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18 十二歳の王子と「おやさしい」守護精霊

「王宮中が騒然となりました。そのため、ふたりのお子から、皆の目が離れてしまったのです。むろん、乳母となる者など、何人かはお傍についておりましたが、相手は宰相閣下です。人払いが必要と言われれば、従わざるを得ません」


 ああ、あの太っちょの偉そうな奴か。あいつがルイを殺そうとした張本人か。でも、王様は何をしてたの? 王子がふたりいるってわかってたのなら、そんなことしたってすぐばれるはず。


《そんなのすぐばれるよね。やっぱり、王様がバカなんじゃないの?》


「いえ、もちろん、国王陛下はすぐお気づきになられました。宰相閣下は捕らえられ、後日、陛下のお子を殺そうとした罪で処刑されました」


《ああ、そう。なんだ、王様いい人じゃないの。で、おまえは何で生きてるの? 何なら今すぐ、宰相の後を追わせてあげるよ?》


 ヒョロ男の眉が一瞬ピクンと跳ねたが、暗い表情に引きずられるように、すぐ、元のところに戻った。


「……そうで、ございますね。おっしゃるとおりです。わたくしこそ、死ぬべきでした。こう言ってはなんですが、国王陛下は少々変わったお方でして、わたくしに、シャルル殿下を守るようにお命じになられたのです」


《はぁー?》


「先ほどお伝えしましたとおり、先々代の国王陛下は国を二分する内乱の末、王位を継承しました。論功行賞として、敵対した王族、貴族のほとんどが領地を取り上げられ、陛下のお子たちに広大な公爵領が与えられました。王領も以前よりはるかに大きくなりましたが、相対的に王家の力は弱まりました」


 こいつはいったい何の話を始めたんだ、とわたしがイライラしている傍で、ヒョロ男は淡々と話を続けた。


「つまり、先々代の陛下のお子が興した公爵家の当主である、宰相閣下を処刑するなどということは、王国の安泰を優先するならば、避けなければならないことでした。これによって、始祖を同じくする四大公爵家は、現国王陛下に反発するようになりました」


 こいつにわたしの表情が見えていれば、今すぐに危険を察知して、話をやめるだろうに。わたしは自分の姿が人に見えないことを、恨めしく思った。


「さらに、国王陛下は次の王妃を王領貴族の筆頭である、モンフォール家から迎えました。四大公爵家に対抗するために、王領を管理する貴族の力を高めるという狙いもあったのでしょう。宰相閣下亡き後、陛下はおん自らが政治を執り行い、その補佐としての――ひっ!」


 ふたたび、風の力で髪をつかみあげられたヒョロ男の悲鳴が、渦巻く風の中に響き渡った。ついでに、頭をもういちど叩きつけておく。


《ヒョーロー男! わたしは、なんで、おまえは生きてるのかって聞いたのよ!》


 こいつはバカなんじゃないだろうか? 自分の立場どころか、残された命の灯の短さすら測れないようだ。


「うぅっ! そ、それをご説明しようと……」


《あー、そう。その話がおまえの寿命より、早く終わるとは限らないけどね。まあ、いいよ。試してみなよ》


「は、はい! わたくしは魔術師としてはかなりの技量を持っておりまして、さらに、公爵家の内情にも詳しいということで、陛下からご慈悲をいただきました」


 頭を打ちつけられて、血が巡るようになったのか、ようやくヒョロ男がまともなことをしゃべった。


《ふーん。よかったね、おやさしい王様で。で、ルイのことはどうなってるの?》


「もうひとりの王子様でございますね。内密にお探ししたのですが、見つけることができませんでした。ただ、生まれたばかりの赤ん坊です。自力では丸一日と生きてはいられないでしょう。守護精霊様がついておられるのならばお任せしようと、国王陛下はご判断なされたようです。それに、四大公爵家に見つかれば命を狙われるかもしれません。その、言いにくいことですが、宰相閣下が処刑された原因ともとられかねず、また、先々代の国王陛下の遺言の件もありますので。公式的には、宰相閣下の手にかかって亡くなられたことになっております」


 あー、なんだろう、これ。わたしは頭を抱えた。自由気ままな風の精霊が、なんでこんな面倒なことに巻き込まれないといけないんだろう。


 ルイを抱えてどこかに飛んでいきたい。トロムス村に帰りたい。第一王子ですら、殺されるところだった。しかも、ルイの方が敵が多い。いったい、どうなってるんだ、この国は。最悪だ。


「その……ですね。陛下の親政はうまくいっていたのです。陛下がご病気になるまでは。四大公爵家の力を削ぎ、王家に権力を集中し、王領内に限れば、以前より民の暮らしぶりも良くなっておりました。ただ、それもこれも陛下あってこそです。陛下がお倒れになられ、王妃様は不安に苛まれるようになられました」


 間があくのが恐いのか、わたしの沈黙を催促ととったのか、またしてもヒョロ男が余計な話を始めた。


「はたして、陛下亡き後、自分と第二王子はどうなるのだろうか、と。シャルル殿下が王位を継ぐよりも、自分のお子が王位を継いだ方が、自分の身も一族の地位も安泰ではないか、と。精霊様にはおわかりいただけないかもしれませんが、それが人というものです」


 うんうん、わからないよ。というか、おまえという存在がいちばんわからないよ。


「四大公爵家は今のところ静観しておりますが、彼らにとって、国王陛下の血を引く王子など、すべていなくなってしまったほうがいいのです。陛下はあまりにも彼らをないがしろにしてきました。シャルル殿下が王妃様に殺されれば、その罪を糾弾して第二王子を排し、四大公爵家から新しい王を擁立する。それが最良の結末であると、彼らは考えていることでしょう」


 あー、頭が痛くなってきたよ。こいつはいったい何なんだ。こんな奴が傍にいて、よく第一王子があんなにやさしい子に育ったな。


「今現在、シャルル殿下のお味方と呼べるのは、ブルンフョル辺境伯爵を中心とした、非王族系の領地持ち貴族のみです。彼らは中央集権化を推し進める王領貴族とも、四大公爵を中心とする王族系貴族とも、距離を置いて――ひぃっ!」


 三度目か。わたしは風の力でヒョロ男の髪をつかみあげた。また、叩きつけられると思ったのだろう。ヒョロ男が衝撃にそなえようと、顔をゆがめて歯を食いしばった。


《もう、しゃべるな! 風の精霊がそんな話を聞いて、あー、そうなんだー、とか言うとでも思ってるの!? わかるわけないでしょ、人の都合なんて! 途中から、聞いてすらいないよ!》


 ご期待どおり、もういちど、ヒョロ男を叩きつけた。わたしは精霊とはいえ、長いあいだ人と一緒に暮らしているのだ。お偉い人の考えはともかく、今こいつの頭をよぎったことなど、手に取るようにわかる。頭を打ちつけておかなければ、失礼というものだろう。


《ただ、おまえの寿命は延びたよ。よかったね。その良く回る口に感謝するといいよ。おかげで、考えるのが面倒になったからね。ルイに決めてもらうことにする。気をつけなよ。わたしの王子様は、おまえの王子様ほどおやさしくないからね》

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