第106話 天地管理 〜管理職って聞こえはいいけど、実務は想像の1000倍大変と思った方がいい〜
地獄と言ってもその表現は国や宗教によって様々であるが、『宗教的死生観において、複数の霊界のうち、悪行を為した者の霊魂が死後に送られ罰を受けるとされる世界』という共通点が存在する。どの国や宗教においても、生前における悪行は死後のペナルティとなる、という認識は同じであり、だからこそ悪い事はしないようにしなければならないという教えがあるのは周知の事実である。
ここで疑問なのは、「何を悪行とするか」という点である。例に挙げると、『自分が殺されそうになったので自分を守るために人を殺した』場合はどちらにあたるのだろうか。日本においては『殺人は罪である。しかしながら、正当防衛や緊急避難に該当すればその違法性は阻却される』という法律が存在するので殺人罪には問われない。しかしながら、人を殺したという事に変わりはない。違法性の阻却はあくまでも人間が勝手に作った法に則った話であり、地獄行きになるか否かについてまで人間が作った法律で判断されるのかどうかは別の話である。
では、誰が地獄行き、天国行きを決定するのか。そのための判断基準はどこの機関が設けているのか。正解はわからないが、この世界ではそういった機関となるものが存在する。地獄においては『閻魔大王』が死んで地獄側に来た人間の管理し、天国では『大天使』が天国に来た人間の管理をしている。『地獄の管理人 閻魔大王』『天国の管理人 大天使』と言えば、言葉としての聞こえは良いのだが、言ってしまえば各場所における『管理職』である。
部署の違う管理職同士の会話ともなれば、不平不満のオンパレードが始まるのが世の常である。
当然、この2名についても例外ではなかった。
「突然教えろと言われてもな……さっきの人間の何が知りたいのだ?」
疲れた表情の閻魔大王が気だるそうに質問を質問で返した。
「えーとね、あの扉を通ってどこに行ったのかなって。あそこの扉って、肉体が生きてて、魂だけがこっちに来ちゃった場合に送り返す所でしょ?どこに送ったのかなって。」
対象的に、大天使は一昔前の若い女性のようにキャピキャピと楽しげに会話をする。
「それを知ってどうする?」
「その人間とお話しようかなって!さっき閻魔ちゃんが人間から取り出した心の『闇』、普通じゃないでしょー?掴んだ数秒だけで閻魔ちゃんの右腕を侵食するなんて……私の見立てだと、地獄が1つ作れるくらい作れるんじゃないの?そんな闇を持ってた人間をどこにやったのかなって、気になるじゃない?」
「……それで、会って何を話すんだ?」
「んー、『次死んだら、天国に遊びに来ない?』ってデートにでも誘おうかなって。」
「どんな誘い方だ、全く。……そんなに余裕が無いのか?」
「アハハ……まぁねー。」
大天使はケラケラと笑い声は発するが、表情は全く笑っていない。
「『罪人は地獄へ、善者は天国へ』。その理論はわかるんだけどさー、天国に来てからも善い行いをするかどうかは別の話じゃん?生前に悪さをしてないからって天国に来るんだけどさ?やりたい放題するバカが最近増えてるんだよねー。処罰しても地獄に送るほどの悪行じゃないし、処罰してもまた悪さをして、またそいつを処罰して……ってのを繰り返して、どうにもならないんだよねっホントに!天国に地獄みたいな反省させる場所が欲しいって神様に言っても『天国はそういう場所ではない』ってさっ!昔あった監獄も取っ払っちゃうし、頑固爺だから罰の必要性を全然分かってくれないし、頭にきたから全員ミジンコに転生させてやったのッ!そしたらさぁー……神様にこっぴどく怒られてちゃったの……。」
「それで、あの人間を使うのか。」
「そう!体内に地獄を創れる程の闇を抱えたまま死ねる人間!私が天国に地獄を作ったら怒られるけどさ……勝手に出来たものはしょうがないじゃん?だからさー……ね?」
両手を合わせてカワイ子ぶる大天使に対し、閻魔大王は長いため息をついた後、不機嫌そうにドカッと椅子に座り、腕を組みながら答えた。
「お前の要望は理解できたが、奴は生前に人を殺しすぎている。いくら自分の命が失われる可能性がある危機に対して、自分の命を守るために行った殺人とはいえ、許されるものではない。お前がどれだけ確約をとっても、今のままではワシの所で審判を受け、地獄行きが確定だ。そのペナルティは残りの人生を全て使って善行をし続けても返済できるものではないぞ?」
「そっか……そうだよね。……ちなみに、どこに送ったの?それだけでも教えてよー!」
「教えても構わんが、厳密な場所は知らんぞ?」
「勿体ぶらなくていいから、早く早くー!」
「……元いた場所だ。」
「えっとー、日本にいたんだっけ?」
「ワシが言えるのはそこまでた。ほら、次が控えてるんだ。帰った、帰った。」
「何よー!ちゃんと教えてくれたって良いじゃない!ケチ!ヒゲオヤジ!」
悪態をつくと、大天使は光となって空の彼方へと消えていった。
(全く、ガキじゃあるまいし……。さぁて、あやつがあの人間を見つけるのが先か、寿命が先か、世界に殺されるのが先か。)
「閻魔大王様。次の人間が来ますこちらが経歴書です。」
「うむ。」
閻魔大王は紫爪楊枝から辞書のように分厚い書類を受け取り、目を通し、新たな罪人を待ち受けた。
ーーー
天国。平和という言葉の象徴とも言えるその世界ではちょっとしたことが問題になっている。『善人による愚行』である。生前まで真面目に生き、天国に来ればその先はもう何もない。だからこそ何をしてもいい、と生前に出来なかった悪行の限りを尽くす者が年々増加傾向にあるのだ。
いくら元は善良な人間であったとしても、今はやりたい放題をしている悪人である。処罰を下して天国から追い出せばいいのだが、現在君臨する神がそれを許さず、下される処罰も軽いものしかない。あくまでも天国にいる人間は天国内で処罰をし天国内で過ごしてもらう、というのが原則になっており、その甘々な規則がやりたい放題をするものを増加させていると言っても過言ではない。平和の象徴である天国は、今では半ばスラム街のような状態となっていた。
そんな天国に広がる大草原の真ん中にそびえ立つ、白く輝く『大神殿』には、大天使とその配下の天使が集まっていた。
「……って感じで良いかなー。探す人間の顔はこんな感じで、細かいやり方は皆に任せるからねー。」
大天使は大きな椅子に座りながら足を組み、人差し指に長い髪を巻きつけくるくると回しながら話を続ける。その目の前には背中から白い羽根が生え、全身に白い鎧を纏った数千人もの天使達が等間隔に整頓されて並んでおり、一人だけが列の前に2、3歩離れた位置に立って大天使と会話をしていた。
「とにかくさ、タイチョーは見つけたら私に教えてよー。焦んなくて良いから、確実に探してねー。」
「了解しました、大天使様。命令の確認ですが、例の人間を見つけ次第殺害、確実性を重視、以上で宜しいんでしょうか?」
『タイチョー』と呼ばれる列の前に立つ天使は機械のように淡々とした口調で話す。
「うん!殺しちゃって♡閻魔ちゃんは地獄に篭りっぱなしのヒッキーだから知らないだろうけど……私達が殺した人間は通常の死として認識されず、そのまま天国に送られるっていう、心が清らかなのに非遇な目にあった人間を救済するっていう、神様が与えてくれた素晴らしいルールがあるからねー!みんなで探して、見つけたら私の剣を彼の心臓にブスッと刺すだけ!さーち・あんど・ですとろーい!キャハハハー!
じゃ、よろしく〜。」
ケラケラと笑いながら、大天使は部屋を出ていった。
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