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19 十二歳の王子と「トゲトゲの」守護精霊

 何もかもが面倒になったわたしは、王子様の着ていたコートを切り刻んで、顔がわからないようグルグル巻きにした。軽く脅して、王子様とヒョロ男を風で包み、木々の間をすり抜けるように、低空を翔けた。


 人目につかないように、山をひとつ迂回して、辺境伯領に入った。来る時に通った街道沿いにある、大きな木の枝にふたりを乗せて、逃げないように念入りに脅しをかけておく。ふたりがブンブンとうなずくのを確認してから、わたしはルイとキアラのところに戻った。


 ヒュランデル子爵家の騎士が何人か、領境を越えて入ってきている。キアラがなにやら真剣な表情で話し込んでいるのを横目で見ながら、わたしはルイを馬車の陰に呼び寄せた。


 王子様の顔を知っている連中が紛れているとやっかいだ。不審がるルイを無理やり馬車に押し込めて、様子をうかがった。


 ようやく子爵家の騎士たちと離れたキアラを捕まえて、これまた馬車に押し込めた。いったい何の用かと、眉をハの字にしたキアラの耳もとで、こっそりと風をふるわせた。


《王子様を迎えに行くから、馬車を出して》


 状況が理解できず、固まったままのルイとキアラの肩をポンと叩いた。


《このまま、ルイも馬車に乗っておいてね。ああ、それとね、子爵家の連中は敵だよ。王子様の護衛はやつらにやられちゃったからね》


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局、王子様のお迎えには、キアラとルイを含む数人だけで向かうことになった。隊列の最後にいた馬車に乗って、ガタゴトと来た道を戻った。


 王子様を迎えに来たのに、みんなが引き返すと子爵家の騎士に疑われてしまうらしい。脅したおかげか、おとなしく木の上で待っていたふたりを乗せ、あまり快適とはいえない馬車は、ギシギシときしむ音を響かせた。


 それから、ずいぶんと時間が経ってからだ。沈黙を破って、キアラが口を開いた。馬車に乗り込んでから、何ひとつ話さない王子様とヒョロ男に対して、我慢の限界がきたようだ。


「ヒュランデル子爵家からもたらされた知らせによると、長身痩躯で黒い髪と黒い瞳を持つ、王国最強の水の魔術師が、シャルル殿下のお命を狙っているそうです。あなたのことではございませんか?」


 ヒョロ男は青白い顔をゆがめて、キアラの目を見つめ返した。死の淵から舞い戻ったばかりだ。わたしにはくだらないことをベラベラとしゃべっていたけど、さすがに疲れたのかもしれない。軽く肩をすくめて、背もたれに沈みこんだ。


「お答えいただけないのですか? では、付け加えましょう。先の宰相エヴラール・ヘレニウス公爵の庶子であるラーシュ・オースブリンク殿。あなたは十二年前、シャルル殿下と一緒にお生まれになった王子殿下を殺害した実行犯だそうですね」 


 それでも返事をしないヒョロ男に苛立ったのか、キアラはいっそう眉をつりあげた。キアラの斜め向かいに座っている王子様が、困ったように目を瞬かせた。顔中にというか、頭中にぐるっと巻かれた布を、カリカリと指でひっかいた。


 緊迫した空気が流れる中、ルイがわたしに視線を投げかけた。


「軍団長殿。ひょっとして、精霊様に口止めされているのでは?」


 うん? ああ、そういえば、風で包む前に、しゃべらないようにって言ったっけ? ちょっと脅しすぎたのかもしれないな。わたしはルイに向かって照れ笑いを浮かべた。四人の真ん中で、風をふるわせる。


《すっかり忘れてた。王子様はしゃべっていいよ》


 王子様は視線を宙に走らせた後、斜め向かいに座っているルイをじっと見た。視線がちょっと上にずれているのは、髪の色がちがうのを不思議に思っているのだろう。


「精霊様。布は取らないほうがよろしいでしょうか?」


 王子様のくぐもった声に、わたしは天を仰いだ。どうしよう? 隠しておいた方がいい? いや、もう、難しいことを考えるのはやめよう。ぜんぶ、ルイが決めればいい。


《取っていいよ。そのほうが話が早いしね》


 王子様は座ったまま姿勢を屈め、頭と顔をおおっていた布を、くるくると手に巻き取った。ふーっ、という息とともに、頭をあげ、まっすぐにルイを見つめた。


 そのとたん、ルイがポカーンと口を開けて、王子様の顔に見入った。すーっと目を細めたキアラが、王子様とルイの顔に、何度も視線を走らせた。


「精霊様。ひょっとして、この子はわたしの双子の片割れでしょうか? 髪の色が同じであれば、鏡を見ているのではと思ってしまいますね」


 すっかり固まってしまったルイから視線を外し、キアラへと向き直った王子様は、おだやかな笑みを浮かべた。


「ここにいるラーシュ・オースブリンクはわたしの、いえ、国王陛下の忠実な臣下です。それに、ラーシュがいなければ、さらには、精霊様に助けていただかなければ、確実にわたしは命を落としていたでしょう。ヒュランデル子爵の手勢によって、わたしの護衛はすべて殺されました。彼らの言うことなど、何ひとつ信用なりません」


 大きくうなずいたキアラが、「そうでございましたか、では――」と言いかけたのを、わたしの声がさえぎった。


《ヒョロ男。はい、か、いいえ、だけしゃべっていいよ。おまえは王子様の味方なの?》


 ヒョロ男以外の三人の口が、「ヒョ?」という形で固まった。


「はい」と答えたヒョロ男に、三人の視線が向けられる。キアラだけが疑念の表情を浮かべた。


《ヒョロ男。おまえは十二年前に、ルイを殺そうとした?》


 ヒョロ男が能面のような表情のまま、「はい」と答えた。三人の目が驚きで大きく見開かれ、キアラが腰をすっと浮かせた。


《ヒョロ男。おまえは、今でもルイの命を狙ってるの?》


「いいえ」と答えたヒョロ男の髪を、わたしはつかみあげた。こいつに確認しなければならないことが、もうひとつ増えた。


《ヒョロ男。おまえはルイを殺そうとした宰相のこどもなの?》


「はい」と答えたヒョロ男の喉もとに、わたしは風の刃を突きつけた。


《やっぱり、おまえだ。おまえがいちばん面倒くさい。おまえがいなくなれば、ほんのちょっとだけど、わかりやすくなるんじゃないの? わたしの気持ちだって、ずいぶん、すっきりすると思うよ》


 息すらできないほどに、ヒョロ男を押さえつけ、ルイを振り返った。


《ねえ、ルイ。こいつは赤ちゃんだったルイを殺そうとした。こいつと宰相がいなければ、ルイは王子様だった。トゲトゲの王子様じゃなくて、本当の王子様になれた。もっと、やさしく笑って生きていけた。こんなやつ、いらない――》


「お待ちください、精霊様!」


 キアラと王子様の声が重なった。


「その者は王妃派の非道に対する証人としても、また、公爵派に対する牽制としても使えます。殺してはなりません!」


 キアラが顔を引きつらせて、訳のわからないことを叫んだ。王子様も青い顔でコクコクとうなずいた。


《知らないよ、そんなこと! こいつはわたしの大切なルイを殺そうとしたの! 黙ってて!》


 抑えきれなかった想いが、ぶわっと馬車を揺らした。振動で、ヒョロ男に突きつけていた風の刃が、スッと赤い線を引いた。


「ねえ……僕を守ってくれたの?」


 じっとわたしを見ていたルイが、ふっと口を開いた。


「髪を染めたのって、そのことと関係があるの?」


《髪? ああ、ごめんね、ルイ。髪の色を変えたら、王子様と双子だとばれずにすむかなって思ったんだけど、意味なかったね。白銀なんて呼ばれて、嫌だったよね》


「守護精霊持ちだっていうことを、隠そうとしたのもそうなの? 僕を守るため?」


 じりっとこちらに身を乗り出したルイに向かって、わたしは投げやりに息を吐き出した。


《それもこれもぜんぶ、ヒョロ男のせいだよ。こいつから逃げるときに、ルイが風の守護精霊持ちだってばれちゃったからね。水の精霊さんも、風の守護精霊なんてあんまり聞いたことがないって言ってたし、隠したほうがいいかなって思って……。でも、ムダだった。ぜんぶ、ムダだった。何もかもが――》


「ムダじゃない! 僕を守るためなんでしょ! ムダなんかじゃない!」


 そう、きっぱりと言い切った、ルイの瞳は――


 ――わたしを見ていた。わたしだけを、見つめていた。


 ああ、そうだった。ルイの瞳は王子様と同じだけど、全然ちがう。ルイの瞳を……ルイだけが持っている瞳の色を忘れていたことに、わたしはようやく気がついた。


「……まだ、その、どういうことなのかよくわからないけど、僕のためにしてくれてたんでしょ」


 わたしに向けられていた、懐かしいルイの瞳が、スッとそらされる。


「その……ありがとう、というか、ごめんなさい、というか……」


 ルイの顔が真っ赤に染まった。すっかり意地っ張りになってしまったルイの口が、ゴニョゴニョと言葉を紡ぎだした。


「その……風の精霊って気まぐれだから、どこかで、こう……からかっているっていうか、おもしろがってるのかなって、思ってた。その……ごめん……なさい。ううん……ありがとう……。そんなに、僕のことを想ってくれてただなんて……」


 やっぱり、わたしはルイの守護精霊だった。ルイの照れたような、はにかんでいるような顔を見て、いろんなことが、どうでもよくなった。村にいた頃の、やさしい色を浮かべたルイの瞳を、もっと見たくなって、ぐいっとのぞき込んだ。


 ひょっとして、ルイだけじゃなくて、わたしもトゲトゲだったんだろうか? ふと、そんなことを思った。


「……でも……トゲトゲってなに?」


 ちょこんと首をかしげたルイが、たまらなく愛おしかった。でも、わたしは風の精霊でもある。ルイから流れ込んでくる、温かな気持ちにくるまれながら、わたしは思ったこととはすこしちがう言葉を、ぽふっと吐き出していた。


《ねえ、ルイ。ひょっとして、気づいてなかった? ルイはずいぶん前から、王子様だったよ。トゲトゲのね》

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