第2話 始まり ~そこは異世界 サリアン~
2話です。
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「庄野2尉、来週異動なのに今回の訓練に参加するってストイックっすね!」
「ストイックっていうか、このメンバーで訓練をやれるのはこれが最後になるのかって思うと、参加意欲が湧いたんだよ。ミニマリストだから荷物も殆ど無いから引っ越しの作業も終わってるし、折角時間があるからな。やれることをやるだけさ……」
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(まさか、あの会話が最後になるとはな……。ここに来る前日、小隊の陸曹と酒を交えながら他愛もない事を話したっけか。この訓練を終えたら、来週には別の駐屯地へ異動する予定だったんだが……。
まさか、別の世界に異動することになるなんて想像もしなかった。)
庄野は少し焦げた肉を歯で千切り、奥歯でかみしめながら物思いに耽っていた。
(今日も食べるのはトカゲ。無いよりは遥かにマシだが……固くてアゴは疲れるし、パサパサしてて口の中の水分が奪われる。何とかこの森を脱出して、訓練に復帰しなければ……。)
庄野がこの森に彷徨ってから約一週間。何匹もの火を吐くトカゲに出会い、殺しては捌き、殺しては捌き……何日もそれで飢えを凌いだ。何度も何度もそれ繰り返し、ひたすら森の中を歩き続け、あるかどうかも分からない森の出口を目指していた。
(とはいえ……そろそろ、弾薬が心配だ。5.56mmも9mmも残り1弾倉。銃剣とマチェットは使えるが、あのトカゲの炎の脅威を考えたら積極的に使いたくはない。かと言って、銃弾を積極的に使って、弾切れになったら終わり。残った装備品でリーチのあって使えそうなものといえばエンピだが……考算の範囲内ではあるが、実行性は無いな。)
「ふぅ」
庄野は肉を食べ終えて一息つけると、胸ポケットから紙とペンを取り出した。
(腹も膨れたし、一旦頭の中を整理しよう。
ここに来てわかった事がいくつかある。
まず、時間の概念は同じ。朝日が昇れば明るくなる。沈めば暗くなる。空気も同じで、普通に呼吸が出来る。火の燃え方も同じ、木の性質も同じ、燃えれば灰になる。生物の体の構造も特殊ではあれど特別ということはない。トカゲを食う時にバラしたが、肺や心臓は同じように存在した。しいて言うなら、火を吐くための構造だろうが、喉の部分が発達していて、金属みたいに固かったことだが……今はそんなに気にしなくていいだろう。
あれから一週間。休みながら歩いてはいるが、一向に出口が見当たらない。真っ直ぐに歩いているはずだから、何かあっても良いんだが。
それともう一つ気になっていること……ずっと俺をつけてる動物が3匹いることだ。)
庄野が先程まで歩いていた後方へと目をやると、付かず離れずこそこそとつけている動物がいる。
全長30cmほどの大きさで、その容姿は犬でも猫でもない。茶色の毛並みをしており、手足はポメラニアン等のように短く、チョコチョコと歩いたり走ったりしている。また、3匹とも容姿は似てるが大きさは疎らであった。
(可愛い見た目をしているが、何が目的で着いてきているのかわからないな。死んだ俺を喰らうつもりなのか、食料が狙いなのか……いや、俺が食わなかったトカゲの残りを食べていないから、食料目当てではないのか?
……考えても分からないものを悩んでもしょうがない。とりあえず、奴らは無視だ。先を急ごう。)
庄野は紙とペンをしまって、再び歩きだした。
道中、何度も足を止め、少しでも長い距離を歩くために背嚢を下ろしてこまめに体を休めながら歩いた。
水筒の中の水には限りがある。水筒の蓋に注いで少しずつ飲み、体力を僅かに回復させながら歩き続けた。
予備の靴下も無くなり、足の湿気がどんどん溜まり、皮が剥けて痛むようになった。
少しでも足の痛みを軽減させるよう、何度も靴を脱いで足を乾かし、引きずるようにして前へと進んだ。
重い背嚢により肩と腰が痛む。痛みを軽減させるため、肩の紐を何度も緩めたり締めたりを繰り返し、歩くストレスを軽減させて。
あらゆる工夫をこらしていくが、体力が回復するわけではない。残っているのは気合と気力、気持ちだけであった。
(ハァ……ハァ……視界が狭まってきたな。背嚢の背負う部分が肩に食い込み過ぎて……うっ血してたか?いや、単純に……水分が足りないのか?もう、よくわからないな。判断力が……頭が全然働いてくれない。一旦休んで……いや、もう、休む方が危険かもしれない。次に座ったら、立てる自信がない。倒れるまで、歩くか……。)
それから何時間が経過したか分からない。
フラフラとした足取りで、庄野は気力だけで森の中を進み続けた。
(あ……あれは……?)
庄野の目に、森の中にはない人工的な色彩の建物の一部が目に映った。
(何かの建物か?よし……あそこまで……何とか……。)
やっと森を抜けられる。その事実が庄野の足取りを軽くし、先程までとは別人のようにサクサクと歩いていく。
森の外が近づくと、庄野の視界には森の木々の間から微かに灰色の建造物の一部がうっすらと見えた。
『森から出られる』と確信し、更に足を進め、森の外に出た。庄野は森から出られた喜びを感じつつ、目の前の光景から、自分のいた場所が日本ではないことを、日本に戻ることが絶望的かもしれない事を悟った。
(西洋の城……めちゃくちゃデカい城みたいな建物がある。相当大きい。こんなものがある場所、日本にはない。まぁ、そもそも火を吐く生物と遭遇した時点でおかしいが……。
どうやら俺は、よくわからない場所に来てしまったようだ。どうしたものか……とりあえず、あそこへ行って情報を得るか。言葉が通じればいいんだが。)
これからどうすればいいのか分からないまま、庄野は城の方へと進んだ。庄野の後方には例の3匹もついてきていた。
庄野が城門に到着すると、門番と思われる甲冑に覆われた男が気だるそうに立っていた。庄野が近づくと、若干の気だるさを残し、長槍を向けてくる。
「止まれ」
「……(良かった。日本語だ)」
「どこの者だ」
「えっと、あそこから来たんですけど」
文脈から考えれば『日本です』と答えればよかったのだが、疲労困憊している庄野は頭が回らず、微妙な回答をしてしまった。
「あー……わかった、来い」
「あ、はい(良いのか?変な回答をしたのに……)」
来いと言われて庄野は門をくぐって中へと入った。門から真っすぐ歩いて約15分、庄野は城の前へと案内された。城に来る途中、二足歩行している狼が町の老婆達と会話している様子や、背丈が89式小銃もない岩のような体つきの老人が歩いていた光景は庄野の心を躍らせる反面、不安も感じさせた。
(すごいな。漫画やアニメの異世界ってやつか。とりあえず、言語が通じるのは有難い。
……この世界から、日本に帰れるだろうか。帰る前に基盤を確立しなければならない。問題なのは医療と法律だ。)
庄野が懸念している医療と法律は海外派遣に行く際に重要視されるものである。
どんな疫病が流行っているか分からない、治せる薬があるかわからない。国によっては歯科が無いなんて所もあるので、要員に指定される条件として「虫歯が無いこと」という事が具体的に明記されるほど、海外派遣要員の条件は厳しいものである。
法律は言わずもがなである。
城内に入り、いくつもある階段を上っていき庄野は大きな扉の前に連れていかれた。
「ここは謁見の間。あそこの森から来たお前にはさっぱりわからんだろうから簡単に言う。この国の王、サリアン王がお前と顔を合わせて貰えるための場所だ。ドアはお前が開けて入れ。くれぐれも、サリアン王に粗相の無いように」
「このあと、俺はどうすればいい?」
「王が決める事に従え。それ以上は知らん」
庄野の質問にぶっきらぼうに答えると、門番は気だるそうに門の方へと戻っていった。
(サリアン。全く聞いたことのない国だな。
粗相の無いようにって言われても、この国のマナーがわからない。
……細かいことを気にしてもしょうがないな。歩き続けてクタクタだし、早く入って早く済ませてしまおう。悩むのは終わったあとでいい。)
庄野は意を決して、大きな扉のドアを開けた。