第96話 悲 壮 〜悲しみの 向こうへと〜
庄野は歩いた。ソーラを目指しているが、庄野は馬車を使わず歩いていた。魔石により脚力を強化して走れば半日で着く距離であるが、徒歩となると2日はかかる。殆どが平地であるが、険しい道のりである。
2日間歩くというと、陸上自衛隊幹部候補生学校で御馴染みの100km行軍がある(現在は時代の流れで80kmである)。1日50km(今は40km)を丸一日かけて歩く幹部候補生学校の集大成としても有名な訓練だが、重い荷物を持ってただ歩くだけの行為、これがとてつもなくキツイ。陸上自衛隊が不人気な理由の1つと言っても良い。レンジャー隊員のように厳しい訓練を重ねている方々や、体の大きい人の殆どは行軍は大した事のないものだと言う。しかし、体格に恵まれていない方や女性隊員は対照的である。しかし、体格に恵まれていないからと言って、辞めることは許されない。こればかりは気力でどうにかするしかない。行軍とはそういうものである。
庄野哲也は170cm近くある。どちらかと言えば体格に恵まれている方である。だが、コンディションは最悪である。ドラゴンと戦い、沢山の血を流し、休む間もなくサリアンから逃亡し、カスミに殴られ、見たくないものを見て、心も体もボロボロの状態でそのままソーラに向かっている。ドラゴンとの戦いから、まともに食事は愚か水すら飲んでいない状態での行軍。そんな状況でも、やらなければならない。それが自衛隊であると言ってもいい。
(サリアンとソーラを結ぶ馬車はある。教会とサリアンを結ぶ馬車もある。しかし、教会とソーラを結ぶ馬車は無い。
サリアンと教会が繋がっているのは、サリアンの子供を教会に連れていくため。ソーラと教会が繋がっていないのは、あえてだろう。
どのみち、呪いの影響で怖がられてしまって馬車には乗れなかった。徒歩で行くか。
・・・神父が言うには、俺の呪いを解く魔法は無いらしい。治す方法は1つ。解呪の魔石を手に入れる事。その魔石はとても希少なもので、出回っているものを買うなら豪邸一個買うくらいの金が必要らしい。そもそも、魔物の姿に見えてしまう俺には働くことは出来ないから、購入するという方法は不可能なわけだが・・・。他の方法としては、持ってる富豪から譲ってもらうか、直接その魔石が存在するという『岩の国』で採取するかしかないらしい。
・・・俺ができる方法としては、岩の国を目指すしかないだろう。
だが、その前に・・・反逆者達と決着をつける。このままサリアンが奴らの手に落ちているままにしてはおけない。今はどこかにいる、サクラ姫とアルフさんが帰る場所を返してもらわないとな。)
庄野は歩いた。50分歩いては10分休憩。50分で歩く距離は約4km。普通に考えればとても遅い速度だが、丸1日歩き続けるならそれくらいのペースでないと身体がもたない。何より、庄野は食料を持っていない。当然、水も持っていない。そんな状態で何十キロも歩くのは自殺行為である。故に、体力の消耗を限りなく抑えるため、ゆっくり進む方が距離を進める事ができる。
水も全く無い訳ではない。ソーラに向かう途中に川がある。が、川までは丸1日歩かなければならない。つまり、丸1日飲まず食わずで歩き続け、川を超えたあとも丸1日飲まず食わずで歩き続けなければならないのだ。
(ふぅ・・・流石に疲れるな。だが、レンジャーの時のような山を歩くわけじゃないし、特戦の時のようなわけのわからない場所を歩くわけじゃない。
ゆっくりで良い、急がなくていい。目的地に着けばいい。
それが今の俺が果たすべき『任務』だ。)
庄野は・・・歩いた。
1日目の夜。
目的地である川に到着しその近くで野営(野宿)した。
2日目の朝。
空腹を水でごまかした。たらふく飲み、ガントレットを外して水筒代わりにして進んだ。
2日目の昼。
猛暑により、水をすぐに飲みきった。しばらくすると、体が動かなくなった。足や手の震えが止まらなくなったので、道の途中の木々の下で休息をした。
2日目の夜。
日中に歩けなかったので、夜間に歩いた。日中に休んだとはいえ、披露はピークを超えた。庄野の視界はぼやけ、意識は朦朧とし、近くの草むらを共に歩く仲間と錯覚を起こし、草むらに話しかけながら歩いた。
3日目の朝。
目的地であるソーラまで残り25km。庄野の血は全く足りていない。歩きながら意識を失った。
3日目の夜。
気力だけで歩いた。他に残っているものは無かった。
4日目の朝。
庄野はソーラに辿り着いた。口の中は渇き、足はガクガクと揺れ、まっすぐ歩けていない。
(着いた・・・。み、水・・・みず・・・。
・・・なんだ、これ・・・。)
水が欲しいという欲求が吹き飛ぶ程、庄野は衝撃を受けた。ソーラの街並みは全く残っておらず、あるのは分厚い鉄板で固められた要塞であった。
(ソーラは他の国と違って海岸線に位置している。魔王軍と戦闘になった場合、海から来る事が予想される。それを見越して街ごと要塞化しておけば、海岸からの攻撃に耐えられるってわけか。
・・・らしくないな。カエデ女王なら、ソーラが魔王軍との戦いの要点になると考えはしないと思ったんだが。
別の意図があるとしたら・・・恐らくは・・・。)
庄野は自分の持つ疑問を晴らす為に、そして、水と食料を貰うために門に近づき、中に入ろうとする。門の前に来ると、武器を構えた門番が立ち塞がる。
「止ま・・・ば、化け物ぉ!来るなぁ!衛兵!敵襲だ、警鐘鳴らせぇ!」
「・・・水と食料を分けてくれ。それだけ貰えたら帰る。」
「・・・なんだ、お前?!俺達と同じ言葉を喋るなぁ!」
「そんな事で叫ばなくても・・・ぐッ!」
ガァン、ガァンと鐘が鳴ると同時に、庄野は後方に吹き飛ばされた。庄野の鼻からは血が出ている。
(何だ・・・?殴られたのか?)
「チッ。たまたま門の近くにいたから来てみたらよぉ・・・気持ち悪ぃのがいるじゃねぇかッ!」
門番の後ろには男が立っていた。長い槍を片手に持つその男を庄野は良く知っている。
「リー・・・さん。」
「あ?誰だ、テメェ?俺のこと知ってんのか?
悪いが、お前みたいな気色悪い魔物の知り合いはいねぇよ。」
ぶっきらぼうなセリフと共に、槍を庄野に向ける。
「・・・ハハハ。」
「何笑ってやがる、気味が悪ぃ。とっとと消える気が無ぇなら、ぶち殺してやるよ。」
「やめなさい、リー。」
聞き覚えのある少女の強気な声がリーを止めた。
「・・・理由を教えてくれよ、カエデ女王。」
「その魔物は呪い付きよ、殺しちゃダメ。殺した相手に呪いを与える醜い魔物だから。魔法で吹き飛ばして、ずっとここに入れないようにすれば良いわ。」
カエデの手から大量の水が溢れ出る。その水は滝のような勢いで飛び出し、地面を削っていき、庄野を遠くまで吹き飛ばした。
「ガボッ!ゲホッ、げほぉッ・・・。」
「人間みたいな反応をするのが上手ね。そんなに上手なら、お話できるかしら?」
カエデは光を放つ白い札を手に持ち、庄野に歩み寄った。
「カエデ、女王、俺は・・・。」
「私の質問に答えて。何が欲しいの?」
「・・・水と、食料。」
「それを貰ったらここには近づかない?」
「・・・はい。」
「じゃあ、自分の口で言って。ここには近づかないって。」
「ここには、近づきません。」
庄野の言葉を聞くと、カエデの手に持つ白い札は光を失った。
「・・・はぁ。おバカさん。」
ため息とその言葉だけを残して、カエデは庄野に背を向けて門の中へ入っていく。
「・・・あの、水と食料は?」
「あげるなんて言ったかしら?」
子供のイタズラのようなやり取りに苛立ち、庄野は立ち上がってカエデの肩を掴もうとする。
カエデに近づくと、庄野は水で流された最初の位置に戻っていた。
「・・・え?」
「馬鹿すぎる魔物ね。魔法を全く知らない世界からでも来たの?
あなたは『契約魔法』をかけられたの。契約は言葉によるもの。あなた、自分でここには近づかないって言ったでしょ?だから近づけないの。あと、どんな魔法を使っても解除は出来ないし、解除は難しいわよ?互いにこの契約を破棄する意思がないといけないから。契約は言葉だけでも良いんだけど、破棄は心から破棄するって思わないといけないの。
あなたが素直で頭の悪い魔物で良かったわ。
わかったなら、ここから去りなさい。」
リーとカエデは門の奥へと消えていった。
気がつくと、門番らしき人物も消え、誰もいなくなった。
(・・・しょうがない。とりあえず、近くの森に行って食料でも調達しよう。腹ごしらえをしたら、サリアンに向けて出発して、トレーターズと戦う。)
庄野は、歩いた。ソーラの近くには小さな森がある。そこに入ると湖があり、その近くには実がついている草木が何本もある。庄野はそこで給水と食事を行った。
庄野は考えた。どうして自分がこんな目にあっているのか。人間として見られる方法は無いのか。考えても考えても何も思い浮かばず、出てくるのは涙だけだった。
どう足掻いても、呪いを解除するまでは人間として見てもらえない。その事実に湧き上がる感情は黒いものばかり。悲しみ、苦しみ、怒り……様々な感情が庄野哲也という人間を徐々に黒色に染めていく。
(どうして、俺は・・・こんな目に合わなければならないんだ。
トンボを倒して、魔石事件を解決して、魔王軍の一人を倒して、災害の人命救助をやって、アパッチを退けて、・・・左手と左足と使い魔を奪われて、人間として見られることが無くなった。
自衛隊だからか?自衛隊は嫌われて生きていかなくちゃいけないからか?自衛隊がやってる事は褒められちゃいけないからか?自衛隊が誰かの為に手や足を失うのは当たり前の事だからか?
わかった。
世界が俺をそう見るんなら、俺もそういう風に生きていこう。
例え、元の姿に戻ったとしても、俺はそういう風に生きていこう。
俺はもう自衛官として生きない。
魔物だ。
醜い魔物として生きていこう。)
庄野はそのまま、深い眠りについた。




