27 十二歳の王子と「忍び込む」守護精霊
王都まであと一日だ。昨日と今日の夕方、わたしはプレンナーの火の精霊に手を貸して、奴のなわばり周辺の魔獣を狩り尽くした。
王都トラーナスの近くは精霊のなわばりで囲まれているため、なわばりを広げる方向は限られているが、それでも、プレンナーの精霊は大はしゃぎだった。
中位の風の精霊に、挨拶程度の力しか貸してもらったことがなかったらしく、おこちゃまな火の精霊は、終始上機嫌で、ポッポポッポと炎を振り撒いては、魔獣を倒し続けた。
『ほんとーに、ありがとうございましたー。これからも、ぜひぜひ、よろしくお願いしますねー』
ホクホク顔で手を振ったプレンナーの精霊にうなずきを返し、わたしはルイのもとへと帰った。そして、ルイが仮眠をとるのを見届けてから、男爵の護衛をしているキアラに《ちょっと出かけてくるね》と声をかけて、夜の空を翔けた。
王都まではひとっ飛びだ。未明から夜が明けるまで、男爵の護衛をすることになっているルイに知られることなく、王都の様子を探って帰ってくることができる。ルイが王様に会いたいのかどうか、今ひとつはっきりしないけど、会うための準備はしておいた方がいいだろう。
親というものを持たないわたしには、人の親子の愛情というものがよくわからないのだけど、すくなくとも王様はルイの敵ではない。それどころか、ルイの一番の味方かもしれない。王様に挨拶のひとつもしておけば、ルイの敵が減るかもしれないということに、わたしは思い当たったのだ。
そうなると、気がかりなのは、王様の容体だ。シャルルですら、ずいぶん長い間、王様に会っていないと言っていた。重い病いにかかっているということだから、人に会って話せるような状態ではないのかもしれない。
明日の夕方には王都に到着するのだけど、前もって、王都の様子を探るついでに、王様がルイに会えるぐらい元気かどうか調べてみよう。
元気そうなら、ルイと会いたいかどうか王様に直接、聞いてみてもいいし、あまりにも具合が悪いのならば、それはそれで、ルイと会わせた方がいいかもしれない。
いずれにせよ、ルイに任せるだけではなく、わたしも動いた方がいいだろう。ルイの瞳に涙は似合わない。ルイの泣きそうな顔は見たくないし、泣かせるなんてもっての外だ。
王都へと続く街道に不審な影はないかと、キョロキョロと見回しながら、わたしは満月を背に闇を翔けた。
あっという間だった。峠の向こうに、王都がぼんやりと浮かび上がった。昔の記憶にあるよりも、はるかに明るく、月の明かりすら必要ないほどに、風の向こうから、大きな街が光をいっぱい届けてきた。
あんなに明るかっただろうか? わたしは首をかしげた。そういえば、ルイが生まれたのは、もっと遅い時間だった。
でも、ブルンヒョル辺境伯の領都など、比べものにならないほどの明るさだ。ああ、魔道具を使う家が多いのかもしれないな。
いずれにせよ、視界いっぱいにあふれる魔道具の光は、わたしたちを温かく迎えてくれるようなものには見えなかった。火の光は温かさを持っているけど、この光はそうじゃない。
ルイの故郷は、やっぱり、トロムス村だ。こんなところじゃない。そんなことを思いながら、わたしは密集した街並みをいっきに飛び越え、高い壁に囲まれた王城の敷地へと入った。
ブルンヒョル辺境伯のお城だって、ずいぶん立派だけど、王城は比べものにならないくらい大きかった。塔だってずいぶん高いし、ぜんぶで二十ぐらいあるだろうか。辺境伯のお城にある塔が、煙突に思えるほどだ。
六角形の外壁の隅にそれぞれ高い塔があって、その内側にも六角形の壁と塔。そのまた内側にお城がふたつ、通路でつながっている。お城にそれぞれ四つ塔があるから、うん、そうだね、ぜんぶで二十本だね。
えー、これ広すぎだよ。王様ってどこにいるの? わたしは、王城の中であたふたとさまよいながら、意識をあちらこちらへと飛ばした。
ブルンヒョル辺境伯のお城だと、たしか、辺境伯が寝てるのは……と考えて、ひらめいた。
辺境伯もそうだけど、お偉いさんの部屋は、たいてい騎士や魔術師が守っている。魔道具を使った魔法の結界だって張られているはずだ。
ということは……こちらだ。わたしは、魔力を探って、王城の奥へと翔けた。そして、魔術師が魔道具を使って魔力を送り込んでいる先にある、騎士に守られた立派な部屋に忍び込んだ。
風の精霊であるわたしは、わずかな風の通り道さえあれば、どこにだって入り込むことができる。だけど、部屋に一歩踏み込んだ先は、隣りの部屋から送り込まれた魔力で発動している、魔道具で守られていた。
ここに来るまでに見た、どの部屋よりも立派な装飾に手ごたえを感じつつ、わたしは壁に張りついた。気をつけた方がいいだろう。相手は王様だ。どんな仕掛けがあるかわからない。わたしは意識を飛ばして、魔道具を探った。
天井と床の四隅に配置してある八個の魔道具は、音を封じ込めるための物だ。うん、こっちは問題ない。だけど、その内側の八個は、侵入者を拒む結界を張っている。精霊であろうと、無理やり押し通れば、隣りの部屋で魔道具に魔力を流している魔術師に感づかれるだろう。
結界の間際までゆっくりと近づいたわたしは、ふーっと息を吹き込んで、小さく開いた切れ目から、そーっと体を潜り込ませた。
できるだけ体を小さく押し込め、部屋の中心に置かれた、人がひとりすっぽり入れそうな、金や宝石でコテコテに飾り付けられた豪華な箱に、意識を飛ばす。おそらく、この箱自身が魔道具だ。用心深く、小さな四角い窓から、箱の中をのぞき込んだわたしは、ぽふっと溜め息を吐き出した。
窓の向こうに見える、やせ細った顔には、生気というものがまったく感じられなかった。まわりにぐるりと置かれた二重の魔道具も、この箱も、この人を生かすための物ではなさそうだ。
ということは、この箱は、中に横たえられている人が、腐敗しないようにしているのだろうか。
わたしは、ぽふっと息を吐き出した。
こいつは、はたして、何者だろう?
生きているのならばともかく、こんなにガリガリでは、歳すらわからない。髪の長さや、チラッと見える服から判断するに、男の人だろう。
お偉いさんにはまちがいないけど、死んでるから王様じゃないよね。じゃあ、王様の部屋ってどこなんだろう? うーんっと考えこんでいると、背後で重厚な扉が開く気配がした。
うん? 誰か来た? と思って、じーっと見ていると、スカートの裾を長々と引きずった女の人が、扉の向こうで、ピンッと背筋を伸ばした。両手でスカートを軽く摘まみ、すっと膝を曲げて、頭を低くした。それから、衣擦れの音とともに、こちらに向かって、足を踏み出した。
と同時に、結界が開けられ、すすすすっと女がわたしの横までやってきた。女が四角い箱に寄り添ったのを確認したかのように、音もなく扉が閉じられた。再び、結界が閉じられ、わたしの目の前で、さっきまでツンとしていた女が、美麗な顔をゆがませた。
「陛下……」
小窓に押しつけんばかりに顔を近づけた女は、小さな唇から掠れた声をこぼし、華奢な指がきしまんばかりに、ギュッとスカートを握りしめた。




