5 六歳の王子に「ないしょばなしをする」守護精霊
ルイは困ったような、照れたような表情を浮かべた。わたしをまっすぐにとらえていた視線が、つながれた手に向けられる。
「しゅご、せいれい、って……」
首をコトンと傾け、かろうじて聞き取れるほどの、息のような声を吐き出した。
「……なに、それ?」
うーん、やっぱりそうなるかー。思っていたとおりのルイの反応に、わたしはこっそり溜め息をついた。
まわりをぐるっと森に囲まれたこの小さな村では、魔術師ですら一年に一度しか見る機会がない。守護精霊などという、さらに希少なものは、話題にすら上らないのだ。
でも……と、わたしを気を取り直してルイに微笑みかけた。
『ねえ、ルイ。ボーデ湖に住んでいる水の精霊さんのことは知ってるよね?』
「うん、もちろんだよ。ボーデの精霊様だね」
ルイは当たり前だと言わんばかりに、大きくうなずいた。
この村を含むボーデ湖周辺は、水の精霊さんのなわばりだ。この辺りに魔獣と呼ばれる凶悪な生き物がいないのは、水の精霊さんのおかげだ。
魔獣は人や動物だけではなく、ちいさな精霊をも食べてしまうので、すべての生き物にとって天敵にあたる。
雨が降ると、水の精霊さんは湖から外に出て、なわばりに入り込んでいる魔獣をバッタバッタと倒してまわる。
水の精霊さんはなわばりを守っているだけなのだけど、村の人たちにとっては魔獣から村を守ってくれるありがたい存在なのだ。
一年に一度おこなわれる精霊祭では、村をあげて水の精霊さんに感謝を捧げる。
ということは、水の精霊さんと友達のわたしは、たぶんだけど……えらいはず。
わたしは自信満々にルイに顔を近づけた。
『水の精霊さんはこの村を守ってくれてるよね。ああいった精霊がふつうの精霊で、わたしは守護精霊。ルイの魂と結ばれてて、ルイを守ってるの。どう? すごいでしょう?』
えっへん、と自慢げに胸を張ったわたしを見ながら、ルイはぽりぽりと頭をかいた。
「へー、すごいんだねー」と無感動な声を発するルイに、わたしは大きくうなずいた。
『うんうん、信じられないよね。いいよ、信じなくても。ただ、ルイが守護精霊持ちだってことは誰にも言っちゃダメだよ』
これっぽっちも、わたしの言うことを信じていないのだろう。ルイは大慌てでブンブンと首を横に振った。
「言わないよ、そんなこと――」と言いかけたルイに、わたしはぐいっと顔をくっつけた。
『黙っていてくれるなら、魔力測定の球をわたしの力で光らせてあげる。そうすれば、ルイは魔術師候補生として領都に行ける。どう?』
ルイの肩がビクンと跳ねた。一歩後ろに下がって、わたしを疑わしそうに見つめた。
とがらせた口先から、不信感と一緒にいらだちがこぼれおちる。
「それって……どういうこと? ぼくには魔術師になれるほどの魔力がないってこと?」
『ちがうよ。わたしはルイの魔力を使って生きてるの。わたしが生きていられるのはルイのおかげ。でも、そのせいでルイは魔力測定の球を光らせることができない。だから、わたしがルイの代わりに光らせるの』
「そんな話、信じられるわけが――」
眉をキュッと寄せて、わたしに詰め寄ろうとしたルイのからだが、ふわっと浮いた。ルイにとって、わたしは見知らぬ女の子だ。わたしの言うことなんて信じられるわけがない。
『どう? これがわたしの力。わたしは風をあやつれる。どこにだって飛んでいける。もちろん、ルイも一緒にね』
あわわわ、と唇を震わせながら、ルイは空中で手足をわたわた動かした。驚いたニワトリたちが、コケコケと小屋中を翔け回り、辺り一面に白い羽根が舞い飛ぶ。
「お、お、おろして」と涙目で声を絞り出したルイに、わたしは手を差し伸べた。
『これで信じてくれた?』
カクカクと頭を小刻みに動かしながら、ルイは恐る恐るわたしの手を取った。キョロキョロと足もとを見ながら、何度か地面を踏みしめた。
それから、ようやく安心したように、ふーっと息をついた。
と、その時、小川をはさんだ畑の向こうで、「あー!」と大きな叫び声があがった。
「ルイくん、ずっるーい! 家の中はダメって決まってるでしょう!」
ものすごい速さで走ってきたミレーヌが、ニワトリ小屋の格子に噛みつかんばかりに、ルイを睨みつけた。
ルイは真っ青な顔をして、わたしをミレーヌから隠そうと、背中にかばった。格子越しに、バタバタと手を振って、必死にミレーヌに弁解する。
「ちがうちがう。ニワトリ小屋は家じゃないし、この子は何でもないし、なんでもないったら、なんでもない」
「えー! ニワトリ小屋だって家の中みたいなものじゃない! 今日はずっとルイくんが探し役ね! ずっとだよ! ずーっと!」
絶句してうなだれるルイを横目に、わたしは格子をすり抜けて飛びあがった。とたんに、ルイの目がまん丸になる。
『今日の夜、ルイの家に行くから、その時までに決めておいて。寝てていいよ。叩き起こしてあげるから』
目だけじゃなく、口までポカーンと開いたルイが、わたしとミレーヌに視線をいったり来たりさせる。
『わたしはルイの守護精霊だからね。わたしの姿はルイにしか見えないし、声もルイにしか聞こえないよ』
ミレーヌに責められ続けるルイに手を振って、わたしは湖に向かって飛んだ。