第79話 再 起 ~冷たき鎧を纏いて~
(・・・こんな簡単につけられるのに、ちゃんと動く。凄いな・・・。)
庄野はガントレットとグリーブを装着する。
冷たい金属は体の一部となり、それは金属とは思えない軽さであり、違和感を感じさせないほど綺麗に動いた。
(俺が眠っている間、サクラ姫は俺がガントレットとグリーブを装備することを拒絶されていた。再び戦場に出てほしくない、と。
でも、開発には携わっていた。
それは・・・何故だろうか。理由は分からない。
もしかしたら・・・俺が回復した後に戦わないことを理由にこの装備を渡してくれるつもりだったのかもしれない。
だが、事情が変わってそんな事も言えなくなって・・・追われる身となったが故にこの手紙を残したのだろうか。)
「てつや君、どう?」
「しっくりきます。それより手紙の内容が気になって・・・。」
「帰ったらカエデ女王に相談して長さの調整をしないと。まだ右手と右足と長さをあわせてないからバランスが悪いでしょ?」
「・・・?
・・・はい、そうですね。
あと、手紙に書いてあるこの内容なんですが、どういうことですかね?」
「じゃあ、行きましょ?」
「いや、あの・・・。はい。」
(・・・手紙の事は触れない方が良いのか・・・?
まぁ、いいか。とりあえず今は戻ることが先決か。
それしても・・・。)
カスミの見ていない所で両手を真っ直ぐと正面に突き出す。
(・・・右手と左手の長さが全く一緒だ。もう調整がされているかのように。
バランスが良いとか悪いとか、そんな文句をつけられない程にピッタリだ。
足もそうだ。どっちかの足が若干長いという事もない。装備していて違和感が全く感じられない。
俺が眠っている間に採寸してくれたんだろうか・・・だからこそ、こんなにも完璧に合せられているんだ。
・・・本当に、助かります。
現代の医療もこれだけ進めばどれだけの人間が助かるだろうか・・・。)
庄野は驚きを隠せなかった。
違和感を感じることない歩行のまま外に出られた事が。
(・・・こんなに苦労しないで歩けるのか、凄いな。
ただ、着けているのはあくまでも義足だ。足の筋肉は存在しない。飛んだり跳ねたりは当然出来ないだろうな。
片足だけ力を入れて走る事は出来なくはないが・・・バランスを崩して転倒するリスクを背負うような行動は避けたい。無理に走らないようにするか。)
「そういえば、てつや君に残してくれたのは他に何かある?」
「特に無かったと思いますが、俺が出ていった後に何か準備してくれている可能性は否定できません。」
「じゃあ、屋敷の中を色々と探してみよっか。あ、てつや君は外で待ってて?体動かしてガントレットとグリーブの感触を確かめたほうが良いから。」
「わかりました。」
屋敷を出る。
外に出ると冷たい風が流れてくる。
(ちょっと寒いな・・・そういえば、『この世界の四季は地球の倍かかる』って話だったな。
1年で春と夏、もう1年で秋と冬。この世界の2年間で日本でいう1年間分の季節が巡るものらしい。だから、俺が森の中で過ごした約1年は寒い日が少ない春の終わりから秋の始まり位の間だったから何とかやっていけた。これが秋冬の間だったら食料も無くて餓死していたかもしれない。)
屋敷を出て、しばらく外の風にあたる。
冷たい風ではあるが、季節の変わり目を知らせるその冷気に何となく懐かしさを感じ。腕を組み、空を見上げようとした。
組んでいた腕をほどき、左腕の肘の辺りを右手で抑える。
(・・・あぁ・・・冷たいな。
・・・風が。)
先程の喜びはつかの間だった。
外に出ると悲しみがこみ上げた。
右手で左腕を触れる。
冷たい。
自然の冷たさではない。冷え性の人と手を繋いだ冷たさとも違う。
無機物・・・生き物には存在しない冷たさだった。
顔や右手は冷たい風に吹かれて寒さを感じることが出来た。
しかし、庄野の左手は熱を感知してくれない。庄野の左手は寒い、冷たいという感覚を感じてはくれなかった。
左手がとても冷たくなっている事に右手で触れるまで全く気がつかなかったのだ。
片腕、片足を失くしている人間は不思議なことに『無いはずの体の部分があるような感覚だけ残っている』ように感じるらしい。
腕を失っているのに、その腕に指や手が残っている感覚だけはあるらしい。
庄野も同じように、左手と左足の感覚だけは残っていた。
しかし、残っていたのは感覚だけである。
寒い。
熱い。
痛い。
重い。
そういったありふれた感覚を感じることは出来ない。
左手に触れる事でやっと『自分の左手は冷たくなっている』と理解したのだ。
(・・・これから・・・ずっと、これか・・・。
触れたくは無いが、きっと・・・左足も冷たくなっているのだろう。
素直に喜べないな。技術の高い義手と義足を頂けた事には感謝をしている。無い腕を、無い足を再び動かす事が出来る事は本当に喜ばしいことなんだよ。
でもな・・・寒さを感知できないって事は・・・触れても何も感触が無いって事だ。
もう、この手では・・・何かに触れても、触れた感触が無いんだ。
もう・・・誰かに触れても・・・何も感じないんだ。
今まで当たり前だった事が突然当たり前じゃなくなるのは・・・少し、応えるな。)
屋敷の外にあるベンチに腰をかける。
(・・・気にしてもしょうがないか。
さて、これからどうするか。腕と足の使い方が完璧になったらソーラに戻ってコピードールと再会して・・・。
カエデ女王に手紙の内容を聞きたいな。もしかすると・・・いや、まだ分からない。この先は会って聞いてから考えるか。)
ベンチから立ち上がる。
背伸びをしながら遠くの緑を眺める。
(暇だな。目のトレーニングでもするか。)
「遠くの緑を眺める」のは視力回復や視力トレーニングに良いという説がある。
これは迷信ではなく、科学的な根拠もある。
緑は人間が最も視認しやすい色である。可視光線における紫外線と赤外線の中央がちょうど緑色であり、緑色はリラックス効果のある色である。
また、現代社会において近くのものばかり見てピントが近くなっているのを解消する効果もあるらしく、視力回復に繋がるらしい。
遠くの森の緑を眺める。
風で木々の葉が流れ、葉の表の濃い緑と裏の薄い緑が交互に見え隠れする。
ゆっくりと眺めていると、木々の隙間から黄色い閃光が一瞬見える。
(・・・ん?何だ?)
目を凝らす。
黄色い閃光は何度もちらつき、次第にその正体がはっきりとする。
(・・・何か、反射しているのか?・・・森に反射するようなガラスが落ちている訳が・・・。)
ふと、執事長が亡くなった時の事を思い返す。
(・・・マズイ!
スナイパーかッ・・・!!)
咄嗟にベンチの下に潜り込む。
潜り込むと同時に銃声が響く。
庄野の立っていた位置の地面が削れ、小石が弾け飛ぶ。
(・・・クソッ。やっぱり追手がいたか。
弾痕を見る限り、俺の右足を狙っていた。セオリー通りの射撃だな。
二人以上いるときは一人の足、特に大腿部を狙う。撃たれた者は出血が激しく、動けなくなる。
そいつは餌だ。そいつを助けようと寄ってきた他の仲間を狙って撃つ。それがスナイパーのセオリーだ。
・・・だが、それはあくまでもセオリーだ。
セオリーが必ず良いという理由はない。セオリーはどこまでいってもセオリーだ。最善策という事にはならない。
この場所なら、地の利は俺にある。
折角、足と手があるんだ。
銃は無いが・・・やるしかないな。)




