第33話 治 療 ~治るものと治らないもの~
「・・・。」
「姫様、ご飯食べられますか?」
「・・・。」
「スープだけでも飲みましょう。今日は冷え込むので暖まりますよ?」
「・・・。」
(よし、飲んだな。・・・昨日は一口だった、今日は三口は飲んだ。少しずつだ。)
アルフ達との話し合いが終わった日から庄野は毎日サクラの看病をしていた。
(先月は会話も出来なかった夜になると泣き叫んで暴れて大変だった、水も飲まなかった。先週から水を飲めるようになったしかなり落ち着いてくれるようになった。ただ・・・言葉を発してくれないのが心苦しい。)
食器を片付けて部屋に戻るとサクラは泣き出していた。
「うっ・・・うっ。ひっ・・・うぅ~~~。」
庄野はすぐさまサクラの側に座り頭を優しく撫でる。
「・・・うぅ・・・。」
「よしよし。大丈夫ですよ。俺が側にいます、俺が守りますから。」
「・・・。」
「よしよし。大丈夫です。側にいますから。」
看病をしている間、様々なニュースで世界は混沌に飲まれつつある。
サリアン、ガラ、ソーラに住む僅かな異界人が魔王の配下になるため国を出ていったこと。その中には闘技場で庄野にぶん投げられたサリアンで最も強力な使い魔であったレッドドラゴンを持つ異界人の姿もあったこと。
サリアンには元々結界が張られていた。その強力な結界を魔王の攻撃に破られ侵略を簡単に許したのはサリアン王が魔王軍とグルではないか噂が流れ、反乱が起こりサリアンはパニックになった。サリアン王は逃亡して行方を眩ませる最中、デルは暴動を鎮圧し反乱軍のリーダーとも和解。民衆からの支持もありサリアンの実質王女となったこと。
それらを気にかけることなく庄野はサクラの治療に専念していた。
(たとえ俺がその場にいて・・・何が出来た?異界人を説得しても『お前は良い思いをしてる側だ』と言われるのは目に見えている。サリアンの暴動だってそうだ。俺が何もしなくてもサリアン王は出ていって、結果的に良い方向に流れた。俺がこの世界のために何かしようと頑張る必要は・・・無いんだ。出来ることが少なすぎる。)
サクラを撫でながらも庄野の心の中は穏やかなものではなかった。世界最弱の自衛官として無力を痛感し、サクラの看病を頼まれたが出来ることはコピードールに魔法を使って貰う事だけなのだ。
(・・・コピードールに全て任せていれば良い・・・。俺は俺で別の事をやれる。姫様の側にいる理由はただ・・・彼女に対して好意を持っているから。それだけでここにいて良いものじゃい。もっと良い方法は沢山ある・・・。)
自問自答を繰り返している間に毛並みがつやつやのコピードールが庄野の足元にかけよってキュピキュピ鳴いている。
「みんな、引き続き治癒を頼む。俺は・・・ちょっと休憩してくる。」
ベッドから離れようとする庄野の左腕をサクラの細い腕が掴んだ。
「・・・待って!やだ・・・怖い・・・側に。」
「ッっ!・・・。わかりました。」
笑顔で答え庄野はサクラの側に座った。右手でサクラの頭を優しく撫でながらコピードールも同じようにサクラに寄り添い治癒を行う。
「・・・側にいて・・・い。やぁ・・・怖い・・・。」
「大丈夫です。側にいますから。」
(やっと・・・言葉を発してくれた。長かった・・・。良かった。・・・良かったんだ。)
庄野は安堵の表情をサクラに見せる。いつもなら絶対にしないようなわざとらしく歯を見せるほどの笑顔でサクラの頭を右手で撫でる。サクラも少しずつ泣き止んでいく。少しずつではあるが治癒の効果が出ており回復の兆しが見えた。一時は治らないとまで言われた『恐怖』状態を治すことが出来ているのだ。
魔王襲撃から約1ヶ月の看病を経て、庄野はそれを実感していた。
か細い腕に掴まれただけで自ら拳銃で吹き飛ばした時と同じくらいに感じた激痛を隠しながら。
(・・・。痛い・・・最悪だ。治ったと思っていたが・・・これ程か。治癒は左腕には回せない。左腕はサクラ姫が治った後・・・いや、二度と使えないと思った方がいい。これからは右腕一本でどうにかする事を考えないと。)
しばらくしてサクラが眠りについた。その直後にアルフが部屋に入ってきた。
「どうだね?様子は。」
「言葉を発してくれました。」
「ほぉ、それは良かったね。サクラ姫は順調なんだね。で?」
「・・・?」
アルフの顔がやや険しくなる。
「サクラ姫は、良いんだよね?・・・庄野さんはどうなんだね?」
「・・・ちゃんと寝てます、元気ですよ。」
「そうかね・・・なら何でそんな変な体勢でサクラ姫を撫でてるんだね?明らかに・・・変だけどね?」
「・・・。」
庄野はサクラの眠るベッドの横に置いた椅子に座りながら乗り出すようにしてサクラの頭を撫でていた。左腕はだらりと肩を脱臼したかのように空中を右往左往している。
「はぁ、何があったね?」
「・・・サクラ姫に掴まれただけでこの様です。もう・・・左腕は・・・。」
「そうかね。・・・あの時、女に蹴られて悪化したんだねぇ。でも、あんたの事だね。右腕一本でもどうにかする方法を考えてるんだろうけどね。はぁ・・・、口止めされてるんだけど、言おうかねぇ。その左腕はサクラ姫を守るために犠牲になったよね?それについてはサクラ姫も責任感じてたね。『てつや様の左腕がもしこれから先動かなかったら私がてつや様の左腕になります。』って、泣いてたねぇ・・・。・・・これ以上は言いたくないね。ワシから言えるのは、この子を悲しませないでね、って事だけだね。」
「・・・精進します。」
アルフは会話の後にサクラの様子を少し見て部屋を出ていった。サクラは眠りについたままである。
(良かった・・・いつもなら数分後には起きて泣いていた。幼児の夜泣きに近い状態だった。・・・姫様に腕の事をそこまで考えて貰っていたのか。それなのに俺は無茶をしようとして・・・。)
眠りについたサクラの姿を見て疲労もあり庄野は椅子に座ったままの姿勢で眠ってしまう。
ふと、サクラが目を覚ます。目の前には好意を寄せる異界の騎士が椅子に座ったまま眠ってしまっている。
「・・・てつや様、何で・・・?あ・・・ずっと看病してくれてたの?」
嬉しいという感情と申し訳ないという感情で涙が流れる。そこには恐怖による涙は一滴も無かった。
「・・・ぐすっ。ありがとうございます。・・・でも、無理はダメです。ちゃんと寝ないと・・・一緒に寝ましょう?」
椅子に座っている庄野をベッドに引き込もうと引っ張るがサクラの細腕ではビクともしない。
「てつや様を動かせない・・・横にしたいのに。あ、ひとまるちゃん、ななよんちゃんときゅうまるちゃん。てつや様をベッドに寝かせたいんだけど・・・手伝って?」
「キュッ!」「キュッ!!」「キュッ!」
ひとまるとななよんが椅子の脚を持ち上げて庄野をベッドの方へ倒す。体格のあるきゅうまるがサクラと一緒に庄野をベッド方向へ引っ張り庄野の上半身がベッドに倒れる。ベッドからはみ出している下半身をコピードールが引き上げベッドに寝かせる。
「ありがとう。じゃあ、皆で寝ましょう。・・・てつや様・・・、ありがとう・・・。・・・き。」
ここまでされて目を覚まさないほどに疲労していたのか庄野は全く目を覚まさなかった。庄野の胸元にサクラは頭を埋めて、頭の周りにはコピードールが寝ている。
そして朝を迎えた。




