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12 九歳の王子と「加速する」守護精霊

 領都に来てから三年が経とうとしているのに、いまだに高位どころか、中位の風の精霊にすら出会ったことがない。


 おそらくは、というより、まちがいなく、この暑苦しい精霊のせいだ。


 火の精霊は黒こげになった魔獣を、小川にポイッと投げ捨てて、満足そうにボフッと火を吐き出した。わたしを急かすかのように、空へと燃え昇り、深い緑におおわれた樹海をぐるっと見渡す。


『風殿。このあたりの魔獣はすっかり狩りつくしましたな。次はあちらに向かいましょうぞ』


 わたしを移動の手段というか、加速装置としてこき使う、ティエルマ山の火の精霊。こいつのせいで、風の精霊が領都の近くを敬遠するのだ。


 ふだん、ティエルマ山の火口で暮らしている火の精霊は、ボーデ湖の水の精霊さんよりも、はるかに広いなわばりを持っている。力も強い。だけど、力の源である火口から離れていられるのは、せいぜい三、四時間といったところだ。


 高位の精霊になればなるほど、力を保つのが難しい。守護精霊であるわたしも、ルイから長い間、離れていられない。


 ただ、風の精霊であるわたしは、ルイからだけではなく、大気からも力を手に入れることができる。丸一日ぐらいなら、ルイから離れていても大丈夫だ。


 力の強すぎるティエルマの火の精霊は、そうはいかない。火口以外から力を得るのは、まず無理だろう。いちいち戻らなければ、その力は時間とともに失われていくばかりだ。


 限られた時間で、広大ななわばりに入り込んだ魔獣を、倒さなければならない。だけど、風の精霊に運んでもらえば、高速で飛んでいる鳥魔獣も、瞬く間に倒すことができる。


 しかも、風の力を取り込んでいるのだろう。わたしといるときのほうが、明らかに燃えさかっているように感じる。


 火の精霊が、風の精霊を大好きなわけだ。と同時に、風の精霊が近寄らないわけでもある。


 ふつうの風の精霊ならば、こんな関係には耐えられないだろう。だけど、ルイの守護精霊であるわたしには、じゅうぶんなメリットがある。


 この暑苦しい精霊は、ブルンフョル辺境伯爵の領都を、魔獣の脅威から守っている。つまり、辺境伯であろうと、この性格まで暑苦しい精霊の意向に逆らえないのだ。


 いざというとき、この四六時中暑苦しい精霊が、辺境伯に対する盾になる。それに、バカみたいに熱いだけあって、責任感も強い。


 いつも、人に見えない火のちびっこ精霊を、何匹かルイの警護に当ててくれているのだ。


 持ちつ、持たれつ。暑苦しさにイラッとすることも多いが、他にも恩恵がある。


 初めて領都に来た時、火の精霊はわたしに頭を下げた。精霊同士の思念のやりとりは、人には感じとれないけど、それでも、火の精霊がわたしに礼を尽くしているように、キアラには思えたのだろう。


 領都に家がないルイとミレーヌは、寄宿舎に入って、そこから学校に通う予定だった。それが、ふたりとも特別に、キアラのお屋敷に住まわせてもらえることになったのだ。


 キアラは辺境伯の姪で、魔術師だ。つまり、大金持ちで権力も持っている。過保護かもしれないけど、田舎から出てきて後ろ盾もないふたりには、うってつけの保護者だ。


 おえらい火の精霊様に恩を売れると、キアラは考えたのかもしれない。ついでに、ルイとミレーヌにも。さすがに、魔術師だけあって、風の精霊に貸しができるとは考えていないようだけど。


 人が使っている魔法は、自然界に無数に漂っている、微小な精霊のようなものを、強制的に動かして発動させている。

 

 ただ、風属性の場合、意思を持たない微小な精霊もどきですら、気ままな性質を持っているそうだ。


 必ずしも、思いどおりに動くとは限らないため、風の魔術師の魔法の発動率は、五割に満たないと聞く。


 風の魔術師が少ないのは、属性を持っているものが少ないだけではない。発動率の低さは、自分の身の危険に直結する。キアラがルイと出会った時に、苦労すると言ったのは、そういうことだ。


 高位の風の精霊ならば、なおさら、あてにはならない。キアラはそう考えている。わたしもキアラのことを信用しているわけではない。おたがいさまだ。


 ルイの身に何かあれば、即座に、火の精霊をも巻き込んで、領都を灰にする心づもりだ。気まぐれで、何かに固執することのない風の精霊。だけど、わたしは守護精霊でもある。すこし変わっているのかもしれない。


 今月いっぱいで、ルイは学校を卒業する。そうなれば、とうとう、魔術について本格的に学び始めるらしい。まずは、魔法の呪文を覚え、詠唱して魔法を発動できるようにする。


 それができるようになれば、とりあえず、魔法使いということになるらしい。本当の意味での魔術師になるためには、そこからさらに魔法陣について学び、描いたり、新しく開発できるようにならないといけないそうだ。


 ただ、その作業は分業になっているらしく、魔法陣に魔石を塗り込むことができるのは、土の魔術師だけ。さらに、魔獣が近寄ってこないように、闇の魔術師が隠ぺいと呼ばれる魔法をかける必要があるらしい。


 そう聞くと、魔法陣に関わらなければ、魔術師ではないような気もする。だけど、いちいち呼び名を変えるのも面倒なのだろう。魔法陣のことなどさっぱりわからないと豪語するキアラも、火の魔術師と名乗っている。


 魔力を放出できないルイも、魔法陣には関われそうにない。というか、そんなチマチマしたことを、わたしがしたくない。魔法陣の授業があっても、手を貸さないようにしよう。


 そんなことをボーッと考えていると、暑苦しい奴が、ボッと炎を巻きあげた。


『おぉ! 風殿! 大物を見つけましたぞ! プテラロックですな! これは、大きい! 腕が鳴りますな!』


 いつものことだが、こいつは本当になわばりを守っているのかと、疑ってしまう。たしかに、ちいさな精霊にとって、こいつは頼りになる親分ではある。


 しかし、こうも喜々として、魔獣に向かっていく姿を見ると、たんなる趣味なのでは、と思ってしまうのだ。


 ティエルマの火の精霊は、たんなる熱血バカで、戦闘バカなんじゃないだろうか?


 そんな疑念を胸に抱いたまま、わたしはいつものように、あわてて逃げていこうとする鳥魔獣に向けて、火の精霊をおもいっきり吹き飛ばした。

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