第11話 酒 場 ~人の出会いは一期一会~
「ホントだって!森の中に奇妙な女がいて、ソイツに声をかけようとしたら、スライムと抱き合ってたんだって!」
「ギャハハハ!そんな淫乱女、このご時世にいる訳ねぇだろ!?スライムの前でズボンを下ろした男なら、ここに居るけどなぁ?」
「お?俺の『スライムにションベンかけようとして股間から侵入されかけた話』をまた聞きたいのか?」
「ダッハッハッ!その話、聞き飽きたわい!」
酒場件ギルドの中はまだ昼過ぎにも関わらず、ほとんどの者はできあがってる。歴戦の戦士に見える顔が傷だらけの男、全身をローブに纏う怪しい者、耳がやたら長い女性、皮膚の色が青や赤の二足歩行で歩くリザードマン、身長が腰までしかないが、庄野よりデカい斧を持つ小人、そしてほぼ全員が見たことのない武器を持っている。
(漫画やアニメで見たような異世界が目の前にある。純粋にこの世界を楽しむ余裕や童心があれば、ワクワクが止まらないんだろうが……現実主義者の俺にとっては、理解不能なものが目の前に広がっていて、不安と恐怖しかない。
しかし、情報を求めてここまで来たんだ。やれる事を1つずつやっていこう。まずはマスターっぽい人に話を聞いてみるか。)
庄野は建物の入り口に立っている。酒場件ギルドのマスターと思われる風格の男性は一番奥のカウンター席でグラスを拭きながら、年配のサリアン人との会話を楽しんでいる。そこに辿り着くまでの途中途中には酒に溺れて騒ぐ者達、怒号を上げながら何か談義をしている者達がその行く手を阻むように椅子を飛ばし、テーブルをダンダンと叩いている。
(……怯んでもしょうがない、行くか。)
意を決して、庄野の足を進める。騒ぐ男達、はしゃぐ女達を掻き分け、何とかカウンター席が手に届くまで近づいたその瞬間、庄野の真後ろに位置するテーブル席から怒号と共に、全身が岩に覆われているような者が立ち上がった。
「かぁーーー!貴様ら、何も分かってないわ!ガラの英雄であるこの俺が!まずやつの動きを止める!何が問題なんだ!」
(何だこの岩男……滅茶苦茶デカい……ッ!3メートルは在るんじゃないか?)
同じテーブルにはもう二人。一人は鋭い歯が並んでおり、肘にヒレのような突起のある、長い槍を数本背負っているサメのような顔立ちの男性、というかサメ男。もう一人は、銀色の短い髪で整った顔立ちをしている、ゴツい鎧を纏った女性であった。
怒号を放つ岩男をなだめるようにサメ男が意見する。
「へっ。止めるったって、どうやるんだよ。」
「当然ッ!俺の土魔法でその足を掴んでだなぁ……!」
「おいおい……今回の獲物は空を飛んでるんだぜ?いくらあんたがガラの英雄でも、空を飛ぶ相手に土魔法での拘束は不可能だろ。」
「ぐぬぅ!全くその通りだ!ガッハッハ!」
岩男は大きく笑い、ドスンと椅子に座った。今度は鎧を纏った女性が口を開く。
「ヤツは人間、特に子供を好んで喰らう魔物だ。既に10人が犠牲になっている。サリアン国としてもこの問題は早期に解決する必要があると考えている。しかし……。」
「国王は明日中に討伐しろって言ってるんだろ?いくら俺達が実力者揃いって言っても、限度があるぜ。」
「だが、この問題を放っておくことはできない。作戦決行は明日、これは譲れない。今日中に勝てる作戦をたてる。そのために、この酒場で勝利を確実なものにする人材を見つけるんだ。」
3人は会話を終えると、酒場にいる酔っぱらい達の方をキョロキョロと見渡しながらチマチマと酒を飲み始めた。
(……大変そうだな。手伝ってやりたい気持ちはあるが、俺はその話には入れない。魔法も使えない最弱の自衛官だからな……。)
重い空気が張り詰めるテーブルを過ぎ、カウンター席に座ろうした矢先、先程のテーブル席に座っている鎧を纏った女性が庄野に向かって声をかけてきた。
「おい!待て、そこのお前。」
(……俺の方を見てるのか?いや、俺の向こうにいる人だろう。誰に話しかけたんだ?)
庄野は鎧を纏った女性とは反対方向に目をやるが、そこには誰もいなかった。
「おい、聞こえてるのか?」
「……俺、ですか?」
心の底から『勘違いであってくれ』と強く願いながらも、庄野は一応確認をする。
「お前以外、誰がいる。こっちに来て座ってくれ。」
「……。」
庄野はイソイソと円形のテーブル席に座らされる。左には岩男、右にはサメ男、正面には鎧女が座っており、三人が庄野の顔をまじまじと覗き込んだ。
「あの……何か?」
「お前、庄野哲也だな?」
「かぁーーー!あの!噂の異界人かぁ!?」
「へぇ。あんたが噂の。思ったより、普通の人間なんだな。」
「……噂の?」
何の話か分からず混乱する庄野に、鎧女が話を始めた。
「先日のドラゴン使いとの戦い、魔法やスキルを一切使わずに無力化したな。その磨かれた技術とコピードールを巧みに使う戦略、ただの素人が出来ることではない。かなりの修羅場をくぐってきた猛者だと噂になっているのを知らないのか?……まぁいい。
そんな事より、単刀直入に述べる。手を貸してくれ。」
「おぉ!頼むぞぉ!」
「なるほど、魔物相手と言えば異界人。決まりだな。」
「ええっと……話を聞いてくれますか。」
庄野は3人に『自分は魔法が全く使えない』ということをしっかり説明した。
(これで分かってくれるだろう。)
「そうか、だが相手は魔法使いじゃない。魔物だ。むしろ問題ない。」
「そうだぁ!魔物相手なら異界人の方が強いぞぉ!!」
「強い魔物ってのは往々にして魔法耐性が高くて、物理耐性が低い。だから、異界人の方が適任なのさ。」
(……逆に断れなくなってしまったな。どうしたもんか……。)
庄野の心配を他所に3人は話を進める。
「討伐対象はこいつだ。全長は10メートル近くあって、飛行能力を持つ魔物だ。」
「こいつはな!強力な顎で人間を補食する危険な魔物だ!」
「厄介なのは回避行動だ。どこから攻撃しても避けてきやがる。まるで全方位見えているようにな。」
「……んん?」
(え、これって……。あれだよな。)
庄野は何とも言えない顔をして、声を漏らしてしまう。庄野はこの魔物をよく知っていた。あわよくば捕まえる方法すらも知っていた。
「お前!知っているんだな!この『オニトンボ』の正体を!」
「かぁーーー!さすが、さすがだ!教えてくれ!『オニトンボ』について!」
「異界人は物知りだと聞いたが、『オニトンボ』についても博識があるとは、恐れ入るね。」
「違う!『オニヤンマ』だ!こいつは!!」
自衛官は細かい言い間違いですら嫌う習性がある。庄野哲也もそれは同じ。『オニヤンマ』を言い間違ってる事を訂正したくなり、我を忘れて叫んでしまった。
(……やっちまった。『知らない、対策を練るのは難しい』と断れば何事もなく会話は終了したのに……。『この生物の正体を知ってます』と公言したようなもんだ。)
突然庄野が叫んだ事に三人は驚き、しばらく固まっていたが、鎧女がその静寂を破った。
「名前はどっちでも良い。こいつについて知ってる事があれば何でも教えてくれ……頼む!
仲間が、家族が、友人が、目の前で喰われた奴もいる。私もその一人だ。我が国の大切な民を目の前で喰われた。やつを倒したいんだ!どうしても……。」
鎧女は頭を下げて懇願する。
庄野は下を見て、黙り込んだ。
(……俺は、何のために生きている?何のために自衛隊に入った?簡単だ、誰かのためになりたいからだ。
巨大トンボに苦しんでる人々がいる。それに目を背けちゃ、自衛官失格だもんな。
勝てる勝てないは後になって考えればいい。できる事をやろう。)
庄野は紙とペンを出して、対オニトンボの作戦を紙に記した。
「これで行けると思います。」
庄野の記した作戦を目にして、三人は目を白黒させたり、低い声で唸ったりしている。
「……ホントにいけるんだな?いや、すまん。これでいこう。」
鎧女は明らかに不審に思っている様子であるが、最後には賛同した。
「かぁーーー、こんな方法があるのかぁ!」
岩男はよくわかってなさそうだが、同意はしている様子である。
「まぁ、やれるっていうんならやってみようぜ。他に方法も無ぇわけだし。」
サメ男は庄野を信用しているのか、諦めているのか定かではないが、作戦には反対していなかった。
(こんな簡単に俺の言う事を信じて作戦を決定して良いんだろうか?もっと比較するような作戦もあるだろうに……。)
不安そうな顔をする庄野に、鎧女が話しかけた。
「そんな顔をするな。たとえ失敗しても、生きて帰ってもう一度策を練れば良いだけだ。」
「そうですね……えっと……。」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。私はデル。サリアン国の護衛兵団長だ。」
鎧女は丁寧に頭を下げた。
「俺はボラブ!ガラ国軍の副隊長だ!よろしくなぁ!庄野ぉ!」
「はぃ、ぐふぁ!……よろしく、お願いします。」
岩男は笑いながら庄野の肩をバシバシと叩いた。
「俺はリー・チャン。出身はソーラ国だ。リーで良いぜ。よろしくな。」
「はい、よろしくお願いします。」
サメ男は友好的に庄野と握手をした。
3人と別れ屋敷に戻った庄野は89式小銃の手入れをしていた。分解し、部品に異常がないか最後まで確認し、最後には照門を起こして見出しの練習を行った。
(明日はトンボ退治。念の為、装備は全部持っていこう。弾詰まり、なんて初歩的な失態はするわけにはいかないな。
……立った姿勢で銃を構え、理想の見出しになるまで約0.8秒。引き金を引く時間も合わせれば1秒ちょっとで初弾を発射できる、鈍ってはない。でも、相手は人間じゃない。トンボという名の空を飛ぶ魔物だ。照準してる暇を与えてもらえないかもしれない。最悪腰だめ撃ちでばらまいて、全弾使いきるぐらいの気持ちでやらないと、一発で殺される可能性もある。……油断せずにいこう。)




