第73話 苦 難 ~異世界での怪我は公務災害認定されません~
(・・・。)
(・・・見たことない天井だな。)
庄野は目を覚ました。
執事長が亡くなってから何日が経ったであろうか。
それがわからない。
それほど庄野は長い時間眠り続けていた。
(・・・体が重い。一晩だけ寝たって感じじゃない。
何日寝たんだ・・・?
・・・カレンダーが無いから分からない。
森で生活していた時は何日経ったか数えはしていたが、長期間寝ていては数えることもできない。
久々のベッドはふかふかで寝心地は悪くなかったが、ある程度固さが欲しいな。やっぱり駐屯地のフランスベッドが最高の寝心地を提供してくれる。家の布団で寝るよりも当直勤務で駐屯地のベッドで寝た方が寝付けるのは職業病なんだろう。
さて・・・。)
体を起こそうとするが、起きられない。
(右手に点滴がささってるから上手く腕が使えない、片腕が無いとこんなに起きられないものか?
森では襲われた時にすぐ動けるよう、ずっと座り込んだ姿勢で寝ていた。
・・・いや、無茶が過ぎたんだろうな。あれだけの事をやっといて、回復もしないまま約1年間森で暮らしていたらさすがにガタがきてもおかしくない。・・・くそ、全身に力が入らないな。)
ボーッと天井を見つめる。
(うっすらと何があったかは覚えている・・・。
執事長の遺体を回収して、絶対王声によって操られた兵と民をコピードールとカエデ女王が片っ端から解除していった。
作った覚えのない建築物に覆われた街を再建する事になったんだが、魔王軍の一派と見積もられる敵性分子が今回の一連の事件を起こしたとしてソーラは本格的に軍備化をすると奮起している。
俺が眠っている間の治療や世話はカエデ女王のお付きがしてくれるって話は耳に入ったが、ベッドに運ばれて以降、1度も会ったことがない。まぁ、俺が起きていないのもあるが・・・点滴はさしてくれているからそういうわけではないのだろう。
・・・完全に目が覚めてしまった。暇だし、天井のシミでも数えてるか。)
5000を越えるまで数えていると、ガチャリとドアが開く。
「・・・あぁ、庄野さん。目が覚めましたか?」
「あなたは、あの時のお医者さん?」
庄野の目の前に立っていたのはソーラが大きな災害にあったときに出会った三人の医療班の一人だった。
「お久しぶりです。あの時は我々を助けていただいてありがとうございました。ちゃんとお礼をしたかったんですが気が付いたらソーラを出発されてたので・・・。
体の調子はどうですか?」
「体が起こせない位に疲れてます。」
「ハハハ、そうでしょうね。
・・・はっきり言って、今生きてるのが奇跡みたいなものです。体の外側も内側も所々がめちゃくちゃな状態です。聞いた話ですが、治りきってないまま森で過ごしてたとは・・・。普通の人がやることじゃないです。
誉めてませんよ?医師として、注意してるんです。
一番に酷いのは蜂窩織炎です。血液が細菌まみれだったんです。一歩間違えれば、いや、普通なら死んでますから。
左手と左足の傷が塞がってないのに動き回って土の中で生活してるからです。ちゃんと治すものは治してください。
しばらくはここから動くのは禁止ですからね。」
「しばらくって、どれくらいですか?」
医師は黙りこみ、下を俯く。
「・・・期間を言えば、それまで休みますか?」
「約束は出来ません。」
「・・・ソーラの医師として、いや、王国の専属医師としてそれは困ります。
どれだけ短くとも、3ヶ月は休んでください。」
「・・・そんなに休まなくちゃダメなんですか?リハビリとかちょっと早めに・・・あの・・・。」
「・・・。」
「・・・。・・・わかりました。ゆっくりと休ませてもらいます。」
「よろしい、ではまた。」
「・・・。」
無言のプレッシャーに負けて庄野は休むことを了承してしまう。
(あの医者、普通の時はニコニコしてるから油断してたが・・・真顔で無言になったときめちゃくちゃ怖ぇ・・・。
防大にいた時でもあんなに怖い先輩いなかったぞ・・・。
・・・そういえば、お腹すいたな。食べ物は貰えないのか?
いや、無理か。蜂窩織炎になってるんなら胃腸炎も同時に起こしてる可能性が高い。無理に食べても消化がままならないから下してしまう。かえって体力を消耗するから、点滴でじっくりと治した方が良いって事だろうな。
魔法を主としている世界の中でもソーラの医療は元の世界と同一のレベルを持っているようだ。)
しばらくすると、今度はカエデが部屋に入ってきた。
「おはよ、おにーさん。思ったより元気そうで安心したわ。」
「おはようございます。」
「助けてくれたことには感謝してるわ、ありがと。
・・・でもね、全部終わってあなたの治療をしたこっちの身にもなって欲しいわ。無茶苦茶になってる体を何とか生きてる状態まで回復させたんだから。
サクラちゃんが『無茶が過ぎる』ってよく言ってたけど、想像以上だわ・・・。」
「あはは・・・。ホントに申し訳無いです。」
「私に謝るくらいならサクラちゃんに謝ってあげなさい。どこにいるか知らないけど・・・。」
「・・・そう、ですね。」
カエデはとっさに後ろを向き、『しまった』という表情を隠す。サクラの話は庄野にとって辛いことなのに切り出してしまったとこを反省する。
「・・・とにかく!体を早く治すこと。そしたらここで頑張ってもらうからね?」
「・・・え?何でですか?」
「おにーさん、お金持ってる?」
「・・・いえ。」
「治療費、払えないでしょ?体で払ってもらうから。だからこの国の一員として頑張ってもらうから。」
「・・・あの・・・。」
しどろもどろになりながら庄野は何とかならないかと交渉を試みる。
「何?」
「あの、ですね。こういうことを自分で言うのはあれなんですが・・・ほら、ソーラのために怪我した訳じゃないですか、俺って。だからですね、国のために体張ったわけだから・・・。
・・・お金は免除、とか・・・無いんですかね?」
「無いわ。て言うか、その理論で言うならおにーさんが勝手に来て勝手に怪我を悪化させたんだから、自業自得よね。」
「・・・はい。そうですね。」
「じゃあ、そう言うことね。
・・・あと、聞きたかったんだけど・・・私があげたガントレットとグリーブはどこにやったの?」
「あぁ、あれは・・・西の都にありますね。」
「・・・。」
「・・・?」
「こんっの・・・バカァ!!何やってるの!あれには回復を早める魔石とか、神経とか細胞をゼロから復活させる希少な魔石とかたくさん使ってるのよ!!
何置いてきてるの!!理由を言いなさいよ!!」
「・・・すいません。でも、あの時は逃げるので精一杯で。」
「言い訳なんて聞きたくないわ!とにかく!動けるようになったら直ちに回収に行きなさい!私達は復興の支援で動けないから、馬車を手配して、一人で行くのよ?良い?」
「・・・その、無くても大丈夫ですよ。ほら、森でも過ごせて・・・。」
「い い わ ね ?」
「・・・はい(泣)。」
本日二度目の圧を受け、泣く泣く了承をする。
(・・・理不尽だ・・・質問されたから答えたのに『言い訳するな』って・・・指導になってないぞ・・・。
・・・いや、そうだよな。命令で動いた訳じゃないし、自己責任だよな・・・。でも、俺が動かなかったら、ソーラはもっと酷いことになってたかも知れない。
せめて、公務災害認定くらいしても良いのにな・・・。)
『公務災害』とは、簡単に言えば仕事中の怪我の事である。
公務災害に認定された場合、国からその度合いに応じてお金を貰う制度である。
自衛隊は命令によって動く。訓練ひとつとっても、命令で実施をしている。
それにより、「部隊の命令による行動中」=公務 とされるのが基本である。しかしながら、緊急時には命令文書を作るのが間に合わないので、口頭による命令を実施し文書は事後処置となる。これによって、緊急時であっても公務災害に該当するのが自衛隊では常になっている。
庄野もその『緊急時』に該当するのでは?と質問をしてみたが、ここは異世界。
公務災害認定どころか、国を救った人物としても認定されない。
だからこそ。
庄野哲也はこのベッドの上で動けなくなっている。
手足を失うまで必死に戦い、
アパッチを撃ち落とし、
大切な人の生命を人質にとられ、
それによって魔王軍の一味として再び容疑をかけられ、
更には裏切り者として消されそうになり、
森で過ごす羽目になった。
(・・・ついてないな・・。どうして、こうも運が悪いのか・・・。
いや、逆か。
俺は運が良かったんだ
だから俺はここでこうやって生きていられるんだ。
・・・あぁ、俺は・・・運が良かったんだ。)




