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32 十二歳の王子と「会議を見守る」守護精霊

 その日は、朝から雨だった。大きな会議室をぎっしりと埋め尽くした、お偉いさんたちから発せられる熱気と湿気が、結界で閉じられた空間をいっそう居心地悪いものにさせる。


 ずらっと並べられた、ふかふかのお高そうな椅子から立ち上がったご貴族様たちが、値踏みするような視線をこちらに送る。向かい合う形で、王妃とロベール、それにルイとシャルルが、さらにお高そうな椅子に腰を下ろした。


 どうやら、時間のようだ。影の薄い痩身の男が、王族と貴族の間でスッと背すじを伸ばした。一同の視線が向けられる中、顔中の骨という骨が、皮膚の下にくっきり見て取れるほどに痩せた顔が、頬をひきつらせながら口を開いた。


 進行役のモンフォール伯爵は、面の皮の厚そうな連中に向けて、薄い皮膚を見せびらかすように、開会の挨拶なるものを始めた。


 三日後に執り行われる、王太子の任命式典の打ち合わせという議題にはなっているが、実際には、この会議で、王太子を誰にするかが決まるそうだ。人の世で言う、権力闘争というものらしい。いつもながらの面倒くさい話だ。


 行方の知れなかった王子が、王都に帰還したこと。王様が重篤であることなどが、淡々と説明されていく。


 こんな息が詰まる場所には、長い間いられそうにないなと、わたしは大きな溜め息をぽふっと吐き出した


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 これまでにシャルルがルイに教えてくれたところによると、次期国王争い、つまり後継者争いは、ロベールを王太子にしようと目論んだ王妃派の、シャルル暗殺未遂でもって幕を開けたらしい。


「あれやこれやと不審なことが重なってね。祖父であるルカリヨン侯爵がわたしの身を案じて、ブルンヒョル辺境伯領で静養してはどうかと言いだしたんだ。ただ、それも火に油を注ぐというかね。もともと、王領貴族たちと領地持ちの地方貴族たちの関係は、良好とは言えなかったからね。真相を巡って両者に決定的な亀裂が入ってしまった。ロベールを推す王妃派と、わたしを担ごうとする地方貴族派と、漁夫の利を得ようとする四大公爵派といったところかな。最悪、王国を三分する内乱に発展するところだった」

 

 約束どおりというか、押し付けというか、王都に到着してからというもの、シャルルは暇を見つけてはルイにあれこれと教え込んでいる。息抜きにと言って始めた話も、あまり楽しそうな話ではなかった。

 

「そんな時、君と精霊様が現われた。王国にとって幸いだったと言うべきだろう。まっ先に動いたのは四大公爵家だ。自分たちが殺そうとした双子の片割れが、高位の守護精霊持ちだったことを知って、傍観するわけにはいかなくなったんだ。君が覚えていなくても、精霊様は決して忘れないだろう。味方につけなければ、身の破滅だ」


 何が楽しいのか、シャルルは笑顔のまま話を続けた。


「これに慌てたのがモンフォール伯爵だ。彼のことはわたしもよく知っているが、堅実で神経質な人柄でね。勝ち目のない争いからとっとと撤退して、ルイ支持を打ち出した方が、傷が浅くすむと判断したのだろう。すぐさま方針を転換して、王妃に内緒で王領貴族を口説いて回ったらしい」


 それにね、とシャルルはルイにうなずきかけた。


「モンフォール伯爵は、文官だからね。王位争いが内乱にまで発展することは、できれば避けたかったのだろう。モンフォール伯爵がルイ支持となると、王妃様と側近だけでは後継者争いに踏みとどまることはできないからね。おかしなことに、今や、ルイと精霊様こそが王妃様にとっての命綱なんだ」


 シャルルの言うとおり、たおやかな笑みを浮かべてルイを出迎えた王妃は、やれ晩さん会だお茶会だと、せっせとルイを招き寄せ、媚を売るかのように愛想を振り撒いた。


 ルイの前で王妃が笑みを途絶えさせたのは、ただの一度だけだ。


「それほどまでに、このわたくしが信じられませんか?」


 王都に来てからというもの、ルイを誘うと必ず一緒に付いてくるシャルルは、出てくる料理やお茶を片っぱしから魔道具を使って調べ上げる。シャルルが自分の目の前にいようと、いないかのように振る舞い続ける王妃も、さすがに思うところがあったのかもしれない。


 シャルルは魔道具を指し示して、いつものにこやかな笑みを浮かべた。


「ルイのためにと、新しく購入した毒感知の魔道具の性能を調べておりましてね。今まで感知できなかった微量の毒にも反応する優れものでして。王国でも再現できないかと、頭を捻っているところです」


 一瞬、その場の空気が凍りついたように思えたが、気のせいだったようだ。晩さん会はなごやかな雰囲気のまま終わり、部屋へと戻ったシャルルは、一刻も惜しいとばかりに家庭教師を再開した。


 ブルンフョル辺境伯の部下ということもあって、ルイはそれ相応の学問を修めている。魔獣を倒すためにあちこちに派遣されたため、辺境伯領内のことにも詳しい。だけど、王国内の他領や外国については、ルイはほとんどと言っていいほど知らなかった。


 シャルルが語る王国の置かれた状況というものに、ルイは熱心に耳を傾け、わたしは、ふわふわと漂いながら、そのほとんどを聞き流した。ただ、魔法の呪文よりはわたしの中に留まったようだ。


 どうやら、海の向こうに連合王国という島国があって、遠くの大陸に植民地とやらをいっぱい持っているそうだ。この前、乗った魔道車も、その島国で作られたらしい。


「連合王国で近年開発された魔道具は、長いあいだ保たれていた勢力図を、すっかり塗り替えてしまうほどの力を持っていてね」


 もはや癖なのか、シャルルは防音の魔法具を右手で撫で回しながら、溜め息を吐き出した。


「王国でも真似できないかと、いろいろと研究しているんだけどね。魔道車の動力部もそうなんだけど、分解すると魔法陣が消失する仕掛けが施されていて、今のところ、王国の魔術師には再現できないんだ」


 連日、朝の早いうちから、ずっとルイにかかりっきりのシャルルは、あくびをかみ殺しながら、なおも話を続けた。


 諸侯の連合国家だった隣国が、ひとつにまとまって帝国と呼ばれるようになったこと。そこの皇帝が魔道具の開発に莫大な資金を投入し、国力の増強を図っていること。さらに、王国の南にある山脈の向こうには連合王国と並ぶほどの海洋国家があって、などという話を、夜遅くまで、シャルルはルイに話して聞かせた。


 考えたこともなかった海の向こう国。大陸にあるいろいろな国の動向。ルイが王子様であったなら知っていたはずのことを、膝を突き合わせて教えるシャルル。これまでふたりの間にあった、見えない壁のようなものが、ずいぶん薄まったように、わたしには感じられた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ルイとシャルルにとって弟にあたるロベールが、尊敬の眼差しでもって、まっすぐに、祖父であるモンフォール伯爵の薄くなった後頭部を見つめている。ぽっちゃり体型ののんびり屋さんであるロベールは、祖父が大好きなのだ。


 ルイに対してもシャルルに対しても、のほほんとした笑顔を見せるロベール。その様子から察するに、この国では王様が死んだことを重篤であると表現することを知らないのだろう。


 第二王子ということもあり、ロベール本人は、王太子になりたいと望んでいるわけではないらしい。王妃とモンフォール伯爵はルイを王太子に推すつもりだけど、ルイは王太子になる気はないから、残るはシャルルのみだ。


 シャルルが王太子になって、ルイは村に帰る。ここまできたら、あとすこしだ。今後のことは、村でのんびり考えればいい。辺境伯領で守護精霊持ちの仕事をしてもいいし、村で畑を耕してもいいだろう。


 うんうん、待ち遠しいな、と思いながら、ふわふわ漂っていると、モンフォール伯爵がルイとシャルルに向かって胸に手を当てて、頭を軽く下げた。


 同時に立ち上がったふたりが、モンフォール伯爵のもとに、歩み寄った。双子をじっくりと見比べようと、貴族たちが目を皿のようにして、交互にふたりの顔に視線を送る中で、シャルルがモンフォール伯爵の持っていた拡声の魔道具をスッと掠め取った。


 モンフォール伯爵の薄い頬が、ひきつったようにつりあがる。会議が始まる前に聞いた話だと、たしか、ふたりが仲良く並んだところで、遅れて進み出てきた王妃がルイを抱きしめ、「よく戻ってきました」などと涙を流す手はずになっていたはずだ。


「よく、戻ってきてくれたね、ルイ」


 響き渡ったシャルルの声に、会議室を満たしていた好奇の目が、疑念の色に塗り替えられる。立ち上がりかけていた王妃が、その姿勢のまま、動きをとめた。


「陛下が――いや、父上が、今まではっきりと後継者を指名していなかったのは、君の行方が知れなかったからだ。父上はずっと待っていた。精霊様に守られ、公爵家の魔の手から逃れた君が、戻ってくる、その日を」


 でっぷりとした男が、椅子がガタガタと動くほどに体をふるわせ、あぶらぎった顔をゆがめた。たぶん、ルイを殺そうとした宰相の息子だろう。シャルルは軽く視線を送っただけで、悠々と話を続けた。


「王妃様はおっしゃいました。父上が意識のあるうちに、ロベールを王太子に指名した、と。たとえ、それが真実だとしても――」


 今度は、シャルルの背後で、ガタンと音がした。高貴な身分の方々がお集まりになっているにも関わらず、お行儀の悪いことだね、と振り返ると、蒼白な顔をゆがめた王妃が、中腰のまま椅子の肘掛けを握りしめていた。


「それはルイが父上のもとにいなかったせいです。もし、父上が意識のあるうちに、ルイと、ルイを守っている高位の風の精霊様に出会えたならば、どう言われたでしょう?」


 シャルルはそこで言葉を切って、ぐるっと会議室全体を見渡した。


「わかりきったことです。ルイこそが、父上の、いや――国王陛下の、唯一の後継者です。ロベールなどではなく、わたしでもなく、ルイこそが、王国に繁栄をもたらせてくれるでしょう」


 ルイの瞳が、不思議そうに何度か瞬いた。シャルルの発言の真意を問いただそうと、その唇がわずかに開いた、その時だった。最前列に座っていた四大公爵家のうちの三人が立ち上がり、ルイに向けてパチパチと拍手を送った。


 その音で、ハッと我に返ったモンフォール伯爵が、遅れまいとばかりに大きな拍手を響かせる。それを見てか、ようやく立ち上がった王妃が、今日一番の笑みをルイに送った。同時に、固まって座っていた王領貴族たちが、立ち上がって、惜しみない拍手をルイに向けた。


「それは、どういう……」


 ルイのかぼそい声は、ルカリヨン侯爵やブルンフョル男爵を含めた総立ちの拍手によって、かき消された。


 いまだに理解が追いつかないルイとわたしをよそに、ルイに向き直ったシャルルが満足気にうなずいて、拍手の渦に加わった。

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