第75話 難 所 ~序盤の敵の上位互換はだいたいデバフ持ってて厄介なのが多いから辛い~
(・・・はぁ、参ったな。)
ズリズリと体を引きずりながら少しずつ西の都へと近づいていく。
徒歩よりは遥かに遅く、下手をしなくても老人の歩みより遅い速度で庄野は移動していた。
(・・・はぁ。
・・・思ったより、距離が・・・あるな。・・・いや、そりゃそうか、当たり前だよな。
昔は1㎞を第4匍匐で移動したこともあったし、匍匐は得意だから何とかなると思っていたが・・・片方の手足が無いと相当辛いな・・・。
松葉杖は馬車の中に乗せたまま。
平原のど真ん中で回りには木すら無い。木を切って枝を杖にして歩こうとも思ったが、それも出来ない。
サリアンとソーラの距離は約40km。
馬車の速度が約10km/h。2時間程経った場所で落とされたから残りが20km程度だろう。
日本の地形でいうなら、千葉駅から東京駅に車で向かっている最中の江戸川辺りで降ろされたようなものだ。
徒歩行進なら5行程で済む距離だが・・・江戸川から東京駅までを匍匐でいくってのは・・・考えたくないな。
・・・悩んでもしょうがない。進めば誰かに会うかもしれない。)
気がつけば日は落ち、辺りは暗くなっていた。
(・・・。こんなに人に会わないもんなのか。
残りどれくらいの距離なのかわからない。這って長距離を進んだ経験なんて無いから、当然速度的な尺度も無い。
ソーラは港町、サリアンはどちらかというと山の麓の町。高低差があるから町も見えない、道中はアップダウンが多く徒歩では簡単に行ける場所じゃない。
前回は魔石で強化して走って帰れたから短時間で辿り着いたが・・・この体じゃどうしようもないか。無茶をして手足を失うことになったのも自分の責任だからな・・・。
それにしても・・・やけに地面が濡れているな。最近雨は降ってないはずだ。
・・・暗いからよく見えないが、何かいるのか?)
目を凝らすが暗くて何も見えない。外灯は当然無い。月明かりも無いが、何かが蠢いているのが僅かに視認できる程である。
(・・・何かいるな・・・。何だ?)
更に目を凝らす。暗順応によりその目に少しずつ暗闇を照らす光が入ってくる。
(スライムがいるな・・・パッと見た所、2体か。
銃は持ってない。銃剣は執事長との戦いで粉々になった。最後に触っていたのがあの形状だから、複製は出来なかった。マチェットは森に籠っている時に錆びて使えなくなった。これも複製したところで機能しない。他に使えそうな大半の物は背嚢に入れて西の都に置きっぱなしだ・・・。せめて携帯エンピくらいは持ってくるべきだったかな。
今の状態ではたとえスライムであっても関わりたくないな。
時間はかかるが、迂回するか。)
進行方向を変えようとした瞬間、一匹のスライムが庄野に向かって飛び付いてきた。
咄嗟にそのスライムを右手で弾き飛ばす。
「来るんじゃねぇっ!・・・ッ。痛ぇ・・・何だ?」
スライムはポヨンと跳ねて遠くへと飛んでいく。
そのスライムを弾いた庄野の右手からはじわじわと痛み始める。次第にその痛みは鋭い痛みへと変わり、右手からは熱を発し始めた。
「ぐっ・・・!痛ッ!(何だ、これ・・・毒?いや、酸か?)」
右手の激痛に苦しんでいると、もう一匹のスライムが近寄ってくる。
(・・・今まで俺が狩っていたただのスライムとは違う種類か?何かしら進化をしたスライムなんだろうが、暗くて色や形状がよく見えない。得体が知れないスライムを直接触れる訳にはいかない!)
すぐさま上着を脱ぎ、それを右手に巻き付けて近づいてくるスライムへの迎撃体制をとる。
スライムは庄野からの敵意を察し、庄野に向けて距離をとった状態で液体を放出してきた。
「うっ!何だ、これ・・・?あ・・・あが・・・うわぁぁぁぁ!!!!
目、目がぁ・・・あぁぁぁァァァァァァァァァァ!!!!!」
放出した液体は庄野の顔に直撃し、目の上辺りに火がつけられたかのような熱を帯びる。
(・・・まずい・・・酸が、目の付近に付着した・・・。
目が、開けられない・・・眼球に直撃したか?
いや、確認している暇は無い。
しかし、この症状・・・時間が経てば・・・。
目の辺りの皮膚が爛れて・・・どちみち開かなくなる・・・。
見えない・・・何も・・・。
・・・。
悩むな!
とにかく、逃げるしかない!)
目を瞑りながらスライムから距離を取ろうと必死に這っていく。
右手の火傷したかのような激痛を耐えながら。
そんな庄野に追い討ちをかけるかのようにスライムは庄野に攻撃を仕掛ける。
スライムは酸を飛ばし、仲間を呼び、庄野を追い詰めていく。
スライム達は何度も庄野に飛びつき、接触した部分を溶かしていく。
それを庄野は何とか引き剥がしながら必死に距離を取ろうとする。
その度に衣服と皮膚は少しずつ溶けていった。
気がつけば庄野の着ていた服は迷彩服よりボロボロになっていた。
「ハァッ!ハァッ!・・・ハァッ!」
息を切らしながら必死に逃げ惑う。目が見えていない庄野にはどっちに進んでいるのかわかっていない。目の前にスライムがいるのかいないのかすらわからない。
しかしながら、止まるのは更に危険が増す。狙い撃ちをされるなら逃げ回った方が危険は減少する。
庄野の体力が続く限りであるが。
(・・・息が、もたない。呼吸の度に血の味が濃くなっていく。
・・・顔の、痛みが・・・体も所々が、痛い。
・・・目が開けられない。いや、もしかしたら眼球がやられて完全に視力を失ったかもしれない。
もう、俺は・・・。
こんな、スライムに・・・全身を溶かされて、終わるのか?
・・・何も、成せずに終わるのか?
良いのか?・・・それで?
異世界に来て、その最後が・・・スライムに溶かされて終わって・・・良いのか?
そんなの、納得できる終わり方じゃない!だが、・・・。
俺は、独りじゃ・・・何も・・・。
・・・だからこそ、俺は・・・!)
「誰か!誰か手を貸してくれ!助けてくれないかぁ!誰かぁ!!」
叫ぶ。
今は真夜中であり、その声は誰かに届く確率はとてつもなく低い。平原のど真ん中、誰もいない場所に落とされたのだから。
「頼む!声が聞こえたなら、誰か来てくれぇ!誰かぁ!誰でも良い!頼むぅ!」
叫ぶ。
誰も来ないかもしれない。そんなことはわかっている。
1%でも可能性があるのならそれを信じる。
そうしなければただ無残な死が待っているだけだから。
「誰かぁ!誰かいないのかぁ!誰かぁぁぁぁーー!!!」
死を逃れるため、必死に叫ぶ。
叫ぶが誰も来ない。
庄野は諦めない。
必死に叫び続ける。
徐々にその声は声にならなくなっていく。
(・・・誰も、来ない・・・のか・・・。
そうか・・・。
・・・チッ。
・・・しょうがねぇな。
こうなったら・・・悪あがきだ。)
「・・・ぐぁぁぁぁぁ!!!だぁぁぁ!!!」
右手の爪で強引に右目に重なっている爛れて固まった皮膚を裂く。見えていない目にわずかな光が入る。振り向くとそこにはスライムの大群が待ち受けていた。
「・・・っざっけんなよ。見えて良かったと思ったら・・・見えない方が幸せだったな。20以上はいるか・・・?
・・・こんのぉ・・・舐めんなよっ!単細胞生物がぁ!片手片足が無かろうが関係無ぇ!全員ブッ飛ばしてやるよ!糞野郎がぁ!」
キレた庄野の威圧にスライムは一瞬だけたじろぐ。
その隙をつくように、庄野は上着を巻き付けた右手でスライムを殴り付ける。地面に向かって垂直に殴り付けると、スライムの核にヒビが入り、ズルズルと液体が溢れて弱体化していく。
それと同時に数匹のスライムが庄野に飛び付くが庄野は一切それを引き剥がさない。
体が徐々に傷つけられていく。
が、それをものともせず、続けざまにスライムを叩きのめしていく。
一匹、二匹・・・。
気がつけばスライムの数は半分もいなくなっていた。
しかし、庄野はよくあるアニメや漫画の主人公ではない。
酸で体を溶かされた事による出血。それによる意識低下。
庄野哲也が日本という国で育った普通の人間である以上、それを避ける術はない。
(・・・意識が・・・血を、流しすぎたか・・・。
くそ、右手が、握れない。
もう、ダメか・・・
ちく、しょ・・・。)
アドレナリンにより動けたとしても限界が来る。
大量の出血により、庄野は意識を失い、地面に突っ伏して倒れた。
それを見た残りのスライムはじわじわと庄野との距離を詰める。
庄野の戦ったスライムは通常のスライムの上位互換にあたる『アシッドスライム』である。強酸により武器や被服、時には肉体を溶かす恐ろしいスライムであるが、上位互換であるが故にその行動は通常のスライムに比してかなり慎重である。
その慎重さが幸か不幸か、庄野の運命の歯車を回し続ける。
先程まで暗かった平原が一気に明るくなる。スライムと庄野の真上にミラーボール程の球体が浮かび上がり、光を発している。
「見えました!司祭様!お願いします!」
「任されました。・・・我が炎で燃え付きなさい。『ファイヤーストーム』!!」
地面から炎の渦が庄野を中心に天に向かって燃え上がっていく。アシッドスライムは炎により蒸発し、乾いた核だけがそこに残った。
一人の少女が庄野に駆け寄る。
「てつや君!・・・てつや君!しっかりして・・・てつや君!」
その後ろには杖を持った老人が立っていた。
「・・・ふぅ。・・・彼は、生きていますかな?
どちらにせよ、見つけてしまった以上はここに置いておけませんな。とにかく、連れていきましょう。」




