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17 十二歳の王子と「問い詰める」守護精霊

 ヒョロ男の足に刺さった矢を、王子様は光の魔法の呪文を唱えながら、一気に引き抜いた。血が噴き出すよりも早く、光の魔法で傷口をふさぐためだ。


 ふーっ、と息を吐き出し、また呪文を詠唱する。今度は右腕だ。足で踏み付け、握り込んだ矢をグッと引いた。血がほとんど失われることなく、傷口が閉じていく。たいしたものだ。魔力量もすごいけど、それよりも、ケガの処置が的確だ。


 光の魔法は万能ではない。生き物がもともと持っている治癒力を高め、ケガをした部分に集中させるだけだ。血を失うということは、光の魔法の源泉を失うことに等しい。


 ヒョロ男に刺さっていた、四本もの矢を引き抜き終えた王子様は、今度はやけどの治療を始めた。軽い傷には見向きもせず、致命傷となりそうなケガを優先的に治していく。


 さすがは、選ばれた王子様だね。生まれたての赤ちゃんだった頃に、魔力測定の球をピッカピカに光らせただけのことはある。


さぞかしご立派な教育を受けたんだろうね。それに、着てる服も、ずいぶんと高級でキラッキラしてるしね。ずいぶん破れちゃったけど、つぎはぎを当てたりしないよね。王子様だもんね。などという意地悪な考えが、わたしの頭の中をぐるぐると駆け巡る。


 嫉妬だろうか? ジリッという音が聞こえた気がした。王子様として育てられていたら、ルイだってもっとやさしい子になっていたはずだ。懸命にヒョロ男の傷を治す王子様を見ていると、なぜだか胸が痛む。


 わたしのせいなのだろうか? 村で暮らしていた頃のルイは、まっすぐで、誰にでもやさしい子だった。いつも楽しそうに笑っていた。どこか皮肉めいた笑みを浮かべるようになったのは、いつからだっただろう。


 想像していた以上に、ルイと王子様はそっくりだ。髪を染めたらごまかせるかもしれない、なんて考えていたわたしがバカだった。金髪のままでよかったんだ。そうすれば、白銀なんてあだ名をつけられることもなかった。


 わたしこそが、ルイを傷つけているんだろうか? 結局、王子様を助けてしまった。わたしこそが、ルイを危険な目にあわせているんだろうか?


 ずっとトロムス村にいたら、王子様はもう死んでしまっていて、ルイは何も知らずに笑顔で暮らせたんじゃないだろうか? なんだって、風の精霊が、こんなことで悩まないといけないんだろうか?


 そうだ。ぜんぶ、こいつのせいだよと、恨みがましい目で見ていると、ヒョロ男がピクッと動いた。どうやらお目覚めらしい。そのまま一生寝ててもよかったのにねと、わたしは空を見上げて、ぽふっと息を吐き出した。


「よかった、ラーシュ。気がついたんだね。あっ! まだ動いちゃダメだよ。もうすこし横になっててね」


 気づかう言葉をかけながら、ヒョロ男を光の魔法でやさしくつつみこむ王子様が、まぶしく見える。やっぱり、ルイがトゲトゲなのは、わたしの育て方のせいなのかもしれない。


「……シャルル殿下、ご無事でございましたか。おケガなどございませんか?」


 横になったまま、ヒョロ男が目だけを動かして、王子様の様子を心配そうに見た。


 おまえこそ大ケガだよ。火の球を何発もくらって、矢が四本も刺さってたんだから。生きてるのが不思議なくらいだよと、わたしが苦々しく思ってる傍で、王子様がやさしく微笑んだ。


「わたしは無事だよ。ラーシュがかばってくれたおかげで、ひとつもケガなんてしてないからね。安心して」


 まあ、なんて、うるわしい主従愛ですこと。最近、ルイにやさしい言葉のひとつも、かけてもらったことがないんですけどねと、わたしはヒガミにも似た感情を覚えた。


「それはよろしゅうございました。今はどういった状況でしょうか? ヒュランデル子爵の手勢の姿が見えないようですが……」


「わたしにもよくわからないんだけど、風の精霊様が助けてくれたみたいなんだ。急に風が渦を巻いて、ここまで吹き飛ばされたというか、運ばれてきたというか……」


「そのようなことが……。ありがたいことです。では、ここは、まだ子爵領なのでしょうか? でしたら、急いでブルンフョル辺境伯領に向かいましょう。騎士団まで動かして、殿下を亡きものにしようとしたのです。一刻の猶予もなりません」


「そうだね。とはいっても、ここがどこなのかすら――わぁっ!」


 突然、浮きあがった王子様が、悲鳴をあげた。かまわず、大きな木の枝にヒョイッと乗せる。治療は終わったのだ。王子様はともかく、ヒョロ男には貸しを返してもらわなければならない。


「殿下! ……風の精霊? その、お待ちください!」


 痛みで顔をしかめながらも、ヒョロ男は王子様に手を伸ばした。だが、立ち上がることはできなかった。


「そのお方は、ノルドフォール王国の第一王子であるシャルル殿下でいらっしゃいます。くれぐれも丁重に――」


《まさか、風の精霊に助けてもらえただなんて、思ってないよね!?》


 抑えきれない黒い感情が、思ってもみないほどの強さで、ヒョロ男の耳を打った。驚愕と怯えの入り混じったようなヒョロ男の顔を見て、わたしは酷薄な感情をゆらめかせた。


《丁重に? ふふっ。ずいぶんと王子様が大事なんだね。なに? 光属性がそんなにすばらしいの? 魔力がない子なんて、いらないとでも思ってるの?》


 血の気の失せた、真っ白な顔を引きつらせて、ヒョロ男はつかえつかえに、掠れた声を出した。


「……どういう、意味でございましょうか? その、わたくし、今どのような状況なのか、理解しかねておりまして、決して、風の精霊様に失礼を働くつもりは、なかったのでございますが……このたびは、殿下をお救いいただき、まことに――」


《聞きたいことがあるんだけど、いい? ウソをついた場合はさっきの場所に、吹き飛ばすからね。気をつけてね》


 王子様が木の枝に腰をかけたまま、こちらを心配そうに見つめている。だけど、ヒョロ男の声は聞こえないだろう。ヒョロ男が目でうなずいたのを確認して、静かに風をふるわせた。


《なぜ、ルイを殺そうとしたの?》


「……ルイ、とは……いったいどなたでしょうか?」


《赤ちゃんだよ。王子様と双子のね。おまえが殺そうとしたほうの赤ちゃんだって言ったらわかる?》


 ヒョロ男の息がとまった。目がギュッと閉じられた。しばしの静寂の後、乾ききった唇から、悲壮なつぶやきがもれた。


「守護精霊様でいらっしゃいますか? あのときの? ……生きておられるのですか? もうひとりの王子様が?」


《生きてたら困るの? もういちど殺すの? まさか、殺せると思ってるの?》


「いえ、決してそのようなことは。……そうですか。あのときの……」


 ときれとぎれに吐き出していた息のような声を、ヒョロ男は、ふいに、はっきりした声に変えた。


「精霊様。お願いがございます。わたしの命と引き換えに、シャルル殿下を守ってはいただけませんか? シャルル殿下はこのたびの――ひっ!」


 風の力で髪をつかみあげられたヒョロ男が、悲鳴をあげた。二度ほど、地面に叩きつける。


《なに自分の都合をしゃべってるのよ! ルイを殺そうとした理由を教えろって言ってるのよ! それ以外のことをしゃべったら、吹き飛ばすよ!》


 こいつは自分の立場というものを、まったくわかっていない。ルイを殺そうとしたのだ。手加減などするものか。


「わ、わかりました。申し上げます。先々代の国王陛下の遺言なのです。王家の直系の子孫に双子の男子が生まれた場合、すみやかに片割れを処分するようにという――」


《はぁーっ!? なんで!?》


「後継者争いです。先々代の国王陛下は、国を二分する壮絶な内乱の末に即位されました。その後継者争いの相手が、双子の兄だったのです。そのため――」


《それだけの理由で!? ルイが何をしたってわけでもないのに!? じゃあ、王様!? やっぱり、王様がバカなの!?》


 傷が痛むのか、ヒョロ男はまた顔をしかめた。ウソをつこうと、考えを巡らせているのかもしれない。もしもに備えて、わたしは周囲にぐるっと風を巻き起こした。これで、王子様にはヒョロ男が見えなくなったはずだ。


「……いえ、そういうわけでは……。国王陛下も先の王妃様も、お生まれになるお子が、双子であることをご存知でした。遺言になどしばられる必要はないと、おっしゃっておいでだったそうです。おふたりとも、望まれた王子として生を受けるはずでした」


《えっ? じゃあ、なんで?》


「わたしは、今でこそ宮廷魔術師ですが、もともとは宰相閣下の部下でした。閣下は先々代の国王陛下の血を引いておいでです。閣下にとって遺言をたがえるなどということは、許されないことでした」


 それでも、とつぶやいて、ヒョロ男は暗い瞳をいっそう深くに沈みこませた。


「先の王妃様がご存命であれば、あのようなことにはならなかったでしょう。ふたりのお子がお生まれになってすぐでした。王妃様がお亡くなりになられたという知らせが、もたらされたのです」

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