・・ちゃんと、生きて戻ってきてね?」
庄野はベンチの下をくぐり抜け、ベンチの裏側から一気に左を向いてカスミの声がする方へ走り出した。
走り出そうとした庄野の右足から鮮血が飛び散る。
大きく足払いをされたかのように右足は振り回され、庄野はその場に倒れた。
「ぐうううぅッ!!」
「ッ!…てつや君!」
「来るな!狙いは俺じゃない、カスミさんだ!」
「でも・・・でもぉ・・・。」
庄野の足から出血しているのを見てカスミは動揺を隠せない。
『早く助けないと失血死してしまう』
その言葉が何度もカスミの頭の中をぐるぐると回る。
「くッ・・・まだだっ!」
右足を畳み、右手で地面を掻くようにして移動する。自衛隊で言う『第1匍匐』で移動するそのスピードはかなりのものである。
(・・・無駄だ。私からは逃げられない。)
匍匐で前進していた庄野が、破裂音と共に停止する。
右腕から血が吹き出す。
狙撃手が撃った弾丸は庄野の右腕を命中させ、それにより姿勢を作れず地面に再び倒れてしまう。
「がアァッ・・・!!」
目の前で苦しんでいる庄野を助けたい。だが、カスミは見えない攻撃に何も出来ない。
庄野を見ている事しか出来ない。悔しさで唇を噛みしめ、口から赤色の液体が流れる。何もできない悲しさで目から涙がこぼれる。
(何で・・・何で私には、防御魔法が使えないの・・・?何で、私には回復魔法と身体強化魔法しか無いの・・・?)
弾丸は止まらない。
動けない庄野にギリギリ当たらない距離の地面に、メトロノームが同じリズムを刻むように弾丸が撃ち込まれ続ける。
(早く出てこい・・・。魔法が使える女のほうを仕留めれば、あとはアイツだけだ。)
弾は止まらない。同じ間隔で何度も弾は飛んで来る。
稀に庄野の頭すれすれの位置の地面に穴が開く。
(・・・弾倉の交換はしてなさそうだ。この銃も杉村に関わる武器なのか?だとしたら、こいつらは杉村の配下で勝手に俺を襲ってきた集団って事になるが・・・。
疑義は多々あるが、今はそれを考えている場合じゃない。今は・・・集中しないと・・・。)
右腕、右足を打たれて約2分が経とうとしていたその時だった。
(・・・よし、今だッ!)
ぐったりと倒れていたはずの庄野が突然立ち上がり、カスミのいる林へと駆け出す。
(・・・まだ、動けたか。・・・しかし、同じこと。次は左足を吹き飛ばす。)
庄野の右足はほとんど動いていない。
左足のケンケンだけで走っている。
無慈悲に弾丸が撃ち込まれる。
発射とともに奏でられた破裂音と同時に、庄野は転んだのか飛び込み前転をしたのかわからないような転げ方をし、倒れながらもうまく回転を制御してカスミのいる木々の中へと入りこんだ。
「てつや君っ!てつや君ッ・・・!!
・・・バカぁ!あんな無茶苦茶しないでよぉ・・・。」
「ハハハ・・・治療・・・お願いできます・・・か?」
笑ってはいるが、庄野には余裕がない。
狙撃手に狙われており、止血を出来ていなかったためか、意識は朦朧としている。
(チッ。逃したか。運のいいやつめ。
・・・まぁいい。弾も切れないし、銃身が焼ける事も無い。適当に撃ってれば当たる可能性もある。
撃ち続けてはおくか・・・。)
「・・・治療は終わったよ、てつや君。・・・大丈夫?
・・・てつや君・・・?
…てつや君っ!」
(顔色が悪い。手も青紫色になり始めている…チアノーゼね。
ちょっと負担が大きいけど、死ぬよりは・・・。
お父さんから貰った医療魔法・・・『血液鑑定』、『造血』・・・そして、『輸血』!
・・・これで大丈夫。あとは、気付け魔法で、意識を回復させれば・・・。)
「・・・はぁ、はぁ・・・ありがとう、ございます。」
「もう・・・無茶しないで?」
「・・・すいません。あと一仕事残ってます。」
「え・・・どうするの?てつや君、武器は?」
右手の拳を左の胸にトントンと当てる。
「決して折れない心です。
じゃあ、ちょっと行ってきます。」
何度も響いていた破裂音の直後、庄野は木々の中から外へと飛び出した。




