1-05 家族になりました ①
そんな訳でわたくし、ヴィオの産まれてくる子の“名付け”を任されることになりましたっ。
……ん? 【名付け】……?
そう言えば、私って高位悪魔とかにもポイポイ【名付け】をしてきた訳ですが、人間に名付けって初めての気がする……。
一瞬、嫌な予感とかしたけど大丈夫。人間属性を持つ悪魔が人間の赤ちゃんに名前を付けるのは普通のことですっ。悪魔の気配を押さえ込んで、出来るだけ興奮しないように冷静を心掛けて名前を付けてあげれば、多分問題はありませんっ。
ヒャッフーっ、楽しみだなぁ。
「ねぇ、ユル。お客様が来ているって聞いたのだけど」
シリル君のお部屋から戻ってきていたお母様が、私にそう尋ねてきた。
「お客様……あ、リンネ達のことか」
弟のシリルやヴィオの子のことですっかり忘れていました。確か、あの三人はフェル達が応接室の一つへ連れて行ったのよね?
リンネは名を持ってからとても落ち着いているし、ギアスや恩坐くんも元人間な訳だから、問題は無いと思うんだけど……何か不安になってきた。
「ちょ、ちょっと、様子を見てこようかな」
「リンネ…様と仰るの? ユルは随分と気を掛けるのね。……どちらの方かしら?」
「あ、うんとね……えっと、」
あのほわほわしたお母様が訝しがるほど彼らは怪しい。あのどうしようもない適当な説明で納得してくれるかな?
「リア様、少々お耳を……」
その時、いつの間に現れたのか、ミンがお母様にこそこそと何事か耳打ちを始めた。すると、こののんびりした二人には珍しくニヤリとした笑みを浮かべると、次の瞬間、晴れやかな笑顔を私に見せた。
「まあっ、長いこと帰ってこないと思ったら、もおっ。ユルも13歳ですからねっ、うふふ」
「は、はぁ……」
なんでしょう……意味が分からない。
とりあえず帰ってきて早々ですが、やるべきことがてんこ盛りです。
まずはシリル君と心行くまで遊んで、姉の存在をその魂に刻み込む、……と言いたいところですが、まずはお父様に会いに行くのです。
ぶっちゃけ王弟さんを早く何とかしたほうがいいんじゃないかと思わないでもないですが、お父様に顔を見せる以上の優先順位はありませんっ。
ちなみに二番と三番は、当然、お母様やシリルと遊ぶ、になります。
さて、さっそく王都に向かってひとっ飛びしようかと考えていたら、お母様から、
「せめて二~三日、ゆっくりできないの……?」
と、ちょっと寂しそうな顔をされましたので、大人しく二~三日、家族とゆっくりしたいと思います。
……家族。……何か忘れているような気がするのよねぇ。
「ユル様、こちらにいる間は、私にお世話をさせてください」
「え……お腹は大丈夫なの?」
だいぶお腹が大きくなっているヴィオの申し出にどうしようかと考えていると、そのヴィオは少し呆れたように微笑んだ。
「私どものような市井の者は、少しお腹が大きくなったくらいで、仕事を休んだりしませんよ。お気遣いありがとうございます」
「そっかぁ」
産まれた時からヴィオにお世話されているのだから、慣れているので問題は無い。
他にも私の世話をしたい人達が居るらしいので、ティナとファニーには人化が解けるとやばいリンネ達のほうを見てもらいましょう。
「それは丁度良かったです。私どものほうも色々と準備がございます」
「……何をするの?」
ティナの言葉に嫌な予感しかしない私は悪くない。
でもよくよく聞いてみると。
「主様のドレスは、私どもが作った物ですが、サイズ調整は出来てもデザインは二年前のものです。最近の流行や、“ちまた”や“テス”のデザインを取り入れて改造すべく、ノア達と計画しております」
「……そうなんだ」
奇妙な単語が混ざっていたけど、突っ込んだら負けな気がする。
だけどドレスのリニューアルか……。黒銀ドレスは露出がほとんど無いけど、白金ドレスは背中が全面レースというエロ仕様だったので不安しかない。
「それじゃ、とりあえずリンネ達の様子でも……」
「ユルお嬢様、まずはカロー子爵様にご挨拶が先かと。……おそらくはユル様が到着なされたと聞いて、ソワソワしてお待ちしていることかと」
そう言えばそんな人も居ましたね。
最初は、カロー子爵が私に会いに出向こうとしたみたいだけど、一応はこの館の主人だから出向かせるのも何ですし、私も家族との再会があったので遠慮して貰っていたようです。
「それとユル様、もうお一人お忘れではないですか?」
「ん~?」
やっぱり何か忘れているみたいです……。
とりあえずカロー子爵に挨拶が先と言うことで、ヴィオの案内でカロー子爵の居る応接室へと向かう。
廊下の片側は庭に面しているようで、窓が多めの造りになっていた。
「お庭、結構広いのね」
「……田舎ですからね」
ヴィオが身も蓋もないことをボソッと呟いた。
『……こ、困りますっ』
「あれ?」
庭のほうから、少し切羽詰まったような女の子の声が聞こえてきた。……どこかで聞いたことがあるような? でも何故か思い出せない。
「…………」
何気なくヴィオの顔を横目で窺うと、珍しく彼女の顔が少し強張っていた。
「行きますよ」
「ユル様っ」
気になることは即時解決。気になることを放置していると、悪魔だってストレスが溜まるんですよ。私だけかも知れないけど。
廊下の途中で庭へと出ると、見回したその向こう――花を育てる温室のような硝子越しに、一組の男女が言い争っているように見えた。
「――あなたもここでは立場がないはずだ」
「そ、そんなこと」
「私はあなたに良い条件を示しているのですよ?」
「わたくしには家族が……」
「その家族も、私の心次第……と言ったらどうします?」
「やめてくださいっ」
「問題のあるあなたを家族は疎ましがっているかも知れませんね。家族に迷惑を掛けたくはないでしょう?」
「そんな……」
どうやら、身なりの良い貴族っぽい青年が、気弱そうな綺麗な女の子を脅しているみたいです。
「諦めて大人しく私のものになってください。あなたのような女性がまともな恋愛を出来るとでも思っているのですか?」
「……わ、わたくしは」
「さぁ、こちらにくるんだ」
青年が女の子の腕を無理矢理掴み。
「ていっ」
「ぐあぁあああっ!?」
私のデコピンに、青年は温室の硝子をぶち破って外の樹木にぶつかっていった。
少々……うん、ちょっとだけイラッとして、ちょっとだけ強めにやっちゃったけど、多分死んでは無いと思う。……多分。
スッキリと晴れやかな気分で振り返ると、目を丸くした女の子と、止めようとした姿勢のままのヴィオが、口を開けて硬直していた。
「あなた、大丈夫?」
「は、はい」
「……え、あれ?」
年の頃は17~8でしょうか。少しきつめの顔立ちの赤毛美人さんだけど、どこかで見たことあるような……
「……ユルお嬢様。あなたの姉上、アタリーヌ様でございますよ」
「…………え?」
ヴィオの言葉にあらためてマジマジと女の子の顔を見る。
……マジだ。アタリーヌ姉様だ。
もっとも貴族らしい貴族令嬢。ツンデレ悪役お嬢様、アタリーヌ姉様ですっ。
どういう訳か知らないけど、二年前に魂の半分を喰らって、記憶喪失状態にした姉様が、気弱そうで優しそうな女の子になっていましたっ。
「ええっ!?」
「ユル様っ!?」
姉様とヴィオの叫びが響く中、その場で愕然と、両手と膝を地に付いた私は、魂の養殖に失敗したことを悟った。
表情が変わると、女の子は印象がガラリと変わります。
半分食べた魂の養殖……失敗しました。
次回は今回の続き。





