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7 六歳の王子と「飛ばしすぎの」守護精霊

「これから、魔力測定の儀式をとりおこなーう! まずは、サリム! 前に出ろーう!」


 村長さんの大きなしわがれ声に、ざわついていたこどもたちの顔に緊張が走る。


 村長さんの家の前には、たくさんの人が集まってきているが、今年六歳になった村のこどもは全部で八人。ほとんどがやじ馬というか、見物人だ。


 娯楽の少ないこの村では、魔力測定はお祭りみたいなものだ。魔術師が取り出した、水晶のような球を拝んでいる人だっている。


 六歳児のリーダー格であるサリムが、恐る恐る差し出した手に、握りこぶしほどの大きさの球がのせられる。集まった人たちのごくりとツバを飲み込む音に混じって、ルイの鼻をすする音が、場違いに響いた。


 ミレーヌがひじでドン、とルイの脇腹を突いた。


「うぅっ」というくぐもった息が、ルイの口からもれる。昨日から、ミレーヌはルイにおかんむりだ。ルイが何かを隠していることを、ずーっと怒っているのだ。


 まあ、それもそうだろう。二日前まで金色だった髪が、昨日、いきなり銀色に変わっていたのだ。ビックリだ。しかも、夏だというのに、風邪を引いていて顔が赤いし、鼻水もとまらない。


 にもかかわらず、何度ミレーヌが聞いても、「わからないよ」と、ルイは首を振るばかり。ルイの母親であるハンナにも聞いてみたのだけど、「どうしたのかしらねぇ? ミレーヌちゃん、聞いてみて」と逆に頼まれる始末。


 積もり積もった不満が、ひじ打ちとなって炸裂、といったところだろうか?


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一昨日の夜、わたしは小さな水の精霊を何匹か呼び寄せて、ルイの髪を染めようとした。


「えー!? なんでー!? なんだって、髪の色を変えないといけないのー!?」


 そう叫んで、必死に抵抗したルイだったけど、わたしの『ハゲるから』という一言で、あきらめて素直になった。


『守護精霊の力をたくさん使うと、どんどん髪の毛が抜けていくんだよー。でも、水の精霊さんの力で、髪の毛を染めておいたらハゲずに済むからねー』


 という、わたしの大ボラをルイは真に受けたようだ。ふふふふっ、ルイったら。風の精霊であるわたしの力を見せつけたから、信頼度がアップしたんだね。と、ホクホクしているわたしを素通りしたルイが、パシャッと水を跳ねながら、ひざまずいた。


「ボーデの精霊様のお力を貸していただけるなんて、ありがとうございます、ありがとうございます」


 ルイは胸の前で手を組んで、全身を打ち震わせながら、水の精霊さんに感謝を捧げた。顔中を赤く染めていたけど、今度は水の精霊さんから目をそらさなかった。


『ふふふふふふっ。あらあら、いい子じゃない』


 何が琴線に触れたのだろうか? 水の精霊さんは得体のしれない含み笑いを、わたしに投げかけた。


 正直、イラッとしたが、まあしょうがない。年寄りは敬わなければと、わたしもひきつった笑みを返した。


 それに、ルイの髪を染めてもらうまでは、機嫌を損ねるわけにはいかない。そのくらいで、ルイが王子様と双子であることを隠せるかどうかわからないけど、何もしないよりはましだ。


 わたしは内心のいらだちを隠して、小さな水の精霊を手招きした。ついでに、まわりにいたちびっこ精霊も呼んで、総勢二十匹がかりで、ルイの髪を染め上げた。


 ただ、染めたというよりは、色が抜け落ちたというほうが、正しいような気がする。金色の髪はあっという間に銀色になり、ついでにルイは風邪を引いた。


 たぶんだけど、頭を湖に突っ込んだせいだろう。夏とはいえ真夜中だ。思った以上に、冷たかったようだ。


 ルイにはまだ教えてないけれど、二週間ほどしたら、また同じことをしないといけない。


 水の精霊ができるのは、生えている髪の色を抜くことだけ。新しく生えてくる髪は、金色なのだ。


 冬になれば、どうなることやら。わたしは問題を先送りにした。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おおおおおー! 光ったー! うんうん、申し分ない! 属性は土! ミレーヌとやら、そなたを魔術師候補生として領都へ迎えよう!」


 茶色のローブを着た年老いた魔術師が、口からツバを飛ばしながら、大きな声で宣言する。同時に、集まっていた村人たちから大歓声が上がり、辺り一面騒然となった。


 祝福ムードで盛り上がる中、ミレーヌが茫然と立ちすくんでいる。


 顔中を笑いとシワで埋め尽くした村長が、ミレーヌの腰をガシッとつかんで高々と持ち上げた。我を忘れているのだろう。そのまま、グルグルと回り出した。


 いつまでも終わりそうにない、歓喜の渦から抜け出した魔術師が、ちょいちょいとルイを指差した。ルイがまだ魔力測定を受けていないことを思い出したのだろう。


 誰も彼もが、ミレーヌを讃えようと群がってるかたわらで、ルイの差し出した両手に、透明の球がちょこんと乗せられた。


 遅れまいと、すーっと伸ばしたわたしの手が触れた瞬間、その球は――


 ――光らなかった。


 そのかわり、突如、球から巻き起こった風が、高く空へと立ち昇った。


 魔術師が、あっけにとられたような顔で、全身を硬直させた。それまで、大喜びして飛び跳ねていたこどもたちも、動きをとめた。


 さっきまでの騒然としたお祭り騒ぎが、一瞬にしてお開きとなった。


『あれっ? 光らないね。まずったかな……』


 空の彼方へと飛んでいったつむじ風を見送りながら、どうしようかと首をかしげた、その時。


「おおおおおおー! こんなことが! いやいや、ありえん! そなた名前は!?」


 球を手に乗せたまま、カチンコチンに固まっているルイの肩を、勢い込んでガクガク揺さぶってくる魔術師。その剣幕にたじろいだルイは、言葉を忘れてしまったかのように、あわわわと唇をふるわせた。


「ルイです!」と近くにいた男の子が、ひっくり返った声で叫んだ。


「うむ! そうか! ルイ! 合格だ! 属性は風! 魔術師候補生として、領都に来なさい!」


 お開きとなっていたお祭りが、再び始まった。

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