1-03 お姉様になりました ①
「ユールシア様、済みました」
パンパンと付いてもいない埃を払って、ノアがそう報告してくる。
まぁ……人間の兵士4~5人程度では捕縛するまで描写する必要もない。それ以前に私が現れただけで反乱軍兵士達の戦意はマッハで落ちていったのだから仕方ない。
……どれだけ豪快な噂が流れているのか気になるけど、聞きたくないわ。
「……ユル様ぁ」
呼ばれて顔を向けると、そこには潤んだ瞳のフェルとミン……すでに盛大に泣いているサラちゃんの姿があった。
「ただいま……みんな」
なんと言いますか、感動的であります。やっと帰ってきたって実感するわ。みんな、私が帰ってくるのを待っていてくれたのねっ。
私が両手を広げると、飛びついてきたフェルとがっつりと抱擁する。
「ふんぬぅうううううううう」
「……は?」
え、なに? 私を持ち上げようとしているの?
唖然とする私から離れたフェルはハンカチを目元に当てて、オロロとわざとらしく泣き始めた。
「本当に、たった二年でここまで色々と育ってしまうなんて、もう抱っこ出来ないじゃないですかぁ……」
「えぇ~~……」
確かに色々と育っているけどさぁ……。私の背も160センチに到達しているので、フェルと同じくらいになっている。
フェルは何を思ったのか、私の専属メイド二人を見比べて、「ちっ」と軽く舌打ちしてから、ティナのほうを抱きしめて頭を撫ではじめた。
「あなたを見ているとホッとするわぁ」
「……どういう意味でしょうか?」
ん……まぁ、アレだ。ティナとファニーを見比べて、ファニーがティナより大きい部分なんて、とある部分だけです。
フェルも大平原からね……仕方ないね。わ、私は二人よりもあるんですよっ。
「ところで三人は、どうしてこんな所に? お母様はどうなされたの?」
とりあえず今はそんな場合ではない。
私が真剣な顔でそう問うと、三人は一様にばつの悪そうな顔をして、代表してミンが口を開く。
「ユル様……この聖王国では現在内乱が起きています」
説明されたことを纏めると、だいたい兵士から聞いたことと同じでした。
南方方面軍と公爵家を含めたいくつかの貴族家が、訳の分からない理由で王家に対して反乱を起こした。
そこまでは良いのだけれど、問題はお母様のことです。
ミン達の話だと、我らがトゥール領にも戦火が近づいてきたので、大事を取って家族がここカロー子爵家の領地に疎開してきたらしい。
それならもっと遠くに……それこそ、シグレス王家に嫁いだ伯母様のいる隣国まで避難すればいいのに、護衛の数でも足りなかったの? それなら尚更、三人がお母様の下を離れた理由がわからない。
そんな思いを込めてジトッとした視線を向けると、三人はわずかに視線を逸らした。……なにやらかしたの?
「そ、それよりもっ、ユル様、そちらのお方を紹介して下さいっ!」
「へ?」
何やら誤魔化された感もあるけど、あえて気付かずフェルの見ているほうに顔を向けると……
「……あ」
そこには人型モードになったリンネと――いつの間にか人型になった恩坐くんとギアスが立っていた。
黒髪に淡褐色の肌に異国風の服を着て、銀の瞳の二十歳くらいの美丈夫。
護衛らしき騎士服を着て無精髭を生やした、三十歳ほどのワイルドな男性。
モノクル眼鏡を掛け執事服を着た、上品そうな銀髪の老紳士。
……怪しい。パッと見た目は異国風の貴族と従者、って感じだけど、気配が只者じゃなさ過ぎて、怪しさ全開である。
何故、ここで人型になった!? ……まぁ、後からこんな三人が現れるより、説明はし易い、…かな?
「あ、うん、えっとね……ここと違うところの…貴族?王様?……なんか、そんな感じのヒトっ!」
「「「………」」」
何か適当な感じで説明しようとしたら適当になりすぎましたでござります。
三人からの視線が痛い。心なしか、リンネからも呆れたような視線を向けられたのは納得出来ない。
「「「……(ひそひそ)」」」
フェル達三人はこそこそと何事かを相談しあい、チラチラと私とリンネを見て。
「「「……(ひそひそ)」」」
また何か相談すると、フェルがリンネ達のほうへ出向き、十年以上一緒にいて私が初めて見るような、優美な貴族式の礼を取る。
「初めましてお客様。私たちはユールシアお嬢様のお屋敷でお世話をしていた者でございます。お嬢様が大変お世話になっております」
「私は、訳あって素性は明かせませんが、リンネとお呼びください。ユールシアさんのお誘いに乗り、図々しくも出向いて参りました」
「まあっ、うちのお嬢様は、少々アレでしたので大変でしたでしょうっ? リンネ様、ヴェルセニア家総出で歓迎いたしますわっ!」
アレってなんだ、アレって! それにリンネも野良魔獣だったくせにそんな言葉遣いも出来るんだ……。それと、“訳”と“素性”が話せないのはどうしようもないね。
しかしフェル達も、こんなに怪しい三人組をよく速攻で信用したね……。
やっぱりあれか。リンネボイスがエロいからか。
「姫様っ! お願いがありますっ!」
「はひ?」
突然サラちゃんが勢いよく手を上げてそう叫んだ。
それはいいんだけど、なんでこの子、私と再会してからずっと涙目なの……? まぁ嬉し涙だと思いたい。
「実は……」
サラちゃんが言うには、三人はこの森まであるモノを捜しに来たらしい。
その名も“紅玉”という大変ありがたいモノなのだそうな。
……なんでしょう? 空の王者とかが護っていたりするのでしょうか? もしかしてそれがあれば、反乱軍を一網打尽でも出来る秘宝だったりするの?
それを捜しに来て反乱軍と出会ってしまったので、私に取りに行くのを手伝って欲しいらしい。なんでも公爵家令嬢である私にもその義務があるとか何とか……。
「……別にいいけど」
「「「ありがとうございますっ」」」
移動はフェル達が乗ってきた馬車になった。とは言え、小さな四人乗りの馬車なので中には私とリンネが乗り、御者席にフェルとミンが着くだけで、残りは徒歩である。
これは困った。三人と会えたのはいいけど、私達の移動は全力疾走が基本なので走れば数十分で着く距離も、徒歩では何日掛かるか分からない。
ふと気付くと、ノアとギアスがいなくなっていたので、おそらくは馬車を調達しに行ったのだと思う。……どこから調達するかなんてあえて考えないことにする。反乱軍達の運に期待しましょう。
「リンネってどこで礼儀作法を身に付けたの?」
「……俺が何千年存在していると思っているんだ?」
そう言えばそうだったね。普段、私の膝で丸くなっている印象しかなかったから忘れていたわ。魔獣にしろ悪魔公にしろ、あそこまで行っちゃうと奇妙な能力や知識があるから常識が通じない。
そんなどうしようもない会話をしていると、前面の小窓がノックされてミンが顔を見せた。
「ユル様ぁ、もうそろそろです」
辿り着いたその場所は幻想的な大森林、ってな感じのところでした。
お天気の良い日ならピクニックも出来そうだけど、天気が悪いといきなり不気味になりそうなそんな感じ。
「ユールシア様、見てー。こんなのあったぁ」
ファニーに呼ばれて振り返ると、彼女は朽ち果てた水牛らしき頭蓋骨を得意そうに被っていた……。その向こうでは、人型の恩坐くんが8メートルはありそうな白いワニと正面から殴り合っている。……居るのかよ、ワニ。
相変わらずこの世界の生態系は油断出来ない。
「……あ、」
何となく目を逸らしたその方角に、巨大な樹木がそびえ立っていた。
青々とした葉の間に何か実のようなモノが……
「ありましたーっ」
と、その木の下からフェル達が小走りに戻ってきて、無事に手に入れられたらしいそれを私に見せた。
「紅玉って、リンゴかよっ」
何でもこのリンゴはとても栄養価があるらしく、縁起物としても扱われているらしい。
聖王国……と言うかこの地方では、妊婦さんや産後のお母さん、離乳食を始めた幼児などに与えるのが一般的なんだってさ。
……こんな、デカいワニの居る所に取りに来るのか。命がけだ。
「縁起物で身体にいいのは分かったけど、どうしてそれをフェル達が取りに来たの?」
「「「………」」」
私が問うとまた三人はばつの悪そうな顔をして、目線で何かを確認しあうと誰からともなく口を開いた。
「……実は私達、リア様に内緒で出てきたんです。あ、置き手紙はしましたよっ」
「はぁ? なんでまたそんなことを?」
「それがその……」
「いえ、あの……ユル様には、出来れば本人達が伝えたいのではないかと、愚考をしておりまして……」
「……言いなさい」
私が別に威圧を含んでいない、ごく普通の笑顔でニッコリ嗤ってそう言うと、何故か三人は勢いよく背筋を伸ばした。
「び、ヴィオが、妊娠していますっ!」
「なんだってぇええええええっ!」
あのヴィオに赤ちゃんが……? いや、年齢的にまったくおかしくないんだけど、私が産まれた時から一緒に居てくれたメイドのヴィオが……
「た、大変っ、早く祝福してあげなきゃっ、どこっ!? どっちの方角!?」
「落ち着け」
慌てふためく私の頭に、リンネが冷静にチョップをくれた。そんなリンネにフェルが親指を立てつつ、こっそりと溜息を吐く。
「ユル様、絶対に驚く(暴走する)から、ヴィオは自分で伝えたがったんですよ……」
「二人とも、そんなことを相談してたねぇ」
「……ん? 二人?」
そう言えばさっきも『本人達』とか複数形で言っていたね。他にも赤ちゃんが出来た人が居るの?
「ええ、その……実は、リア様に」
「……え?」
「去年無事にお産みになられて、もうじき1歳になります。弟君ですよ、ユル様っ!」
「オトウトっ!!!」
この世界を離れている二年の間に、私、お姉様になっていましたっ。
人数が多いですね……。
次回、家族と対面。暴走する姉。





