4 六歳の王子を「みぃーつけた」守護精霊
『ルイくん、みぃーつけた』
かくれんぼには決まりがある。村から出てはいけない。木に登ってはいけない。家の中に入ってはいけない。
その時、ルイはニワトリ小屋の中でわらをかぶっていた。微妙なところだ。家の中ではないけど、見つかれば「ずるーい」と、みんなに責められるだろう。
案の定、ルイはビクンと肩を震わせて、おどおどした顔でこちらを見た。そして、目をパチパチと瞬いた。
「えっ? あれっ? えーっと……どこの子?」
ルイの前に姿を現したのは久しぶりだ。この前会ったのは、二歳になる頃だっただろうか。
人のこどもは小さい頃のことを覚えていないと聞く。ルイにとって、わたしは初対面の相手なのだろう。
『久しぶりだね、ルイ。前に会ったのはこーんな小さな頃だったから、忘れちゃってるよね』
今よりチビッ子だった頃のルイを思い浮かべながら、わたしはニワトリ小屋の壁にもたれかかった。
「えーっと……そうなんだ。忘れちゃった……」
戸惑いながらも「ごめんね」と、小さな声でつぶやくルイ。
もじもじしながら、こちらに視線を送ったり、コケッと鳴くニワトリに目をやったりする姿が、かわいらしくてたまらない。
思わず、ポーッと見つめてしまったけど、そんなことをしている場合ではない。わたしはふるふると頭を振った。
『ねえ、ルイは魔術師になりたいと思ってる?』
ずっとルイを見守っているわたしには、答えなんてわかっている。それでも、ルイの口から、はっきりとした返事を聞かないといけない。
「もちろんだよ。魔術師になれば、魔法が使えて、いっぱいお金が貰えて、いろんなところに行けてだよ。それにそれに、みんなにすごいって言われるだろうし、お父さんやお母さんも喜ぶだろうし、なりたいに決まってるよ」
ルイは青い目をキラキラと輝かせて、わたしにぐっと身を寄せた。
うんうん、ルイは男の子だもんね。そりゃあ、憧れるよね。
ルイの笑顔がまぶしすぎて、わたしは思わず目をそらした。
『たぶんだけどね。ミレーヌは魔術師の候補生に選ばれると思うんだ。でもって、領都に行くことになる』
ルイは口をぽかーんと開けたまま、動きをとめた。
『ルイも行きたい?』
こちらをジト目で見ているニワトリに、拾ったワラを投げつけながら、さりげなく口に出した。
しばらくのあいだ、ボーッとわたしを見つめていたルイだったけど、ハッと我にかえって大きな声を出した。
「君って、誰なの? 村の子じゃないよね? どこから来たの?」
でも、かくれんぼの最中だということを、思い出したのだろう。慌てて声をひそめた。
「ひょっとして、魔術師様のこども? もう、村に来てるの?」
魔力測定はあさってだ。なるほど、そう考えてもおかしくはない。
でも……と、わたしは首を捻った。
ルイにはわたしが人に見えるのだろうか? わたしのことを精霊だとは思っていないみたいだ。
『ねえ、ルイ。その……わたしってどういうふうに見えてる? 人に見えるの?』
ルイは「えっ?」と小さな息を吐き出した。首をかしげて、じーっとわたしを見つめる。
「どう見ても、人だよね。ミレーヌと同い年ぐらいだよね。うーん、六歳ぐらい?」
今度は、わたしが『えっ?』と声を出した。
『人に見えるの? 男の子? 女の子? じゃあ、服はどうなってるの? かっこいい? かわいい?』
矢継ぎ早のわたしの問いかけに、ルイはたじたじになって、目線を宙にさまよわせた。
「女の子だよね。ワンピースだし。髪も長いし」
早口でそう言った後、照れたような顔で付け加えた。
「かわいい……かな?」
『……かな?』は余分だよ、と思いながらも、わたしは満面の笑みを浮かべていた。わたしには自分の姿が見えないから、たぶんだけど。
そうか、ルイにはわたしが女の子に見えるのか。しかも、ワンピースを着てるっていいよね。水の精霊さんはいつもハダカだからね。
まあ、風の姿って、とらえどころがないだろうしね。目で見てるわけでもないんだろうね。
ルイは守護主だから、頭の中でわたしのことを、かわいい女の子に置き換えてるのかな。だったら、理想の女の子あたりに思い描いてくれるとうれしいな。
ルイに会いにきた理由もすっかり忘れて、そんなことをボケーッと考えていると、いつのまにか、わたしの目の前で、ルイが腕を組んで突っ立っていた。
「黙ってないで、僕の聞いたことに答えてよ。君は誰なの? どこから来たの? ミレーヌが魔術師になれるってどうしてわかるの?」
いけないいけない。ルイがちょっと怒ってる。慌てて、わたしはルイの手を取って、精一杯の笑みを浮かべた。
『わたしは人じゃなくて精霊だよ。ルイの守護精霊。ルイと一緒に生まれた風の精霊だよ』