第67話 発 端 ~終わりの始まり、始まりの終わり~
杉村の侵略を阻止してから2ヶ月の月日が流れた。
アパッチ、魔王軍による攻撃により破壊された街は魔法により家屋や施設、城門は綺麗さっぱり復旧しており、2か月前には悲惨な戦いがあったとは思えない程であった。
戦いで傷付いた兵や住民も回復し、徐々に元通りの生活を始めようとする人もいるなかで、まだ戻れない人もいる。
傷は癒えても、建造物が元通りになっても、受けた心の傷は一生消えない。亡くなった人の命は帰ってこない。無惨に、残酷に殺された人、悲しみ、怒り、何の感情かわからないものがこみ上げ、ぶつける相手もいない中で過ごす時間は杉村の思惑通り、というべきなのだろうか。
戦争からは何も生まれない。戦争から生まれることは無い。
学ぶことはあれど、それを学ぶことは無い。人間は戦争を忘れることばかり考える。だから何も得ない。
戦争からは、何も生まれないのだ。
西の都の屋敷。そよ風が部屋の窓のカーテンをたくしあげる。
コンコンとドアをノックする音が響く。
「入ります。・・・てつや様は、まだ・・・。」
「あぁ、サクラ姫。彼は、・・・まだ、起きてないね。」
杉村との戦いが終わったあと、庄野は2ヶ月間目を覚まさないでいる。
サクラは無言で庄野に掛かっている毛布をめくろうとする。
「・・・。」
「何回見ても結果は変わらないね。・・・無いものは無いね。」
「わかってる!・・・わかってる・・・でも・・・ぐすっ。・・・でもぉ・・・。」
「・・・(そりゃ、辛いよね・・・。この世界の人間なら、腕がもげようが、頭が破裂してようが、生きていれば治癒で治すことが可能なのに・・・この人だけは治せないんだからね。)」
庄野にかかっている毛布をめくる。
全身にわたる切り傷、擦り傷、内出血。何によって受けた傷なのか判別がつけられない。
顔から左腕にかけての左半分は火傷が治りきっておらず皮膚が変色している。
左腕は肘から先が無い。まだ残っている部分は原型を保っていることが不思議な位である。
左足も同様、膝から下は無い。途中で回復魔法を使ったため、他の部分よりは治りがやや早い。
生きているのが不思議であり、生きている方が辛いと思わせるほどの様である。
(前回は庄野さんの機転で燃え尽きる前に左手を複製したね。だからその左手をくっ付けられたんだよね。・・・自分で腕を千切って、ね。
聞いた話だと、今回は左足はゴーレムに潰されて、左手は爆発で吹き飛んだとか・・・。
元が無いから複製も不可能らしいね。
ワシらとは無関係の異世界から来た人が、こんなになって無関係の国を救って・・・あの頃を、あいつを思い出すねぇ・・・。
・・・あいつはこんなにボロボロになることは無かったけどね・・・。)
「・・・。」
「・・・。」
(1ヶ月。サクラ姫はこんな感じだね。見てるこっちも辛くなるね・・・。
あ、そういえば・・・。)
アルフは部屋の奥に置いていた金属製の手甲と脚甲を取り出す。
「何、それ?」
「ガントレットとグリーブだね。カエデ女王がこの前来て、庄野さんが起きたら渡してほしいって言ってたね。何でも半永久的に魔力が続く魔石が装備されてて、自由に手足を動かせる物だね。これがあれば、庄野さんも」
「要りません。返しましょう。」
「はぇ?いや、無いよりはあった方が良いに決まってるね。」
「要りません!・・・要らないんです。」
「・・・庄野さんに、元通りの生活を送ってほしいとは思わないのかね?」
「思うよ!・・・でも!・・・でもぉ・・・。
手足が、治ったら・・・てつや様・・・また・・・、・・・戦う、から・・・。
また、傷ついて・・・。また・・・。・・・また・・・。
もう、十分・・・サリアンのために・・・てつや様は・・・。」
(・・・そう、だよね。サクラ姫は庄野さんに側にいてほしいだけであって、戦ってほしいなんて1度も願っては無いんだよね。)
再び沈黙が続く。
しばらくすると、サクラは立ち上がる。
「・・・ちょっと休んできます。」
「あぁ。サクラ姫もまだ本調子じゃないだろうから、しっかり休んでね。」
バタン、とドアが閉じる音が響く。コツコツと足音が遠ざかっていく。
「・・・で、いつまでこれを続けるんだね?」
「・・・サリアンが動くまでです。今は・・・ここが安全なので。」
「あー、無理に起きなくて良いね。そのままで良いね。」
「すいません。助かります。」
「・・・で?その時が来たら・・・行くのかね?」
「・・・はい。」
「サクラ姫、悲しむね?良いのかね?」
「・・・俺がここにいる方が悲しい思いをしますよ。こんなボロボロの身体で、目の前に救いたくても救えない人間がいる辛さの方が・・・。」
「そうだけどねぇ・・・。というか、前言ってたの、ホントにサリアンはやるのかね?そんなことしたら住民が何て言うか・・・。」
「住民は何も言い返すことは無いですよ。戦争が終わったあとには何を信じれば良いか誰も分からない。だからこそ、都合の良い誰かを悪者にするんですよ。例え、真実が歪んだものでも・・・信じるんです、信じてしまうんです。
そして、英雄は罪人に・・・極悪人は英雄に・・・。
それが戦争です。」
「・・・そうかね。・・・ん?外が騒がしいね。」
「何が来てますか?」
アルフは窓から外を見る。
フル武装したサリアン兵が住民の家から出てくる。出てきたと思ったら別の住民の家に入っている。
「何が見えますか?」
「分からないけど、兵が家を出たり入ったりしてるね。」
言葉と同時に、庄野はベッドの下にまとめていた荷物を持って無理矢理立ち上がる。
「家宅捜索ですね。俺を探してるんだと思います。逃げないと・・・。」
「待つね。」
壁に掛かっている杖を外し、アルフは庄野に手渡す。
「せめて、杖だけでも持っていくね。ほれ、ワシが使ってたやつだからちょっと短いけど、無いよりはましだね。
・・・戻ってこいとは言わないね。でも・・・顔は見せに来て欲しいね。」
「ありがとうございます。
・・・いつか、・・・また、帰ってきます。」
(正門からサリアンの兵が来ているな。あっちから出るのは不味いか。西側の森の方に入るか。)
屋敷の裏側の窓から結んだカーテンを使って外に出る。カーテンはアルフが回収し、元の状態に戻した。
「庄野哲也!庄野哲也はいるか!」
怒鳴り声と共に武器を構えた兵士が屋敷中を走り回る。
「はぁ・・・何事だね?」
ヨボヨボとアルフが兵士達の前に立つ。
「アルフ殿。現在、サリアン王女代理のデル様から庄野哲也の捜索を依頼されてこちらに参りました。」
「ふーん・・・『捜索』かね?そんなに武装をしといて?」
「・・・はい。そうです。」
「捜索、ねぇ・・・。『見つけ次第処刑』の間違いじゃないかね?」
「なっ!どこでその情報を!」
「おいっ!それ以上しゃべるな!」
「どこでその情報を?・・・今、知ったね?
(・・・かまをかけるのが上手くなったのは庄野さんのお陰かねぇ・・・全く。) 」
「・・・魔王が使用していた空を飛ぶ鉄塊を庄野さんは落とした・・・そこまで聞けば彼はこの国を救った英雄だね。
・・・で?サリアンの中では『トドメをさせるはずの魔王に回復を施した反逆者』とでも言われてるのかね?」
サリアン兵は口を紡ぐ。
その集団の隊長と思われる独りが口を開いた。
「・・・。黙ってもしょうがなさそうですね。
そうです。確かに、庄野哲也は魔王の襲撃を防いだ。
ですが、同時に魔王軍に加担してるという事実もあります。
サリアンではこの事態を深刻なものと判断した上・・・庄野哲也に『死罪』を科しました。」
ガシャン、と食器が落ちる音が廊下に響く。
「え・・・。てつや様・・・死罪って?何で・・・?
え・・・?・・・なんで・・・?・・・。・・・なんでぇ・・・なんで・・・ぇぇ・・・。
違う・・・よね?・・・だって、てつや様は・・・私を助けるために・・・だから・・・。」
廊下で泣きじゃくるサクラを目の前にサリアン兵は何も出来なくなっていた。
「・・・どういう、事ですか?」
「どうもなにも・・・まさか、庄野さんが魔王に治癒を行った理由、知らないのかね?」
(ふぅ・・・とりあえず、兵に見つかることなく森についたな。)
「すまん。ダンプポーチに入っててもいいけど、移動するのがキツい。出てくれるか。」
「キュッ!」「キュッッ!!」「キュッ!」
庄野は自分自身がこの世界へ入った異界の森にいる。
自分は何かしらの理由で排除される可能性があると察して事前に外へ逃げる準備をしていたのだ。
『良い事をした。自分にはきっと見返りが待っている。』とは考えなかった。
彼は自衛官である。災害派遣や国際任務等々、誰かのために何かをすることを沢山してきた。
沢山してきたが、1度も「ありがとう」「お疲れ様」という言葉を聞かなかった。ネットの書き込みで見ることはあっても直接聞くことは1度も無かった。
調べないと感謝もされないのだ。
変わりに石と罵声を投げつけられた。「まだ終わってないだろ」「お前らは邪魔だ」「人殺し」「被爆集団」と言われることは多々あった。
駐屯地に戻れば上からは「まだ疲れを感じていないだろうけど、引き続き業務を実施するように」と言われ1日も休むことなく、何事もなかったかのように翌日から普通の仕事に戻った。
よくあることである。
国民にとっては大事件でも、自衛官にとっては日常の一つである。
そんな経験をした彼だからこそ、サリアンを救ったとは思わなかった。むしろ、責任をとらされることを予期して、事前にアルフにだけは話をしていた。そのため、見つかることなく森へと避難出来たのだ。
(あの国の事だ。どうせ俺のせいにするのは分かっていた。
とりあえず、これからどうするかだな・・・。しばらくは森で暮らすか・・・。いや、しばらくと言わず、一生暮らす方が良いかもしれない。
オレの居場所は無い。出来ることも無いのだから。)
小枝を集め、枯れ草を下に入れ火をつける。火が大きくなるに合わせてくべる木も少しずつ大きくしていく。
火を見つめながら庄野はこれからについて考えながら眠りについた。




