表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/34

10 六歳の王子に「祈りを捧げられる」守護精霊

 イヴァロックと呼ばれる、ワシをふたまわりほど大きくしたような鳥魔獣が、上空を旋回している。飛んでいるだけならいいのだけど、突如、急降下して荷馬車に攻撃を加えるのだ。


 隙あらば魔石をいただこうと、三羽のイヴァロックは、あっちこっちと狙いを変えて、突っ込んでくる。護衛の人たちも剣や弓矢を手に、走っている荷馬車の屋根の上から応戦している。


 火の魔術師であるキアラは火の球のようなものを作り出し、空に向けて派手に打ち込んでいる。だけども、掠めるのが精一杯で、今のところ一羽たりとも魔獣を倒せていない。手傷を負う者も増えてきた。

 

 魔術師の放つ魔法は詠唱を必要とする。好機と見たのか、攻撃をかわしたイヴァロックが、急旋回してキアラに向かって突っ込んできた。すぐさま、闇の魔術師が黒いもやで行く手を阻む。


 イヴァロックがもやを避けて、矢が届かない上空に舞い戻った。火の魔法は鳥魔獣とは相性が悪いのかもしれない。キアラの顔色がずいぶんと悪い。


 前を走る荷馬車から、闇の魔術師が大声で叫んだ。こちらに向かってくる狼系の魔獣を感知したようだ。闇の精霊は気配に敏感だ。闇の魔法にも、そういったものがあるのだろう。


 屋根に乗っかっていたキアラが、荷室にひょいと顔だけ突き出した。


「ルイくん。魔術師候補生にこんなことを言うのもなんだが、手を貸してもらえないだろうか?」


 護衛隊長であるキアラとしては、猫の手も借りたいところだろう。ルイが緊迫した面持ちで答えた。


「は、は、はい! ぼくで役に立つことがあれば、なんなりと!」


 キアラはギュッと口の端をつり上げた。


「祈ってくれ!」


「は、はいー!? いのっ!?」


 さっぱり意味がわからなかったのだろう。ルイは頭のてっぺんから声を出した。ちょうど荷馬車がガンッと揺れて、あやうく舌を噛みそうになった。


「祈るだけでいい。ミレーヌも一緒にな。誰も死にませんようにってな。このままでは、死人が出る。まかせたぞ!」


 キアラは再び空を見上げて、大きく声を張った。


「伝令! 馬車をとめろ! 右前方から新手が来るぞ! 剣士は馬車を下りて迎撃! 急げ!」


 キアラの言葉が次々に伝えられていく。荷馬車は速度を落とし、密集隊形をとり始めた。剣を持った護衛たちが飛び降り、土けむりをあげて襲いかかってくる魔獣から、馬車を守ろうと身構えた。


「祈るって、どういうこと……?」


 キョドキョドしているルイの肩を、ミレーヌがバーンという音を響かせて叩いた。


「祈って! ルイ! 早く!」


 そう言うやいなや、ミレーヌは目を閉じて胸の前で手を組んだ。


「みんなをお守りください! 精霊様!」


 それを見たルイも、ハッとした顔で手を組んだ。


「お願いします、精霊様! 助けてください、精霊様!」


 ルイの視線がチラッとわたしに向けられる。


『はぁー』と溜め息をつきながら、わたしは空を見上げた。


 わたしが口止めをしているから、キアラは持って回った言い方をした。猫の手どころか、キアラが言うところの高位精霊である、わたしの力を貸してくれということだろう。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 昨日の夜、キアラはルイとミレーヌに、魔術師とはどういうものかを説いた。精霊と違って、人は魔力を持っているからといって、すぐに魔法を使えるわけではない、と。


 魔術師になるには長い年月がかかる。魔法それぞれに決められた呪文を覚え、さらに、威力、方向、範囲などの指定を付け加えて詠唱しなければ、魔法は発動しない。魔術師候補生に選ばれただけでは、ふつうの人となんら変わらない。


 それに、六歳のこどもに、魔術について書かれた本など読めるわけがない。読み書きだけではなく、さまざまな知識も必要だ。将来は辺境伯の部下になるのだ。礼儀と教養も身につけなければならない。


「候補生になって、数年たってからだ。それからだな。魔術を学ぶことができるのは」


 こどもの頃の自分を懐かしむかのような目で、キアラはふたりに微笑みかけた。それから、コップにハチミツ水をつぎ足して、飲むようにすすめた。


「それと、これは君たちには関係のない話なんだが……」


 魔術師の話は終わったらしい。キアラはコリをほぐすかのように、肩をぐるっと回した。


「守護精霊持ちはそうじゃないんだ。守護主の意思をはっきりと、精霊に伝えることさえできれば――」


 ふむ、とふたりに向かってうなずいて、不思議そうにつぶやいた。


「六歳のこどもであろうと、修練を積んだ魔術師すら遠く及ばない力を、使うことができるんだ」


 自らの存在を隠し、守護主を魔術師にしようとする意図がわからない。キアラは、わたしにそう伝えたかったのだろう。


 気まぐれな風の精霊の言うことだ。とりあえずは、ご機嫌をとっておこう。そもそも、魔力を放出できないルイは、魔術師にはなれない。放っておいても、そのうちあきらめるだろう。キアラはそう考えているにちがいない。


 そんなことは、わたしだってわかっている。だけど、ルイにもミレーヌにも、事情を説明するわけにはいかない。特に、ブルンフョル辺境伯爵の姪であるキアラには。ルイの生い立ちを知って、なお、わたしたちの味方でいてくれる保証など、どこにもない。


 王国がわたしたちを殺そうと、指名手配していたら? 国王自身がわたしたちの敵だったら? 辺境伯の身内が、国王の命令に背いてまでルイを守ってくれるなんて、ありえるだろうか?


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ルイとミレーヌが、必死に精霊に祈る声が聞こえる。どうすればいい? 水の精霊さんだって言ってた。精霊と人はちがうって。おんなじだって思うこともあるけど、やっぱりちがう。


 わたしにとって本当に大切なのはルイだけ。あとは、ルイが大事に思っている、ミレーヌや村の人たちもそれなりに大事。他はどうでもいい。


 キアラにいたっては、将来、ルイの敵になるかもしれないのだ。手を貸す気なんて――そう思いながら、チラッとルイを見た。


 ルイはチラチラとこちらを見ながら、懸命に祈りを捧げていた。それでも動こうとしないわたしを、ルイはどう思っているだろう? わたしのことを秘密にしなければいけないことを、どう思っているだろう?


 ルイは自分が命を狙われているだなんて知らない。やさしい村のみんなに囲まれて、人を信じて生きてきた。人は人の中でしか生きられない。人を信じなければ、今まで生きてこられなかったことも事実だ。今、わたしが何もしなければ、ルイはわたしのことを、信じられなくなるかもしれない。


 ルイはいずれ魔術師になる。魔法の使えない魔術師に。そうなれば、ルイが詠唱したとおりに、わたしが動いてあげることになる。ちょっと早いけど、ルイの願いどおりに動いてみてもいいかもしれない。


 わたしは、自由気ままな風の精霊だ。あれこれ考えるのは、やっぱり性に合わない。


 ぽふっと息を吐き出し、上空で機会をうかがっているイヴァロックに向かって翔けた。一気に距離を詰めて風の刃を叩きこむ。羽ばたかなければ飛べない魔獣など、風の精霊の敵ではない。


 水の中では水の精霊が、土の中では土の精霊が、そして、空では風の精霊がいちばん強い。


 足の爪を大きく広げて飛びかかってきた一羽をスッとかわして、風の刃で切り刻んだ。残った一羽が慌てて逃げていこうとする。もう、遅い。


 だいたい、荷馬車に風の精霊がいるとわかっていて、攻撃してくる気持ちがわからない。魔石にそれほどの魅力があるのだろうか? まあ、魔獣の気持ちなんて、わかるわけないか。


 そんなことを思いながら、三羽目に風の刃を放った。


 さてと、下はどうなってるかな? 地上を確認する。うーん、苦戦中だ。そういえば、水の精霊さんが言ってたっけ。人の魔法はたいしたことないって。


 やれやれ、ルイのためだ。わたしは一気に高度を下げた。狼のような魔獣を風で押さえつける。あまり目立つのは避けた方がいい。いや、もうじゅうぶん目立っているような気もする。


 身動きが取れなくなった魔獣に、矢が次々と打ちこまれる。あと、五頭。わたしは地上すれすれを翔けて、魔獣の後ろ脚を狙って、風の刃を放ってまわった。動けなくなった魔獣に、矢が刺さり、剣が振り下ろされる。


 これでよかったのだろうか? ぽふっと息を吐き出して、ルイのもとへと向かう。むじゃきに大喜びしているルイを見て、わたしは難しいことを考えるのをやめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ