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28 十二歳の王子と「盗み聞く」守護精霊

 青い瞳に深い悲しみをたたえて、小窓からじっと物言わぬ顔を見続ける女の傍らで、わたしは体をギュッと押し込めたまま、考えを巡らせた。


 陛下、とこの女は言った。陛下と呼ばれるのは、この国でたったひとりだけだ。ジョルジュ・ド・ノルドフォール。ルイの父親であり、ノルドフォール王国の王様。


 つまり、お高そうで、すぐ転びそうなドレスを身にまとった、この女の言うことがウソじゃなければ、王様はもう死んでるってことだ。あー、またムダだったか。来るんじゃなかったな。天を仰いだわたしの心を、ふっと風が吹き抜けた。


 次の瞬間、わたしは風が運んできた記憶の中にいた。辺境伯のお城の壁際にすくっと立っている大きな木の下。涼を運ぶ風が枝葉を揺らし、こぼれた陽の光がルイとミレーヌの顔を掠める。


「王様に会いたくないの?」と、ミレーヌは尋ねた。毎日毎日、ルイの心に釣り糸を垂れるかのように。ルイが何ひとつ返事を寄こさなくても、眉をひそめても、ピクッと頬を引きつらせても、嫌な顔をしても。


 ミレーヌがルイに問いかけていたのは、こういうことだったんだろうか?


 会ってみたいという気持ちもあるし、会いたくないって気持ちもある――ルイは、わたしに、そう告げた。


 でも、本心はちがったのかもしれない。人であるミレーヌの方が、ルイの気持ちをわかっていたのかもしれない。ひょっとして、ルイは王様に会いたかった? あの時、無理やりにでも、ルイを王城に連れてきていればよかった?


 潤ませた瞳の奥底で、ルイが本当に望んでいたことは、何だったのだろう? ルイが本当に伝えたかったことは、何だったのだろう?


 わたしは、おおきな、おおきな、溜め息を吐き出したくなるのを、懸命に抑えた。今いるのは、結界の中だ。すでに何度か、溜め息を吐き出したような気もするけど、できるだけ無駄な動きをしないほうがいいだろう。


 わたしは、飽きもせず小窓から王様を見つめる女に意識を戻し、そういえば、と首をかしげた。


 この女は何者だろう。年の頃はキアラと同じくらいだろうか? いや、どうだろう? もう少し上だろうか? 王様の家族って……うーん、わからないね。たしか、王様の父親と母親は、もう死んでるって聞いた気がする。姉? 妹? あとは、王妃? 


 ルイの顔と、箱の中の顔と、女の顔を、クルクルと頭の中で回していると、またしても扉が開く気配がした。扉の向こうで、痩せぎすで神経質そうな男が、胸の前に腕を回し、頭を下げた。鋭い眼差しをまっすぐ前に向けたまま、苛立ちを隠しきれない様子で、ツカツカと歩いてきた男は、女のすぐ後ろで冷えた声を響かせた。


「ヘレニウス公爵と会ったそうだな、マルグリッド。勝手なことをするなと言っただろう。何度言ったらわかるのだ」


 マルグリッドと呼ばれた女は、スッと背すじを伸ばし、とがった声を返した。


「勝手なことをしているのは、父上ではございませんか? わたしが、何も知らないとでも、思っているのですか?」


 マルグリッドといえば、たしか、今の王妃だ。そうかそうか、やっぱりそうか。ルイとこれっぽちも似てないもんねと、うなずいている傍らで、父上とやらが、ピクンッと頬を引きつらせた。


「おまえは何もわかっておらぬ。わたしはおまえの尻拭いをしているだけだ。このままでは、すべてを失うことになる。わたしは――」


 王妃の父親って、王領貴族のいちばん偉い人だったよね。たしか、モンフォール伯爵だ。うんうん、そうだそうだ、と思いつつ、わたしも、どうでもいいことに詳しくなったよねと、思わず肩をすくめた時だった。


「ロベールが!」


 モンフォール伯爵の叱責するような言葉を、王妃は大きくかぶりを振ってさえぎった。


「ロベールが王になれば、いえ、ロベールを王にせねば、それこそ、すべてが終わりでございましょう?」


「それができぬから、わたしが駆けずり回っているのがわからんのか。おまえは――」


 溜め息とともに苦々しく吐き出されたモンフォール伯爵の言葉を、またしても、王妃は鋭く押しとどめた。


「ルイとか言う、どこの生まれともわからぬ卑しい者を王太子にするために、駆けずり回っていらっしゃるのでしょう? 陛下のお子でもない者を王太子にするなど、正気の沙汰ではございません」


「おまえこそ、正気の沙汰ではないわ! 幾度となくシャルルの命を狙い、ことごとく失敗したあげく、カエルの身柄もセーデシュトレームに押さえられているのだぞ! 王位どころではないわ!」


 ルイの名前を忌々しそうに口にした王妃に向かって、思わず、風が渦を巻きかけたが、モンフォール伯爵のカエルという言葉で、スッと力が抜けた。まさか、王領貴族の親分からもカエルと呼ばれてるとは。さすがは、カエル男。いや、さすがはわたしと言うべきだろうか。わたしの物の見方も、ずいぶん人に近づいてきたよね、などと思ってる傍らで、親子ゲンカはなおも続いた。


「ヘレニウス公爵を味方に――」


「シャルルの命と引き換えに、ロベールを王太子として認める、という話であろう?」


「ご存知でしたか。では――」


「だから、おまえはバカなのだ。ヘレニウス公爵と一緒に心中する気か? あの八方ふさがりな奴と手を組むなど、天地がひっくりかえってもあり得ぬわ。シャルルとルイ、どちらが王になろうと、奴はおちおち寝ておられぬのだ」


 ヘレニウス公爵? ああ、ルイを殺そうとした奴か。いや、あいつは処刑されたはずだから、その息子か。ということは、ヒョロ男の兄弟か。やっぱりだ。ヒョロ男が絡むと、いつも話が面倒くさいほうに流れる。


「いえ、今度こそは、間違いなくシャルルを――」


「おまえというやつは!」


 モンフォール伯爵がまなじりをキッとあげて、大きな声を出した。それから、めまいでも覚えたのか、血の気の失せた顔を隠すかのように、こめかみをギュッと押さえた。


「これが最後だ。よく考えるがいい。すっかり状況は変わってしまったのだ。四大公爵家のルイ支持は、もはや、くつがえらぬ。高位の守護精霊などという厄介なものを敵に回せば、どのような目に遭うかわかったものではないからな。ヘレニウス公爵にしても、おまえを利用しようとしているだけなのだ。あの男を抱え込むシャルルが王太子になることだけは、阻止せねばならぬからな。約束が守られるなどと思うでないぞ」


「ですが、ルイと申す者は、陛下のお子として認められておりません。今後も、決して、認められることはございません。で、あるなら、王太子と認められるのは、ロベールかシャルルのみではございませんか? シャルルをルイから引き離し、亡き者にしさえすれば――」


 モンフォール伯爵が、くぼんだ目をカッと光らせた。


「まさか、ばれていないとでも思っていたのか、マルグリッド?」


「なにが、でございますか?」


「おまえの耳はずいぶん遠いのだな。陛下がすでに、お亡くなりになっていることは、四大公爵家どころか、遠くブルンヒョル辺境伯にも知られるところとなっておるわ。ゆえに、ロベールが陛下に王太子に任じられたなどと言ったところで、誰も納得などせぬ。陛下がルイをお子として認めていなくとも、シャルルと瓜ふたつなのだぞ。それに、双子の片割れが風の精霊に守られて逃げたことを知っている者は、決して少ない数ではないぞ」


 驚きのあまり息継ぎすら忘れたのか、一気に声を吐き出したモンフォール伯爵だったが、すっかり意気消沈した王妃の様子を見て、やれやれとばかり、大きく息を吸いながら、こめかみをもみほぐした。


「そのようなことすら知らぬとは、おまえの側近は本当に役に立たぬな。そのぶんでは、ルイとシャルルの一行の周りを、プレンナーの精霊様がウロウロしていることも知らぬのだろうな。よいか。一切、手を出すな。ラビアの災厄を知らぬとは言わせぬぞ」


 王妃はスカートをギュッと握りしめ、小窓へと視線を逃がした。釣られるように、視線の先を追ったモンフォール伯爵は、娘を思いやったのか、ふと口調を柔らかいものに変えた。


「今のところ、ブルンヒョル辺境伯はルカリヨン侯爵に義理立てして、シャルルの後ろ盾となってはいるが、それも時間の問題だ。ルイはブルンヒョル辺境伯の部下であり、ルカリヨン侯爵の孫なのだ。連中は公爵家と敵対したいわけではない。ルイを王太子にしても、連中の腹はひとつも痛まぬ。もはや、どう転んでも、ロベールが王位を継ぐ目はないのだ」


「ですが……」と声を絞り出した王妃は、小窓の中を見つめたまま、涙を浮かべた。


「シャルルが生きていれば、わたしやロベールは、それに、父上や母上に、モンフォール家は、いったい、どう……」


 今にも泣き出しそうな王妃の横顔を見つめながら、モンフォール伯爵はゆっくりうなずいた。 


「シャルルはわれらを許さぬだろうが、ルイであれはロベールの命まではとらぬだろう。ルカリヨン侯爵やブルンヒョル辺境伯より先に、ルイを王太子に推せば、恩に着せることができる。後手に回れば、取り返しのつかぬことになるのだ」


 王妃の瞳がふっと揺らめいた。


「せめて、シャルルをルイから引き離さなくては……」


「王太子任命式典までには、まだ間がある。今は、ルイと守護精霊の気分を害さないことが肝要だ――」


 いつもながらの面倒くさい話に、すっかり飽きてきたわたしは、ルイのところに帰ることにした。よくわからないけど、このふたりは、シャルルの敵ではあっても、ルイの敵ではなさそうだ。ルイは仕事が終わったら村に帰るのだ。王太子とかは、どうでもいい話だ。


 うん、帰ろう。スーッと移動して、結界の前まで来たわたしだったが、ふと、聞かなければならないことに、思い当たった。このふたりなら、当然、知っているだろう。わたしは、結界に影響が出ないように、やさしく風をふるわせた。


《ねえ、王様っていつ死んだの?》


「ひぃっ!?」


 そのとたん、王妃とモンフォール伯爵は、お互いを庇うように身を寄せ合い、緊迫した面持ちで辺りを見回した。

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