第18話 無 謀 ~情報は少々無茶しないと手に入らない~
庄野達がヤエとシダレから情報を得てからニ週間が経った。サリアン、ガラ、ソーラの三国は引き続き調査を行っているが進展はなく、「魔石事件はデマではないのか」という声がチラホラと出始めていた。
西の都では、庄野とアルフが朝食を取りながらこれからについて話していた。
「まいったねぇ。魔石実験場の捜索依頼を受けていた冒険者のほとんどが『依頼不達成の方が良い』って違約金を払ってやらなくなってしまったね」
「しょうがないですよ、ここまで見つからないと疑ってしまうのも無理ないです。……各国の代表と会うことは出来そうですか?」
「そろそろ返答が来るはずだね。食事が終わったら確認するね」
「すいません、よろしくおねがいします」
食事が終わると、アルフは席を立ち、部屋を出た。庄野はテーブルに肘を立て、目を瞑ってこれまでの経緯を整理した。
(二週間前、俺は西の都に戻ってから『ソーラとガラが集めた情報が共有されてない可能性がある。使者を送って、直接足を運んで情報を得るのはどうか』と提案した。理由を説明したら、サクラ姫とアルフさんも同意してくれて、次の日には使者を送ってくれた。
情報共有がなされてないと考える理由は二つ。一つは、サリアン、ソーラ、ガラの三国関係の悪化だ。前回の会議をきっかけに更に関係は悪化している。その影響で、各国のギルド同士で情報の共有がなされていない可能性が高い。
……二つ目は俺が悪いんだが、今回の魔石事件を解決した国に賞品を付けたことだ。競争心を煽ってやる気を出させる目的でやった事だが……それが原因で情報を隠し持たせてしまった可能性も考えられる。その点は反省だな。
さて……使者を送って、返答の来る目安は二週間らしい。予定であれば今日だ。いつでも出られる準備をしよう。)
服や物を準備する庄野の元に、アルフが訪れる。「今日行けるね。どうするね?」という言葉に、庄野は「行きましょう」と答え、装備を装着し、コピードールと共に部屋を出た。
(装備はいつも通りで良いだろう。前にトンボ討伐したとき『コピードールは毎日連れておくこと、経験値は過ごした時間でも入る』って教えて貰ったから、連れていこう。)
「まず、ガラから向かいましょう」
「前回の会議、凄かったらしいからねぇ……せめて話し合いが出来たら良いけどね」
(話し合いにならない可能性もあるのか。そうなった時は……サクラ姫を守る事が第一優先だな。)
三人はガラに到着し、ガラ王に会う。王室に入り、ガラ王と対面することは出来たが、アルフの予想通り、全く話し合いにはならなかった。
「何故!俺ガさりあんノ為二話ヲシナケレバナラナイト言ッテルンダ!」
「お願いします!この世界のためなんです!お願いします!」
「ソノせりふハ貴様ノ王カラ聞カセロ……!!サリアンから使者が来タト思エバ、小国の小娘をヨコストハ……話二ナラン!失セロ!回復魔法シカ使エナイ腰抜ケノ貧弱者ガァ!」
「……お願い……します」
必死に頭を下げるサクラを見て、突然庄野が横から口を出した。
「ガラ王、宜しいですか?」
「何ダ?異界人ガクチヲ挟ムナァ!」
「お話をしていただけないなら、情報は結構です。ですが、サクラ姫を侮辱した件については撤回していただきたい」
「てつや様、良いんです。……事実……ですから」
サクラは下を俯きながら、庄野の袖を掴んでこれ以上の会話を止めようとする。しかし、唇を噛み締めて悔しそうにしているサクラの表情が庄野の横目に写り、かえって庄野の怒りを燃やした。
「ホラ見ロ!腰抜ケデハナイカ!グゥワハッハッハッ!」
ガラ王の煽りが庄野の脳内にある、最後の安全装置をプチンと外した。
「……国の存亡がかかってる大事件が起きてて、それを城から一歩も動かず、何もしないでいる。腰抜けはあなたの方ではありませんか?」
「ナンダトォ!グオォォォォォォォ!!」
ガラ王は天に向かって叫び、怒号が床と壁をガタガタと震わせる。数秒間叫び声を上げると、突然その声が止まり、ガラ王はスッと落ち着いた様子に変わった。
「異界人、オ前はモット利口な男ト思ッテいタんダがな……表へ出ろ。拳デ決メよう」
「分かりました」
「てつや様!私はこんなこと望んでません!やめてください!」
「すいません。これだけは譲れないんです」
「はぁ……参っちゃうねぇ」
(勝てば情報を貰える約束だとしても、勝てる見込みはほぼゼロ。わざわざ戦う必要性は無い。別の方法で情報を集めれば済む。『理屈』で考えるなら、そうすべきだ。
だが、これは理屈の話じゃない。感情の問題だ。健気にこの世界を救おうとする、守らなくちゃならない女の子が目の前でバカにされて、それを見ても怒りを抑えられる程、俺は出来た人間じゃない。)
庄野とガラ王は、ガラ王国の少し外れにある荒れ地に来た。その少し離れた所でサクラとアルフが二人の様子を見ている。
「俺の体ヲ地に付けテミロ。うつ伏せ、仰向け、ドッチでもいい。それが出来タら話をしテやル。魔法もスキルも使わンから、殺ス事は無いダロうが、上着は脱いデおけ。ボロボロになルぞ」
「……行きます!」
上着を脱ぎ、ガラ王に向け全力疾走でタックルをかます。
「ぐっ……(重ってぇ……この感じ、二百キロ以上はあるぞ?!)」
「ソンナものか?グオォォォォォォ!」
ガラ王は咆哮と同時に、右こぶしを庄野の腹部に力任せに振り回す。
「ぐふぅッッ!(ガード……間に合ったけど……腕ごと、ボディに……)」
庄野の身体は空っぽのペットボトルが強風で飛ばされるように、地面をゴロゴロと転がっていき、ピクリとも動かなくなった。
「一撃ダッタか……。異界人よ、もうここには来るナ。都の姫、回復しテやれ」
ガラ王が庄野に背を向けて去ろうとしたその瞬間、庄野の上段回し蹴りがガラ王の側頭部に突き刺さる。
「まだ、終わってませんよ?(……普通の人間を半長靴で蹴ったら、骨折するんだけどな……)」
「……普通の人間ナラ、意識を失ウンダが……良いダろう。本気デ戦ッテヤル!!」
ーーーガラ王のとの戦いが始まり、一時間が経過した。庄野は何度も吹き飛ばされ、傷だらけになりながらも攻撃を加え続ける。
「うおぉぉ!」
「雑魚ガァ!」
ーーー二時間が経過。庄野の体力が無くなっていき、攻撃の頻度が少なくなっていく。ガラ王にはまだ余裕が見える。
「ぐッ……まだ……まだぁ!」
「クドイわァ!」
ーーー三時間。庄野の意識と身体の状態がチグハグになっていく。
「ぐふっ……げほっ……ッだあぁぁぁ!(右腕が上がらない、折れたか。左足はさっきぶん投げられたときにいった。意識も少し……何て言うんだっけ?あの、あれだな……ヤバいな。でも、まだ身体は動く。動くなら、戦い続けるだけだ!)」
「ムゥッ……!(コイツ……ボロボロなのに、ダンダン動きが良くなッテいる!)」
ガラ王との戦闘が始まり、何時間が経っただろうか。空は日が落ち始めている。夕陽が差し込み、まもなく夜を迎えようという時になっても、二人の男は荒野で拳による話し合いを続けていた。
庄野は何度も吹っ飛ばされ、上半身は傷にまみれ、両目の上にはコブが出来てほとんど見えておらず、気合だけで戦っている。
ガラ王は岩のような硬い外皮が少しだけ剥がれ、想定外の長期戦と庄野のプレッシャーに、息を切らしている。
傍らではアルフとサクラがその戦いを見届けている。サクラは手で顔を覆い、震える声で「やめて」と何度も叫ぶが、その声は庄野の耳に届かなかった。
「はぁ、はぁ……あぁぁぁ!」
「フゥ……シツコイ……コレでオ終イダッ!」
(大振りの右ストレート……今だぁッ!)
その一瞬を庄野は見逃さず、使えない足を脱力させ、軟体生物のようにぐにゃりと横に回避し、両腕でガラ王の腕をつかんだ。
「……やっと……やっと、捕まえた」
「フン……掴んダ所デ何が……ッ、おォォ!何ダトぉ!」
左手でガラ王の腕をがっちりロックして、全身のしなりとテコの原理を使い、庄野はガラ王の巨体を背負い投げ、仰向けに倒した。
「ハァ……ハァ……。俺……の、勝ちだ……!」
「フフフ……見事ダ。余程情報が欲しイらシいナ」
「情報は良いって……だから……姫様に……謝って、ください……」
「……何ダト?それダけの為に戦ッテいタのか?」
「あなたにとっては……それだけ……かも、しれませんが……。姫様を、守る事が……俺が……ここにいる、理由なんです。…………あの人を……守る……めな……それ……俺……」
庄野は意識を失い、うつ伏せにドサリと倒れた。
「てつや様!てつや様ぁ!……治癒を使います。アルフ、手伝って!」
「了解だね。ハァ……意地張って、こんなになるまで戦うなんて、ワシには理解できんねぇ」
「今日は俺の城デ休め。明日、話をしテヤる。それト……侮辱しタこトを詫びよウ」
「あ……いえ、そんな……」
「ほっ。これはこれは……ガラ王の心の広さに感謝しますね」
ーーー夜遅く、庄野はふと目を覚ましてしまう。
(……骨折してた腕の痛み、全身の擦り傷の痛みが軽くなってる。意識が無くなる直前、姫様が『治癒を使う』って言ってたのが聞こえた。魔法による治療をしてくれたのだろう。……倦怠感と喉の乾きが酷い。水がほしいな)
ベッドの上で包帯ぐるぐる巻きの体をゆっくりと起こし、水を求めて廊下に出る。しばらく歩くと、女性の鳴き声が近くの部屋から聞こえた。
「……うぅ……や、様……」
(この声は……サクラ姫?何かあったのか?)
心配になり、ノックして部屋の中に入ると、サクラはベッドの上で必死に泣かないように涙を堪えていた。
「サクラ姫……まだ、お休みになられていないんですか?」
「あ……てつや様ぁ……う……うぅ……」
ボロボロの庄野が視界に入り、心苦しさにサクラの涙腺が崩壊する。
「姫様、大丈夫ですか?……今日はもう休みましょう」
「……教えて、下さい。なんで、あんな無茶をしたんですか?」
「……俺のワガママです。姫様を侮辱したことが許せなかった。それだけです」
「どうして?」
「え?」
「どうして、それが許せなかったの?」
思いがけないサクラの質問に、庄野の心は波立った。




